W社整理要員の日記   作:万年赤字一般傭兵

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IF:豆木偶の巨人

 

 ◻︎月*日

 

 今日はレスティの実習日だ。担当場所が違うため私が教える事はできないが、セン先輩にローズ大先輩までいるのだから大丈夫だろう。

 

 実習祝いの豆・モツ鍋パーティに備えて、ここに材料を忘れないうちに記録しておく。

 

 大豆

 グリンピース

 ソラマメ

 ………

 

 味噌

 モツ

 キムチ

 ………

 

 

 ◻︎月¥日

 

 セン先輩が、ローズ大先輩が、レスティが、みんな消えた。

 

 先輩方の担当車がヤバかったことは聞いていた。けれども今回は実習であったはずだ、本当に危険な場所には別の整理要員が向かったはず。

 

 空間切断時の事故…?まさか、ウサギチーム?

 

 訳がわからない。

 

 緊急会議が開かれるから、頭の中を整理しようとこの日記に書き込んでいるが…とても落ち着けそうに無い。

 

 

 

 

 重大アクシデント:乗客の消失及びW社機密の漏洩。

 

 先輩達の担当列車にて、都市悪夢の"人形師"及び堕ちた星の"血染めの夜"が乗車。

 その後、彼らは一等席を含める乗客を改造した後に"招待状"を渡して車外に脱出させた。

 乗客は"図書館"に転移し、恐らくは"本"になった。結果として、一等席を含む乗客の殆どは失踪…元凶となった人形師達の消息も取れない。

 

 

 "図書館"とは都市悪夢に認定された都市災害の一つ。

 "本"と呼称される情報の塊を使って人を誘き寄せ、本の情報を載せた"招待状"なるもので図書館内部へと転移させる性質が初期に報告されている。

 

 また最近分かった事として、招待状によって図書館内部に転移されたものは望みの本を手に入れる前に戦う必要があるそうだ。

 そして、その戦いで勝てば望みの本を手に入れ、負けて死ねば…己の情報を満載した本となる。

 

 

 乗客が本になったと推測できる理由は、W社で確保した招待状にある。

 

 その招待状には今回のワープ列車の内情を知った乗客達の本が記載されていた。…それは即ちW社の機密でもあるワープ列車の情報を載せた本が図書館に存在して、誰にでも手に入れられるようになってしまった事を意味しているのだ。

 故に、先輩達は図書館と呼ばれる場所へW社の機密を回収する為に向かったが、未だに帰ってこない。

 

 今後の対応は検討中、万が一にも招待状が来た場合には上に報告して提出しろとのこと。

 

 

 書いて文字にしても、信じられない。

 用意した鍋の湯気が消えても、私はパーティの装飾を片付けられなかった。

 

 

 

 美しい声が、聞こえる。

 

 

 ◻︎月・日

 

 

 例の図書館に向かった整理要員の穴が大きい、加えて一等席乗客の消失が隠し切れなくなり一等席予約の減少と一般席の増加が起こった。

 これから先の整理業務は今までに経験した事がない程に忙しくなるだろう。

 

 だが、やらなければならない。きっと先輩達はW社の機密を生きたまま持って帰ってくる、私は彼らが戻ってくる場所を守らなければならないからだ。

 

 だから、声の言っている事なんてデタラメだ。先輩方が死ぬわけが無い。

 

 

 

 ◇月○日

 

 未だに先輩達は戻ってこない。

 きっと、図書館では時間の流れがおかしくなるのだろう。

 

 

 ◇月◻︎日

 

 うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい……

 

 先輩達が死んだなどと何でわかるんだ。

 仕事に雑念はいらない、余計な事は考えない、声の言う事なんて間違っている。

 

 

 ◇月*日

 

 私が裂いた空間は、空間から漏れ出た"涙"の色は果たしてあんな色をしていたか?

 美しいのか?汚いのか?

 

 ローズ大先輩は見事だと言ってくれた、だから確かに美しい色である筈なのに…分からない。

 

 私の"涙"は、昔の様な汚れたものになったのか?

 

 

 ◇月¥日

 

 違う、違う、これじゃ無い。

 何故かは分からない。けれども私の裂いた空間は、そこから漏れ出た涙は、大先輩に褒められた時の様な綺麗なものでは無い。

 

 昔の失敗作だ、何も変わっていない。イオリさんに憧れ、何度も真似しようとして生み出された汚くドス黒い涙、あの時から何も変わっていない。

 

 昔に戻ったんじゃない…何も変わっていなかったんだ。

 

 

 ◇月・日

 

 ダメだ。何度やっても何度見ても、裂いた空間から見える涙は昔のまま。もう一度、もう一度あの紫の涙を見られれば…私が作り上げれば……

 

 だが、どうすればあの美しき涙を再現できるというのだ…?

 

 

 頑張ろうとも一切変わらない結果、誰も認めてくれない努力。

 

 声はあいも変わらずにうるさい。

 先輩達が戻ってくれれば、私はまた立ち直れる。ダメになった涙であろうと先輩が導いてくれるのなら、私は今度こそ成長して変わることができる…理想とした美しい紫の涙を作り出せる。

 

 だから、今は耐えなければならない。整理業務をとにかくこなして、先輩達が帰ってくる場所を守り続けろ。

 

 

 

 ◇月+日

 

 美しい声は諦めを迫ってくる。

 違う、先輩達が死ぬわけが無い。いつか帰ってきて、そしたらきっと何もかもうまく行く。紫の涙を再現できる。

 

 今は少しだけ長い待ち時間であるのだ。

 

 最近、更に忙しさを増した整理業務へ対応する為に強化手術の頻度を上げた。

 きっと先輩達が帰ってきたら、更に強くなった私に驚くだろう。

 

 

 *月○日

 

 普通、乗客は列車にある部品や同乗したフィクサーなどの武器なんかを使って抵抗を試みるが…それでも、本質的には人間のままだ。

 

 だが最近は、原因不明の化け物が乗客の中から発生する様になった。判別機に入れてもソイツらは乗客としか判定されず、現状復旧に巻き込まれれば元に戻るため、業務に致命的な支障が出ている訳ではないが戦闘の危険度が段違いに上がっている。

 

 今日だけで何匹も斬り殺した。化け物どもを殺す度に報告書の山と疲れが積もっていく…

 

 最近は疲れが取り切れない。

 強化手術の頻度を更に上げなければ。

 

 

 *月◇日

 

 今日、昇級した。

 だが昇級したとて誰も認めてはくれない、それだけの強さがあろうと先輩達がいなければ何の意味がある?

 

 

 先輩方に認められず美しい涙を作り出せないのであれば、今の強さに何の意味があろうか。

 

 声は相変わらずうるさい。

 絶対に先輩達は帰ってくる。その時に、もっと立派になった私を見て褒めてくれるんだ。その時にこそ、この力が役立つのだ。

 

 だから今は耐えろ、耐えなければならない。

 

 

 

 ¥月*日

 

 今日の化け物は、少し厄介だった。

 W社の制服を着て、W社の技術である空間を切断する術を利用する化け物…次元の狭間から急に現れたソイツは、反応が遅れた部下を何人か斬り殺した。

 

 初手の奇襲を成功させた化け物は、その後も次元の狭間からの奇襲を繰り返していたが…此方から空間を裂いて引き摺り出し、引き裂いてやればアッサリと死んだ。

 

 

 強さ自体はそこまでのものでは無い、耐久力も貧弱な部類だと言える。だが予知できない次元の狭間からの奇襲は厄介極まりなく、整理要員の死傷者増加につながるに違いない。

 早々に対処法を確立せねば。

 

 それと、解析チームの結果も気になる。

 あの化け物が乗客で無いのだとすれば…一体どこから来た?

 

 

 ¥月¥日

 

 次元の狭間から奇襲してくる化け物にまたもや遭遇。今回は幸いにも私を最初に狙ったため、死傷者が出なかった。

 問題無く終わった筈なのだが、あの化け物の近くだと声が特段うるさくて最悪な気分だ。

 

 

 ¥月・日

 

 セブンやハナ協会の古馴染みから聞いたが、図書館はL社の巣にあるようだ。…そういえば、あの美しい光の大樹もL社から聳え立っていた。

 

 何か関係があるのか?

 

 

 ・月○日

 

 ハナの古馴染みに金を掴ませたところ、例の化け物どもの正体がわかった。

 奴らは"ねじれ"と呼ばれる存在であると推測される。

 

 この現象に関する詳細は不明。だが"ねじれ"被害者の遺留品から、強い心理的ストレスが原因ではないかと推測されている。

 この推測が正しいものだとすれば…W社の整理業務において"ねじれ"の発生は避けられないものなのだろう。

 

 レスティは新入りであるのに、帰ってきてからの整理業務でコイツらの対処をするかもしれない。先輩達が帰ってきても支障が無いように、更なる調査と対処法の確立を急がねば。

 

 

 ・月◇日

 

 都市の星が勢揃いの、都市で今一番危険な組織"残響楽団"とやらに接触した。

 向こうから接触してきた形であり、理由など全く分からなかったが…私の望むものを持ってくる…青い残響はそう言っていた。

 

 

 奴らは何をしようとしている?

 

 

 ・月*日

 

 青いキチガイが!!!

 

 やつら…招待状の模造品を持ってきやがった。

 それも、先輩達の名を冠した本の情報が載ったものだ。

 

 当然、すぐに突き返してやった。

 

 こんなもの、偽物に決まっている!

 声の言う事は間違いだ!

 奴らはただの狂人だ!

 

 先輩達は、死んでなどいない!!本になど、なる訳がない!!

 

 

 

 ・月¥日

 

 何でこれが、確かに偽物だった筈なのに。

 声がうるさい。

 

 何かが、ゆらいでいる。

 

 

 *月◇日

 

 悩んだ。悩みに悩んだ。

 だがコレを書けば漸く決心できる気がする。

 

 以前の整理業務の際、"招待状"を見つけた。

 

 見つけ次第、上に提出しなければならないもの。ならないものだったのに…私は、招待状を隠して持って帰った。

 

 駄目な事だとは分かっている。

 分かっているが、この招待状に記載された本の名前を見た途端、自分を制御できなくなった。

 

 ローズの本

 センの本

 レスティの本

 

 ふざけている、こんなものは青いキチガイの悪ふざけであって欲しい。

 

 だが昔のコネから仕入れた情報では、図書館の招待状は一切の予兆もなく招待者に届くらしい。そして、招待者は何があろうとその招待状を使わずにはいられないのだとか。

 

 一度は突き返した先輩方の名を載せる招待状…そんなものが何の脈略もなく、満タンになった整理用のパックから出てきた。

 だから…それが意味する事は、私がすべき事は一つしかないのだろう。

 

 

 これからコイツに名前を書いて図書館まで赴く、そして蒼白の司書とやらに先輩方がどうなったかを直接聞いて確かめる。万一、この本が先輩達のものであるなら全部取り戻し、どんな手段を使おうが元に戻す。

 

 

 大丈夫だ、私は強くなった…もう、目の前で家族達を人食いどもに食われていた頃の弱い私などではない。

 

 図書館が都市の星であろうとも、大切な人達を二度と食わせてなるものか。

 

 そして、先輩方を取り戻したら…この強さを褒められるのだ、ダメになった私の涙を矯正してもらって再び紫の涙を目指すんだ。

 

 

 

 *月¥日

 

 負けた、

 負けた負けた負けた負けた負けた………

 

 赤い霧の出来損ないも、紫の涙の出来損ないも、黒い沈黙も全部打ち倒した。だが最後に負けた。私は、負けたのだ。

 負けて、図書館の外に吐き出された…生きて帰ろうともW社は私の独断専行を許す事はないだろう。2度目は無い。

 

 

 嫌々ながらもテキパキと整理をこなし、未熟な私を優しく指導してくれたセン先輩、助けられなかった。

 

 私の空間切断を見事なものだと褒めてくれて自信を付けさせてくれたローズ大先輩、助けられなかった。

 

 面倒を見たのはイオリさんの真似事でしか無かったが、しかし私に懐いて慕ってくれたレスティ、助けられなかった。

 

 

 もう二度と先輩方と会えない。私は、ずっと一人だ

 

 

 

 かつて、私を助け出したイオリさんの真似事すらできなかった私に、先輩方がいなくては…もはや理想とした紫の涙を生み出すことなどできない。

 

 私は、何の為に生きればいい?

 

 声の言う通り、最初から何もかも無意味だったのだ。何一つ変わる事も出来ず、ずっと弱い昔のままの私…もう何もかも諦めて放り出したい。

 

 

 なのに、諦めきれない。かつて私を魅了した紫の涙への果てぬ理想が、人食い共からレスティを守った時に感じていた満足感が、先輩方が私の強さを褒めてくれた時の喜びが、作り出した空間の裂け目から漏れる涙を認めてくれた優しさが…忘れられない。

 こんな状況なのに、ずっと私の心にこびりついて諦めようとする度に引き止めてくる。

 

 私は、何をしたいんだ?

 

 諦めたいのか?

 まだ足掻きたいのか?

 それとも…ただ苦しみたいだけなのか?

 

 

 頭も心も体も、何もかもがねじれて訳が分からない。

 

 

 *月・日

 

 W社から独断専行と装備の無断使用による処分が下された。

 

 "退社処分"

 

 明後日には執り行われるらしい。

 

 

 そんなことより、ねじれ続けている頭と心が痛くて痛くてたまらない。

 

 でも美しい声を聞けば、段々とねじれていく痛みと悲しさが無くなっていきそうだ。

 声は言う…辛ければ全て忘れてしまえばいい。

 紫の涙も、先輩達も、W社の整理業務も、図書館も…何もかも壊して忘れてしまえば、これ以上苦しむ事は無い。

 

 

 頭の中から何かがつき破ろうとしているかん覚がする。けれども、ソレが頭の中をうごめくたびに 私をくるしめるきおくは なくな ていく

 

 

 らく なれる?

 

 

 


 

 

 都市の一角、フィクサー達の総本山であるハナ協会にて緊急会議が開かれた。

 

「では、これより都市悪夢"豆木偶の巨人"における都市災害ランクの再査定を始めます」

 

「まずは当該都市災害の詳細から」

 

「都市災害"豆木偶の巨人"はW社の巣にて発生したねじれです。原因は不明であり、巣にて500人ほどの人間を殺害したため都市悪夢に認定されました」

 

「W社の空間転移技術と酷似した能力を持っており、追跡は困難でしたが…」

 

「現在はL社の巣跡地にて存在が確認されており、今尚その場にとどまっています」

 

「こちらをご覧ください」

 

 会議の最中、画面に映されたのはL社の巣。

 発砲音、鎖の擦れる音、奇妙な楽団による演奏、そして絶叫…翼が折れたのだというのに、かつてはさまざまな音に溢れていた。

 

 だが、それも今や過去の話。

 

 今では、時折落ちてくる人間が弾ける音を除けば静寂に包まれている。そんな場所の映像を映しながら、ハナ協会の緊急会議は進んで行った。

 

 

「このように…残響楽団、人差し指、R社。L社の巣にて鎬を削っていた勢力は、現在その姿を消しています」

 

 続けて画面に映し出されたのは、ドス黒く染まっている斧を持った緑色の巨人だ。

 だが巨"人"とはいえど、人間とはまるで違う。

 

 その爆ぜた頭からは絶えず蔓が伸び続けており、滅茶苦茶に伸びたその蔓を無理やりまとめて構成された体は、辛うじて人型に見えるだけである。

 斧を振り回して空間の裂け目を幾つも作り出してはいるが、何かをするわけでも無い。

 この巨人が放つ無秩序さと乱暴さは、まるで空間の裂け目から漏れ出す極彩色のようであり、一切の理性や知性を感じさせない。

 

 

「そして、コレこそが"豆木偶の巨人"…前述した組織全てをL社の巣から撤退させた元凶です」

 

 

「…はい、当該都市災害の戦闘力は都市悪夢の域をとうに超えています」

 

「加えて、L社の巣における一件によって懸賞金が数倍以上に膨れ上がったため、急ぎの再査定が必要となり…今回の緊急会議につながりました」

 

「では採決を取ります。当該都市災害のランクを都市の星へ認定する事に賛成する者は……」

 

 

 

 

「……満場一致につき、都市災害"豆木偶の巨人"を都市の星に認定します。では解散」

 

 

 

 


 

「成程…こうなるんだねぇ」

 

「無秩序に次元の狭間を作り出す事で図書館の招待状にサインした人物を片端から叩き落とし、招待客を追い返す」

 

「図書館の具現化が完全で無いが故に図書館へと侵入する事はないが、招待状に対する拒絶から招待客にもならない…」

 

「これじゃあ図書館が育たなくなるね。それは困る」

 

 

「それに…私を師匠だと慕って憧れていた弟子の末路が"コレ"なのは哀れだ」

 

「この子の存在自体、僅かな可能性でしか生まれないけど…もし、この流れを変えるのなら」

 

 

「例の"先輩達"が図書館に行った日だね。その時に殺すか、或いは……」

 

 


 

 

 ジャック

 オリ主。

 無駄に強いが多くの面において他者の評価に依存しており、精神状態もまた他者に依存している。

 前回は紫の涙との闘争を通して、確かな理想と共に苦しい未来を乗り越える決意を抱き、不完全ながらもe.g.oを発現。

 今回は依存していた他者の喪失と高過ぎた理想により、ねじれた。

 

 自らを苦しめる崇高な理想も、死んでしまった大切な仲間のことも、W社の辛い責務も、木偶の巨人になって全て忘れられたのなら幸せなのだろう。

 

 

 

 





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