茂山影男   作:ピンチャンよ永遠なれ………

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かきてぇもの(メモ)
事務所時代にエセ降霊術をすることになった夏油が猿相手に結構楽しむ話。


52話

 男は、己がこの世でもっとも強い人間だと思っていた。

 際限なく蓄えられる呪力。相手へ譲渡することや、奪うことを可能とするエネルギー操作の術式。

 この力があればきっと、世界すら我がものにできるだろうと思った。

 

 しかし、彼は出会ってしまった。今からもう20年以上前のことである。

 ハネっ気の強い白髪が、ぴょこぴょこと揺れる。

 男は普段から、呪力を操作し並の人間のように振る舞っていた。いずれ来るべき時に、能ある鷹の爪を見せる、その時のために。

 

 

 ──蒼い瞳だった。青空のように吸い込まれる。

 

 その目が、彼をとらえた。どこかつまらなそうに周囲を見ていた少年は、男を数秒見つめた後に視線を逸らした。

 

 人混みが彼の横を通り過ぎていく。

 男の拳が震えた。ああ、と思った。

 

 自分は一番などではなかった。一番はあの少年だと気づいた。この世界の頂から、あの少年は彼を見下ろした。

 

 屈辱的だった。男はこれまで挫折というものを知らず、すべてが自分の思うままに進んできた。

 だが、同時にあの少年を超えたいという欲が生まれた。

 奴を蹴落とし、己がこの世の一番になる。

 

 

 まず、自分の兵士が必要だと考えた。

 

 男が目をつけたのは海外の術師だった。彼らは環境上、呪詛師になることが多い。そんな彼らに貸しを作り、自分の駒とする。

 そうしてできたのが、『超能力者の権利向上を目的とする非営利団体』だった。

 これまでよりもさらに多くの事業にも着手し、彼は兵と財力を蓄えていった。

 

 ただ、一人の女性と出会ってから、世界が大きく変わった。

 今まで知らなかったものを、女は男にたくさん与えた。

 女はやがて妻になった。

 

 そして子を授かったタイミングで、九十九由基という女がやって来た。彼の能力をどこで知ったかは知らないが、情報を得て会いに来たのだという。

 九十九は彼に協力を求めた。彼は九十九の大義を嘲笑し提案を一蹴したところで、妻に頭を叩かれた。

 その時の九十九は、計画のツメの甘さをボロクソに言われ、唇を震わせていた。涙腺が崩壊寸前だった。

 図体は大きかったが、まだまだ小娘の域を出ない少女であった。当時の九十九は。

 

 それから妻のひと言もあり、男は九十九の計画に協力してやることにした。その代わり、いざという時に彼女の『力』を借りることを約束として。

 九十九と過ごしたのはそう長くはない。数か月ほどである。

 彼女は彼よりも妻とよく話していた。

「元気な子を産んでくださいね」と、九十九は膨れた腹に話しかけていた。

 

 

 

 そして、妻が死んだ。

 

 

 

 赤ん坊は裂かれた腹から引きずり出され、へその緒がつながった状態ですでに事切れていた。

 妻は亡くなる前に我が子を救おうとしたのだろう。彼女の遺体は小さな体に手を伸ばしていた。

 

 雨が降っていた。

 男の得たものが、妻や子から渡されたさまざまなものが、雨に紛れるようにして流れていった。

 彼の瞳から溢れていった。

 

 殺意を覚えた。妻を殺した人間たちはすでに事切れていた。

 憎悪した。雨がさらに激しくなる。

 怒りを感じた。雷鳴が轟く。

 

 すべて無くした。

 彼はこの時決意した。すべてを破壊してやろうと。破棄しつくし、何も残らぬ焦土に変えてやろうと。

 非術師という弱者をこの世からすべて消す。

 

 ただ、すべて無くしたと思った内側で、妻への思いだけは残されていた。

 彼女の作るオムライスは美味かった。

 無愛想な顔の割に、好みは子供っぽいと笑われる。

 その幸せの時間にもう一人加わる未来があった。

 それはしかし、すでに閉ざされた。

 

 非術師をすべて殺すということはつまり、妻の存在を否定することに他ならない。

 ゆえに男は「支配」の道を選んだ。

 

 計画を進めた。その上でやはり一番の障害になるのはあの少年────いや、時が流れるうちに青年になっていた。

 いずれこの世界を手中に置く。

 

 そこまでして彼はようやく、妻と子への罪滅ぼしができるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「────砂漠か」

 

 

 波のように緩急をつけて広がる広大な砂漠。

 五条が戦いの途中で場所を強制的に移したのだ。

 

 鈴木の特大の爆弾がある手前、五条は領域展開を使用できない。『無量空処』で鈴木の脳に負荷をかけた場合、爆発する可能性が高いからだ。仮に九十九が想定していた関東圏が一気に吹き飛ぶレベルの爆発が起これば、いくら場所を移そうが世界に甚大な被害をもたらす。

 どこぞで九十九の話を盗み聞きしていた千歳超えのおばあちゃんも、「おっとコイツは予想以上にマズいぞ?」と思ったことだろう。まあ、九十九のはあくまで想定値。実際にどうなるかは分からない。

 

 また、五条は呪力を放出する攻撃の使用に工夫を必要とした。

 

 鈴木は戦闘の最中、手をかざしその呪力を取り込んだ。量が多かったのか腕や首筋が盛り上がったが、その隆起はすぐにおさまった。

 いったいどれほど呪力があるのか六眼でも把握しきれない。それこそ海を見ているような気分である。

 

 体術の技術は五条が格上。しかし、鈴木は茂山のように呪力で全身にバリアを張れるようで、それがまた硬い。呪力量に物を言わせた硬さだった。

 変幻自在な呪力は飛び道具にも、物理的な力にもなる。フィールドが砂漠であることを生かし、砂嵐を起こしたり、雷をも生じさせる。

 

 ただ、そのどれもが無下限を通らない。

 

 無下限を破るなら領域展開、あるいは領域展延、または特殊な呪具などが必須となる。

 鈴木は領域展開は使えないのだろう。領域展延は使えるかもしれない。しかし、使って来ない。となると、おそらく鈴木は術式を無下限のオートバリアように常時発動していると考えられる。

 呪力(エネルギー)操作の術式を領域展延中に使えなくなると、蓄えている呪力が操作下を外れ、暴走するのかもしれない。

 

 双方、致命的な一打が入らぬまま、呪力の削り合いにいたった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 場所は京都校。つい先ほど、結界が破られたばかりの内部。

 

 倒れている女の長い黒髪が、三つ編みに結われている。

 出来上がりは歪で、ところどころ髪が飛び出ていた。

 

「それにしても、なぜわざわざ京都校を選んだのですか?」

 

『んー? だって結界が破られたって慌ててきた呪術師どものさ、ホームがぶっ壊れてたら面白いだろ?』

 

 鈴木統一郎をボスとする『爪』の襲撃により、現在高専は総動員されている。補助監督なども、サポートのため不在だった。職員などはおり、残っていた人間は歪な死体にジョブチェンジした。

 

『まあ、他にも理由はあるけど。……にしても興味深いな、その「目」は。俺の魂の形が見えてるんだろ?』

 

「ええ」

 

『面倒だなぁ』

 

「私ではあなたに敵いませんよ」

 

 島崎は降参のポーズを取った。真人は口角を上げる。

 

 純粋な呪力や力では真人が上だろう。しかし、相手は瞬間移動の術式持ち。敵わないなら逃げてしまえる。そして『目』と、その目が認知できる範囲の瞬間移動による攻撃を考えると、真人に「戦いたくない」と思わせる相手だった。

 

 

(『爪』に協力者がいるとは知ってたけど、また有用なコマを揃えてるな…)

 

 

 真人は思考する。今この場にはいない少女について。──いや、そもそも見かけの少女ではないのは確かである。こちらにも利があるから、彼は少女に協力している。

 呪霊にとって五条悟は最大の脅威だ。その男を封印する手立てを少女は持つ。そのアイテムこそ『獄門疆』。五条を排除するという目的では少女も真人も一致していた。

 また、少女は謀略に長ける。この人間なら本当に封印できるかもしれない。その可能性を、真人自身が見出していた。

 

 それと────あと単純に、少女は『()()()』。オセロにせよ、真人の子ども的な欲求を満たしてくれる。

 

 彼はまた、気づいている。

 呪霊である己が、エクボのように呪霊らしからぬ部分があることに。

 

 

『アンタの目的は何なの? 俺、気になるなぁ』

 

「私は面白いことが好きなんですよ。彼女の計画は、それこそ()()()()()()()に面白いと思った」

 

『つまり特に目的はないってワケか』

 

「そうなりますね」

 

『ハハッ! ──俺知ってるよ。アンタみたいな人間が、一番厄介だってね。それこそ人間にとっても────呪霊(俺たち)にとっても』

 

 真人は髪をほどき直し、もう一度三つ編みをやり直した。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 影男は京都校へ向かっていた。大阪から京都まで車でも一時間ほどかかる。

 地上は遅いと空を飛び、十五分ほど飛んだところで京都校が見えた。

 

「………」

 

 一旦地面に降り立ち、呼吸を整える。鎖骨を手のひらで何度か叩いた。

 大丈夫、と気持ちを落ち着かせる。彼の目は依然と真っ赤なままだった。

 

「この、呪力の気配……」

 

 エクボが出会った『真人』という呪霊の呪力が感じられる。その残穢が感じ取れる場所を通りかかった影男は、歪に変形した物体を見て思わず口もとを押さえた。

 

 涙が出ながら、手でその遺体に触れる。形を戻すことはできる。反転術式を施すと、何度か見たことのある職員の姿になった。

 すでに事切れている。遺体は目を見開き、口を大きく開けていた。

 

「………」

 

 噛んだ唇から、血が流れた。沸き起こる感情を理性で無理やり踏みつけ、押さえる。

 いま自分が優先しなければならないのは真依だ。

 

(縛りで、誰だろうが真依ちゃんには手出しをしないように結んだんだ。だから……)

 

 しかし縛りは、破ろうと思えば破れてしまうのもまた事実。破った上で発生するリスクを取っても。

 エクボから聞いた真人の呪霊性を考えると、面白半分で殺してしまう可能性は十分にあった。

 

 もし、真依があの職員のように殺されていたら。

 

 

 

 

 

『やあ、茂山影男』

 

 特級呪霊『真人』は、文字どおりの“人間椅子”に座っていた。その横には糸目の男もいる。彼は用意された椅子に座っていなかった。テーブルもまた人間である。

 

 真依は地面に倒れていた。幸い、ぱっと見でケガはなく、呼吸もしていた。

 

『この術師の女には手を出してないよ。俺ってばいい子だろ? ちゃんと約束を守れて』

 

「………彼女が死なないようにするには、僕は何をすればいい?」

 

『「アンタらの目的は何だ?」って聞かれると思ったけど…いいね。慎重だ。じゃあ単刀直入に言うよ』

 

 

 

 ────この女を助けて欲しいなら、死ね。

 

 

 

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