幼い頃から私に仕えてくれた驢馬とも別れを告げた私は、とっぷりと日の暮れた城下町の中央噴水広場の噴水を囲む縁石に腰かけて物思いにふけっていた。ある程度のルピーは持っている。これで宿を取れば数日は過ごせるかも知れない。だが収入が無ければそれも続かない。父が残してくれた財産は私がまだ未成年であるから好きに使うことはできない。(使ったら使ったでいつかは底をついてしまう。)昔父とともに訪ねた親戚のもとに身を寄せることも考えたが、今更住所も名もよく覚えていない。
まずは仕事を得なければならない。それも手元の資金が底をつく前に。雇われ剣士の仕事はどこで得れば良いのだろうか。私は思いを巡らした。あるいは、城勤めの兵士に登用される道があればそれでもよい。しかし女の剣士でさえ珍しいのに、女の兵士など有り得ない、と私は思い至りすぐにそれを諦めた。
その時、進むべき道に窮していた私の頭の中の堂々巡りする思考を中断する者があった。若い男が私の前に立ち、妙に親し気に声を掛けてくるのである。
「ようお姉ちゃん、田舎から出てきたのかい?」
若い男は言った。その後ろには数人の仲間がいた。私は彼らが正業に就いていない遊び人だとすぐわかった。そもそも職に就いている者たちはこの時刻には疲れ果てて寝ているに相違なかったからである。
「泊まるところがないんだろ?俺たちのところに来いよ。楽しい思いさせてやるからよ」
私はその青年の姿をよく見た。ボサボサの髪に、無精ひげ、服装はだらしなく、酒の臭いがする上に、どこか目の焦点が合っていない。五人ほどいて私を取り囲んでいる彼の仲間たちも似たり寄ったりの人相風体であった。
「折角だがお断り申し上げる。宿をまだ決めかねているに過ぎぬのでな」
「カタいこと言わずによぉ」
私の返答を無視し、男は私の腕を取ろうとしたが、私はそれを払いのけた。それが彼にはいたく気に障ったらしい。彼はもう一度乱暴に手を伸ばして私を捕まえようとした。私は立ち上がると逆に彼の腕を取り、外側に回って関節を極め、後ろから突き飛ばした。彼は噴水の中に頭から突っ込んだ。
水面から顔を上げた彼は、怒り心頭といった具合で何か喚いた。すると仲間たちが全員懐から小刀を取り出して抜き放った。私は腰の長剣の柄に手を掛けると静かにこう言った。
「貴殿らはこの剣が飾りに見えるか。その真偽をその身で知る前に退散されよ」
私の言葉に不良どもは一瞬怯んだような顔をしたが、すぐに笑って仲間同士顔を見合わせた。
「どうせハッタリだろ。最近はコスプレ剣士が多いからな」
私は溜め息をついた。剣士の真の職務は人を殺すことではなく、魔物を払うことだ。だが、操を汚されるくらいならば人を相手に剣を振るうのもやむなし、と私は普段から決めていたし、父からもそう教わっていた。私は覚悟を決めた。
「どうかなされましたかな?」その時、近づいてきて穏やかに声をかける者があった。背が高く、白髪を短く刈り込んだ老人だった。
「すっこんでろ糞爺い」語気荒く若者の一人が応じた。
「穏やかでありませんな」老人は言った。「仮にもここは王国の威厳あるハイラル城の前でありますからな。あまり狼藉を働かれると困りますぞ」
いつの間にか、老人の背後には城勤めの兵士たちが一小隊並んでいた。城へ通ずる回廊を警護する衛兵は時刻が夜遅くなると外される。それなのに何をどうやったものか、この老人は一隊もの兵たちをここまで引っ張り出してきたのである。
「チッ。覚えてろ」若者たちは毒づくと西町の方面に向かって立ち去った。
「ご老人、ご配慮恐れ入る。お名前を教えてはくださらぬか」
私は引き上げていく兵士たちに頭を下げると、彼にそう言った。すると彼はラフレル・ソルレントス退役少将と名乗った。まさに私が探し求めていた人物である。しかももっと奇怪なことに、彼は私が名乗る前から私の名を言い当ててみせた。私は驚きにしばし言葉を忘れた。
もっとも、これは偶然でも何でも無かったとわかった。その夜、ラフレル翁は町に女剣士が現れたという噂を聞き、直観で私のことだと思って探し回っていたのだという。彼は、私の父の元上司であって、父からもし娘が一人で城下町を訪れることがあれば世話をしてやって欲しいとの書簡を受け取っていたらしい。
私はラフレル翁に重々礼を申し述べた。まさに捨てる神あれば拾う神ありである。彼は私のこれまでの苦労へのねぎらいの言葉をかけてくれた上で、こう申し出てくれた。すなわち、自分は男やもめであり部屋に人を泊める余裕があるにはあるのだが、やはり異性同士であるから悪い噂が立つといけない、だから貴女を世話してくれる女性を紹介して差し上げよう、と。これも非常に有難い話であった。
かくして、私はテルマ嬢の知己を得ることになった。翁は私に対して、長年酒場を経営し商店主たちの間では知らぬ者はいないほどの女傑であると彼女を紹介した。このテルマ嬢の部屋に私はしばらくの間世話になることになったのである。
そして多くの読者がご承知の通り、彼女は私が自立してからも長い間支え続けてくれた。それだけではなく、彼女は私と仲間三人がハイラル城解放のための活動をするにあたっても陰に陽に支援をしてくれたのである。いわゆる世間に言うところの「四勇士」という呼称に私が軽い違和感を覚えるのはそのためだ。彼女の見せてくれた厚情、惜し気のなさに加えて、その王国を救わんとする気概はこの四人の誰にも劣っていなかった。従って私は今でも彼女をこの仲間たちのうちの一人に含めて数える癖があるのである。