※設定などを改訂、加筆修正しました。
──005──
「DA」本部の地下深く──8ヶ所の警備ブロックでの身体チェックと、何重にも敷かれたセンサーによる複合的セキュリティを越えた先にある作戦総括指揮所。
そのフロアよりも更に下。
組織を束ねる長として
「(この厳重さ、慎重というか臆病というか……最大の仮想敵が
ここへ来る度に受けなければならない検査や手続きに、毎度のことながら
楠木司令直属の部下なんだから顔パスで通してくれないもんかと考えるが、あの融通の利かない上司は絶対に認めないだろう。
そんなことを考えながら進んでいくと、過度な装飾や凝ったギミックの一切を排し、ただひたすら防御面だけを考慮した武骨で無個性なな自動ドアの前に到着する。
「はー」
次の行動へワンクッション置くように、重く短い溜め息を吐き出す。そうやって気持ちを切り替えたのか、スライド式ドアの横に設置された(これまた質素なデザインの)インターホンを操作した。
「
無機質な電子音を通路に響かせたあと、覇気のない声で到来を告げる。
するとやや間を置いてから「入れ」という女性の声が、インターホンから返ってくる。
「失礼しまーす」
プシュッという少し気の抜けた音と共にドアが開き、真濁は声掛けしながら入室する。
組織を束ねる長の部屋としては、いささか質素で地味である。本人が使う仕事机は重厚ではあるものの、まず機能性を重視したデザインだし、すぐ傍に設置されている女性秘書用の机も至ってシンプルだ(万が一を想定して高い防弾性と耐爆性能を持たされた特殊な机であることを考慮しなければだが)。
それ以外の調度品といえば来室した人間を座らせる椅子と部屋の奥に設置された本棚ぐらいだ。
本棚といっても収納されているのは娯楽や息抜き目的の本などではなく、あくまで仕事上の資料や書類をまとめたファイルケースしかない。
本当に仕事をするためだけの部屋なのだ。
自分なら1時間もしない内に息が詰まって窒息死してしまいそうだなどと、心の中で真濁は「うへえ」と舌を出す。
「来たか」
各部署への承認手続きという事務仕事の手を止め、楠木は書類から真濁へと視線を移す。
秘書も仕事の手を止めて指示待ちの状態になる。
「次の任務だが、少し遠出を……遠征してもらう」
今回の任務に対する
「遠征先が何処だか分かりませんけど、そこの支部にいるファーストでは手に負えない相手ってことです?」
「そうだ。それ以外に貴様を呼ぶ理由がない。
無駄な質問はするな」
即座に肯定と叱責を返される。
そのレスポンスの早さに思わず目が丸くなるが、自分に話が回ってくるぐらいなのだから「そりゃそうか」と真濁は内心でひとりごちる。
「……1週間前、リリベルが部隊を動かした。本部直掩を除く3個中隊規模だ」
「リリベルが?」
急に楠木の話が明後日の方向へと飛んだが、そこで語られた内容に聞き逃せない単語が幾つか含まれていた。
治安維持組織「DA」にはリコリスとは別の実動部隊が存在する。日本に激震が走るほどの事態に対応するための攻撃性の高い部隊、それが「リリベル」だ。
全員が少女で構成されているリコリスとは真逆で、リリベルは全て少年で構成されている。その運用指針から武装(火力)面ではリコリスを圧倒しており、ほぼ小規模の軍隊と言っても過言ではない。
ただ10年前に発生した「電波塔事件」の際に部隊が全滅してしまい、組織内での発言力が著しく低下していた時期もある。
ここ数年でようやく部隊が再編され、先日の「延空木事件」ではリコリス抹殺のために投入され、中途半端な形で事態は終息してしまったが、その能力の高さを内外の裏社会に知らしめた。
とはいえ、まだ再編されて数年である。確保できた「戦力として動けるリリベル」の総数は、リコリスと比べると遥かに少ない。
なので3個中隊といえば、現状のリリベルが動かせる全戦力に近い規模である。
「(それを全て動かした?)」
リリベルが動いた以上、国内のどこかで「日本を激震させるほどの事態」が発生したのだろう。
真濁は途方もなく嫌な予感がした。
いや、もはや確信レベルだ。
このタイミングでリリベル出動の話題を振ってきたということは、いくらかの割合で自分の遠征に関係してくるということは明らかだろう。
そんな心情を知ってか知らずか、楠木は低い声のまま真濁の確信を的確に刺した。
「そして『部隊が全滅した』と
「はァーーーーッ!?」
すっとんきょうな声が出た。
「いやいや、リリベルが3個中隊ですよっ!?
10年前の教訓を踏まえて練度も装備もアップデートされた、
真濁はリリベルと交戦した経験はないし、個人的な交流もない。しかし記憶に新しい「延空木事件」での映像記録で動きの洗練さや充実した装備を確認している。
仮に自動小銃や手榴弾などで完全武装したテロ集団と対峙しても、それを一方的に制圧できるほどの実力があると踏んでいたのだが。
「そこは
光学観測による確認のみだが、森の中はリリベルの死体だらけ……その数からして部隊損耗率だとか音信不通だとか定義上の話ではなくKIA……文字通りの『全滅』。
状況からして捕虜になった者がいるかどうかは不明だが──その線は薄いだろうな」
「マジデスカ」
漏れ出た言葉も、思わず
分隊が皆殺しにされた、とかなら話は分かる。だが3個中隊といえば、規模として1個大隊に相当するのだ。
それが文字通りの全滅?
「いったいドコの軍隊とドンパチしたんスか……?」
「米国陸軍特殊部隊だ」
「は?」
即答で返された言葉の羅列に、一瞬だけ真濁の鼓膜が傍受を拒否した。
真濁自身もビックリするぐらい低い声で上司に聞き返してしまう。
「『警告!リック君のクッション愉快』?」
ワンチャン、自身の聞き間違いを期待するものの。
「米国陸軍特殊部隊だ」
しかし無慈悲に一字一句を、同じ声のトーンで繰り返さす楠木。
我慢できずに頭を両手で
「マジもんの軍隊じゃないですかヤダーーっ!?
リリベル何やったの!? いやこの場合、お
全く想定していなかった相手の名前が出たので、真濁のテンションが一時的におかしくなってしまう。
「落ち着け馬鹿者が。
貴様が混乱したところで何も事態は好転せんし、任務に変更もない」
「ああ、そういえば遠征任務って話でしたね」
「うわあ、急に冷静にならないで」
楠木の正論過ぎる正論パンチに「スン」となった真濁を見て、秘書が思わず横から口を出してしまう。
ジロリと司令から睨まれた秘書は「すいません」と身を縮こまらせると、いそいそと真濁に、一冊のファイルを手渡してくる。
パラリと開くと、不穏な兆候の察知から部隊の出動、対象との交戦直前までの記録が時系列順に記載された資料だった。
「交戦する直前まで送信されていた映像を分析した結果、装備品から米国陸軍の特殊部隊らしい……という所までは判明している」
「ですが交戦に入った直後に高度な通信妨害を受け、交戦内容の詳細は把握できなくなりました」
「迂闊に全滅してくれた挙句、相手も手馴れたもので念入りにボディカメラや計器類を潰してくれていてな。
オンラインによる遠隔操作でデータを吸い出す事もできん」
「最後の意地とばかりにリリベルの回収班が向かいましたが、こちらも誰1人帰還しませんでした。
お陰さまで相手部隊の正確な規模や編成といった重要情報を、我々は何ひとつ共有できていません」
「……少しは『使える』情報を残してから
秘書の補足と楠木の皮肉がリレーのように引き継がれていくが、最後の最後で本音が駄々漏れた。
苦々しい表情を浮かべたので、延空木事件を筆頭に日頃の鬱憤が無意識に吐露された形だろう。
「……で、あのう……もしかして『遠征』って……?」
「現場となった富士の樹海へ赴き、情報の収集、そして可能な限り事態の『解決』に務めろ」
番頭が丁稚に御用を申し付けるかの如く、楠木は真濁に冷え冷えとした声で『指令』を伝えた。
「それリコリスの任務範囲を『コマンドー』並みに超えてないですかねえええぇっ!?」
ワンマンアーミーってレベルじゃねぇぞ!という真濁渾身の叫びは、執務室に虚しく響くばかりであった。