城下町という大都会に出たばかりの十七の私を見舞った経験は決して心地よいものばかりではなかった。むしろこの世の理不尽さを嫌というほど私に叩き込むような出来事が多かった。そのような逸話には枚挙に暇がない。その後私がどのようにして剣士として自立していったかについて書こうとするなら、その類の話を幾つも書かねばならず、私自身やや気疲れするところでもある。従ってその方面の話は後日また書くとして、ここで幼い頃の話をしようと思う。
私には母の記憶がごく薄っすらとしかない。母は私が言葉を覚える前に病にかかり亡くなってしまった。そのせいか、母の顔は肖像画でしか知らない。母に抱かれて散歩した記憶もまるで霞がかかったような不明瞭なものであって、その事実自体は確かと思えても、かかる記憶を元にして母がどのような女性でどのように私を扱ったかについてを心に思い起こすのが私には難しかったのである。
赤子の頃の記憶が大人になってもその人の脳裏に留められるかどうかについては諸説がある。ある人は自分には生まれた時の記憶があると豪語する。だが別の人は、それは周囲の大人たちから聞いた話を自分の頭で再構成したものを記憶と勘違いしているだけだと断ずる。私にはその方面の学識が欠けているためどちらが正しいかはわからない。だが、私自身はかかる赤子の頃の記憶が朧気で掴みどころのないものであるにも関わらず、妙にハッキリと母のことを思い出すことができるようになった切っ掛けとなるある事件があった。
私が五歳ごろのことである。私は同じ夢を繰り返し見るようになった。見知らぬ女性が私のところにきて、新しい玩具を授けてくれるのだ。それは木彫りの馬であった。それも、私の小さな両手に乗らないほど大きくて立派なもので、そのよく磨かれ釉の塗られた仕上げや、表面に薄っすらと浮かぶ木目、躍動的なポーズを見て私はこれを大変気に入った。私が喜んでこれで遊んでいると、その女性は私に私の理解できない言葉で話しかけ、私の頭を撫で、私の頬に接吻してくるのである。しかし、私はそれを厭わしいとは少しも思わなかった。
そして目が覚めると、私は何とも言えない幸福な気持ちに包まれていた。しかし目覚めてしばらくすると、どうもあの木彫りの馬が惜しくて惜しくて仕方がないという気持ちが湧いてくるのである。読者諸氏も同じような経験をされたことはないだろうか。例えば夢の中で思いがけない宝物を見つけ、後でもう一度それを楽しもうと思いそれをどこかに仕舞い込んだところで目が覚めたとしよう。そうすると、あたかも本当はその宝物が自分のものであったはずなのに、なぜ今手元にないのだろう、という口惜しさを感じないだろうか。私はそのような心持であったのだ。
私はあまりその夢を見ることが頻繁であったので、次第にその木彫りの馬は本当に自分の所有であったのではないか、と疑い始めた。そして思い切って父のところに行きこう申し述べたのである。
「父上、あの木彫りの馬は今どこにあるのでしょうか」
父はこちらに背を向けたまま仕事をしていた手を一瞬止めた。
「木彫りの馬だと?そんなものはない」
そう短く答えた父だったが、少しすると何か考え込むように腕組みし始めた。そして彼はやおら立ち上がると、物置に向かったのである。
戸口に立って見守る私の前で、父はあっちの箱を開けこっちの箱を引っ繰り返しといった具合に大捜索を行った。そしてとうとう見つけたのである。古い布に包まれた木彫りの馬を。父がそれを私の前に置いたとき、私は驚きの余り目を丸くした。それは私が夢で見たものと寸分も違わないものだったのだ。
私は非常に喜んで父に礼を述べた。すると父は椅子を引き寄せて逆向きに腰かけ私にこう問うた。
「アッシュ、お前はこの馬のことをどこで知ったのだ」
「どこ...と申されましても。夢で見たのでございます、父上」
「夢だと?どんな夢だ」
父は再び問うた。その目つきはいつになく真剣なものになっていた。
「私の側に見知らぬ女性が来て、私にこの玩具を授けてくれるのでございます」
「女性か。どんな女性なのだ」
「はい....髪は栗色で波打っておりました。柔和な顔立ちで、その手はとても温こうございました。そして...」
私は、そうやってその女性のことを叙述しているうちに、涙がみるみるうちに両目に溢れてくるのを感じた。そしていつの間にか、私は声を激しく震わせて嗚咽し、大声で泣き出したのである。
父は泣くなと私を叱った。だが私の泣くのが余りに激しかったので彼はとうとう諦め、しばらく腕組みして私を眺めていたが、ようよう私が落ち着くと私を居間に連れていって座らせ、その馬の由来を教えてくれたのである。
なんでも、母の親戚に素人ながら彫刻を能くする人がいて、私が生まれた時にこれを贈ってくれたのだそうだ。彼は母が身籠ったとき、男の子が生まれるものと早合点して、騎士団員の息子ならば馬が相応しいだろうと考え製作に取り掛かったのである。しかし生まれてみると女の子であった。だが、彫刻というのは急に主題を変えられるものではないから、結局その人は母のところにこの作品を持ってきたというわけだ。
とはいえ、首も座らない赤子がそんなもので遊べるわけがない。母は、しばらくの間その馬を私の寝床の側に置いていたが、やがて私が動き回るようになると間違いがあってはいけないと思いそれを仕舞い込んでしまった。そして、その後母は亡くなってしまい、父もそのことを思い出さないまま今日まで来てしまった、ということだったのである。
その木彫りの馬は今私の執務室の机の上に立っている。母も父も亡くなり、その親戚も疾くに故人となったが、彼がくれた思いがけない贈り物がこうして母を思い出すよすがとなっていることに私は感謝の念を覚えている。