多少原作との時間のずれがあります。
ギルド本部、控え室──。
午後の光が斜めに差し込む静かな空間には、書棚の隙間から漂う少し埃っぽい匂いが満ちていた。天井まで届きそうな資料の山に囲まれながら、僕は椅子に深く沈み込み、膝に乗せた分厚い本をただ眺めている。
──どうして、こんなことになってしまったんだろう。
目の前の文字はまったく頭に入ってこない。
意識は別の場所、というより、もう心ここにあらずだ。
『まずは一階層で頑張っていこう、2階層へはまだ行っちゃダメだからね』
初日にエイナさんにそう言われたのを、僕ははっきり覚えている。優しい声だった。柔らかな笑顔だった。
(なのに僕は5階層まで降りた)
『危なくなったら迷わずに逃げてね』
そうも言われていたのにミノタウロス相手に、反射で斧を投げつけてしまった。
結果、恩人の白い服にミノタウロスの血が飛び、僕は大声で謝って逃げ帰った。
もう、冷静に振り返るほどに恥ずかしい。
人生でトップクラスの失態だ。
そしてそれらすべてを、僕は正直に報告した。
ギルドの受付カウンターで、隠し事なく、包み隠さず、事の顛末を丁寧に。
──それがまずかった。
「クラネル氏?」
凛とした声が響き、空気がぴしりと張りつめる。
「聞いていますか? 貴方が何故ここにいるのか、まさか忘れたとは言わせませんよ?」
その声音に、背筋がピンと伸びる。思わず本を抱えたまま、ぴしっと姿勢を正した。
「……ごめんなさい」
小さく謝って、視線をそらす。けれど逃げ場なんて、どこにもなかった。
冒険者登録したばかりの頃、彼女はにこやかだった。柔らかい笑顔で、こう言ってくれた。
『ベル君って呼んでもいい?』
その一言に、緊張で張り詰めていた僕の心は一瞬でほどけた。だからこそ、今の冷たさが刺さる。
目の前に立つのは、かつてのエイナさんではない。
“鬼のようなアドバイザー”その人だった。
眼鏡の奥に光る瞳は鋭く、手には書類と分厚い本。睨まれているだけで心臓が痛くなる。
「はぁ……」
彼女はひとつ、深くため息をついた。まるで、自らに覚悟を課すように。
「まあ、いいでしょう。クラネル氏」
静かに、しかし揺るぎない口調で言い放つ。
「あなたには再度、冒険者として必要な知識と技術を徹底的に学んでいただきます」
言い終えると同時に、彼女は手元の資料を、ゴトッと音を立てて僕の前に積み上げた。
いや、“積んだ”というより、もはや“落とした”。
「これを、全部……?」
「当然です」
その返答に一切の情けも慈悲もなかった。
たった一日の冒険で、僕の心はもう、いろんな意味でボロボロだった。
それから数時間ほど経過した頃だった。
「私は席を外すけど、くれぐれもサボらないでね。ベルくん?」
背筋を伸ばしていた僕に、念を押すようにエイナさんが釘を刺す。書類を抱え、控え室を出ていく彼女の背中を見送りながら、僕は深く、ひとつ息を吐いた。
「助かった……いや、助かってない。全然」
机の上にはまだ読み終えていない本でいっぱい。
まだまだ読むべき資料たちが無言でこちらを見下ろしている。
(どうしてこうなったんだろう。ほんとに)
それでも、逃げるわけにはいかない。
アドバイザーとしての彼女の信頼に、これ以上泥を塗りたくはなかった。
だから僕は、小さく気合いを入れ直し、開きかけた資料に目を戻した。
文字を追いながら、静かな時間が流れる。午後の陽射しは徐々に傾き、控え室の空気もゆっくりと色を変えていく。
やがて一冊を読み終え、次の本を探す前に背を伸ばそうと立ち上がった時だった。
「……ん?」
本棚の奥に、ぽつんと一冊だけ異質な存在感を放つファイルがあった。他の物と比べて特段古いわけでも、傷んでいるわけでもない。
ただ──まるで、誰も触れようとしなかったかのように、分厚い埃だけが静かに積もっていた。
背表紙には、手書きのような文字でこう書かれている。
「……大抗争?」
ページの厚みから見て、それほど分量はない。けれど、なぜだろう。手に取ると、重みよりも先に、妙な緊張感が指先を伝ってきた。
その正体を確かめるように、僕は表紙をめくり、無意識のうちに──声に出して読み始めていた。
「大抗争……別名、死の七日間とも呼ばれるそれは……今から数えて、七年前の
声が控え室の静けさにぽつぽつと響く。
「冒険者だけでなく、市民……そして、神までもに犠牲者を出した……オラリオの暗黒期……」
読み進めるにつれ、胸の奥がざわついていく。僕の知らないオラリオの歴史、想像以上に過酷な現実。
「その主犯となるは、一柱の神と……二人の冒険者──」
そこまで読んだところで、不意に背後から声がした。
「ベル君?」
「うわっ!? あ、エイナさん!?」
びくっと体を強張らせて振り返ると、いつの間にか戻ってきていたエイナさんが、怪訝そうな表情でこちらを見ていた。
外はすっかり夕暮れで、控え室の窓から差し込む橙の光が、彼女の肩にそっと落ちている。
そして──その瞳が、ふと優しく細められた。
「……泣いてるの?」
「……え?」
思わず間抜けな声が出た。
慌てて自分の頬に触れると、指先にかすかに湿った感触が残る。どうやら、夢中で読み耽っていた間に、気づかないうちに涙が滲んでいたらしい。
「ち、違いますっ!これは……その、埃です、きっと!」
必死に誤魔化すように言い訳を口にしながら、僕は急いで本を棚に戻した。そして、思い出したように時計へと視線をやる。
「わっ、もうこんな時間……!神様が心配するかもしれませんので、そろそろ帰ります!」
少し慌てながら、控え室を飛び出す。エイナさんは何も言わず、ただ小さく微笑んで僕を見送っていたような気がする。
──帰り道。
街はすっかり夕暮れに染まり、石畳に伸びる影が、淡い金色に揺れていた。
人通りはまばらで、道端の花屋ももう店じまいの支度をしている。そんな中、僕はゆっくりと歩いていた。どこか心が重い。
「……大丈夫」
それは誰に向けた言葉でもなく、自分自身への、
ほんの小さな励ましだった。
怖いことも、不安も、ある。
けれど──
「ボクの目標は、それでも……変わらない」
英雄になりたい。沢山の人にモテたい。
その想いだけは、揺るがないままでいた。
──帰宅後。
扉を開けると、待っていたのはヘスティア様だった。僕の顔を見るなり、にっこりと笑いながら言った。
「そのようすだと……アドバイザーくんに、とてもしぼられてきたようだね、ベルくん」
優しさと少しの哀れみを混ぜたその声に、思わず肩の力が抜けた。
「あ、あはは……まぁ、その……」
曖昧に笑う僕の前に、ヘスティア様が手を伸ばす。
「それじゃあステータスを更新しようかベルくん。昨日は疲れていたせいで出来なかっただろう?ミノタウロスに追いかけられたんだ。どれだけ成長してるか君も楽しみだろう?」
その言葉に、自然と顔が綻ぶ。
そう、今日の出来事は──僕にとって、大切な一歩になった気がした。
[ベル・クラネル]
LV.1
力 : I 21 → I 89
耐久:I 0 → I 17
器用:I 23 → I61
敏捷:I 47 → H 103
魔力 : I 0 → I 33
〔魔法〕
【
・危機的行動時効果発動。
〔スキル〕
【
・能動的行動に対するステータス補正実行権
【
・早熟する。
・野望が続く限り効果持続。
・野望の丈により効果向上。
「トータル200オーバー!?」
夕食前の部屋に、神様のちょっと大きめの声が響いた。
最後ヘスティアが驚いているのはアビリティの伸びに対してで、魔法とスキルには反応してません。
ここのベルくんは自身の魔法とスキルの発現をを知っています。
スキルは両方、自前のもので、魔法は後天的なものです。
話が進むにつれストーリー内で詳細が明かされていく予定です。