茂山影男 作:ピンチャンよ永遠なれ………
テロリストグループ『爪』のボス、鈴木統一郎が五条悟によって倒された。
幹部やその他のメンバーもまたその過半数が倒され、捕まった。雑兵の方は捕縛したがその全体数が把握しきれておらず、彼らの処罰が今後どうなるか政府で検討されることになる。
民間人や軍人、敵を含め死傷者が出た。
建物の破壊なども多く見られ、今後の混乱が予想される。いち早い復興がこれまた政府に求められることになる。
太平洋側で起きた
高専側の呪術師の死者はゼロ。負傷者は出た。
東京側は帰ってきた乙骨が里香を解呪したり、目覚めた真希がバケモノめいた速度で消えたりした。
五条については12月26日の明朝に、自分の体よりもでかいマグロを抱えて帰ってきている。このとき狗巻は「
一方、京都側では。
低体温と失血のダブルパンチで倒れた影男が、直ちに病院へと運ばれた。また夏油も熱中症になり、同じように搬送された。真依についても同様に運ばれ、心臓と脳の状態を詳しく調べられた。
京都校を覆っていた黒い渦については、影男が倒れたタイミングで消失している。
それから京都校の内部が調べられた。
高専にあった職員の死体は総じて肉体が大きく変形しており、わずかに残穢が残されていた。おそらく術式の特徴から、茂山一級術師が報告した特級呪霊『真人』による犯行だと思われる。
「…すみません。私は誘拐されてから気絶していたので、目覚めるまでに何が起こったかは分からないんです」
事情を聞かれた際、真依はどこまでも話していいか悩んだ。
意識はなくとも、不思議と「心臓を失った」という感覚はあった。そして自分が影男の目の前で殺されたことで、影男が“あの姿”になったのだろうとも。
あれは何だったのだろうか? 高専側はあの黒い渦が影男の力が暴走したものだと思っている。影男自身の姿が異質に変化していたことはまだ知らない。
(制服に穴があったから、やっぱり確実に私は心臓を負傷して死んだはず。……でも、実際は傷跡すらない)
高専の認識は、
①真依が胸に怪我を負い、そのショックで心停止する
②それを見た影男が暴走&治療
③駆けつけた夏油が胸骨圧迫をし、それを影男も手伝い真依の蘇生を行った
──である。
ここに残る疑問は、「なぜ茂山影男が狙われたのか」「特級呪霊『真人』および、彼と手を組んでいると考えられる五強の一人、島崎の目的は何なのか」になる。また、なぜわざわざ結界を破ってまで京都校で行われたのかも疑問である。
京都校にいた人間は全員殺されていたが、何かを盗まれたようなこともなかった。
(それに、真希も大丈夫かしら…)
二人の精神世界と思われる場所で、姉に今生の別れを告げた真依。真希もきっと同じ体験をしたはずだ。
それがまさか「生き返りました」である。
電話をしたが、一向に真希は出ない。一応東京校のミミナナたちに聞くと、「狗巻の前でいきなり消えた」ということが伝えられた。
絶対に
「なぜ影男く………一級術師の茂山影男が狙われたのか、特級呪霊『真人』の目的が何だったのか、私には検討がつきません。……いえ、お力になれず申し訳ありません」
事情聴取が終わった。
真依もまたこのあと心停止していたこともあり、精密検査を受けることになった。
影男の方はまだ意識は戻らないが、状態は安定している。
夏油の方も数日入院して、退院する流れになった。
真依も奇跡的なことに、心停止による脳の損傷などは見受けられなかった。
ただ真依は検査が終わってから少しして来た電話で、身をすくめることになった。
「絶ッテェーに、そこから動くなよ」
真依は真希になんと謝ろうか、必死こいて頭を回した。
○
僕が意識を取り戻したのは、一週間後のことだった。
第一声が「真依ちゃん!!」で、偶然病室にいた看護婦さんに聞かれてしまった。
真依ちゃんは、真依ちゃんは──と慌てた僕は、病院で呪霊を食べていたエクボから事情を聞くことになった。
「えっ、生きてる?」
『おうよ。アイツならピンピンしてらぁ』
真依ちゃんは無事。心臓をあのツギハギ呪霊にえぐられたはずなのに、なぜ?
エクボ曰く──ここの記憶は僕にはないんだけど──僕が真依ちゃんの心臓を治したらしい。
──────あれ? 待ってその前に僕、ツギハギ呪霊に殺されたはずじゃ?
『多分、無意識に防御しちまったんじゃねぇか? お前、一度アイツに術式を使われた時もガードしてたろ』
「……あっ、そういえば…」
『だが、いくらか肉体に亀裂は入っちまったみてーだな。まぁ、傷痕は残るだろうが、顔にできなかっただけ行幸モンだろ』
体は確かに、いたるところに包帯が巻かれていた。部屋の鏡で見るとミイラ男だ。動いていると痛みも襲う。エクボに「ロボットダンスしてんのかぁ?」と言われた。手をかざしたら謝られた。こっちは滅茶苦茶痛いんだぞ。
『夏油曰く、お前は意識がない状態で真依を守ってたらしい。周辺に呪力を吸い取る黒いドーム? があったのもそのせいだと』
「………本当に僕が真依ちゃんの心臓を? 反転術式で夏油さんの腕を生やせなかったのに…」
『人間には火事場の馬鹿力がある。ついでに言うと、人間の脳みそは普段から10パーセントしか使われてないって話もある。ちなみに10パーってのは嘘だ』
「嘘なんだ……」
『全部とは言わねぇが、脳みそはきちんと仕事をしてる。──でだ。俺様が思うに、お前が気を失ったことで、普段の力の制御が外れて100パー以上の力が発揮されたんだ』
「……エクボは、そういえば人に取り憑いた時は火事場の馬鹿力を出せるんだっけ」
『ああ、だから普通の人間よりはそこらをわかってる』
一応意識がなくても、真依ちゃんを守ったり夏油さんを通したりはできたみたいだ。
ツギハギの呪霊については、僕の力が暴走したから糸目の男の力を使って逃げたのだろうと。
夏油さんが真依ちゃん心肺蘇生を何時間も行ってくれたことも知った。それえっ?
「……………夏油さんが真依ちゃんに心肺蘇生?」
『落ち着け。人工呼吸はお前がやったらしい』
「本当に……本当に? 僕はまったく覚えてないのに……」
『仮にやるとしても、夏油ならさすがに呪霊を使うだろ』
「………でもお前、夏油さんも熱中症になって病院に運ばれたって言っただろ? 熱中症ってことは体の水分が著しく失われたってことだ。つまりそこまで発汗するほどの作業を行ったと考えられる。なら夏油さんは呪霊にさせずに自分で心臓マッサージを行ったはずだ。そこまで思考が回らないほど焦っていたと考えるならお前の言った「呪霊を使った」って考えは否定されるじゃあ夏油さんはやっぱり真依ちゃんに人工呼吸を────」
『怖い怖い怖い!!』
待って? そもそも心臓マッサージをしたってことは夏油さんは真依ちゃんの胸にも触ったってことじゃないか? ハ?
「……でも、夏油さんが助けてくれなきゃ、どのみち真依ちゃんは生き返らなかったのか…」
『そっ…そうだぜ! 夏油のヤローにキレる気持ちもわかるがよ…!!』
「うん………それでも、二発かな」
呪力を込めたら首が吹き飛んでしまいそうだから、ノーマルな拳で二発。
ごめんね夏油さん。でもこれだけは譲れない。
エクボは他にも『爪』がどうなったのかや、今の日本の状態について教えてくれた。
情勢はまだまだ混乱は続いているらしい。テレビをつけると、バラエティ番組を放送する状態ではないみたいだった。
『爪』が残した傷跡は想像以上に大きかった。
「……死傷者が出たのは悲しいことだけど、身近な人たちが無事だったのは、嬉しいよ」
『…あぁ、そうだな』
テレビの音を聞きながら、何とも形容しがたい気持ちになった。
○
高専に色々と事情を説明した。
なぜ僕が狙われたかについては、僕自身わからなかった。
結局この件は保留ということになった。
それから見舞いに来た夏油さんを殴って──あまりきかなかったけど…──、真依ちゃんとも会った。心臓マッサージの件でハッとした真依ちゃんは、「待って私、夏油さんに胸を見られたんじゃ…」と呟いた。彼女の受けた傷は制服の胸元が大きく破けるものだったらしい。手で顔を覆って「あぁぁ……」と真っ赤になった彼女に、僕の拳が震えた。もっと……もっと次殴る時に、僕に真希ちゃん並みの
「……真希には黙っておいて、影男くん。多分夏油さんが死ぬから。あの子今、パワーアップし過ぎて東京から京都まで一日かからずに走って来れるようになったのよ」
「パワーアップ?」
「私が死んで、それで天与呪縛のバランス? ……が、崩れたみたいなの。伏黒甚爾並みなのかはわからないけど、とりあえずさらに身体能力が上がってたわ」
「………じゃあ、真依ちゃんにも何らかの影響は出たの?」
「──そうよっ、聞いて!! 前よりもすごく呪力量が上がったの!! 五条さん曰く真希のやつは呪力が無くなって、私は呪力が
「………よかった」
「…もう、何よその、いかにも微笑ましいものを見る目は」
「真依が元気そうで、本当によかった」
「……………影男くんのずる」
キスしてもいいか尋ねたら、真依ちゃんは体を斜めに逸らしてしまった。
「……真依ちゃん」
「どうしても私にちゅーしたい?」
「…うん。だめ?」
「………じゃあ、私のお願いを一つ聞いてくれたらいいわよ」
「わかった。真依ちゃんのお願いだったら、何でも叶えるよ」
「言ったわね? 今のレベルアップした私と縛ったら、もし破った時に影男くんでもどうなっちゃうかわからないわよ?」
「いいよ。それに、破る気もないから」
「……じゃあ、どうぞ」
真依ちゃんはベッドに手をついて、顔を差し出した。目は閉じていて、長い髪が肩から胸元へ落ちる。
その表情が可愛かったから、じっと見つめていると片目が開く。顔を真っ赤にした彼女は僕の膝を叩いた。
「可愛い、真依ちゃん」
「……〜〜か、影男くんだって…かっ、かわ…」
キスをしてから顔を離すと、真依ちゃんの顔はさらに真っ赤になった。
「僕って可愛い?」
「………」
バシッと肩を叩かれた。ちょうど痛む場所で呻くと、彼女は真っ赤だった顔を真っ青にした。謝られるけど「問題ないよ」と返す。
それから彼女の腕を引いて、ベッドの上に転がった。真依ちゃんの体が僕の上に乗る。痛みはしたけどそれは飲み込む。
「………」
真依ちゃんはおもむろに、履いていた靴を脱ぐ。
それから僕の体を跨ぐようにして、ゆっくりと体重をかけた。腰は引いているのに対し、胸元が僕の胸板の部分に乗る。布越しでも柔らかい感触が伝わった。自然と僕の顔も熱くなる。
「触ってみて」
彼女の指が僕の右手を絡めとる。導かれるようにして欠けたはずの心臓に触れた。
「動いてるの、わかる? 影男くんがくれたのよ」
「……うん、動いてる。ドクドク、動いてる」
「影男くんがくれて、夏油さんが必死になって動かして────それで私は……『真依』は、今こうして生きているの。大好きなあなたに、触れることができる」
「…うん」
「ねぇ、影男くん。………茂山、影男くん」
「なぁに、真依ちゃん?」
──────私を、茂山真依にして。
「来年の5月12日、あなたの18歳の誕生日になったら、結婚しましょう」