茂山影男 作:ピンチャンよ永遠なれ………
呪力の消耗戦では、いくら五条が六眼と新鮮な脳みそのバックで無下限に使う呪力が最適化されているとはいえ、【呪力の回復量<呪力の消費量】が続けばやがて呪力は底を尽きる。
そうなると無下限バリアも解ける。鈴木はそれを狙っているのだ。
(非術師の「支配」──)
どうも戦闘中に余計な考えがちらつく。
五条はこの男に、親友の姿を重ねてしまっている。
喧嘩別れをする時は知らなかった夏油傑の懐いた思想。
非術師を皆殺しにし、術師の世界を作る。
その内容は酒の席ではじめて聞かされた。硝子は「お前何十億人殺す気だったんだよ」と笑っていた。
しかして五条は開いた口がしばらく塞がらなかった。手は勝手に動き、オレンジジュースをその口に注いだ。
夏油の分岐点は茂山影男との出会いである。彼が少年と出会っていなければ、夏油は美々子と菜々子を虐げていた村の人間をすべて殺していた。
殺して、呪詛師へと転じ、己の大義のために生きていた。
その世界の五条はきっと、置いていかれていた。
夏油が高専を辞めた時にも五条は「置いて行かれた」と感じた。ならば、追いつかなければならないと走った。
その行動がある意味で夏油が帰ってくるきっかけになったのだが、逆にさらに二人の溝は深まった。
五条は禪院家の「クソ」戦闘力を甘く見積もっていた。やつらの戦闘能力は53万。
──いや、伏黒恵が売られるのを止めたと思ったら、それに気を焦らせた禪院家の者が呪力暴走を起こした分家筋の少年を見つけてきて、しかも名前が『影男』と言うものだから変に期待してしまい、子どもを売らねぇならと両親を殺して奪ってきたら術式無しの子どもだとわかり虐待生活がスタートし、その子どもというのが夏油を救った少年であったとかもうどないせえっちゅう話だった。五条もそこで開き直る外道ではなかったが。
まあ、色々とあったが、夏油傑はまた「親友」になった。
ただ進む方向は違う。夏油には夏油の。五条には五条の
今の五条はそれで「いい」と思える。少なくとも別の方向に行ってしまい、それに「置いてくなよー!!」と駄々をこねることはなくなった。
無論まったくこねないとは言わない。最近だと「何で京都校なんだよー!!」と駄々こねた。
「考え事か。気に食わん」
「今日の晩飯を何にしようか考えてるんだよ」
陽が沈んでからすでに数時間。暗い中でも六眼の目なら問題ない。
鈴木の方は光球を生み出し、それをぶつけるなり電球がわりにしていた。本当に多彩である。
言うなれば、鈴木統一郎はあり得た『特級呪詛師・夏油傑』の幻影。
その幻影を五条が殺す。鈴木統一郎ごと。
殺すことが恐ろしいだろうか? 幻影の夏油傑は、暗闇の中に浮かんでいる。
──否。
夏油は夏油で、鈴木は鈴木だ。似た思想を持っただけで、違う。
幻影を払拭する。一つ、深く息を吐く。汗を拭い、頬を叩いた。
五条の呪力はもうじき枯渇する。一方で相手の呪力は半分ほど減らせたといった具合だ。五条からして、呪力量がバケモノだった。
「さすがの貴様でももう限界か」
「ああ、そうかもね」
肉弾戦に持ち込む。相変わらずバリアがクソ硬い。五条は天に足をつけ、地を下にした体勢で“赫”を生み出す。
周囲の地形は世紀末な様相である。バリアをも破壊する“赫”に対し、吸収もできない鈴木は避けざるを得ない。
その移動したタイミングで“赫”を目くらまし代わりに使いながら、鈴木の背後に周り背中へと触れた。
両者の目が合う。鈴木の目には────ニヤリと笑う五条の顔が映った。
直後、場所が変わる。砂漠から、潮の匂いが感じられる場所へと。黒い地面は生き物のようにうねりながら音を立てていた。
五条は相手が動くよりも先に手印の構えを取る。
「────ッ!」
「『領域展開』」
────水中での爆破実験は、これまでの歴史で幾度と行われてきたことである。
有名なところで言えば、1954年に行われたビキニ環礁での水爆実験である。
この実験では漁船に乗っていた日本人の死者が出た。他にも周辺の住民に放射線の被害が出た。
このように、何かを「爆発」させる上で海中は非常に有用な場所だった。
わざわざ砂漠に移動したのはこの策を通すためのブラフ。
あとは周辺に人がいないことを最優先とし、生態系への被害が最小限に抑えられる場所や、噴火や地震を考慮したプレートの境界から離れた場所を選ぶ。
そこに航路や深海の深さも考慮して、割り出された場所が作戦決行の地に選ばれた。
裏の手回しは政府が必死になってやることであり、五条には関係ない。
呪力は最大まで削った。あとは計算して残した呪力を使い、爆弾に火をつける。
「──────『無量空処』」
12月26日、0:16。
××の海域にて巨大な水しぶきが発生。それにより、広大な範囲への津波が予想された。
「……最期くらい、呪いの言葉を吐かねぇのかよ」
暗い海の中を浮かぶ五条は、ポツリと呟く。
その頭上では、星が輝いていた。
────ショウ。
「俺が覚えておいてやるよ……お前の、息子の名前」
◇
五条と鈴木の戦闘が発生した直後、呪印により呪力を与えられた者たちは次々と倒れた。
彼らはすぐに拘束されることになる。
一方、その一時間ほど前に京都校の結界が破られたという報せが入った。
『爪』の抗争と高専の結界の破壊。混乱状態に陥った中で、さける人員が京都校へ直ちに向かった。
また夏油傑の情報提供により、茂山影男が攫われていた禪院真依を救いに敵と縛り、単独で高専へ向かったことが共有された。
「影男くんが…!?」
意識を取り戻した三輪は、補助監督から話を聞き瞠目した。
真依を連れ去ったのはあの糸目の男で間違いない。
明らかに罠だと三輪でもわかった。
「わっ、私も高専に行きます!!」
いかに自分が大阪で役に立たなかったかを力説した三輪は、京都校へ向かう補助監督の車に乗せてもらえることになった。途中で歌姫とも出会し、相席している。
「これって絶対に罠ですよね? 歌姫先生…」
「………なぜ茂山を狙ったかが気になるわね。彼は強いけれど、特級術師ではない」
「……真依、影男くん…」
車はテロが影響しているのか、避難区域を抜けてもかなり空いていた。
車はスムーズに進み、京都校まであと二十分ほどという場所まで来た。三輪の中で不安が募っていく中、空に竜巻のようなものが見えた。
「……?」
「何、竜巻? ……いえ、待って。あの方角って…」
京都校がある方角に、空へ高く高くのぼる黒い渦ができあがっていた。
それはしばらく蠢いていた後、フッと消え去った。
「………あの竜巻、もしかしてモブくんが起こしたんじゃ…」
「……今はとりあえず、急ぐしかないわ」
◆
真人から『???』の正体を聞かされた少女は、口元に手を当てしばらく考え込んだ。
『でもさぁ、自分で見ておきながらそんなことがあり得るのか疑問に思ったんだよね』
「────いや、あり得ないことではない。実際にこの世には、『生き霊』という呪霊とは少し異なった呪いの形がある」
『生き霊? 違う。俺が見た限りでは、あれは──』
「しかし生き霊でないなら……いや、ならば………」
『ダメだ。
真人はオセロの石を立たせるように並べ、指で押す。不安定なドミノがパタパタと倒れていった。
「……真人、君が見た限りでは取り憑かれているわけでもなかったんだね?」
『うん。アレは同じだったよ』
「…そうか」
石をいじっていた真人は、少女へと視線を向けた。
手で隠された口元が吊り上がっている。「わるい顔だぁ」と彼は思った。
「一度六眼で『
少女の計画が進む。必要なコマを揃えるための計画だ。
◆
『ほら、糸目。オマエもこれ持って』
「島崎ですっ、け、ど…」
真人は準備していたクラッカーを島崎に渡す。
吹き荒れた暴風がおさまったそこには、黒い人の形をした何かが立っていた。ゆらゆらとその形は不安定に揺れる。
真人は『それ』に向かい、紐を引いてパァンとクラッカーを鳴らした。
『おめでとう! 『茂山影男』!!』
真人の力によって肉体を壊された茂山青年。
その肉体を巻き込み、吹き出るようにして現れたのが『これ』である。
少女が「
これを目にした島崎の顔からは無数の汗が流れていた。正直、立っていられないほどに膝が震えている。
『いや、人間の名前で呼ぶのはもったいないよね。せっかくこうして生まれ変わったんだし』
「………これは、いったい何なのですか?」
『これって言い方は失礼だなぁ、人間』
真人は『それ』に近づき、腰あたりに手を回してピースを作る。
『それ』はまだ静かに、そこに佇んでいる。
『名前……そうだな。エクボが呼んでた「シゲオ」でどう? 「影男」よりは陰気くさい名前じゃないし』
それが、真人へ視線を向け首を傾げる動作をした。それに真人はさらに笑みを深める。
『まだ生まれたてホヤホヤだもんね。俺の方が年上ってわけだ。いいね、お兄ちゃんか。悪くないかも』
まぁでも──と、続けた真人は倒れている女の元へ近づく。
『それ』がピクリと動いた。
『おっと、手が滑っちゃった』
真依の胸を真人の腕が貫き、ドクドクと脈打つ心臓を抜き取る。
酷薄に、凄惨な笑みを浮かべながら彼はその温かいものを、『それ』に見せつけた。
『あーあ、死んじゃったね。オマエの彼女』
黒い揺らめきが爆発し、あたり一面を覆っていく。
『島崎ッ!!』
「分かっています!!!」
真人と島崎の姿がその場から消える。残されたのは『それ』と、心臓を抜かれた真依。
大きく見開かれた彼女の瞳から、フッと生気が抜け落ちた。
『…………あ』
黒い手が、真依の血が溢れる場所へ伸びる。抜き取られた心臓は真人がそのまま持ち逃げした。
ドス黒い本流を『それ』がそそぎ続けながら、涙を流す。
『ま、い………ちゃん』
『彼』は何度も────何度も、真依の名を呼び続けた。
◆
『「
────奴はおそらく、一度死んでいる』
・生き霊
生きている人間の強い思念や感情が呪力の塊となって実体化し、生者から分離して切り離されたもの。呪霊に近しいが生者の魂の一部が切り離されたものでもあるため、少し呪霊と異なる。特定の人間に執着し、害意をもたらす。祓った場合は魂の一部を傷つけることになり、それがそのまま生き霊の元である人間に還る。この際に「人を呪わば穴二つ」がその者に引き起こされる。不幸に見舞われるか、精神を病むか。その結果は呪い次第。