ヤンデレ短編1   作:空田空

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私と千影の手の中で、銀色のペーパーナイフが聖なる光を放っていた。二つの心臓が、一つの死に向かって高鳴る。世界のすべてがこの一点に収斂し、永遠がまさにその姿を現そうとしていた、その刹那――。

 

ガシャン!

 

鼓膜を突き破るような、暴力的な破壊音が響き渡った。

それは、この聖域にはあまりにも不釣り合いな、冒涜的な音だった。部屋の扉ではない。もっと遠く、玄関の錠が無理やりこじ開けられる音。

 

私たちの世界の、完璧な静寂が、壊された。

 

千影の肩がびくりと震え、恍惚としていた彼の瞳に、困惑の色が浮かぶ。私もまた、至高の瞬間を汚されたことに、全身の血が逆流するような怒りを感じていた。

 

「誰…?」

 

千影が不安そうに囁く。私は彼を背中にかばい、ペーパーナイフを固く握りしめたまま、音のした方を睨みつけた。誰であろうと、私たちの儀式を邪魔する者は、排除しなければならない。

 

廊下を駆けてくる、荒々しい足音。そして、勢いよく書斎の扉が開かれた。

 

そこに立っていたのは、息を切らせた一人の女だった。知らない顔。知らない匂い。知らない存在。私の世界に属さない、異物。ただそれだけで、殺意を抱くには十分だった。

 

「…何者だ」

私の喉から、自分でも驚くほど冷たい声が出た。

 

女は私を無視し、その視線は私の背後にいる千影に釘付けになっていた。その瞳が、驚きと、安堵と、そして怒りで見開かれる。

 

「千影!あなたなのね!ああ、よかった…!」

 

女が、彼の名を呼んだ。その瞬間、私は理解した。

ああ、これがあの「姉」という名の亡霊か。記憶の中から消し去ったはずの不純物が、肉体を持って目の前に現れたのだ。

 

「誰…?」

千影は私の腕に強くすがりつき、女を怯えた目で見つめている。忘却の雫は、完璧に作用していた。彼の世界に、この女の居場所はもうない。

 

「何を言っているの、私よ!早苗(さなえ)よ!あなたの姉の!」

早苗と名乗る女は、悲痛な叫びを上げた。

「あなた、この人に何をされたの!?そんな目で私を見ないで!」

 

「黙れ」

私は静かに言った。

「この人に、気安く話しかけるな。この人は、お前など知らない。千影の世界は、私と共にある」

 

「あなたね…!あなたが千影を唆して、ここに閉じ込めていたのね!」

早苗の目が、憎悪に燃えて私を射抜く。ああ、なんと醜い感情だろう。嫉妬と無理解と自己満足の塊。やはり、外の世界の人間は、救いようもなく汚れている。

 

「閉じ込めてなどいない。これは、保護だ。あなたのような、無価値な雑音から、彼の魂を守っている」

「ふざけないで!警察には、あなたが彼を誘拐したと通報してあるわ。今に警官が来る。さあ、千影、こっちへ来なさい!」

 

警察。その言葉は、私をわずかに焦らせた。俗世の法が、私たちの聖域を土足で踏みにじろうとしている。ここで捕まるわけにはいかない。私たちの儀式は、まだ終わっていないのだから。

 

計画を変更しなければ。

 

「千影、行くよ」

私は彼の手を強く握った。

「ここはもう、汚されてしまった。私たちのための、新しい場所を探しに行こう」

 

「うん…」

千影は、私の言葉にだけ、こくりと頷いた。彼の瞳には、早苗という存在はもはや映っておらず、ただ私への絶対的な信頼だけがあった。

 

「待ちなさい!」

早苗が私たちの間に割って入ろうとする。私は、ためらうことなく本棚に立てかけてあった重い画集を手に取り、彼女の腹部に叩きつけた。

 

「ぐっ…!」

鈍い音と共に、女がうずくまる。殺してはいない。だが、時間は稼げる。

 

私は千影の手を引き、書斎を飛び出した。背後で早苗が何かを叫んでいるが、それはもう私たちの世界には届かない。私はあらかじめ用意してあった、最低限の現金と、『忘却の雫』の小瓶が入った鞄を掴むと、玄関から外へ飛び出した。

 

夜の空気が、ぬるりと肌を撫でる。

車のヘッドライト、猥雑なネオン、人々の喧騒。

ああ、なんと醜く、混沌とした世界だろう。

 

私たちは、楽園を追われたのだ。

だが、それでいい。私は千影の顔を見つめた。彼は、初めて見る外の景色に怯えながらも、私の手を強く、強く握り返してきた。

 

この醜い世界は、私たちの愛を試すための、ただの舞台装置に過ぎない。

二人でいる限り、どこであろうと、そこが聖域になる。

 

「さあ、行こう、千影」

私は彼に微笑みかけた。

「私たちのための、本当の楽園を探す旅だ」

 

私たちは、夜の闇へと駆け出した。

これから始まる長い旅路の果てに、二人だけの甘美な死が待っている。

そう思うと、胸が躍った。あの女の出現さえも、私たちの愛をより強固にするための、神が与えた試練なのだと思えた。

 

私たちは、法からも、社会からも、そして現実からも逃げる、逃亡者になった。

 

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