名前:ジャック
○月×日
やった、やった!!!!
W社への内定が決まった!!
裏路地23区、クソみたいな人食いどもの巣窟に生まれてから苦節19年…やっと、こんな場所から抜け出せる!
それだけじゃあない、W社は今をときめく翼の一つ!
私も何回か利用したが…あの社が持つ特異点であるワープ技術の結晶、ワープ列車は最高の乗り物であろう。
その素晴らしさたるや、一瞬の旅だとて一等席が設けられる程である!
初めてワープ列車を利用した時から、ずっとずっとW社への入社は夢であった。
そしてこれから、私はそんな素晴らしいW社の羽になるのだ…将来が華やかな物になる事は確定だが、やはり憧れの場所で働ける事が嬉しくて仕方がない。
祝いに豆パーティもした、今日は何と素晴らしい日であろう!!
○月◻︎日
W社に入社した、と言ってもすぐに働くわけではない。
今日は研修だ。
研修は…中々に楽しかった。
まず最初に、ある映像が流れた。
狭い空間で箱詰めにされた人々が、飢えを感じなくても美味を求める為に互いに食べ合っていた映像だ。
料理人が互いを料理し合うことなんか日常風景であったが、それ故に楽しめた。
人食いどもが勝手に食い合って減る映像だなんて、W社はセンスがある。それなのに隣の同僚は、何で青い顔をしていたんだろうか?
ともかく、次にW社整理要員としての武器や防具を支給されて使い方を指導された。
防具はサイズくらいにしか違いがなかったが、入社前に聞かれた戦闘経験だとかフィクサーの階級などを基準にしたのか、渡された武器は人によって違っており、私はデカい斧を渡された。
普段は力任せに振るう斧で店ごと料理人をぶった斬っていたが、W社支給の斧は違う。
まず、そもそもの切れ味が良い。研修では試し切りとして、人間大の肉に斧を振り下ろしたのだが…あっさり真っ二つになったどころか勢い余って床まで切り裂きかけたのだ。
素晴らしい切れ味だったが……しかし、そんな物はオマケにしか過ぎない事を後に思い知らされた。
何とこの斧…W社の技術を使う事で空間を切り裂き、何でもかんでも切れるのだ。
加えて、切り裂いた空間から漏れる青色は懐かしく、美しい。
充電が必要だという欠点こそあるが、これ程までの代物を見るのは久しぶりだ。恐らく、過去に私を鍛え上げた紫色のあの人の得物以来だろう。
ただの整理要員なのに、こんな物がある理由…それはきっと、迷惑な乗客だとか列車を乗っ取ろうとするバカによる運行の遅れを、万が一にも無い様にする為に違いない。
今まで私がそんな奴らを見てこなかったのは、W社の抜かりないサポートのお陰だと分かり、なおさら身が引き締まる思いだ。
○月△日
一瞬で目的地に到達するワープ列車、それは真実でもあり欺瞞でもあったのだ。
飢えも渇きもないが、乗客たちは異空間にて何千年もの間ワープ列車に閉じ込められ…そんな彼らはやがて、刺激を求めて悍ましい行為に手をつけ始める。
しかし現状復旧によって彼らは何事も無かったかのように元に戻る。時間が経つのは列車の中だけで、私のいる世界では一瞬の出来事。
何回も使ってきたワープ列車が、あんな物だったなんて。
ワープ列車の中に入り、乗客であった物の整理業務の説明と共になされた話、それがあまりにも衝撃的で何も考えられなかった。あまり覚えてはいないが、私の隣にいた同期は吐いていた気もする。
私は、どうすれば…?
○月⭐︎日
よくよく考えたら大した事で無かった。別に死ぬ訳でもないし記憶には何も残らない、実質的な損失は何も無いのだから。
寧ろドス黒い噂が多い翼にしては割と真っ当だし、裏路地に比べればはるかにマシだ。
それに、イかれた奴をぶち殺すのは大歓迎である。
そんなことより、明日から先輩方と共に実習を始めるらしい!!
セン先輩曰く、私には適性?があるらしく…昨日と今日の研修である程度の能力を把握したから、早めに経験を積ませるべきだと判断したのだとか。
明日からは研修で練習した通り、イかれた乗客を席に戻す整理が始まる。あんな人食いモドキ達に、この素晴らしい斧を振り回せると考えると、楽しみで楽しみで仕方がない。
景気付けに、グリンピースの缶詰を5個開けた。
○月◇日
今日の初整理には…何の成果も、ありませんでした。
ウッキウッキで斧を構えながら入ったのに、中にいたのは合掌して落ち着いていた乗客達。
一応、席を移動した奴を担いで移動させたため仕事が無かった訳ではない。
セン先輩はラッキーだと言っていたが…とてもつまらなかった。
そう言えば、一昨日吐いていた同期は"退社"したらしい。
セン先輩は苦々しくそう言っていた…人手不足で新入りが貴重なのだろうか?
×月×日
前回はレアケースだったが、今回は良くあるパターンであるらしい「自殺者タイプ」であった。
そして、通常の整理を体験して分かった。
この仕事、やはり天職だ!
今回の乗客達には何人かフィクサーも混じっていたが、流石に時間が経ち過ぎたのか人食いモドキになっていたので、分け隔てなく斬り殺してやった。その時のスパッと切れた快感と言ったら、もう…!!
乗客を元の席へと戻す時に苦戦したが…今日の仕事ぶりが良かったのかもしれない。
なんと一級整理要員になったのだ、やったぜ!!
セン先輩を誘って豆パーティを開いた。でも、先輩はミネストローネを食べてくれなかった。
美味しいのに、何で?
×月◇日
今日は良くある「自殺者タイプ」だった。
混ざっていたフィクサーが少し厄介であったぐらいだが、やはり席に戻すための仕分けとパック詰めが一苦労だった。
セン先輩は整理業務に色々と愚痴を言いながらやってはいるが、乗客の制圧と仕分けがとても速い。
いつかは彼みたいな要員になりたい、そう思った。
それはそれとして、明日あたりから担当する列車を増やすらしい。精進せねば。
◻︎月○日
今日の整理は「自殺者タイプ」「自殺者タイプ」「自殺者タイプ」……全部自殺者!
「全ての肉を広げて表面積を最大にし、苦痛を感じようとする意志が見られる」パターンを何両か引いたため、仕分けの経験を積む為にセン先輩から指導されながら頑張った。
その時のアドバイスされたこととして…充電を使った空間を裂く斬撃は魂まで正確に切り裂く、という事を知った。
だから充電を使った斬撃は乗客の制圧を楽にするだけでなく、その後の仕分けとパック詰めも楽にするから、ケチらずに要所要所で使ったほうがいいらしい。
やっぱり先輩って凄い。ありがたき指導に感謝して、お礼に小豆の缶詰を渡した。
△月×日
先輩のアドバイスを思い出しながら、何度かの失敗も繰り返して業務を進め……遂に、仕分け作業をテキパキ出来るようになった。
今回の整理は、持ち込まれていた脳幹収束共鳴器のせいで乗客の脅威度がかなり向上していた。
狭い車内であの針を乱射されたせいで、同期8人に加えて先輩2人が死んだのだ。
まあ、それは割とどうでもよい。
今回の良かった点は、一つにまとまっていた乗客を斬り殺す際に、充電を使った斬撃で上手く切り裂けたため、その後の作業が予想よりも楽になった事だ。
一緒に対処したローズ大先輩に"よくやった"と頭を撫でられた。
成長を実感したのと同時に、すんごい嬉しかった。
やったぜ!!
△月△日
今日から私は、二級整理要員だぁ!!
昨日の対処、そして最近の仕分け作業の習熟からローズ大先輩とセン先輩が上に打診してくれたらしい。
もちろん、凄い嬉しい。
加えて今回の担当場所では、純粋な人食いどもがいた。
アイツらを細切れのミンチ以下にして絞り、血だけで満たされたパックを見た時には最高の気分だった。
ローズ大先輩とセン先輩を誘って、今日は豆パーティだ!!
*月◇日
遺書代わりにコレを書く。
多分、生きて帰って来れるか怪しいから。
と言うのも、今回の乗客達は黒雲会と剣契の団体。この時点で嫌な予感はしていたのだが、案の定「勢力タイプ」だったのだ。
すぐさまローズ大先輩と他の三級整理要員による精鋭部隊が組まれた。そして私はこの後に待ち受ける事も知らず、セン先輩と何人戻るか賭けをしていた所…
精鋭部隊に組み込まれた。
チクショウ!!死んでたまるか!!戻ってきたら、約束通りセン先輩に奢ってもらうんだ!!
生き残れた。
何だよあの編笠野郎、まさかキムサッガッじゃないよな?
¥月◇日
段々と整理業務が板についてきた、と思う。
けれども、今日の整理は流石にキツかった。
よくあるらしい「自殺者タイプ」であったのだが…搭乗時にミスがあったのか謝肉祭の連中が乗っていたのだ。
フィクサーを初めとする乗客達は、奴らの紡ぐ糸で作られた"服"を着ていたが為に相当厄介だった。充電があっても真っ二つにするのには苦労したし、同期が3人くらい死んだが……
問題はそこではなかった。
アイツらの糸は、人の肉から紡ぎ出される。
即ち、ただでさえクソ頑丈な布を裂く必要があるだけでなく、全部の糸を判別機に突っ込んで仕分けなければならなかったのだ。
セン先輩と愚痴を言い合わねば、やってられなかった。
×月◻︎日
今日、この日を持って、私は…三級整理要員!!!
いつの間にか追い越していたセン先輩の背と、並んだローズ大先輩の肩。ここまで来れたのは彼らのお陰であるし、特にセン先輩には本当に世話になった。
今日は豪勢な豆パーティだ!!!
⭐︎月⭐︎日
搭乗係のバカヤローーーッ!!!!!
アイツら、特色を、一般席に入れやがった!!
ふざけるなふざけるなふざけるな……
死んでたまるか!!私は生きて帰る!!!
☆月◇日
昨日は疲れのあまり何も書けなかった。
結果として、私は生きている。
昨日の業務は、もちろん最悪。
特色だけでもヤバイのに、悟りを開いたとかいう訳の分からない理由でクソ強い乗客どももいた。
後先考えずにぶっ殺して、残った特色とタイマン張ることになった時は流石に死ぬかと思ったが……
R社、サイコーっ!!
ウサギチーム、サイコーッ!!
本当に、アイツら居なかったら死んでたわ。
でも特色がカーリーとかイオリさんだったら死んでたね、コレ。
カーリーは風の噂で死んだとか聞いたが…イオリさんは常にフラフラしていて、急に来てもおかしくないから怖い。
それはそれとして今日の業務も勿論キツかった。
笑う顔どものせいで車内は煙だらけ。他の整理要員が煙吸い過ぎてぶっ倒れたせいで、残りの整理業務を私一人でやる事になるとは。
でも、よく頑張ったってローズ大先輩に頭撫でてもらえた。
やったぜ。
⭐︎月*日
つかれた。
人差し指のゴミカスどもが……
代行者の癖に一般席に座ってんじゃねえよ……
*月○日
つかれたから、昨日の分は書けなかった。
なぜならば、昨日の整理業務では相当強い奴がいたからである。
ワープ列車内でも普通に正気を保っていたし、明らかに他の乗客を謎の力で従えていた。
正体が分からなくて混乱したが、何番目の何とか、と名乗っており強かったから指の上層部あたりかも知れない。
強いだけでなく妙にしぶとかったが…何度も切り刻んで潰して、都市最高難度のジグソーパズルにしてやったら大人しくなった。
それはそれとして言いたいが言えなかったことをここに書く。
こんなの乗せてんじゃねーぞ!!!
搭乗係のボケーーーッ!!!!!
¥月◇日
整理業務が忙し過ぎて、中々外の事情を聞けていなかったが…最近、とんでも無いことが起こったらしい。
何と煙作ってる所の翼が折れて、新しいエネルギー企業であるL社が新しい翼になったのだ!!
ローズ大先輩曰く、環境汚染が無い上にエネルギー産出量も段違いに多い…そんなL社とW社の取引次第では運行数が激増する可能性がある、のだとか。
正直言って、最近は運行数以前に搭乗している連中がおかしすぎてキツイ。
この際、運行数の増加は良いが余った金で搭乗前のチェックを厳しくしてほしい、ホントに。
ある意味恐ろしい未来を前にして、そんな事を大先輩達と愚痴りあった。
○月×日
運行数が増えても、装備性能の向上や全体的なシステムの見直しのおかげで、業務そのものは大分楽になって来た。
だからだろうか、最近は外の事に目を向ける余裕が出て来て色々と考えることがある為、日記にも書いてみる。
L社は相も変わらず大量のエネルギーを生成しており、その影響はW社だけに留まらない。
今日は、久々の搭乗係のミスでR社の傭兵部隊が来たのだが、今までよりも増えた人員と高くなった練度を見れば、L社が如何に大きな影響力を持つ翼であるかを理解できた。
R社にせよW社にせよ、今や殆どの翼はL社のエネルギーを基盤とした事業規模になっている。
仮に今、このエネルギーを失えば都市は大混乱に陥るに違いない。
万が一にもL社が折れる事はないだろうが。
○月◻︎日
運行数の増加に従って、人員の割り振りが見直され…
結果、ローズ大先輩とセン先輩は別の場所に行く事となり、世話になった先輩方とのお別れをする事になった。
それ故に休みであった今日は、一日を通して豆パーティを開いた。
これが最後の会話になるかもしれなかったが、それでも湿っぽい雰囲気は無く、むしろセン先輩から伝えられた全体的な昇給の話で盛り上がった。
そして最後に先輩方は、私の事を"立派になったな"と言って私の成長を喜んでくれた……
昇給の話もある、強化手術の頻度をさらに上げて先輩方に立派な姿を見せ続けるようにせねば。
*月◇日
今回の会議では運行数の増加では無く、一等席の増設が採用された。
これの背景にあるのは…もちろん、L社。
と言うのも、L社の及ぼした好景気が巣の中で暮らす人々の所得増加にも繋がり、結果として一等席の需要が増えたのだ。
一等席の増設は、それ即ち整理業務の手間を減らす事に繋がる。本当にL社様々だ。
*月*日
最近の整理業務は本当に楽である。
だが…今日は中々にハードな日だった。
今日の整理は普通の「自殺者タイプ」だった。業務は楽そのものであり、新入りの実習が出来る程に安全だったのに…上がやらかした。
アイツら、別車輌で起こった問題にR社のウサギチームを呼んだのだが…よりにもよって、ワープ先を間違えて私達の車輌に呼びやがったのだ。
昔ならばウサギチームが来たとしても、すぐに車輌を脱出すれば標的になる事はなかった。然れども、改善されたR社の基本装備には転送時に対象区画を封鎖するバリケードがあるため、気づいた時には脱出などできず…
車輌内で、見境なく襲い掛かるウサギチームと整理要員による、無意味にも程がある殺し合いが始まった。
車輌内を弾丸が埋め尽くし、緋色の残光を残すウサギの刃と青色のスパークを伴う斬撃が飛び交い……
結論だけ言えば、私だけが生き残った。
実習を受けていた新入り達13人は瞬きよりも速く殺され、共に実習の教導にあたっていた二級整理要員達6人は弾丸の雨を潜り抜けたのちに切り殺され…残ったウサギどもを私が全員切り刻んだのだ。
やらかした張本人達は既に"退社"したらしいが…今後は、二度とこんな事が起こらないようにして欲しい。
まぁ、それはそれとしてウサギ狩りは楽しかった。
×月○日
緊急会議が終わったが未だに落ち着けない為、情報を整理するためにコレを書く。
今日は非番だった。故に私は久々の自由を謳歌しながらも、他の整理要員への土産として、13区にあるハムハムパンパンの屋台に向かっていた。
強化手術を繰り返しても尚余っていた金で、大量のスペシャルサンドイッチを買い…いざW社に戻ろうとした時、
光の大樹が、彼方に見えた。
それは、本当に美しいものであり、何かが自分の心に植え付けられたかのような感覚さえあった。
何時間か、その光に見惚れていたが…W社からの緊急招集が伝えられて、慌てて社へと戻った。
そして、告げられた。
L社と音信不通になった事を。
業務は大幅に変更される可能性がある、マニュアルの何百項目もの規定が書き直され始めている。
一体どうなるのか、不安でならない。けれども、あの光を思い浮かべると不思議と落ち着ける、気がした。
×月◻︎日
光が消えた、ずっと真っ暗だ。
そしてL社の崩壊も確定した。
×月*日
暗闇は無くなり、都市は静かに元の姿を取り戻し始めた。
それと同時に、私達の業務が途轍もない忙しさになり始めたが。
L社のエネルギー供給ありきで成り立っていた事業は、縮小の一歩を辿っており、加えて一等席の数と引き換えに一般席が増えたのだ。
これでは、またもや搭乗時のミスが増えそうだ…
×月¥日
案の定だ、チクショウ!!
今回の相手は、恐らく特色クラス。
黒いスーツと手袋を身につけ、黒い仮面を被った男…ソイツは様々な武器を駆使して乗客を皆殺しにした。
ウサギチームの投入は却下された、R社もL社が折れたせいで今の所来れないらしい。
クソがっ!!
やってやんよ!!こちとら三級整理要員で構成された精鋭部隊だ!この日記帳を遺書にしてたまるかぁ!!
勝ったっ!!!
◻︎月○日
L社が折れて一気に問題が押し寄せたが…何とか落ち着いて来た。一般席の増加に伴って忙しくはあるが…昔の業務に戻ったものだと考えればマシに思えて来るし、次元の狭間に落っこちるような事故もないからだ。
そんな苦し紛れの言い訳が続く毎日だったが…今日は嬉しい事があった!
と言うのも、今日の内容は「食人タイプ」であり…そこには都市の星である8人のシェフの1人が紛れていたのだ。
都市の星クラスなど、本来なら絶対に相手したくはないが…人食い野郎ならば話は別、存分に楽しめた。
それと、セン先輩曰く、最近中々有望な新人を教育し始めたらしい。…レスティという名前らしいが、まさか……
◻︎月×日
明日からは運行数の低下に伴った人事異動により、またもや先輩方と共に働けるようになった。
やったぜ!!
◻︎月◻︎日
レスティは、やっぱりあのレスティだった。
なんだかんだ同じ23区出身でマトモであったから、時たま面倒を見ていた事もあったが…
まさか、こんな所でも面倒を見る事になるとは思わなかった。
もうすぐ実習に入るらしいので……
祝いに、豆・モツ鍋パーティを開いた。
これからの成長が楽しみである。
◻︎月⭐︎日
今日の整理業務は「自殺者タイプ」
特に何も無く平和だったが…誰かに見られている感覚がした。
明日はレスティの実習日だと言うのに、何故か不穏な気配を感じる。
何事も無ければ良いのだが
◻︎月*日
今、この日記を書いているのはワープ列車の中だ。
目の前にいるのは特色である紫の涙、空間を断絶して私を連れ去った張本人であり…私を殺すであろう相手。
昔世話になった師匠に殺されるとは、情け無い話だ。
けれども、師匠には師匠なりの情けがあるようで最後に遺書くらいは書かせてくれた。
この日記は現状復旧に巻き込まれない、運が良ければ先輩方に届くと思うから、ここに端的な遺言を書いておく。
ローズ大先輩、セン先輩…今まで本当にありがとうございました。私が立派な整理要員として成長できたのは、先輩方のお陰です。
あとレスティ…先輩方は素晴らしい指導者だ、だからしっかり言うこと聞いて"退社"しないように頑張れよ。
でも、やっぱり生き残りたい。
生き残って先輩達と、豆・モツ鍋パーティをもう一回したい。
「さて、遺言は書き終わりましたよ。イオリさん」
「図書館だか何だかは、知りませんが」
目の前で、表情を崩さずに構え続ける紫の涙…イオリさんを見ると、なぜか嬉しくなってしまう。
それはきっと、かつて私を鍛え上げた師匠でもある彼女にそんな顔をさせられる程に私が強くなった事がわかるからだ。
だから、喜びで不安と心配を押しつぶして斧を握り締め
「イオリさんの息子みたいに、私にも譲れないものがある」
「だから、私を殺せるなどと…」
過充電
防御態勢
凄まじいエネルギーの代償として体に降り掛かる過負荷、それを師匠から学び取った態勢で受け流し…
「思うなよ!!」
最初から、全力で切り掛かった
「……無理か、アンタに…届かないか」
イオリさんは、目の前で息を切らしながら私に刀を向けている。対して私は大量の切り傷と痣を体に刻まれ、右足をあらぬ方向に曲げて座り込んでいた。
勝敗は、誰の目から見ても明らかだ。
充電は底を尽きており、右手に握り込んだ斧では1mmも空間を切り裂くことはできない。
(死ぬのか……こんな所、で)
目を閉じれば、走馬灯が流れて来る。
23区と言う環境で、親と友達が人食いどもに食われて次は自分の番だって時にイオリさんに助けられた。
それからは彼女を師と慕い、嫌になる程に鍛えられ、一端のフィクサーになって…そしてW社の羽になった。
(そう言えば、W社に入ったのは……)
今になって思い出した。私のW社への憧れは、いやワープへの憧れは…イオリさんへの憧れから始まったのだ。
あの、空間を切り裂いた時に垣間見えた"紫の涙"
ソレに憧れ、しかし人生の果てに至ろうとも自分には作り出せないと諦めたのが始まり。
(……誰?)
その事を思い出した瞬間、優しい声が聞こえて来た。内容は分からないが、とにかく優しさを感じる声で……
(……うん、そうだな)
(一度は諦めてW社に縋った…だが、今は違う。もう逃げたりはしない)
真っ直ぐ立てる意思
(目の前の壁は大きいけど、それがどうした。私はW社でどんな困難も越えたじゃないか。諦めなければイオリさんみたいになれるに違いない)
もっと良い存在になれると言う希望
(だけど、分かってる。私はイオリさんじゃない。完全にイオリさんと同じ涙を生み出すことは出来ない…当たり前だな)
分別できる理性
(だから、私は私の涙を求める。ずっと生き続けて求めるんだ…例えその果てに望んだものが無かろうと、先輩方がいるじゃあないか)
生き続けるという勇気
胸に埋め込まれていた不完全な種が、芽吹いた。
「へぇ…驚いた。まさかアンタがこうなるだなんてねぇ…」
「本当に、驚いたよ…だから、残念だ」
振り下ろされる紫の剣。
私の体を切り裂くはずのそれは…しかし体を覆う豆の蔓に弾かれた。
「イオリさん、未だ遠い貴女の"涙"…つま先でも良いから私はそれに追いつきたいんです」
「だから、こんな所で死ぬ訳には行かない」
目の前のイオリさんに向けて、斧を構える。その斧は黄金で出来ているようで、しかし不完全な金メッキ。
「…カーリー以来かねぇ…」
言葉と共に、蛇の如き剣術が私に向かって振るわれる。急所を狙って放たれる剣は蔓によって弾かれているが…その刃は段々と私の命に近付いていた。
だが、不思議と恐怖感はなかった。
「……貴女の邪魔をする事は謝ります、師匠」
「ですから、お詫びとして…拙いものですが、私の"涙"を貴女に捧げます」
両手で更に斧を握り締めると同時に、目の前で彼女が深く構えた。
意識するは、何にも縛られず美しい涙を残しながら私を魅了した紫…そして、何度もW社で空間を切り裂いて来た私の斬撃。
瞬間、蔓の下にある装備から凄まじい充電がなされ…金のメッキを剥がされた斧は銀色に輝いた。
幻影乱舞
紫の残光と斬撃を残す瞬間移動、それによって遂に切り裂かれた蔓。
右脚、左脚、右腕、左脚…
(まだ、まだ……)
あらゆる部位の蔓は遂に無くなり、目の前から首を狙う一撃が迫ってきて
(今だ…!!)
斧を、横薙ぎに振り抜いた。
空間切断
目の前に出来た、青色の裂け目
だが
「危ないねぇ…でも、その程度なら…」
当たりは、しなかった。
側面から迫る影…そうだ、これで終わりだ。
倒れ行く豆の木
「…っ!!これは…!」
瞬間、私とイオリさんを切り離すように、空間の裂け目から菫色の涙が滲み出た。その涙は、やがてワープ列車を真っ二つに切り裂き…私達は次元の底へと落ち始める。
「イオリさん。今はこの程度ですが…これから、もっと美しい涙を作り上げてみます」
「ですから、一旦ここでお別れです…また会いましょう」
「そうかい…でも、ここまで出来るのなら」
「見送る価値は、ありそうだね」
共に次元の底へと落ちゆく。そんな最中に交わされた僅かな師弟のやり取り…それで満足したのか、やがてイオリさんは微笑みと共に姿を何処かへと消した。
(…私も、ここを脱出せねば…!)
底へ底へと落ちてゆく体。
先の一撃で力は底を尽きかけていたが、最後まで振り絞って空間の裂け目を作り…菫色の涙と共に裂け目へと身を投じた。
「……ん?…?」
「どうかしたのか?」
「いや、変な手帳があった。…何だこれ?」
「判別機に突っ込めば……反応なし、誰か別の整理要員が落としたんじゃあないか?」
「ふぅん……ってええ!?」
「どうした!!」
「め、目の前に、急に、ひ人が……!」
「何?待て、コイツ……私達と同じ整理要員だ。名前は…」
「三級整理要員ジャック!?すぐに運べ、とんでもない怪我だ!」
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
これ、友人から依頼された小説です。