エクラたちがこのロングスプリングに降り立ってから、すでに一週間が経過していた。
一行は、今日も別行動をとっていた。エクラとシャロンは感染者隔離区域に、アルフォンスとペペは町に出てペペの遺跡探索のための準備を進めている。その準備も、今日でほぼ終わる手はずだった。
「……」
そんな中、アルフォンスの表情は少し硬めだ。気を抜いているというほどではないが、まれに心ここにあらずといった様子で思考にふけることがある。
「……そんなにエクラが心配なら、向こうについて行けばよかったじゃないか」
「心配? そんなものしてないさ。エクラには召喚術があるし、シャロンもついてる。どうして僕がエクラを心配するんだい?」
「顔に書いてるよ」
エクラと別行動をとっている日中、アルフォンスは時折今のような表情を浮かべる。彼のことを心配しているのだろう。
「私だってそんなにひ弱じゃないし、そもそもあいつらも街中じゃ襲ってこないだろう。君は友人の側にいるべきだったんじゃないかな」
「それを言うならエクラだって、君が思ってるほど弱くはないさ。それに、僕は君のこともよき友人だと思っているよ」
「……これは驚いたな。随分なお人好しなんだね」
会って数日の人間を友人と評するのは、ペペにとっては新鮮な価値観だった。
「それで、僕たちは今どこに向かっているんだい?」
「私の知り合いのところさ」
「その後の予定は?」
「そうだね……前回の探索経験を基に地図を更新する作業は終わったし、遺跡の位置の確認はしつこいくらいした。あとは支援をしてくれている考古学仲間に一報入れて、父様向けの手紙をトランスポーターに渡して……それが一番憂鬱かな」
「お父上とは仲が悪いのかい?」
「そんなことはないさ。ただ、少し揉めていてね。今回の探索も反対されているのさ」
「君の行動は客観的に見てかなり危険だし、お父上も心配してるんだろうね」
「どうだか。父様からすれば私は後継ぎだし、後継にいなくなられると困るってだけかもしれないよ」
アルフォンスは一瞬、なにかを言いたげな顔をしたが、すぐに引っこめた。自分の父親と重ねて思うところはあったが、他所の家庭の事情についてとやかく言うのは違うだろうと思ったからだ。
「ま、私は後なんて継ぐ気はないけどね。弟が私の代わりにやってくれることだろうさ」
「弟がいるのか。あまりそうは見えなかったが」
「ちょっと、それどういう意味かな?」
2人は現在、バザールを横切って町の中央付近へと歩いていた。
「この辺りは町の中央に近いのかな? かなり活気があるね」
「そうだね。今も人通りは多いけど、朝方なら露店が立ち並んでいて、もっと盛況になるんだよ」
「へえ、アンナ隊長が喜びそうだな」
「隊長? 君は軍属なのかな?」
「まあ、似たようなものだね。特務機関『ヴァイス・ブレイブ』の所属だよ」
「特務機関?」
「もともとは、敵対国から異界の英雄を守るために結成された組織だけど……今は英雄たちの窓口みたいなものかな」
「ふぅん、その英雄っていうのは、エクラが召喚する異世界人のことだったよね」
「必ずしもそうとは限らないけど、現状はエクラの召喚しか英雄と会う手段がないから、そうだね」
「それで、英雄というのは──」
ペペは異界に興味津々のようで、アレコレと質問を重ねていく。この1週間でそう言った会話はかなりしているが、まだ足りないようだ。
「ふむ。やっぱり、異界の話は面白いね。もう少し聞いていたいところだけど……もう目的地だ」
目的地、と言ったペペの前にあったのは、この辺りでも特に大きな建物だった。豪邸というにはやや質素だが、質実剛健で機能性を重視した造りに見える。立地や大きさ、家の造りから、どう考えても権力者の家にしか見えない。
「君の知り合いというのは……?」
「詳しいことは後で話そう。君はここには入れないから、しばらく近くで待っていてくれ」
アルフォンスの疑問をよそに、ペペはその建物に近づいていく。そこでちょうど、建物から人が出てきた。ふくよかな体形の中年男性と、その護衛と思われる者が数人。種族はアナティだろうか。
「おや? これはこれはハトシェプスト殿ではないですか」
「……メイソン殿。お久しぶりです」
その男が目に入った途端、ペペの顔が険しくなる。あまりいい関係ではなさそうだ。アルフォンスが小声で聞く。
「この方は……」
「リグス工業のメイソン殿だ」
「リグス工業……」
その名前はアルフォンスも知っているものだ。あの危機契約機構のサイが言っていた、レッドラベル契約を使ってペペを襲わせたという企業。
「いやはや、まさかこのような田舎で会えるとは、思いもしませんでしたぞ。こちらにはいかようで?」
「大した用じゃないさ。そちらは商売にでも来たのかな?」
「ええ。ドラッジ殿には良くしていただいております。本日も、先ほどまで商談を」
メイソンは、うやうやしいながらもその奥底に欲が見え隠れする、まさしく商人らしい口調だ。一方のペペも、これまで見たことない、ビジネスライクな笑顔を浮かべている。猫を被っているのだろう。
「お連れの方は──」
「私の個人的な友人だ。気にしないでくれ」
「そうでしたか」
ほんの一瞬、メイソンの目線がアルフォンスへ向く。なにかを探るような視線だ。
「ところでペペ殿。厚かましいお願いで恐縮なのですがお願いがございまして」
「話は聞こうか」
「こちらを、弟君に届けてほしいのです」
「弟に?」
「はい。日頃より、弟君には大変お世話になっておりまして、ぜひお礼を申し上げたいのです。自分からおもむきたいのはやまやまなのですが、なにぶん私はしばらくロングスプリングから離れられないもので」
「待ってくれたまえ。貴殿は弟と親しいのか?」
「はい。以前より親しくさせていただいております」
弟の話が出たとたん、ペペの顔が若干曇ったのが分かる。それをすぐに振り払って、ペペは外行きの笑みを浮かべる。
「分かった。届けておこう」
「ありがとうございます。このお礼はいずれ」
「気にしないでくれ」
「それでは、私はこれにて失礼いたします」
「ああ。また会おう」
うやうやしく礼をして、メイソンと護衛たちは去っていった。
「今の人って確か、ペペを狙っているっていう……?」
「サイによれば、だけどね」
「なるほど。現状だと、誰が怪しいのかもわからないのか」
「そうだね。そして、今からそれを確かめに行く」
そう言ってペペは見つめたのは、目の前の大きな建物。ロングスプリングの心臓部、領主邸であった。
サルゴン
テラ南西に位置する砂漠とジャングルで構成された国。国土が広く、各地を領主や首長、パーティジャーが治め、さらにそれらを統括する諸王の王がいる。
現代風の街並みから、ジャングルで狩猟採集をして暮らす部族まで、幅広い。天災や鉱石病以外の脅威も多いせいか、移動都市が少なく、感染者への差別も少なめ。
古代エジプトがモチーフらしい。