さらに続く。
「我々がなぜ子孫を残せなくなったかは正確には不明であるが、このような現状になった出来事は、記録にあるから、それを説明する。
この記録は、我々の祖父母の時代の出来事であり、親の世代が記録したものを我々が書き起こしたものである。歴史は正確に伝わるものではなく、現在の認識でしかない。これから記述することは、当然、我々の歴史認識でしかない。
それは、AIによる雇用カットの進行による雇用不安から始まった。
2022年にChatGPTが公開されてから、急速にAIの実用化が進展した。シリコンバレーの各社はAI投資を行って性能向上を目指し、企業向けのコンサルタントはAIの活用による効率化を全ての産業に提唱した。人間の仕事が急速にAIに置き換わっていったのだ。
大学卒業レベルの知的職務もソフトウェア技術者の仕事も、AIに置き換わって、会計、法務、監査などの文書管理、カスタマーサービスの現場管理などは自動化が進行した。
AIそのものを扱う仕事もデータサイエンスなど大量のデータを扱う仕事も同じで、少人数で済むようになった。
経営者もAIに熱心で、メーカーは本社の事務職を一気に削減、小売りの大手はAIが管理するロボットなどの導入、人手不足の解消が人手不要に置き換わる。
職場環境の変化は人の意識の変化を引き起こす。AIの進化により知的労働の内容が激変する中、会社で頑張る理由が見えなくなり、決められたことに縛られていた人が、それから解放されると何をしていいか分からなくなる。頑張る理由の喪失は、会社では、当然、定時退社と昇進辞退に結び付き、社会では個人の自己存在の土台の脆弱化を引き起こす。
人はいらなくてもエネルギーはいるから、地球温暖化も何のその、化石燃料の使用が膨れ上がる。シベリアの凍土も溶けだし、メタンが大気中へ、それでますます気温が上がる。
雇用不安と環境不安は社会不安を導き、どの国も自国第1主義に陥っていく。自分の国を第1に思う心境は当然と言えば当然だが、それが過ぎると排他主義になる。」
(まてよ、これは移転する前の地球の状況ではないか。)三木はそう思った。
「南極の氷もほとんど溶け、海水面が上昇して国土が消滅した島国の人たちを受け入れる国はどこにもない。船上でずっと暮らすわけにもいかないから、密入国で陸にあがる。生きるためには略奪も必要になる。そして、島国だけでなく、赤道付近の人たちは、高い気温のため生活できなくなる。しかし、どこも助けてはくれない。どの国も自国に問題を抱えていて、他国にかまっていられないのである。
大陸の平野部にまで海が上昇してきて、ついに悲劇が起こった。
同盟国も助けてはくれない。どこからも援助がない。どうにもならなかった国から、弾道ミサイルが発射された。理由は分からないが、国内の危機的不満を、外に敵をつくることで逸らしたかったのだろうとの当時の所見があった。
古代ギリシャの都市国家スパルタとアテナイの戦争ペロポネス戦争の原因や行方を記録したトウキディスは「戦史」で、戦争は新興国と覇権国の間で、名誉、恐怖、利益の3つの要素が合わさった時に起きると分析していたが、弾道ミサイルの発射は衝動的な偶発であった。分析の必要などない。世界戦争は偶然起こったのだ。
弾道ミサイルの発射を探知した人工衛星は、ミサイルの迎撃を指示し大気圏外でミサイルを破壊した。
軍事衛星を破壊しない限り弾道ミサイルの攻撃ができないことを悟り、今度は人工衛星を攻撃する。かくして、人工衛星の攻撃とミサイルの都市攻撃合戦が始まった。
破壊されたのは人工衛星や宇宙ステーションだけではない。同盟国との通信を断つために海底の通信ケーブルも破壊しあい、世界戦争の様相を帯びてきた。
人々は地下の核シェルターへ避難するが、核兵器は使用されなかった。核の使用は敵も滅ぶが、自らも滅ぶことを知っていたのだ。
水没しかけているニューヨークにミサイルが飛んできて高層ビルが破壊する。幸い、人々は水没のため避難していたので、人的被害はなかった。
長い間ミサイルの打ち合いが続いたが、破壊されたのは敵対国や同盟国の都市だけで、多くの戦いに参加していない国は何の被害もなかった。
そして、停戦の合意もないまま、自然に戦いが終結した。
発射するミサイルが無限にあるわけではない。弾がなくなれば終わるしかない。ミサイルの製造工場も破壊され、再生産には時間がかかる。戦闘機も爆撃機も無人、潜水艦も軍艦も無人、ゲームの様に互いに破壊しあえれば、そのうちなくなる。敵国まで生身の人間が侵攻して攻撃するような過去の戦い方の手段は、どちらも持ち合わせていなかった。
日本もミサイル攻撃を受けた。しかも、平野部のほとんどが水没したために、多くの国民がアメリカに避難していた。それが、我々の祖先だ。」
(予想していたことだが、古の民とは日本人ということだ。・・・であれば、人工的な人たちの言語も頷ける。我が国だって攻撃はまず軍事施設と軍事工場。破壊されて生産不能になるのは当然だろう。で、なぜ、終結したのに、滅亡なのだ?)
三木はさらに読み続ける。
「敵意を持ったままではあるが、攻撃することもなく、静かな状況が続いた。平和とは言えないが、地球上どこにも、国同士の戦いはなかった。
人類ははたくましい。都市が水没しても、高層ビルは島の様に海面から出ている。そこを根城にして船で行き交い生活している人たちもいた。陸地が減っても、戦いさえなければ生活していける。
ところが、恐るべきことが進行していた。
気付いてはいたが、無視していた。低軌道上の人工衛星は1年ほどで大気圏に突入し燃え尽きる。高速インターネットを提供するためには、その人工衛星を毎年8000基ほど打ち上げ続けなければならない。そして、それらが毎年大気圏で燃え尽きている。生じたアルミニウム硫化物の微粒子はオゾン層を破壊する。
気付いていたのである。しかし、その影響が微々たるものだと、便利さを優先したのである。微々たるものが蓄積されればどうなるかを知っていたのに。
ミサイルによって破壊された人工衛星はスペースデブリになったが、いくらかは大気圏に落下し燃え尽きた。そのことが引き金になったのか、極地方のオゾンホールが広がり始めた。
そして、オゾン層が破壊されると、地上に強い紫外線が降り注ぐようになり、我々の祖先は地下に潜った。地上へ出るには防護服が必要な環境になったのだ。
争った国も争わなかった国も関係なく、地下に潜るか海底に潜むかしか生き延びる手段がなかった。海底に都市をつくる準備などはしていなかった。時間的余裕もなかった。しかし、地下街や地下室があった。窓から入る紫外線を遮れば、建物の中で生活できる。」
(強い紫外線が降り注ぐ外には出れず、だから、地下に潜って日光を浴びずに育ったせいだと言ったのか。)三木は、はっきりと確信していた。この惑星は未来の地球で、そこに転移したのだと。そして、未来の地球の悲惨さを嘆いた。
「生き延びる手段はあったが、食料とエネルギーの確保という問題に直面して、それが解決できないまま、多くの人が死んでいった。その数は、戦争や事故で死ぬ人の数などとは比較にならなかった。人類の半数以上が死んでいった。そして、年を追うごとに、半分、更に半分と人類の数が減っていくのである。
そうなって初めて、人種の違いとか、宗教の違いとか、イデオロギーの違いとか、国の違いとか言っておれなくなり、人類が協力し合うようになった。」
(どうにもならなくなるまで、協力しないのは、今のこの世界も同じだ。日本に協力している国も日本の科学技術を取り入れて、日本に追いつき追い越すためであり、どの国も、日本の軍事力に平伏しているだけで、隙あればと思っている。そう思っていないのは、人工的な人たちだけだ。猫耳、熊耳の人達の集落、なつかしい、しばらく行っていない。)三木はそう思った。
(でも、待てよ。政府はここが地球と分かっていて、認めていないんだ。他の国はどこに行ったのかという切り札でもって。これが表に出れば、その切り札もなくなる。絶対に秘密にしたい。もし、公になれば、誰かの作り話にするだろう。誰かの・・・、それが作り話でないことを知っているのは・・・)そう考えたとき、三木は自分の身が危ないことを感じ取った。
(都合の悪い秘密を知っている者を暗殺する国家をいくつも見てきた。日本だけは例外なんて誰が言える。)
そう考えた三木は、いつもなら、調査したことはすぐに報告していたのだが、今回は報告を見送ろうと思った。