茂山影男   作:ピンチャンよ永遠なれ………

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7話

 久しぶりに会った夏油は明らかに顔が疲れていた。ちょうど時期がお盆前だったため、影男は夏油に帰省の提案をした。自分は姉妹の家にもうしばらく泊まるからと。

 

「でも、夏休みになったのに、まだどこにも連れて行ってあげられてないじゃないか…」

 

「ゴールデンウィークの時に沖縄に行ったから、僕は大丈夫です。帰ったらきっとおうちの人も喜ぶと思います」

 

 影男の説得もあり、夏油は実家に帰ることになった。影男はお土産に通知表を頼んだ。夏油が話題を変えても、影男の鳴き声は「通知表、通知表」だった。

 

 

 

 あと数日一緒にいられることになった真依は嬉しそうで、真希も皮肉を言いながら口元が笑っていた。

 しかし彼女たちも禪院家から連絡が来たことで、急きょ帰省することになった。

 

「本当にわりぃな、影男。土産にクソ生意気な禪院の奴らの生首を一つ、二つは持って帰るからさ」

 

「いらないよ……」

 

「夏油さんと連絡は取れた?」

 

「今日中には帰って来るから、先に家で待っていてって」

 

「そう、よかったわ」

 

 お昼には禪院家の迎えが来るとのことで、真依と真希は荷物の用意で朝から忙しそうだった。影男も着替えや宿題を荷物に詰め込む。二人とは午前中で別れ、タクシーに乗ってマンションに帰った。

 

 

 姉妹に罪悪感を抱きながら影男は合鍵を使って玄関を開ける。中に人の気配はなく、カーテンが閉まっているため薄暗い。

 

 夏油には本当は連絡していない。せっかく実家に帰っているのに、自分のせいで家族の団らんを邪魔したくはなかったのだ。あとで三人には怒られるだろう。

 

「まずスーパーで食べ物を買って来なくちゃ…」

 

 お金は自分がいない間にと、夏油から渡されたものが十分にある。影男はカエルのがま口に「1」の後に「0」が四つある紙幣を小銭の中に突っ込み、空にしたリュックの中に入れた。一応水筒も首に提げて持っていく。

 

 いつもは二人で歩く道を一人で歩くのは新鮮だ。車の走行音や信号の音に、人々が出す音。人見知りよりも、今の影男はドキドキの方が勝る。まるで大冒険の始まりのようだった。

 

 お盆のせいか、すれ違う人の数は少ない。スーパーに着くと事前に用意したメモを見ながら自分の背丈ほどもあるカートを押していく。ホーム・アローンの再来である。

 

 時折人の視線が小さな冒険者に向く。うろうろと店をさまよっていると、40代ほどの店員が腰を屈めて影男に話しかけてきた。

 

 

「君、お父さんとお母さんはどうしたの?」

 

「……あ、えっと…いま僕、一人でおつかいをしてて…」

 

「一人で?」

 

「はい……」

 

 

 店員は顎に手を当てて少し考えた後、影男の買い物に付き合ってくれた。紙に書かれた文字は急ぎだったので読みにくい。そのため読めない部分は影男に聞きつつ、店員は食べものをカートに入れていった。この時、所持金も考えながら選んでくれた。

 

 影男は電子レンジとポットしか使えない。お湯はしかもやけどしたら危ないから、呪力を操作して入れている。

 

 レトルトご飯や、カレーにお菓子。その他色々と買って、荷物も店員が入れてくれた。一気に重くなったリュックに影男はよろけたが、能力を使って荷物を浮かす。これなら楽ちんで運べる。

 

「ありがとうございます、おばさん」

 

「…本当におうちはここから近いの?」

 

「はい。大丈夫です」

 

 店員は心配した様子だったが、駆けていく少年の後ろ姿を見て「大丈夫そうかな」と判断した。あの重さを難なく運んでいった様子に一瞬首を傾げたが、それも仕事をするうちに忘れ去られた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 洗濯機の使い方はイマイチわからないため、洗濯カゴに服を入れる。白い天井を仰ぎながら影男は湯船に足を伸ばした。油断すると頭まで沈んでしまう。

 

 お昼はご飯と缶詰の魚を食べて、おやつはポテチを食べた。夕食はご飯に卵を混ぜて、少し醤油をかける。そこに納豆も投入して、夜食に食べたら悪魔的なシロモノを作った。皿洗いもした。何度か手が滑って割れそうになった場面もあった。

 

 最悪割れても影男は“なおす”ことができる。ただこの力は、自分を“治す”ことはできない。怪我には気をつけなければならなかった。

 

 

「………」

 

 

 一人の夜を、影男は体験したことがない。禪院家にいた頃は孤独でも常に人の気配があった。

 

 お風呂を出たら、パジャマに着替えて歯磨きをする。リビングはシンとしていた。意味もなく夏油の部屋を開け、暗闇の室内を見てからそっと閉じる。

 

「………」

 

 テレビをつけてソファーにうずくまり、影男はチャンネルを回した。ちょうどその時電話がかかってきた。夏油からである。しばらく悩んだ末、影男は携帯を取る。

 

 

「もしもし、夏油さん?」

 

『────あっ、影男くん。もう寝てしまったかと思ったよ』

 

 夏油の声色はいつもの調子を取り戻していた。今日は何をしたのか聞かれたが、本当のことを言うわけにはいかない。それらしい嘘を影男は話す。すると心の中がずっしりと重くなった。また、嘘をついてしまった。

 

『……少し調子が悪いようだけど、大丈夫かい?』

 

「ちょっと遊びすぎたのかもしれないです」

 

『…そうか。無理はしないようにね。夏だからって、お腹を冷やして寝ないようにね』

 

 電話の背後で「傑ー?」と女性の声が聞こえた。夏油の母親のようである。一瞬バタバタッと音がしてから沈黙が訪れ、遠くの方で話し声が聞こえた。そのあとまた夏油の声が戻る。

 

『……実は、母親に影男くんを連れて来なかったことを怒られてね。家に帰るときは一緒に連れて来るように言われたよ』

 

「…でも、僕がいたら邪魔ですよ」

 

『邪魔じゃないよ、絶対に。そんなこと言うな、影男くん』

 

「………」

 

 家族なんだから、と夏油は言う。影男は泣きたくなるのを堪えた。ひとりぼっちの部屋はこんなにも寂しいのだ。どんなに恐ろしい呪霊がいても、この恐怖にもきっと及ばない。

 

 影男の変化を感じたのか、夏油は再度「大丈夫かい?」と話す。

 

 

『やっぱり明日帰るよ』

 

「でもっ」

 

『私の通知表、見たいんだろう?』

 

「!!」

 

『午後には真希ちゃんたちの家に着くと思うから、帰る準備はそれまでにしておいてね』

 

「……うん」

 

 

 すでに家にいるとは言えないまま、通話が終わった。ソファーに横になった影男は、いくらか和らいだ寂しさに目を閉じる。テレビの音が聞こえて、瞼の裏は明るい。

 

 時計の音がだんだんと遠くなると同時に、影男は眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 翌朝、影男の気分は沈んでいた。朝食も食べたが残してしまい、ソファーに横になる。

 

 彼の心はまさしく死刑を宣告された罪人の如き気持ちである。たった一日でいくつもの嘘をついてしまった。許されないことだ。

 

 夏油も真依も真希も、影男のことを嫌いになってしまうかもしれない。怒られるのはもちろん怖いし、嫌われた自分の居場所がなくなってしまうことも恐ろしい。

 

 

 もう夏油と暮らせないかもしれない。影男は捨てられて、橋の袂で段ボール箱に入り、ひとりぼっちの夜を毎日過ごさなければならないかもしれない。お腹が空いて、死んでしまうかもしれない。

 

 今にも泣きたかった。しかしこの感情のまま泣いたら家を傷つけてしまいそうで、内側へ、内側へと感情を押し込む。

 

 どうすればいいのかわからない影男が選んだのは、逃避行だった。

 

 

 

 

 

 相変わらず人の数は少ない。午前中あてもなく歩き回っていた影男は、商店街の匂いに釣られてポケットに突っ込んでいたがま口を開いた。朝食もあまり食べなかったせいで先ほどから腹の虫が鳴き止まない。

 

 はじめはコロッケを買った。ホクホクのそれに「あふっ!」と言いながら、衣のサクサク感とたっぷりの肉汁を味わう。次にソフトクリームを食べ、たこ焼きも買った。

 

 腹が満たされると次第に眠気が襲ってくる。公園のベンチで居眠りしていた影男が目を覚ました頃には、二時になっていた。恐る恐る携帯の着信を見てみたが、まだ夏油からの連絡はない。バッテリーが赤なことに影男は気づかなかった。

 

 今からでも電話して、本当のことを言った方がいいのだろうか。────でも。

 

 

「……ふぇっ」

 

 

 とうとう涙の決壊が始まる。下を向いて、影男は周りを歩く大人に顔を見られないように歩く。

 

 どこへ向かっているのか自分にもわからない。歩いて歩いて、たどり着いたのは河川敷だった。影男は今日にはここに捨てられ、一人ぼっちになるかもしれないのだ。そう考えると堪えていた声も抑えられなくなり、大声で泣いた。

 

 お盆のこの時期にわざわざ河川敷に訪れるような人もおらず、彼一人しかいない。

 

 白い雲がゆったりと流れる。空で鳥の鳴き声が聞こえた。川の流れが少年の泣き声を包み込む。

 

 

 

「何泣いてんだよ、ガキンチョ」

 

「うぅぅ………う?」

 

 

 草原に座りこんだ影男の後方、土手の上に人が立っている。視界がぼやけているせいでその輪郭ははっきりと見えない。影男は袖で涙を拭う。いつの間に人がいたのだろう。

 

「何で泣いてんだよ、お前」

 

「……僕はっ、わるいこと……いっぱいしちゃった、から…」

 

「は?」

 

「捨てられちゃう゛んだぁ……!!!」

 

「捨てられる?」

 

 一層大きな声で泣き出した少年に、男は思わず耳を押さえた。ここで巡回中のお巡りさんが来たら、この男は両手に手錠をかけられていたことだろう。

 

 ハァ、とため息をついた彼は影男の隣に座る。

 

「悪いことって何したんだよ」

 

「いっぱい、うそ、ついちゃった……」

 

「嘘ぐらい誰だってつくだろ」

 

「せったいげとうさんも、まきちゃんもまいちゃんも、ゆるしてくれないよぉ…!!」

 

「………」

 

「うわぁぁぁん!!!」

 

 影男の隣で、男はなぜか体育座りの形になる。大きな体を折り曲げるその姿は子供のようだった。

 

 

「……俺も、許されないことをしたんだ」

 

「うぅ……おじさんも?」

 

「この顔がおじさんに見えんのお前!?」

 

「うん」

 

 男はサングラスを取り、バサバサのまつ毛を晒す。一桁台な年の子供にとって、でかい男は大抵おじさんである。「信じられないわ!」と男はなぜかオネエ口調でサングラスを掛け直した。

 

「お前変な奴だな。呪力が全然漏れ出てないと思ったら、泣いた途端に吹き出してたぜ」

 

「……お兄さんはもしかして呪術師の人なの?」

 

「そうだよ。最強の呪術師な」

 

「最強の人が何でここにいるの?」

 

「………知り合いに会いに来たんだよ」

 

「迷子なの?」

 

「ここら辺に住んでんのは知ってんだけど………何、つーか」

 

 男の言葉はだんだん尻すぼみになる。影男は相手の顔を見ながら、「呪術師って顔がいい人が多いのかな?」と思った。

 

「会いにくいの?」

 

「……喧嘩したんだよ」

 

「どうしてケンカしたの?」

 

「色々揉めて、俺が絶交、って言っちまったんだ」

 

「………そっか」

 

 謝ればいいんじゃないかな、と影男は言えなかった。なぜなら彼は謝ることができたのに、怖くて逃げてしまったからだ。もう夕方近くなってきたのに電話も来ない。すでに夏油は自分のことを嫌いになっているかもしれない。

 

 また大粒の涙がこぼれる。目元を擦る影男を男はじっと見つめた。

 

「お前はきっと許してもらえるよ。すぐ………その、夏油って男に」

 

「むりだよ……」

 

 男が影男の頭に手を伸ばした。子供の慰め方はあいにくと知らないが、髪の毛をスズメの巣にしてやるのが今は一番だと思った。

 

 

 

「何してるんだ、悟」

 

 

 

 二人が振り返ったそこには、息を切らした夏油の姿があった。髪はボサボサで、手には携帯が握られている。

 

 

「傑……」

 

「あぁ、言い方が違ったな。────その子に何をしたんだ、悟」

 

 

 夏だというのに真冬が到来したかのような空気に、影男はポカンとした。

 

 


 

 ・ゲトー

 禪院姉妹の家にモブがいないし、姉妹に連絡を取ったら昨日家に帰ったって言うし、家に帰ったらモブがいないしで大慌て。呪霊で探したら河川敷の方にいたから慌てて走って来た。呪霊を近づけなかったのは、影男が割と容赦なく見かけた呪霊を消すから。

 

 ・ゴジョー

 非常にめんどくさいやつになっていたら呪力の流れが変な子供に遭遇。気になって接触したら口から「夏油」の名前が出て、この子供が例の少年だと気づいた。

 

 

【TIPS】

 

 ・「橋の下で拾ってきた」の考え

 むかしの風習に由来するもの。『拾い親』の風習────親が一度子どもを手放して、別の親に拾ってもらい、厄を避けたり健康に育つよう祈った。

『橋の下』は不浄な場所とする考え方があり、そこから拾う=ケガレを落とす意味合いがあった。

 良い意味ではあるが、現代だと悪い意味合いに取られがちかもしれない。

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