茂山影男   作:ピンチャンよ永遠なれ………

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57話

“2月○◯日の夕方ごろ、××県△△市の解体中の建物からパイプが落下し────、”

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

肉体()を壊して、呪霊の彼を暴走させる作戦かぁ。トドメと言わんばかりに禪院真依を殺す……性格悪いねぇ、アンタ。俺はもちろん好きだけど』

 

 トランプタワーを作る真人。彼は舌なめずりをしながら、一番上の作業に取り掛かる。

 

『別にさぁ、仲間に誘っちゃえばいいじゃん。呪霊の彼は俺より強いのに。

 ──ああ、分かってるよ。そうなるとアンタの筋書きどおりに進まなくなるんでしょ? だったら代わりにその場にいる人間を全員殺しちゃってもいい? 来るまで暇になるし』

 

 真人の暇つぶしは許可された。

 

『まあ、万が一の場合、魂に介入した瞬間に呪霊の彼に殺される可能性があるから、その時は逃亡を優先させてもらうよ』

 

 

 

 そして、高専で暴走させる手立ては不発に終わった。

 

 呪霊の彼が「真依を守る」という意思にのっとり、高専周囲に呪力を吸い取るドームを作ったからだ。

 

 途方もない呪力をぶっ込んでつくられた心臓と、夏油の心肺蘇生。彼岸へ渡りかけていた禪院真依の魂は此岸へと戻った。それに連鎖反応が起きて、まさかの禪院真希の天与呪縛が覚醒した。真依もまた呪力が上がった。呪力量だけで言えば万よりも高い。

 

「万?」と真人が首を傾げた

 

 今までになかった例だが、一度死んだことで真依は真希とは違う「別人」判定になったのだろう。人の命を動かす心臓が他者の呪力の影響を受け再生──あるいは創られたのも、「別人」判定に影響しているのかもしれない。

 

『へぇー、アンタが表立って動くんだ。珍しい…俺はお留守番かぁ』

 

 土産はエクボでいいよ、と真人は手を振った。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 頭にジクジクとした痛みが広がっていく。傷口に触れた手は真っ赤だった。

 

 それから意識が暗転し、彼は真っ暗な空間に立つ。そこには自分と同じくらいの大きさをの黒い子どもが立っていた。その色は不思議と、周囲の闇と混ざらない。

 

 彼は「きみはだれ?」と尋ねた。

 その子どもは「僕はきみだよ」と返した。

 

 

『きみは、しんじゃったんだ』

 

 

 少年は呆けた面をした。彼はまだ「死」というものをよく理解していなかった。

 

『たとえばアリをふみつけたら、それはうごかなくなるでしょ? それが「しぬ」ということだよ』

 

「……僕は、しんじゃうの?」

 

『ちがう。もうしんだんだよ』

 

 少年の表情に少しずつ、恐怖の色が浮かんでいく。

 

「しんだら、僕はどこにいくの?」

 

 その子どもは二つの真逆な方角を指差す。「あっち」か、「こっち」と。そしてどちらに行くかは、自分で選べと。

 

「しんだら……おとうさんはおかあさんにあえなくなっちゃうの?」

 

『そうだよ。それが「し」だよ』

 

「っ………! やだ!! 僕はしにたくない!!」

 

 少年は駆け出す。音にしたらポテポテと、小さな体で、短い足を動かして懸命に真っ黒な世界を走る。

 その世界はどこまでも真っ黒だった。走っても走っても永遠に続く。

「あっ」と転んでしまった彼は、目に大粒の涙を溜めて唇を震わせた。

 

「やだよ……しにたくないよぉ…!!」

 

『でも、にんげんはいつかしぬ』

 

「おとうさん、おかあさんっ、アカネちゃん、センセー……!!」

 

『いじめられて、そのすえにあたまをぶつけておまえはしんだ』

 

「しにたくっ、ない……」

 

『どうする? みんなころす?』

 

 少年は涙声で「ころす…?」と呟く。

 その子どもは殺す意味を教えた。アリを足でつぶしたり、猫が食べてはいけないものを与えたり、犬の頭を棒で思いきり叩いたり、料理で母親が使っているもので、人の腹を刺したり。

 そうして、故意に手を加えた生き物が動かなくなることを、「殺す」と言う。

 

 

『タケシくんをころそう。いじめてきたのはあのこだから。ほかにも、タケシくんのとりまきや、きみのことを「へんなこ」ってわらっているせんせい、にんきもののサトシくん。それに────僕のことを「かわいそう」っておもいながら、ないしんではみくだしているアカネちゃんも』

 

 

 全員殺してしまおう。その子どもはそう言う。

 

 

「……そんなの、ダメだよ」

 

『どうして?』

 

「僕はぜったいにそんなひどいこと、したくないから」

 

『……そっか。わかった』

 

 瞳を閉じた──彼にはそう見えた──その子どもは、彼の元へと歩いてくる。

 彼は思わず後ろに下がった。

 

「こ、こないでよ…!」

 

『どうして? きみは、しにたくないんでしょ?』

 

「………うん」

 

『じゃあ、つなげなきゃ』

 

「つなげ……?」

 

『さいしょにいったでしょ。僕はきみだって』

 

 目前にまで迫っていたその子どもの腕が近づく。彼は思わず目を閉じた。しかし何も起こらない。もう一度目を開けると、黒い手が自分の体の中におさまっていた。

 

「うわぁ!?」

 

『いい? 僕はきみで、きみは僕だよ』

 

「なにこれ!? なに……僕のなかにはいってる!!?」

 

 黒い体が全部入り切った後、少年の意識がフッと消えた。

 

 そして、彼は荒れ狂う呪力の中で目を覚ますことになる。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 悲鳴が聞こえた。

 

 暴風に巻き込まれ、周囲にいた人が吹き飛ばされていく。窓ガラスも割ればらばらと地面へ降り注いだ。

 

『彼』は────影男は思い出した。

 

 自分が幼稚園で呪力暴走を起こした後に出会った黒い少年のことを。

 

 アレは自分だった。四つか五つの年頃で、いじめっ子に意地悪をされた末に呆気なく死んでしまった、自分の呪霊(すがた)だった。

 呪霊の自分のおかげで、影男は肉体と魂を再び繋ぐことができた。

 しかしその代償と言っていいのかは分からないが、自分の中に呪霊の自分もいる状態が生まれた。

 

『彼』はこれまで、「死にたくない」と願った影男の呪いに従って、命の危機に瀕した時に現れたのだ。

 

 

 一度目は幼稚園の時。

 

 二度目は交通事故に遭った時。影男は真っ白な────自分の生得領域と思しき場所で、無意識にその暴走を押さえた。一度目の時のように、暴走して傷つくのを恐れたからだ。

 

 そして三度目は──そう、最上の時だった。最上に◽️◽️◽️を見せられた──この、◽️◽️◽️の内容はほぼ思い出せないのだが──後に、暴走した。思い出そうとするだけで吐き気が込み上げるため、相当恐ろしいものを見せられたのだろう。

 

 四度目は真人に術式を使われた時。魂に()()()を与えられたことで、漏れ出た。この時の『彼』はしかし、そのすぐ後に「真依を守りたい」という願いが勝った。

 

 これらの視点は、二度目以外は自分の視点で、自分の知らない体験を見せられるという不思議なものだった。

 

 

『あ、アアア……』

 

 

 頭を押さえていると、泣き声が聞こえた。

 

 周囲にいた人々が倒れ、ケガをしている。声は子どものものだった、「痛いよう…!!」と泣いている。それがさらに自己嫌悪を生み、呪いが強まった。

 

 

(あぁ、結局、僕なんて……)

 

 

 誰かを傷つけることしかできないのだ。思考が高速で暗い海底へと沈んでいく。体がボコボコと音を立てていった。

 明るい方へ手が伸ばせない。体が強制的に闇へ引きずり込まれる。

 

 

 

『助けてくれ、シゲオッ────!!!』

 

 

 

 その時である。大型の呪霊に追われている緑色の人魂がすっ飛んできたのは。大型の呪霊の口からは同じ緑色の何かがはみ出ており、口がモチャモチャとしていた。

 

 エクボの声に反応したのか、吹き荒れていた暴風が止まる。

 

『って、何でテメェ呪霊になってやがるんだ!? 死んだのか!!? アッ、死体が………いや、それよりもアレをどうにかしれくれ!!』

 

『ウ、ウ』

 

『バカやろー!! ここでこのエクボ様が死んだら俺様の野望が途絶えちまうだろ!! ギャアア来た食われる食われるッッお願い助けてよシゲちゃぁん!!!』

 

 影男の頭上で鬼ごっこが始まった。エクボは姿が変質しつつある影男を見とめ、このまま変わるとまずいと判断する。今の彼には普段の影男らしい姿はない。そこを引きずり出せれば──。

 

 

『真依と結婚すんだろ!! しっかりしやがれ!!!』

 

『マ、イ………』

 

『それとも真依が他の男に寝取られてもいいのか!?』

 

『いやだっ!!!』

 

『よしッ助けろ!!』

 

 

 変質が止まる。影男は手をかざし、エクボを追っていた呪霊に狙いを定める。

 

『えっ』

 

『おう! 助かったぜシゲ…』

 

 

 

「モブくん?」

 

 

 

 それは影男にとって、耳に馴染んだ声だった。

 

 袈裟姿の男は、驚愕に目を丸くしている。そう言えばと影男は思い出した。夏油は今日、比較的近い場所で別の仕事が入っていたなと。強い呪力の気配を感じてやってきたのだろう。

 

 そう思ったところで、周囲で倒れている人間の呻き声に、一気に思考が現実へと引き戻される。

 

『ァ………違う違うッ!! わざとじゃ、わざとじゃ…!!』

 

「影男くん、大丈夫だ。私は…」

 

『──────ごめっ、ごめんなさい』

 

「ッ! 影男く──」

 

 夏油の言葉を待たず、影男はその場から逃げ出した。夏油は倒れている人間を一瞬見て、今ここで自分が介助しなくとも、すぐに救急車が来るだろうと判断した。

 ゆえに自分は影男を追おうと呪霊を出したところで、彼は目にした。

 

 

「あっ」

 

 

 パイプの下敷きになっている、養子の姿。アスファルトに血がじわじわと広がっていき、開いたその目は暗く澱んでいた。

 

 心臓が止まった心地とはまさにこの事か。夏油は呼吸を忘れ、思考が止まってしまった。

 

 

 エクボはその間に逃げた影男の後を追った。夏油を一瞥し、「こっちは任せろ!!」と大声で叫んだ。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 茂山一級術師が任務の後、解体中の建物から落下してきたパイプの下敷きになった。現在、予断を許さぬ状況である。

 

 目撃証言から少女を突き飛ばした直後に事故に巻き込まれたという。

 

 その肝心の少女については、救急車が駆けつけた頃にはすでに姿をくらませていた。

 

 

 後にこの少女は制服や身体の特徴から、近隣にある高校に通う生徒だと判明した。

 

 さらに彼女はかつて、茂山影男の呪力暴走に巻き込まれていたと分かった。それがきっかけか呪霊が見えるようになり、両親が離婚。

 つい最近では事故を受け、顔に傷ができてしまったとの情報もある。

 

 この少女が私怨から、何者かの協力を得てパイプの落下の原因となった呪霊を操り、影男を狙ったのではないかとも考えられた。

 

 もちろん偶然巻き込まれてしまい、恐慌状態から逃げてしまった可能性もある。少女の行方は現在も捜索中だった。

 

 

 一方で、事故現場の周辺にいた十数名の人間が重軽傷を負った原因不明の突風については、茂山影男が過去に起こした呪力暴走と酷似しており、彼が原因だろうと考えられた。

 

 少女が「バケモノ」と叫んだのも、過去の呪力暴走を垣間見ていたがゆえの発言だったのかもしれない。

 

 

 

 夏油がオペ室の前に座り込んだのは人生で二度目だ。二度目の今は、実際に生気を無くしたその目を見てしまった。

 

 これまで積もりに積もった高専への猜疑心が爆発しそうだった。殺気を感じ取っているのか、看護婦も一切近寄らない。

 

 

(アレはやはり呪霊だ……)

 

 

 夏油は熱中症で入院している時に、見舞いにきた五条に問いただした。

 

 あの時の影男は、「人」と呼ぶにはあまりにも違和感があった。それこそ────。

 一度あの姿を見ている五条なら、何かわかっていたはずだ。胸ぐらをつかまれた五条は「確証がなかった」と話した。

 

 禍々しい呪力を持ったアレは、しかし茂山影男のものと同じだと六眼は判定した。ただ呪力の質は呪霊と酷似している。

 

 仮にもし影男が自分の生き霊的な呪霊を持っているのだとしたら、それが生まれた原因があるはずで──すなわち、一度茂山影男は死んでいることになる。

 

 確証がない状態でそんなことを言われれば、夏油は同じように胸ぐらをつかんでいただろう。

 

 ここには、五条の「言えるわけがなかった」も含まれる。

 言ったら最後、夏油は影男を連れてさよならグッバイしていただろう。最悪の場合、闇堕ちして呪詛師ルートだ。上層部が呪霊を抱える茂山影男を放置しておくはずがない。まず間違いなく秘匿死刑になる。それは彼の呪力暴走を起こす質も相まって、尚更に。

 

 

 エクボに事情を話し、番呪霊()として付けていたはずだった。

 

 そのエクボは影男に「しっしっ」と追い払われてしまい、渋々呪霊を食べていたところで、自分より等級の高い呪霊に襲われた。

 エクボ的には、嬢ちゃんに敵意はなく、無害判定をしていた。ついでに色々あるらしい二人に気を利かせてやった部分もあった。

 

 

「夏油さん!!」

 

 

 真依もまた病院にたどり着いた。

 

 彼女は『手術中』の光を見て、口元を覆いその場で座り込んでしまった。

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