茂山影男   作:ピンチャンよ永遠なれ………

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56話

 真依の「お願い」に、目を丸くした影男は少ししてからやわらかく微笑み、「いいよ」と返した。

 

「でも、一応高校生同士って結婚できたっけ?」

 

「それなら問題ないわ。……本当にいいの?」

 

「うん。真依ちゃんが望むなら。僕も………結婚するなら、君がいい」

 

「……けっ、結婚したら、私…あ、赤ちゃん……ほ、欲しいけど、いいの?」

 

「何ちゃん?」

 

「………影男くんとの、赤ちゃんが欲しい」

 

 両者、顔が真っ赤になった。まだそういった経験をしていない二人である。

 

「……僕にはその…まだ、その覚悟がないんだけど………いつかその時がきたら、構わない」

 

「………もし、双子が生まれても、その子どもたちが私や真希のような運命を背負って生まれてきたとしても、愛してくれる? 「出来損ない」って………っ、言わない?」

 

 大粒の涙が真依の瞳からこぼれ落ち、影男の頬を流れる。

 彼は涙を拭ってやり、真依の頭をやさしく撫でた。

 そして抱きしめて、「もちろんだよ」と言う。

 

 

「君の辛かった思い出が、その子どもたちの笑顔で塗り変わるくらい、愛するよ」

 

「……っ、大好き………大好き、影男くん…!!」

 

 

 ベッドが軋んだ。二人はキスをして、正月の寒さを吹っ飛ばすほどの熱いムードを醸す。もういっそこの場でおっぱじめるのかと思うほどの熱気だった。

 

 

 

 一方で、病室の外。

 

「可愛い、真依ちゃん」のあたりから話を聞いていた歌姫は、手土産の袋を握りしめながら、ギシギシと音の鳴る病室に顔を真っ赤にせざるを得なかった。

 

 こちとら三十路に入りましたよ〜という年齢で独身。

 

「ちょっと………ちょっと君たち気が早いんじゃないかな〜……なんて、歌姫先生は思うわけなのですッ!!」──などと、脳内でキャラが迷子になった。

 

 

「(わっ、若さって、スゲェー……)」

 

 

 とりあえず見舞いは、後日に持ち越した。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 等級の変動がややあった。

 

 まず、京都校に帰ってきた東堂や真希が一級になり、真依が二級になった。

 一方で乙骨は里香が解呪されたため、特級から四級になった。

 

 そして、幸吉の術式を応用できる義肢の試作品第一号も完成した。制服で隠せば絡繰の物々しさはなくなる。

 歩行は成功したが、走るなど激しい運動はまだ難しかった。

 

 また、真依と影男の話を聞いてしまった歌姫は、一人悶々と悩み思いきって真依に話した。無論、「もしそういう考えを持っているなら〜」という体で、盗み聞きしていたことは隠した。

 真依は顔を赤くしながら頷いた。嗚呼、青春尊き哉。歌姫が灰になるナリ。

 

「あの…絶対に直哉さんには話さないでくださいね?」

 

「えっ? でもアンタら込み入った事情があるにせよ、いとこ関係でしょ?」

 

「あの人は「禪院影男」にする気なんです。「茂山真依」じゃなくて」

 

「………わからない。私にはあの男の考えが…!!」

 

 禪院家で暴れた影男に対し、なぜ優遇するような態度をとるのかこれまでわからずにいたが。

 何故に茂山を再び禪院家に戻そうとしている? 歌姫は理解に苦しんだ。

 

 

「大方、あの人の琴線に触れる人間に、影男くんが似ているからだと思います。多分理由はそれだけじゃないんでしょうけど、私でもそこはわかりません」

 

「……まぁ、とりあえず分かったわ。家族への説得は、私の出る幕じゃないから」

 

「血縁上では父に当たる人は、影男くんをあの男が恐れる姿に変えて脅してもぎとります。母は……反対しても、話せば理解してくれると思います。夏油さんは………」

 

「学生のうちは絶対に反対するわよ、アイツだったら」

 

「………影男くんを夏油さんが恐れる姿に変えて、もぎとります」

 

「ねぇ、そのちょくちょく出る「〇〇が恐れる姿に変えて〜」って何なの? 誰なの?」

 

「私は絶対にッ、茂山真依になるわ……!!」

 

「………姉はどうするの? 最大の難関ってむしろ、そこじゃない? あの子、アンタのこと心配して東京から京都まで走ってきたんでしょ? それも車で下道通るよりも早く」

 

「両親の許可さえ取ってしまえば問題ないですから」

 

「荒れそうね、アンタの道は……」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 2月某日。任務(おしごと)である。

 

 影男は退院してから初の仕事だった。彼はエクボとともに呪霊退治に向かった。

 筋肉はやや落ちてしまったが、問題はない。あっという間に退治して、仕事を終わらせる。

 

「そういえばエクボ、力がやけに増してるね」

 

『ソンナコトナイヨォ』

 

「……ちょっと削っておこうかな。今さらお前が悪さをするとは思わないけど」

 

『なら別にいいだろうが』

 

「でもお前、神になるのは諦めてないんでしょ?」

 

『何だ? 応援してくれンなら、手っ取り早くシゲオが呪力を渡してくれりゃあ…』

 

「あ、たこ焼き屋!!」

 

『解せねぇ』

 

 有名どころのたこ焼きももちろん美味い。しかし地方の商店街で売っているたこ焼きも、時折予期せぬ出会いがある。例えばたこ焼きの中に「たこ」じゃないものが入っていたりと。

 

 

 早速たこ焼きを頼んだ影男は、パックの入った袋を受け取り、商店街を歩いてベンチを探す。

 そこで偶然、一人の少女と目が合った。

 

 胸元に校章が刺繍された制服は紺色で、真冬だというのに短いスカートの下は生足がむき出しになっている。手にはスマホが握られていた。

 

「もしかして………影男君? 茂山……」

 

「………もしかして」

 

 顔は見覚えがある。しかし名前が出てこない。

 向こうはそんな影男に苦笑いし、人さし指を自分に向けるようにして「私だよ、私」と言った。

 

 その手の甲には、見覚えのある傷跡がある。

 

 

朱音(アカネ)だよ、幼稚園で昔一緒だった」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 彼らは商店街近くの公園に移動した。

 

 休日の昼を少し過ぎた時間ということもあり、少なくない数の子どもたちが遊んでいる。

 二人はベンチに座り、ポツポツと話した。

 

「私は午前の部活帰りだったんだけど……影男君はここらじゃ見慣れない制服を着てるね」

 

「今は京都の高校に通ってるんだ。ここへは…学校の都合で来てたんだ」

 

「へぇ、京都かぁー。いいなぁ、京都……都会じゃん」

 

「……うん」

 

 影男はたこ焼きを食べてはいるが、その進み具合は遅かった。普段ならすでに完食しているが、まだ二個しか手をつけていない。

 意識が相手の傷に向いてしまう。その視線に気づいた彼女は眉を下げた。困ったように笑う。

 

「…その、ごめん。どうしても傷が気になって……」

 

「あぁ…これね。………影男君は、気にしなくていいよ」

 

 朱音は手の甲にある傷痕を隠すように手で覆った。

 

 しばしの沈黙。

 

 ポツリと、彼女が口を開く。

 

 

「本当はね、謝りたかったんだ。友達だった影男君に、あんな酷いこと言っちゃったこと」

 

「……えっ?」

 

「だって私の言葉を聞いた時、すごーく傷ついた顔をしていたから」

 

 彼女は語る。

 幼稚園で「変なものが見える」少年だと、周囲の子どもから遠巻きにされることもあった影男。当時に彼女はそんな影男を「可哀想」だと思い、一種の親切心と正義心で仲良くしていたらしい。

 

「アカネちゃんは優しい女の子だったもんね。可愛いし、みんなの人気者で、幼稚園のマドンナだった」

 

「やだーもう! 恥ずかしいっ」

 

「今のアカネちゃんも可愛いけどね」

 

 影男の好みにはどストライクなのだ、彼女は津美紀なんかは。

 ただ、すでに彼にはフィアンセがいる。

 

『シゲオ……お前なぁ、真依がいるってのにナンパかよ…』

 

「……? ナンパなんてしてないけど」

 

『つくづく思うが、お前女たらしなところがあるぞ』

 

「何話してるの、影男君?」

 

「えっ!? いや、何でもないよー……」

 

『ひでぶっ!!』

 

 エクボは影男に弾き飛ばされ、側にあった木にぶつかりずり落ちた。

 

「……もしかして、()()()()やつ?」

 

「い、いや、呪っ──幽霊じゃないよ、幽霊じゃ」

 

「………」

 

「(まずい…!!)」

 

「………実はね、私も少し視えるの」

 

「えっ?」

 

 彼女はきっかけを話した。元々影男の「おばけ」の話も、最初は信じていなかったらしい。ただ影男と接するようになり、彼の特別な力を目にしてから、本当に彼には幽霊の類が見えるのかもしれないと信じるようになったそうだ。彼女自身も「おばけはいるのかもな」と思うようになった。

 そして影男の力が暴走しケガをして以降、彼の力への恐怖がおばけの存在とも結びつき、極度に怖がるようになった。

 

 

「それで、ある時から視える……っていうか、声が聞こえたり、黒いぼんやりとしたものが視えるようになったの。今では慣れちゃったけどね。怖いと思ったものに近づかなければ、基本は害はないし」

 

「………もしかして、僕の近くにいた幽霊も見えてた?」

 

「うん。なんかふよふよしてる感じ? 小さい……私の周囲も、何だか観察するみたいに回ってたね」

 

「……ごめん、コイツも悪気があったわけじゃないんだ。……エクボは呪霊を食べにでも行ってて…いいから! ────えっと、それで、僕の初恋の人だって説明したら、興味を持ったみたいで…」

 

「初恋?」

 

「………え?」

 

「いや、今……「初恋」って言ったけど…」

 

「……ぁ! ………っ!!」

 

 影男の顔が真っ赤になった。一方で朱音の方はニヤッ〜と笑うと、つまようじが刺さったままだったたこ焼きを手に取り、口の中へ運ぶ。間接キスだった。

 

「うんっ! やっぱ美味しいよね、あそこのたこ焼き」

 

「……!!!」

 

「なぁーに赤くなっちゃってるの、影男君? もしかしてドキドキしちゃった?」

 

「僕のたこ焼きが……」

 

「………影男君、モテないでしょ」

 

「……僕にだって彼女はいるよ」

 

「えっ、本当!!?」

 

 写真とかないの!? ──と、影男に詰め寄る朱音。

 影男はたこ焼きを反対方向へ避難させてから、スマホの待受を見せた。パンダにしていたものを真依に変えられたものだ。二人のツーショット写真である。

 

「めっちゃ可愛いじゃん!! ……しかも、悔しいけど私より」

 

「ね、彼女がいるでしょ」

 

「…うん、失礼しました」

 

 スマホをポケットに閉まった影男は、パックを再び手に取る。奪われてしまった一個を惜しみつつ、口に運んだ。

 

 思いがけない出会いだった。滑り台をすべっている子どもを見ながら思う。

 彼女の視線もまた、影男と同じ場所へ向いた。

 

 

「……もしかしたらって、ずっと思ってた。私が誰かに押されてすべり台から落ちたあの時、助けてくれたのは──」

 

「それはアカネちゃんの身体能力が並外れてたんだよ」

 

「………影男君は、本当に優しいね。私みたいな「偽善(やさしさ)」とは違う」

 

「…? いや、アカネちゃんは優しいよ。ずっと僕に優しかった。………僕の方こそ、君に消えない傷痕を作って…ごめんね」

 

「いいの。もう過去のことなんだし」

 

 朱音は立ち上がり、うーんと背を伸ばした。影男もまた最後の一つを食べ終わり、立ち上がる。

 

 二人は歩きながら公園を出た。

 

 影男は少し薄暗くなった空を見つめる。はぁ、と吐いた息が白い。

 

「どうする? 出会った記念に電話番号だけ交換しておく?」

 

「……事情を説明した時に、真依ちゃんが怒りそうだからやめておく。それに多分、次会うこともないと思うし」

 

「ドライだねぇ、君は。初恋の女の子に対して」

 

 ふふ、と笑った朱音も、電話番号を交換しようとしなかろうとどうでも良さげだった。一応聞いただけな様子である。

 

 

「そういえばアカネちゃんは、こっちに転校してきたの?」

 

「うん。両親が小学校に入る前に離婚してね。それで」

 

「……そう、なんだ」

 

「影男君の両親は元気にしてる? 影男君ってばいじめっ子に泣かされて、迎えに来たお母さんに抱きついてたじゃない」

 

「……うん、元気だよ」

 

「そっか。それは羨ましいなぁ。

 

 ────私の両親は私がケガをしたのがきっかけで、夫婦仲がこじれていったから」

 

 影男の歩みが止まり、朱音の歩はそのまま進む。

 十歩ほど歩いたところで、彼女は後ろを振り返った。顔には変わらぬ笑みが浮かんでいる。

 

「………ごっ、めん。ごめん……アカネちゃん」

 

「気にしなくていいよ。別に、『影男君のせいで離婚した』って言ってるわけじゃないでしょ」

 

「………本当に、ごめん」

 

「いいよ。影男君の言葉を借りるなら、私と君は「多分、次会うこともない」関係なんだから。そうでしょ?」

 

「……ごめん、なさい」

 

「影男君って謝ることしかできないんだねぇ」

 

 足音が遠ざかっていく。影男は手を握りしめ、自分の足もとを見続けた。

 昔の古傷がどんどん開き、血が溢れていく。謝ってもダメなら、どうすればいいのだろうか? ふと、後頭部が痛んだ気がした。

 

 

「許してほしい、影男君?」

 

 

 遠ざかっていったはずの朱音が、目の前に立っていた。

 無表情に影男を見つめている。

 

「許してもらって、少しでも楽になりたい?」

 

「……僕が何か君にしてあげて、それで許してもらえるなら…」

 

「じゃあついて来て、茂山影男君。私の免罪符が欲しいんだったら」

 

「ッ、何を……」

 

 朱音は影男の腕をつかみ、どこかへ向かって歩き出した。公園へ来た道を引き返すように歩いていく。それから商店街の中に入り、人ごみの中を通っていく。

 

 影男は焦った。嫌な予感がした。脳の片隅で「もしかしたら」と警鐘を鳴らす。

 

 自分や夏油を狙っている存在。まさか、まさか────。

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ〜」

 

 

 さっきのたこ焼き屋だった。呆然とする影男に、朱音はまたもやニヤァ〜と笑う。

 

「許して欲しいんでしょ、影男君?」

 

「う、うん……」

 

「これ買ってくれたら、許してあげるよ」

 

 影男はその場で脱力した。向こうは袖で口元を隠し、目を潤ませながら「もしかしてえっちなことされると思ってたの…?」と言う。

 影男は財布を出し、たこ焼きを買った。ついでに夏油や真依などの土産として大量に買う。自分の分ももう三つ買った。

 店員は見事な手さばきで次々とタコをひっくり返していく。じゅうじゅうと鉄板から聞こえる音と、タコの焼ける匂いが嗅覚をくすぐってよだれが溜まる。

 

「それ、先輩の分?」

 

「まあ、そんなところ」

 

 一番大きな袋に詰められたたこ焼きを、四つ腕にぶら下げる。

 朱音は歩きながらパクパクと食べた。

 

「さっきの私、世にも奇妙なタモさんみたいで怖かった?」

 

「……うん、すっごく」

 

「スキャンダルで大物芸能人でも一気に干される中で、やっぱりタモさんやさんまさんといった長年業界を牽引し続ける存在は稀有であり、貴重だと思うんだよねぇ」

 

「うん──あっ、電話だ」

 

 電話の相手は補助監督だった。連絡を終えた影男は、「そろそろ帰るね」と告げる。

 

「たこ焼きありがとう、影男君」

 

「どういたしまして。……あのっ」

 

「うん? どうしたの?」

 

 

 影男は自分の力が暴走した時、そのときの自分がどうなっていたか尋ねた。

 

 どうも彼は、高専で自分の力が暴走したと聞いてから引っかかりを覚えている。その引っかかりは、最上啓示の件と繋がっていた。

 

 意識がないなら普通、人は気絶しているはずだ。しかし真依もまた、「人工呼吸は影男くんがやったと思うわ」と話していた。

 

 自分の意識がない間に、体が動いている。

 そして、最上啓示の精神に潜った後のことも覚えていない。

 

 これまでは五条が最上に領域展開を使った時に巻き込まれ、意識がしばらく回復しなかったのだと思っていた。

 

 ただ、もし最上の精神内に自分がいたまま領域展開を使われていたら、意識をしばらく失うだけで済んだのだろうか?

 

 あの時の体は霊体だった。言うなれば魂そのもの。

 

 そんな自分が領域展開に巻き込まれたら、間違いなく最上の消滅に巻き込まれていたはずだ。いくら五条とて、最上の精神内にいる影男を引っ張り出すことはできないだろう。最上もまた、影男を人質として逃さないはずだ。

 

 だったら────だったら、最上はもしや五条ではなく、自分に倒されたのではなかろうか?

 

 そしてその自分は意識のない、暴走した状態だったのだとしたら。

 

 その自分に、五条が領域展開を使ったのだとしたら。

 

 

 じっとりとした汗が制服の下を伝う。

 

 

「……影男君を中心に、風が吹いたの。窓ガラスがいきなり全部割れて、蛍光灯も割れた。みんなパニックになって、先生はみんなを守るように覆いかぶさってた。私は倒れてきた花瓶で手が切れたの」

 

 朱音の手が、自分の古傷をさする。

 

「あの時の影男君の周りには、黒いモヤみたいなものもあった気がした。まるで────」

 

 その時ガタッと、頭上から音がした。影男はとっさに視線を上に向ける。呪霊が工事現場の上で、猿のように飛び跳ねていた。ひとまとめになった無数のパイプごと、斜めに傾く。

 呪力で固定しようと思ったが、建物の高さがある上、呪力を伸ばす前にパイプが落ちてくる。

 

「ッ────アカネちゃっ」

 

 影男は落ちてくる位置から移動するために朱音の腕をつかみ──いや、その前に両手を握られる。

 

 

 

「あなた、呪霊(おばけ)みたいだったわ」

 

 

 

 その直後、地面にいくえものパイプが雨のように降りかかった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 体のいたるところが痛い。

 意識がぼんやりとしていた。

 

 人の悲鳴も聞こえる気がする。

 

 痛い。痛みが────。

 

 影男は立ち上がった。

 

 周辺に黒いモヤがかかっている。今死んでいるのか、生きているのか、痛みのせいでよくわからなかった。

 いや、痛くない?

 

 思考がままならない。

 

 

 アカネちゃんはどうなったのだろうかと、視線をさまよわせる。

 

 悲鳴が聞こえた。110番をしている人は、呆然としたままの人もいる。人集りがどんどんできていく。

 

 彼女はパイプからギリギリ逃れた位置で、呆然と座り込んでいた。

 反射的に押した手は、何とか彼女を救ってくれたらしい。

 

 影男の目と、彼女の目が合う。「よかった」と思い近づくと、途端に彼女の表情が恐怖一色に染まった。

 

 

 

「──────来ないでよッ、バケモノ!!!」

 

 

 

 影男は思わず後ろへ下がった。その拍子に下にあるものに気づいた。

 

 パイプの下敷きになった自分が、血溜まりの中にいた。

 瞳は開いており、虚な色をしていた。

 

 知っている。彼はその色を知っている。

 おばさんやおじさんがしていた色と同じ。

 

 

 

『あっ────アアアアッ』

 

 

 

 彼は頭を押さえ、叫び声をあげた。

 

 


 

 ・心臓

『???』の呪力を大量に注がれて創られた代物。真依の呪力が五条視点で()()()上がり、呪力の質が変質した原因。真依の肉体の急速冷凍的な役割を果たしたファクターでもある。

 

 ・天与呪縛

 真依と影男の間で結ばれていた縛りと命の要でもある心臓がすり替わったことで、真依が真希と『別人』判定になった。ただ完全に二人のつながりが消えたわけではなく(真希が無意識のうちに引き留めた)、ほんの少しだけ残っている。よって真希は「完全な」フィジカルギフテッドにはなっていない。しかし直哉がギリィ……するくらいには強くなっている。

 

 ・母親の愛情

 真依と真希の母親が二人へ向けるもの。わずか7歳という年齢で娘たちと離れることになった際に、彼女自身が「この子たちともっと一緒にいたい」と思い、自分が二人を愛していたのだと自覚した。しかし彼女は禪院家に残り、扇の妻でいる選択をした。それは彼女が飛び立つ二人の重荷になりたくないと思ったからかもしれないし、今さら娘への愛を自覚した自分に二人の母親でいる資格はないと考えたからかもしれない。

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