茂山影男   作:ピンチャンよ永遠なれ………

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59話

 一面が真っ白な世界だった。

 そこに二人の青年が座っている。一方は高専の制服を身に纏った青年で、もう一方は全身が真っ黒な青年だった。

 

「一応はじめまして…かな? 僕は茂山影男」

 

『一応はじめましてだね。僕も茂山影男』

 

 影男の生得領域であるこの場所は、地平線まで何もなく、ただ果てしなく白かった。

 二人はポツポツと話し出す。

 

「僕は、一度死んでるんだよね」

 

『頭を打った、その時にね。でも僕は君の魂と肉体を再び繋いだんだ』

 

「そんなこと普通…できるのかな?」

 

『君だって夏油さんと真依ちゃんの魂を繋げたじゃないか』

 

「……僕は夏油さんの首を絞めたこと、許さないから」

 

『だって、真依ちゃんが死んでるって、夏油さんが言おうとしたから……』

 

「…君はやっぱり、呪霊なんだね」

 

 影男は寝転がり、大きく息を吐いた。首を絞めたことも謝らなければならない。考えると恐ろしくなってしまうが、影男は自分と向き合うと決めたのだ。自分の罪についても。ゆえに今は歯を食いしばって飲み込む。

 

「君が黒いのは、呪霊だから?」

 

『そうかもしれない。…ねぇ、君は』

 

「うん」

 

『どうして僕が最上啓示を殺すのを邪魔したの? 事故が起きたあの時僕が表に出ていれば、あの時点で最上を殺せたのに』

 

「そしたら周囲にいた人を巻き込んでしまっただろ」

 

『そうやって君はこれからも、我慢し続けるの?』

 

「周りを傷つけてしまうくらいなら、僕は我慢することを選ぶよ」

 

『………』

 

 黒い『彼』は、ゆらりと立ち上がった。彼の体から伸びた黒い影が、真っ白な世界を飲み込んでいく。影男は静かにその姿を見つめた。

 

『僕は呪霊の君だ。君は人間の僕だ。同時に僕は負の君で、君は正の僕』

 

「…裏オモテってこと?」

 

『そう。でも表が裏な時もあるし、裏が表な時もある。どっちも「茂山影男」なんだよ』

 

「……そうだね」

 

『ねぇ、「モブ」。君はいつだって、人を傷つけることを恐れている。人を傷つけることに怯えている。呪術師をやっていれば、いつかは呪詛師を殺す場面だって出てくるんだ。おまけに君は人の死体を見るたびに「救えなくてごめん」って謝ってる』

 

「…うん」

 

『君は呪術師に向いてないよ。今からでもしっかり勉強して、大学に入って、就職する道を考えた方がいいんじゃないかな』

 

「………僕もしかして、呪霊の自分に将来を心配されてる?」

 

『七海一級術師が確か、一度は社会人になったんでしょ? “その力”はきっと、呪術師にならなくても活かせるよ。君が僕と向き合いたいなら、尚更危ない場所に踏み込んで行かないほうがいい』

 

「……僕は、自分の覚悟を曲げたくない」

 

『真依ちゃんだって夏油さんだって、君が逃げても怒らない。むしろ安心するんじゃないかな。君は無茶をしてしまうから』

 

「………」

 

『いい? 最上啓示の時だって、君が無茶をしたから僕が出て最上をやっつけたんだ。────ああ、◽️◽️◽️(それ)は思い出してはダメだ。◽️◽️◽️(それ)を思い出したら、君の精神が壊れてしまう』

 

 影男はしばらく顔中から冷や汗を流し、ハッ、と短く荒い呼吸を繰り返した。

 それから心臓の音がおさまってから顔を起こす。

 

「……あれ? 僕何か思い出しかけて…」

 

『話の続きをしようか、モブ』

 

「………うん」

 

 得心がいかなそうな顔をしながらも、影男は小さく頷いた。

 

 

『君の大義は、自分の力を人の役に立てることだ。僕は別に、その大義を否定するつもりじゃない。その大義は何も呪術師にならなくともできるはずだって言ってるんだ。君の力はそもそも、変幻自在な呪力だけなの?」

 

「……それは」

 

『君は自分の他の長所を探して伸ばすことを諦めて、一番手っ取り早い方法で自己欲を満たしているだけじゃないの?』

 

「ちがっ……」

 

『それに、君が夏油さんに言ったんじゃないか。「()()()()()()()()()()()()()()()()()()」って』

 

「────ッ!!」

 

 ねえ、と黒い『彼』は続ける。『彼』は体を捻るように曲げ、横から影男の顔を覗き込む。

 

『発言者の君が一番ずるいんじゃない? 人を助けて、「ありがとう」って言われるのはさぞ気持ちいいだろうね』

 

「……ぼく、は」

 

『モブはいいね。人間に恵まれてる。君が多少を無茶をしたって、助けてくれる仲間や僕もいる』

 

「………」

 

『君は羨ましい。ねえ、ずるい僕。呪術師なんて辞めちゃいなよ。君が傷つくほど僕だって傷つくんだ。でも僕が傷ついても、君は傷つかない。ねえ、モブ、呪術師なんて辞めちゃいなよ』

 

「………ないよ」

 

『何?』

 

「『良い』ことをするのに、ズルも何もないよ」

 

 影男は拳を握った。立ち上がると、黒い『彼』へ相対する。

 

「自分の力を使って、周囲を捻じ曲げてでも自分の大義を押し通すなら、それは「ずるい」さ」

 

『………』

 

「でも、人を助けるために自分の『全力』を使うことの、いったい何がズルだって言うの?」

 

『……ずるいよ』

 

「僕は……僕は呪術師は辞めない。自分で決めたんだ。呪術師になって、この力を役立てるって。人を助けた時に、「ありがとう」と言ってもらえることを喜んだって構わないだろ。確かに僕の自己欲──承認欲求はあるかもしれないけど、僕はもっと純粋に、この力を役立てたいんだ」

 

『ずるいよ、お前ばっかり』

 

 黒い体がドロリと溶ける。「ずるいずるい」と『彼』は呟く。

 

『お前は弱いのに。お前は弱い僕のはずなのに、どうしてまっすぐに立つの?』

 

「……僕は確かに、弱いかもしれない。でも弱い部分はきっと、みんなが支えてくれる。僕が『ずるい』人間になって突っ走ってしまった時だって、止めてくれた」

 

『お前は弱いのに……僕の方が強いのに…』

 

「君の力は強いよ。あの最上のことを倒してんだから……でも君にだって、弱い部分はあるよ」

 

 黒い腕が伸び、影男の首をつかむ。影男は呻いたが、視線は逸さなかった。

 

「誰にだって、強い部分や弱い部分がある。君や僕、それに夏油さんに──五条さんだって」

 

 完全な人間はいても、完璧な人間はいない。

 誰しもが、どこかしらに欠点と長所がある。

 その不足分、過不足分を互いに足したり引いたりしながら周囲と付き合っていくことで、社会はうまく回っていく。

 

 影男は開いた手を伸ばす。

 

「僕は君に、僕を受け入れてほしい。僕の良いところも、悪いところも引っくるめて」

 

『そんなの、都合がよす──』

 

 その代わり、と影男は続けた。

 

 

「僕も君のことを、受け入れるから」

 

 

 呪霊の茂山影男。

 それはきっと、影男がこれまで嫌い続けた「自分」という存在だった。

 人を傷つけてしまうたびに、誰かを守れなかったと嘆くたびに成長し、膨大な力を蓄えていった。

 

 この「自分」を受け入れるということはすなわち、「嫌いな自分」を受け入れるということで────、

 

 

『お前にできるの、()()が?』

 

「……がっ、頑張ってみるよ…少しずつ」

 

『…やっぱり僕は、こういう時でも格好が付かないんだね』

 

 

 手が握られた。

 

 世界は白い色を取り戻し、その場には影男一人が佇んでいた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 ──初夏である。

 

 今年度がさあ始まりましたよというタイミングで、高専生は目まぐるしく呪霊を退治していた。今年は東京校に二名が入学し、京都校には一名が入学した。

 

 三月頃に意識を取り戻した影男は、状況が仕方なかったとはいえ呪力暴走を起こした非を問われ、しばらくの停学処分を命じられた。まあその期間はリハビリに当てられている。

 

 

 目覚めてからしばらくは忙しかった。東堂が高田ちゃんの差し入れを持ってきて、「今は治療に励み、さらに強くなったこの俺の相手をしろよ」と背中を叩いてケガを悪化させたり──、三輪が自力で歩行している幸吉と見舞いにやってきたり──。

 

 西宮や加茂、東京校の知り合いも一同にやってきた。影男はパンダに会えず落ち込んだが、『カゲオくん江❤︎ココに注目→』と書かれた一枚の写真を見てテンションを上げた。そこにはなぜかセクシーショットをしているパンダがいた。影男は「モフモフしてぇ…!!」と思った。ちなみにその写真は真依にバレ、没収された。

 

 歌姫や五条、直哉も訪れた。家入の分の見舞いも持ってきた五条はなぜかフレーメン反応を起こし、直哉についてもなぜか挙動不審になっていた。

 

 

 そんな中でもしょっちゅう見舞いに来る二人は、体調はどうかと毎度のこと尋ねてくる。

 

 夏油と真依。影男が一番迷惑をかけてしまった二人だ。

 

 夏油は当然として、影男は真依にも自分の意識がない間に体験したことや、自分の呪いについて話した。

 生得領域の中で話し合った呪いは消えはしたが、はたして里香のように解呪されたかはわからないことも話した。

 

 影男は何度も謝った。養父の首を絞めてしまった件についても。

 

 その上で今後も、自分が呪術師を続けていきたいと話した。

 今回のように、狙われることが分かっていても。

 

 もしかしたらいつか消えていなかった呪霊の自分が暴走し、秘匿死刑になることがあるかもしれない。

 それでも、自分が掲げた大義のために進みたかった。

 

 

「君が望むなら────私は教師として、そして父親としてサポートするよ」

 

 

 夏油は笑顔で頷いた。父親の顔と教師の顔が混ざった笑みだった。

 

 真依もまた頷いた。ただ真依は、「あまり無茶はしないでほしい」とも語った。

 

 

 

 

 

「今はひとまず……ゲホッ! リハビリに、専念しないとなぁ…」

 

 時期はちょいとさかのぼって三月の終わり頃。怒涛の見舞いラッシュが落ち着いてきたタイミングだった。

 世間では卒業式シーズンである。

 

『にしてもあの霊幻って男、改めて思い返してもやっぱ夏油と似てねぇか?』

 

「そうか、なぁ?」

 

『何つーか声とか、胡散臭さがよ……』

 

 マジでこれが本名なのか? と思わずにはいれらなかった男。ただ、影男に大きな影響を与えたのは確かだ。

 

(退院したら、御礼も持ってもう一度行ってみよう…あっ、でも事務所の場所がわからないや)

 

 あの後、成仏するようにフッと意識が消えたため、名刺は残っていない。番号なども書いてあったが覚えていなかった。

 とりあえず事務所が特徴的な名前のため、検索すれば何かしらヒットするだろう。

 

『しっかし、お前さんも難儀だな。今更声がわりとはよ。人間の男だったら普通、中学くらいで変わるだろ』

 

「あんま喋らせるなよ」

 

『本当ッ、お前って可愛げってやつがねぇよな!』

 

「僕は可愛い男じゃなくて、カッコいい男になりたいからね」

 

『………お前の声を聞いて、夏油だけじゃねぇ、五条や禪院の坊主が妙〜な反応してたのも気になるがなぁ…』

 

 

 影男は歩行の練習をしながら、かなり落ちてしまった筋肉を取り戻そうと、マッスルの意欲を高めていった。




ここで一旦終わり。
次回は最終回のエンドロールみたいな話。
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