ミナトハマイとロングスプリングの位置関係も分からぬ……
けど、なんとなくで押し切るぜ!
外見から受ける印象通り、煌びやかな物などない内装。そんな領主邸の客間のソファにて、ペペはある人物と向き合っていた。
「お久しぶりです。ハトシェプスト様」
「久しぶりだね。ミナトマハイでのパーティ以来かな?」
筋肉質なレプロバの女性、ピカール。領主の娘である彼女のもとへ、ペペは情報を求めて尋ねていた。
2人はそこまで頻繁に会うような仲ではないが、パーディシャーの娘と領主の娘ということもあり、それなりに親交は深めていた。
「さっそく本題に入ろうか。私が襲われた件についてだ」
「……このロングスプリングにおいて要人が襲われたとあれば、我々衛兵隊の不徳の致すところ、面目次第もございません。ですが、そもそもパーディシャーの娘ともあろうものが、供の1人もつれずに荒野を歩くなど──」
「荒野でだれが死のうと、それは衛兵隊の責任にはならない。君たちはあくまでもこの街の守護者だ。そうである以上、私が襲われたこととキミは無関係だし、キミにどうこう言われる筋合いはない」
「……」
「端的に言えば、小言は聞きたくない。どうせ帰ったら父様にさんざん言われるし」
「……今代のパーディシャーはたいそう苦労されているようですね」
ピカールは今にも頭を抱えたくなるような表情をしている。ちなみに今回の遺跡探索においては、ペペから一応の報告があったのみであった。
「それでは、我々には関係のない話として、今日はお開きに──」
「ちょ、ちょっと待ってくれたまえ! それはないだろう!」
意趣返しと言わんばかりに立ち上がって帰ろうとするピカールを、ペペは慌てて止める。それを見たピカールはふっと笑ってすぐに座りなおした。
「……リグス工業ですが、“クロ”でした。やつらはたしかに、レッドラベル契約を結んでいたようです」
「調べが早いね。そこまでわかるのか」
「……大変お恥ずかしい話ですが、どうやら私の弟が関わっているようでして」
「ドラッジか。確か、クルビアに留学していたんだったかな?」
「ええ、そうです。あの愚図はそれ以来、すっかりクルビア商人どもとつるんでいるようで」
「危機契約機構は?」
「この街にやつらの支部こそありますが、武装は許可していません。外から人を招いた痕跡もありませんし、まずないかと」
「ふむ」
ロングスプリングから帰ったその日に、ペペはピカールに連絡を取ってサイからの情報の真偽を確かめようとしていた。どうやらサイの情報は正しいようだ。
「それにしてもやつらは、遺跡だけが目的でこんなことをするのかな? いくら諸王の王の遺産と言っても、やることが大胆すぎやしないかい?」
「それに関してですが。どうにも、やつらはペペ殿の命そのものが目的の可能性があります」
「なに?」
自分の命そのものが目的と言われ、ペペに疑問符が浮かぶ。確かに自分はパーディシャーの娘で、命を狙う人がいてもおかしくはないが、クルビアの企業がそんなことをするだろうか。
ピカールは懐を探ると、ある紙を取り出す。それは一通の手紙だった。
「愚弟の書斎で発見した密書です」
「この封蝋は……」
その手紙を見たとたん、ペペの表情が固まる。見覚えのある封蝋が使われていたからだ。
封蝋とは、己の身分を示すためのものだ。ゆえに封蝋を見ればそれが誰が出した手紙なのかがわかる。
「はい。あなたの弟君──セネド様の物です」
その封蝋は、ペペの弟の物であった。彼しかもっていないはずの封蝋だった。一族の象徴たるスイレンの花の紋章が、その手紙の送り主を暗喩していた。
「今回の暗殺未遂、セネド様が関わっている可能性があります」
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「というわけで第3回! 召喚の儀!」
「待ってました!」
その日の夜。一行は飛空城に帰ってきていた。
召喚の間にて、エクラとシャロンが5つのオーブを囲んでいる。
「ふっふっふ……見たまえよ、この光輝くオーブを」
「いつもながら綺麗ですね!」
明日には遺跡探索に出発するのだが、それに備えて召喚を行っておこうとエクラが言い出した。オーブの数には若干の余裕があるため、現地でトラブルが起きても対応できるくらいのオーブの数は残してある。
「ところで、エクラさん。源石は使わないんですか? 召喚素材として使えそうって話でしたけど……」
「ああ、アレね。なんか危なそうだし、とりあえず今日のところはやめておくよ。もう少し調べてからにしよう」
召喚素材が枯渇しかけの現在において、新たな召喚素材の存在はたいそうありがたいものだ。しかし、異界の人間であるエクラたちには源石の性質がいまいちわかっていない。そのため、しばらく使用は控えるつもりだった。
そこに、アルフォンスが扉を開けて召喚の間へと入ってくる。
「エクラ。ペペの姿が見えないけど、どうかしたのかい?」
「ああ、なんか夜空を見たいから外にいるってさ。正面の城塔にいるんじゃないかな」
領主邸から帰ってきて以来、アルフォンスはペペとまともに話せていない。なにを聞いても上の空で、飛空城に帰ってからも、早々にどこかに行ってしまった。
「……ちょっと様子を見てくるよ」
「うん、わかった。夕飯用意して待ってるね」
ペペになにがあったのかは分からない。しかし、せめて話くらいは聞いてあげたいと思い、アルフォンスは召喚の間をあとにした。
エクラもなにかあったことは分かっている。しかし、今回はアルフォンスに任せるのが適任だろうと、自分は残ることにした。
「それで、次はだれを召喚するんですか?」
「ふっ、そんなの決まってるさ。もちろん──」
エクラたちの声を背後に、アルフォンスは進む。パレスを出て、兵舎を横切り、城塔を上る。
「──ペペ」
「……アルフォンスか」
そこに、ペペはいた。床に寝そべり、手に持った空き瓶をかかげ、ガラス越しに空を見上げている。
飛空城から見る空は、いつも満天に輝いている。なにせ、この城は雲の上を飛んでいるのだ。たとえ偽りの星々であっても、その輝きは本物だった。
「これから召喚の儀をやるみたいだけど、君も見るかい?」
「いや、遠慮しておこう」
ペペは、その手に空き瓶を2つ持っている。スイレンの柄の彫られた、空っぽの瓶。ペペはその瓶をコトリと床に置いた。
「やっぱり君は、私とエクラとの契約には反対なのかな?」
「……え?」
「君は現実主義者だし、私の行動がどれくらい無謀かは分かっているだろう。それでもついてきているのは、エクラが私に協力する気だから。違うかな?」
ペペは、普段とは少し違う声色だ。少し冷たく、刺々しく、そして弱々しい。
それに対してアルフォンスは、ハッキリとした口調で即答した。
「違う。いや、始めはたしかに君の言うとおりだった。だが、今はむしろ応援したいと思っている」
「……」
「知っての通り、僕はアスク王国の王子で、後に王位を継ぐ立場でもある。そんな僕が特務機関に入るにあたって、父にはかなり反対された。王位を継ぐ者が前線にてその身を危険にさらすべきではない、とね。それでも僕はアスクのために戦いたかった。他人が戦っているのをただ見てるだけなのは我慢できなかった」
アルフォンスは生まれてからずっと、レールの上を歩んできた。だが、それを不満に思ったことはない。むしろ、他者のためにその身を捧げられるこの役割を、誇りとして生きてきた。
そんな中で唯一、特務機関だけは例外だった。彼は、他者が傷付いていく中で、自分だけ座っているような真似はできない性分だった。だからこそ、父親の反対を押し切ってまで特務機関に入隊したのだ。
「だから、多分、僕は君を自分と重ねて見ているんだと思う。君の目的は分からないけど、君が本気なことは分かる。誰に反対されても、自分の信念を貫こうとする君を、僕は応援したいと思う」
それが、アルフォンスの偽りのない本心だ。
ペペは上半身を起こして膝を抱える。しばらくの沈黙が流れた後、アルフォンスが再び口を開いた。
「聞いてもいいかな。今日、あの場でなにを知ったのか」
「……君たちの契約にも関係のある話だ。話しておいた方がいいだろう」
話しておいた方がいい、と言った割には、再び長めの沈黙が訪れたが、やがて意を決したように重い唇を動かした。
「今回の一件に、私の弟が関与している可能性がある」
「……つまり、君の弟が君を殺そうとしているかもしれない、という話かい?」
ペペは、無言のままコクリと頷く。
「それは、確証のある話なのかな?」
「……分からない。客観的にみて、ありえないと思う。けれど、自分が本当に客観的に見れているかどうか、分からないんだ」
力のない声だ。ペペとて、セネドが自分を殺そうとしているかもしれないという話を信じているわけではない。だが、封蝋というのは、そう簡単に用意できるものでもない。アーツを使った偽造対策が施されているし、セネドはそう軽々しく封蝋を使うタイプでもない。
物証はある。しかし、状況証拠はない。セネドには、ペペを殺す理由などないはずだ。
──いや、本当にそうだろうか。
「弟さんとは仲が悪いのかな」
「昔はよかったよ。けど、最近はあまり話せていないな。私も弟も史官を目指しているからね。互いに忙しくて、ずっと話せてないんだ」
「史官?」
「私の一族が代々受け継いでる役職で、黄金都市の諸王の王の下で歴史を記録するんだ」
客観的に見て、ペペとセネドは史官の立場を争いあっている。それは周囲の人間も知るところだし、ほとんどの領主やパーディシャーも知っている。ペペにパーディシャーを継いでほしい者、史官になってほしい者、あるいはこの間にハトシェプスト家の力をそぎたい者。様々な思惑が渦巻き、そしてその誰もが、ペペとセネドは史官の地位をめぐって争っていると思っている。
だが、実態は違う。
「その史官というのには、どうしてもなりたいのかい?」
「……実のところ、そうでもないかな。史官になれば、自由はない。黄金都市からは出られないし、ただ1人で当代の王にとって都合の良い歴史を紡ぐだけだ。私には向いてない。……けど、それはあいつにとってもそうなんだ」
「……君が、やけに焦っていた理由が分かった。君は家族を一人ぼっちにしたくなかったんだね」
史官になると、舌を抜かれ、ただ歴史を書き記すだけの機械になり下がる。その一生を、たった独りで過ごすことになる。
そんな思いを自分の弟にさせるつもりはなかった。
そして、セネドもまた、自分と同じ思いで史官を目指しているのだと、そう思っていた。
史官とは名誉な役職だ。黄金都市に住めるのは限られた人間だけだし、都市の外では決して読めない歴史資料にあふれているし、史官が書き記す歴史はその後のサルゴンの基幹となりうる。ペペだって、その役職に憧れがないわけではない。
ペペは最近、セネドには全く会えていない。史官になるための実績づくりに奔走していて、家に帰る時間はあまりとれてない。いざ帰っても、ペペはセネドと史観の立場を争っていることになっているために気を回され、直接会う時間は限りなく少ない。
人の心は分からない。実際のところ、セネドがなぜ史官になろうとしているのかなど、ペペには分からないのだ。
「…………けど、あいつが本気で史官になりたいのなら。そのために私が邪魔だというのなら。私は……」
最後にまともにセネドと話したのは、いつだっただろうか。
領主邸からの去り際に、ピカールが話した言葉が耳にこびりついている。
『──私に言わせれば、兄弟の情などもろいものです。ただ血がつながっているだけにすぎないのですから』
アルフォンスは、ペペの言葉をよく噛みしめると、ゆっくりと、口を開く。
「……僕と妹は仲が良くってね。子どもの頃からずっと一緒に居たし、今だって同じ特務機関の所属だ」
「……」
「けど、時には対立することもある。彼女は夢を見過ぎることがあるから」
「それでも君は、彼女を疑ったことはない、と?」
「いや、何度もあるさ。嫌いになりそうになった時もある」
ペペは、ただ不安に思っているだけで、実際には弟のことを信じたいのだと。だから自分がすべきは、ただ少し背中を押してあげることだと。アルフォンスはそう判断した。
ならば、彼が言えることは1つだ。
「それでも僕は信じてる。血筋や魂ではなく、記憶と思い出を。僕たちの願いは同じだっていう、あの日の想いを」
アルフォンスは思い出す。かつての日の出に誓った、開世の願いを。あの日の願いがある限り、なにがあってもシャロンとアルフォンスは“きょうだい”だ。
「記憶と、思い出……」
噛みしめるように、言葉を飲み込んでいく。
ペペは床に置いた2本の空き瓶を手に取ると、ギュッと握りしめた。
「これには、元は香水が入っていてね。母様の遺品なんだ。……これは2本で1組。決して、分けて使うモノじゃない」
「……」
「そうだね。私は、私たちの歴史を信じてみることにするよ」
ぺぺは空き瓶を大切そうに抱えると、そのまま立ち上がる。
その顔は、いつも通りのぺぺに戻っていた。
「さて、戻るとするかな! 2人が待ってる」
「ああ、そうしよう。それと、待っているのは恐らく2人じゃなくて3人のはずだよ」
「ほほう、召喚英雄か! 今度はいったいどんな人が来るんだい?」
「多分、あの人じゃないかな」
2人で並んで、パレスへと足を向ける。その足取りは、過去と歴史を抱えながら、未来を探して迷いながら、確かに前へと進んでいくだろう。
諸王の王
サルゴンの統治者のこと。黄金都市に住み、人前にはあまり姿を見せないらしい。
一般に、諸王の王という言葉は階級を表すが、初代諸王の王ルガサルグスを指して固有名詞として使われることもある。ルガサルグスは、暦法の王とも呼ばれ、本作でペペの求める遺産とは、こいつが残したものである。