カラフル・リコイル!(仮題)   作:砂上八湖

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連続投稿4つ目です。

※設定などを改訂、加筆修正しました


第3話

 

──006──

 

 都市伝説的に語られている「特殊な磁場のせいで方位磁石が機能しなかったり、方向感覚を失ったりして迷い、2度と抜け出せなくなる」というようなフィールドギミックなど、富士の樹海──青木ヶ原樹海には存在しない。

 

 そもそも自衛隊が行軍訓練に使用しているし、警察やボランティアが自殺者の遺体捜索に何度も足を踏み入れているのだ。

 都市伝説が真実なら、そうした集団が定期的に失踪する事件が頻発することになるが、そういう話は聞こえてこない。

 

「まぁ、今は別の都市伝説が広まってるらしいんだけど」

 

 鬱蒼(うっそう)(しげ)る森の枝葉は()の光をモザイクのように(さえぎ)り、薄暗い世界を大地に強いている。

 そんな中、そこそこの樹齢であろう樹木の陰に隠れながら周囲を窺う真濁は、誰に聞かせるでもなく小さく呟いた。

 リコリスの証である──防弾・防刃性能を持たされた──制服に、減音器(サプレッサー)前部取手(フォアグリップ)が装着されたクリスベクターSMGを装備した姿は(いくら上着の色が翠とはいえ)森の中では街中(まちなか)以上に浮いている。

 

 森の中。

 富士樹海の奥地である。

 そこにまつわる都市伝説から連動して、最近生まれた噂話を真濁は思い出していた。

 

 数年前に富士山の上空で「超限定的な規模のオーロラ」と、富士山の周辺で「非常に局地的な活断層由来の地震」が同時に発生し、見る角度によってはそれがまるで「富士山が噴火して頂上から何匹もの巨大な蛇が出現したように見えた」──という、奇跡的な現象が発生したという珍事があった。

 

 それを受けて「富士の山頂には空中や地上の磁場を操作して気象変動や地震を引き起こす兵器を備えた政府の秘密基地がある」というトンチキな都市伝説がネットに広まったのだ。

 

「(まあ、流石に信じてるのはディープにクレイジーな陰謀論者ぐらいだけどさ)」

 

 そんな危険極まりない施設が本当にあるとしても、秘密基地のクセに自ら所在を派手にアピールするだろうか。

 省庁で工面していた裏金の存在すら完全に隠蔽できない政府が、秘密基地を完璧に隠匿できるとは思えない。

 

 そんな懐疑的な見解を抱けるぐらいは真濁にもできるので、当然そんなトンチキ都市伝説など信じてはいなかった。しかし彼女自身は「SNSで拡散され、世に出回っているオーロラ写真」を見たことがない。

 自由にネットサーフィンできる生活環境ではないし、テレビを長時間チェックできるほど暇な職場でもないからだ。なのであくまでも【世間を一時的に騒がせた有名なニュース】と、それに付随して聞こえてきた【与太話】として把握してるだけである。

 

「(でも(なん)だろな、どこかでその光景を見たような気がするんだよなあ……?)」

 

 既視感(デジャヴュ)というヤツだろうかと考えたりもしたが、何となく違うような気もする。

 胃の下あたりを内側から揉まれるような、なんとも居心地の悪いモヤモヤを感じてしまう。

 

「……いやいや、んなことより任務だよ任務、ニンニン」

 

 だが、ふと我に返ってサブマシンガンを構え直す。

 任務の遂行。

 現実に舞い戻っても、与えられた無茶すぎる任務(おしごと)の内容に、抑え込んだはずのモヤモヤが再び()り上がってきた。

 思わず胃があるあたりの腹を左手で押さえてしまう。

 

「アメリカ陸軍の特殊部隊サマが、富士の樹海くんだりまで何の用があるんだか……」

 

──007──

 

 お前の相手は正規軍の特殊部隊だと、大抵の人間にとっては死刑宣告に近しい命令を受けた少女が真っ先にしたこと。

 それは「抗議」だった。

 

「せめて赤服(ファースト)の子らと小隊(チーム)組ませて下さいよぉっ!?」

 

「現状、ファーストを動かせる余裕がない」

 

 対する上司の答は世知辛い現実で殴り返すというものだった。

 平和なように見える日本も、リコリス達が日々奔走しているからこそ維持できている部分もあるのだ。特に能力が秀でたファーストは絶対数も少なく、常に何かしら任務に従事(つい)ているのである。

 楠木の言う通り、対特殊部隊戦を想定したチームを編成できるほどの余裕は、時間的にも人員的にもないのだ。

 

「そもそも()()()ファーストでは返り討ちに遭う可能性が高い」

 

 3個中隊のリリベルが全滅したのを忘れたのか?と睨まれる。

 

「ぐぅ……っ! じゃ、じゃあ近くの支部からのバックアップも……?」

 

「サードなら先行偵察や随伴に『使える』が?」

 

「っ」

 

 サードなら追加戦力(バックアップ)に回せる。

 それを聞いた真濁は、思わず奥歯を強く噛み締めてしまう

 それはつまり、下っ端なら捨て駒や肉壁として使い潰しても構わない、ということだからだ。

 

 任務で人を殺すことには(遺憾ながら)慣れた。

 だが仲間であるリコリスが任務で死んでいくのは、いつまで経っても慣れることはない。

 国が育てた同僚暗殺者が死んだというよりも、やはり「子供が死んだ」という部分に目が行ってしまうからだ。

 

 基本的に単独任務が常の真濁だが、他のリコリスと共闘する機会もごく稀にある。

 その場合、真濁は他のリコリス達に被害が及ばぬよう全力で立ち回ることにしていた。

 転生特典として、それができるだけの能力(チカラ)があるのだから。

 

 転生については知らないまでも、そんな彼女の心情を察している楠木は、敢えて任務の速やかな履行を促したのだ。

 だが楠木は司令として鬼ではあるが、鬼畜ではなかった。

 

「なにも特殊部隊と正面から交戦して殲滅しろと言っているわけではない。

 まずは相手方の目的は何かなどの情報収集と、可能であれば相手戦力を削ぎ落とせ……という話だ」

 

 どうせその「可能であれば」以降の部分がメインのクセに!と真濁は思わないでもなかったが、司令の口から「正面から戦う必要はない」という言質を取ったのは気持ち的に大きい。

 

「……わかりました。でもさすがにサブマシンガン(クリスベクター)は支給してくださいよ?」

 

 現行の規則では、それがリコリスの装備できる最大火力なのだ。いくらなんでも拳銃だけで軍隊は相手できない。

 

「手配しよう」

 

 楠木の目配せを受けた秘書は、すぐに内線で備品管理部へ連絡を取り始める。

 そこで部屋の中の空気が少し緩み、心に余裕ができたのか真濁は多少オーバーに肩を落としてみせた。

 

「──こういうのがまたあるかもしんないから、もっとウィッチ部隊の人員を増やしましょうよ~楠木司令~」

 

「……貴様のような()()()()の持ち主が発見されればな。それまでは()()()()()()()()()()として『大切』に扱ってやる」

 

「くそうっ、もう少し頑張れよアラン機関っ!」

 

 この日、才能発掘&援助組織に理不尽な呪詛が飛んだ。

 

──008──

 

 森の奥、自殺志願者ですら先に進むのを躊躇うほど暗く鬱蒼とした、厚い樹々の巨大空間。不思議な圧迫感と土と草の臭いに包まれ、常人であれば「大森林の大海原」という錯覚に溺れてしまうに違いない。

 

「『樹海』とは良く言ったもんだよ」

 

 真濁は極めて小さく呟いた。

 普段なら誰も足を踏み入れないであろう深度の区域まで彼女は潜入している。そしてこの付近こそ、リリベルが交戦状態に入った座標(ポイント)、彼らの二の舞を避けるためリコリスの偵察隊が踏み込むのを諦めた境界域なのだ。

 

 彼等(リリベル)が此処にいたという痕跡自体は、少し前から発見できていた。

 地面や草木の陰に散乱する5.56mm弾の空薬莢。

 樹の幹や枝に穿たれ刻まれた無数の弾痕。

 大人数に踏み荒らされた跡が残る雑草。

 森の空気に混じる火薬の臭い。

 何かが焦げた臭い。

 死の匂い。

 

 そして、樹の根元へ身を隠すべく座り込んだままの少年。

 

 項垂れた頭も、小銃を握ったままの手も、いつでも素早く移動できるよう立てていたのであろう両膝も、ボディアーマーで護られていたはずの心臓も。

 二度と動き出す気配はなかった。

 

「(リコリスと犬猿の仲とはいえ、子供の死体を見るのは胸糞(ワリ)ィなぁ)」

 

 今生は(いま)だ子供の身なれど、前世まではそれなりに歳を重ねた大人だったのだ。自我と共に引き継いだ倫理観からすれば、断じて気分の良い光景ではない。

 しかし悲しいかな、今生の真濁は戦場(ここ)任務(しごと)で来ているのだ。自身の生死にも関わることとなれば、感情よりも仕事を優先するのが賢明であろう。

 

 だがそれでも、(うつ)ろに見開かれたままだった目蓋(まぶた)に手をやり、数日ぶりの「眠り」を少年に与えてやった。

 

「事が済んだら体は回収してやるからな。

 ……魂はここで成仏してくれ」

 

 わたしみたいに転生するかもしれんが。

 それが救いなのかどうか、現状の真濁には判断できなかったけれども。

 

 とにかく殉職したリリベルの遺体を調べ始める。

 

「──銃で撃たれた形跡はないっぽいが……?」

 

 死後数日は経過している。

 発見した位置からして、最初の交戦時に殉職したリリベルだろうか。

 口から大量の血を垂れ流してはいるが、顔に殴打痕や裂傷は認められない。パッと見た限り、頭部や胸部や手足に銃で撃たれて出血したような傷もなさそうだ。

 まさか巨大なハンマーで胸を殴られたとかでもあるまい。

 

「なら腹部か。リリベルの贅沢(特注)ボディアーマーを貫通()くとなると、米軍さんはM 2(12.7mm)でも装備してんのかね」

 

 無意識に独り言を呟きながら、僅かに前方へ傾いていた少年の上半身を、幹がある方へ「よっ」と押し動かす。

 濃い影になって身を潜めていた腹部が、僅かな光源の(もと)(あらわ)になる。

 予想通り、ボディアーマーに穴が開いていた。

 

 いや、予想以上に大きく開き過ぎていた。

 

「……おいおいおい」

 

 彼の腹部には15cmほどのキレイな穴が──ボディアーマーのみならず肉体にもポッカリと生じていた。

 考えるまでもなく死因はこれだろう。

 嫌な予感がして、真濁は少年の上半身を大きく前傾させてみる。

 

 その穴は背中までつながっていた。

 そればかりか同じ直径の穴が、樹の幹にも開いているではないか。彼の傷口同様、樹の穴も黒く焦げている。

 状況から見て正面から攻撃されたのではなく、身を隠した樹の幹ごと背後から攻撃されたのだろうか。

 

「大砲サイズの徹甲弾を撃ったって、()()はならんだろ……」

 

 大口径の銃砲で撃たれたにしては傷口が(焦げはしているものの)綺麗すぎる。

 

 真濁は言い様のない不安に襲われ、咄嗟に周囲の様子を探る。幸い、感知できる範囲に()()らしい気配はないようだったが──

 

(ハナ)からマトモな任務じゃなかったけど、こりゃあ相手もマトモな特殊部隊じゃなさそうだなァ……」

 

 深く静かに、重く苦々しい溜め息を魔濁が吐き出す。

 思わず軽機関銃を持つ手に力が入る。

 その手の中にも、背筋にも、ジワリと嫌な汗が(にじ)んでいた。

 

 

 

 

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