日本の使節団は小艇に乗り込み、川を上る。只者でない兵が水先案内人である。 白い巡視艇も護衛艦いずもも河口で停泊。
「日野さん、見ました。すれ違ったボートの群れ。銃砲がついていましたよ。」と三木。
「戦闘艇と言ったところでしょうか。先々気が重い。」と日野。
「何を言っているんですか。次は何が出てくるか楽しみでわくわくしますよ。」
(やはりこの人にはついていけない。)と日野は思った。
「わあ、すごい。大きな橋の下を通っていますよ。この国は面白いですよ。」
(何が面白いだ。)日野は呆れていた。
やがて、河岸に建物が見え始める。行き交う戦闘艇や船舶が多くなる。
両岸に建物が立ち並ぶ川を上り続ける。
水先案内人と話をしていた川本が、「あそこの、左にある水路へ」と操縦士に言う。小艇がゆっくりと左に曲がり、水路に入る。支流と間違えるほど広い水路の岸に戦闘艇がたくさん停泊している。
突如、あたりが暗くなる。この広い水路は建物の中に入っているのだ。
「何々、わあ、すごい。すごい。」三木がはしゃぎだす。
日野は警護のことを考えて不安になる。
建物の中が港になっている。桟橋に降り立ったのは、川本外交官と部下の事務官 1人、日野一尉と部下の隊員3人、そして三木の7人。三木は黒いリュックを背負っている。只者でない兵に案内されてついてゆく。
至る所に武装兵がいる。日野は最悪の場合、どう桟橋まで逃げるかを考えていた。
案内された部屋には、浅黒い顔の男が、椅子に座って待っていた。両脇に武装兵が立っていた。
部屋に入れたのは川本外交官と部下の事務官、そして三木の3人であった。警護の4人は部屋の外で待たされた。
言語が分からなかったが、日本を発つときに、いくつかの国の言語で文書を用意していたので、フランス語の文書を渡すことができた。日本の要望は、対等の国交と交易である。
川本は相手からの文書を受け取って、目を通している。そして、青ざめた顔で、抗議の声をあげ、浅黒い顔の男と言い合っている。
言葉のわからない三木でも、言い争ってることは分かる。
川本はフランス語で「国に帰って検討します。」と言って、三木たちに「帰りましょう。」と席を立った。
部屋から出てきた川本の様子を見て、「どうしたのですか。」と日野。
「話は帰ってから、とにかく、帰ります。」と川本。
案内人の只者でない兵が寄ってきて、川本と話し合っている。
2人の話が終わったような雰囲気になったとき、三木が川本に声をかけた。
「その人に、この街の寝泊まりができる宿とか部屋とか、紹介して欲しいと言って下さい。理由は私がこの国を気に入り、働きたいということで。」
川本は三木が内調の職員であることを知っており、下野大使からすごい人と聞いていたので、その意図を察した。
驚いたのは、日野であった。
(何、この人。この国にとどまると言うのか。只者でない兵どころか、気違い沙汰だ。)
川本が案内人に話をしている。
「三木さん。いいそうですよ。」
「申し訳ないが、これを内調の室長へ。」三木が川本に封筒を渡す。
「じゃあ、気を付けて。」
川本はそう言って、他の人を促し桟橋へ歩いて行った。
それを見送った三木は、案内人について反対方向へ歩き始めた。
小艇に戻ると、すぐに日野が川本に尋ねる。
「三木さんは何で?」
「あの方にはあの方の考えがあるのでしょう。」と日野。
「何の考えか分からない。で、交渉は?」
「はい、話になりません。属国になれとか、領土の一部を軍事基地によこせとか。そうすれば、守ってやると。どこかに攻め込まれて、助けを求めに来たと勘違いしているようです。」
「で、何と答えたのですか。」
「持ち帰り検討しますと。答えは拒否ですが、それを言うと我々の身が危ないと思いましてね。」
「そうですか。いずもに戻れば砲撃でも食らわしてやりますか。」と日野。
「あはは、それもいいですね。」と川本。
小艇は水路をぬけ、川を下り、いずもの待つ河口へと航行していた。
川本が交渉したこの国はリベルテという名の共和国である。自由という言葉をかかげ、民主革命で帝政を倒した民兵は、議会を開き憲法を制定し、民主的に国政を運営していた。しかし、西にスパン帝国、東にプロリ帝国という好戦的な国に挟まれ、東西の国境で争いが絶えなかった。
国を守るには軍事力を高めねばならない。そのためには軍備増強、拡張が必要である。必然的に軍部の発言力が強くなる。
そんな中で台頭してきたのがハイルという人物である。最初は小隊長に過ぎなかった彼が、西のスパン帝国との戦いで大勝利をあげると大隊長になった。そして、その帝国を滅ぼし占領すると、民衆は熱狂的に支持し、東のプロリ帝国も占領すると期待した。
国民の総意が彼を国の指導者まで押し上げていたのだ。
リベルテという名の共和国は、ハイル総統の軍事政権、共和制独裁政治の国なのである。
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案内人の兵が三木を連れて行ったのは、ワンルームのアパートだった。通じるかどうか分からないが、
「メルスィ、メルスィ。」と頭を下げて、三木はその兵に礼を言った。兵の名はニコル、そう教えてもらった。
三木はアパートの管理人に、もっていた砂金を見せて、身振り手振りで、換金できる場所を尋ねた。
言葉が通じなくても何とかなるものである。アパートの管理人は意図を理解し、その場所に連れて行ってくれた。その場所は日本の金券ショップのようなところで、換金の交渉も管理人がやってくれた。かくして、1か月分の家賃を払い、この国の言葉を覚えながらの生活が始まった。
アパートの部屋は白熱電灯、コンセントもある。台所にはガス台がありプロパンのようだ。シャワーもできる。三木はテスターのようなものを取り出し、コンセントの電源を調べる。100V、60サイクル交流、西日本と同じ、機器の充電問題なし。
三木は通信機を取り出し、護衛艦いずもと連絡をとろうとするが、通じない。いずもは砲撃を食らわすこともなく、日本に向かって航行していた。
(もう、出発したか。もっと、多くの通信衛星がいるな。それより、軍事衛星か。とにかく、明日から大変だ。言葉も覚えなきゃあ。)
三木は川本から預かった日仏辞書に目を通しながら、眠りについた。