私の執務室の机には、件の馬の木彫りのほか、二つの勲章が置いてある。二つにはいずれもハイラル王家の紋章が刻まれており、一つはハイラル城解放の戦いの後授与されたものだ。私の執務室を訪れる人は感心してそれを眺め、私がその際鬼を百匹退治したなどといった誇張された話を持ち出す。無論これは単なる噂である。
そのような人たちのうちには、机の上のもう一つの勲章に気づき、こちらのほうはいつ授与されたのですか、と質問してくる者もいる。その質問に対し、私が十三の時です、と何気なく答えてしまってから、私はまた後悔した。その質問をした人は私の返答にいたく感じ入り、その人の心の中にはいよいよ人間離れした神童のような私の姿が描き出されてしまっている様子であったからだ。
従って、その勲章を得た経緯をここに書いておかねばならない、と私は感じているのである。その頃の私は、受勲に値するほどの勲功を挙げたわけでもなく、剣士として相応しい力量を備えてその務めを全うしていたわけでもなかった。ただ、不思議な巡り合わせが重なって私はハイラル城に呼ばれて勲章を授けられるに至ったのである。
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スノーピーク中腹に住んでいた私と父は、普段は二人きりの暮らしといえども、麓村の住民たちとも時折交流していた。父は手先が器用で、彼らの家や家具を修復してやる代りに物々交換で食料を入手したり、時には城下町への用事を彼らに取り次いでもらっていたりしていたのである。
ある時、彼らの村を我々が訪問していたところ、牧童が血相を変えて湖の南のほうから走って戻ってきた。彼の家畜の群れが鬼どもに襲われたというのである。当時、辺境のハイラル北部といえどもその地方に鬼が出るのは非常に珍しかった。冬が厳しいからである。
彼らは私の父が引退剣士であることを知っていたので、何とかしてくれろと頼み込んできた。それに対して父はこう答えた。どこにいるかわからぬ鬼を追跡し、居場所を突き止め、これを退治するのは時間も人手も金もかかる。だが、彼らをおびき寄せた上で一網打尽にする作戦ならないわけではない、と。
結局彼は村人たちを巻き込みある作戦を立てた。彼はまず私を伴って山小屋にとって返し、自らの剣を取って甲冑を身に着けたうえ、私にも鎖帷子を着させ、兜を被せて剣を持たせた。そうして驢馬とともに戻ってきた我々を見て村人たちは目を白黒させていた。子供の私までもが完全武装していたからである。
彼の作戦はこうであった。鬼どもの出没地点から始めて、家畜の血を少しづつ地面に垂らしていき、最終的には村の入り口に至るようにする。彼らは、人間のものだろうが家畜のものだろうが血に非常に惹かれる性質を持っているからだ。そして、それにおびき寄せられた敵どもが村に入ったら私が囮として彼らをさらに惹き付ける。彼らを一つ所に集めたところで、父と、農具を持った村人たち、そして私が三方向から一気に攻撃するというものだ。
村人たちは全員素人であったから、彼らの役目は単に鬼どもの注意を逸らすことにあった。実質的には鬼退治は父と私の仕事である。私は作戦を聞いて胸が躍った。なんとなればこれまでの父と二人きりの山奥での孤独な魔物退治と異なり、目の前に生きている民のために戦うことができるからだ。これこそ剣士の本分だと私は武者震いした。
私と父は村の礼拝所に寝泊まりし始めた。そして父はまず、村人たちのうち女を含め武器がわりの農具を振るうことの出来る者たちを全員集め、簡単な訓練をさせた。とはいっても、同士討ちしないよう隊列を組ませ、縦向きに得物を振り回す。それだけである。手順の打ち合わせと訓練とにある程度の目途がつくと作戦が開始された。牧童が囮とする家畜の血を撒きに行って帰ってくると、彼らは交代で櫓の上に立って南方を見張った。
父の言った通りであった。翌日、鬼の姿が湖の東側に見えたので彼らは血相を変えて知らせに来た。父と村人たちは物陰に隠れ、私は村の中央の小さな広場に陣取った。その広場を貫く通りを経由して村の入り口に通ずる道路を眺めていると、やがて遠くから鬼どもがやってくるのが見えた。いるわいるわ、最初は二匹、三匹、四匹くらいだったのが、最終的には総勢十二匹もが群がり、村に押し入ってきたのである。
それを見た私は剣を抜き、声の限りの大音声で叫んだ。
「鬼どもめ。貴様らに天の裁きの下らんことを。財物を掠め取り、人を傷つけ、暴虐と狼藉をこととするお前らを我ら剣士がいつまでものさばらせておくと思ったか」
鬼たちは通りを上ってきたが、叫んでいたのがほんの子供の私であったのを見て少なからず驚いていたようだった。やがて、彼らは仲間同士何やら言い交したり、耳障りな笑い声を発したりしながら広場を横切って来た。
「さあさあ、尋常に勝負だ。貴様らの悪行を償わせるには到底足らんが、この鍛え抜いた我が剣もて貴様らの血を流し、これまで虐げられた者たちへのせめてもの報いとせん」
私は思いつく限りの言葉を並べて彼らを痛罵した。一ダースの鬼どもは最初は笑って私を眺めていたが、やがてこの豆剣士が本気で彼らと戦おうとしているということに気づき始めた。数人が棍棒を持ち上げのしのしと近づいてきた。また、彼らの背後にいた者たちの内の一匹が背に背負った弓を下ろし、矢をつがえようとした。
その瞬間、父が隠れていた大木の陰から薪割り用の手斧が飛んできた。その斧が弓兵の頭部を丁度横から二つに割った。彼は動きを止めたかと思うとゆっくりと崩れ落ちた。
父がその物陰から長剣を抜き放ちながら進み出た。反対側の通りからは、家の陰に隠れていた住民たちが十ほど、農具を抱えて走り出てくる。彼らは横一列に並ぶと大声を上げて得物を構えた。
鬼たちは突然二方面から新たな敵、それも比較的強そうな敵が現れたので狼狽した様子を見せた。父は無造作に鬼どもの群れに近寄ると、あっという間に一人の首を刎ね飛ばしてしまった。それを機に、鬼どもも衝撃から立ち直り、それぞれが棍棒を振りかざして手近の相手に向かい始めた。
私の近くの先頭にいた鬼はこちらに向き直ると怒りの形相で棍棒を振り下ろしてきた。それを回避して小手を放った私だったが、技が浅く、敵は痛みに少し喚いたものの再び私に向かって棍棒を払った。飛び退いて躱し、今度は肩口から袈裟斬りしたが、これも浅く殆ど効かなかった。だが、その鬼は息も荒く私に向かってきてはいても、訓練を受けていないのか棍棒を握る両手が二つ重なっている。それを見てとった私は、もう一撃を躱すとその両手の重なっているところを狙い再度の小手を喰らわせた。彼は棍棒を取り落とした。
だが、そいつは怒り狂い、両手を広げて口を大きく開け、私を捕まえて噛み付こうとした。私は突きを放った。剣が敵の胸を貫いたが、急所を外してしまったらしく、そいつは私の剣をその身体にめり込ませながら私に顔を近づけてきた。その醜い乱杭歯が私の顔に迫ってきたとき、視界の隅にもう一人の鬼が現れ棍棒で私を殴ろうとしているのが見えた。
私は剣を引きながら咄嗟に上体を沈めた。横から払われた棍棒が、私に噛み付こうとしていた鬼の顔面に直撃し、そいつは気を失って倒れた。私は今度は仲間を誤爆してしまったその鬼と戦うことになった。相手が振ってくる棍棒を剣で右に左に払い、その攻撃を大きく逸らしたところで踏み込んで首に袈裟斬りを叩きつけた。筋が断ち切られ頭を支えられなくなった相手は急にふらつき始めた。私はその鬼が苦し紛れに縦に振り下ろした棍棒を避け、これを蹴り上げて手放させると、反対側の首筋にも袈裟斬りを喰らわせ、最後に狙いすました突きで相手の心臓を刺し貫いた。
ようやく二匹目を倒し、息を鎮めて顔を上げると、父は既にあらかたの鬼どもを片付け終わって、残された一匹と対峙していたところだった。
「父上、その鬼は私に!」
私は反射的に叫んだ。すると彼は苦笑いして剣を下げ、身を引いた。背後にいる豆剣士に気づいた鬼は、舐められたと思って激高したらしく、何事か喚きながら突進して来た。私は落ち着いて身を躱し、逆袈裟斬りでその胴を払うと背中から袈裟斬りを浴びせ、最後に三度ほど突きを喰らわせて止めとした。
父は近づいてきて私の肩を叩き、村人たちのほうを指さした。彼らは一匹の鬼を囲んで袋叩きにしていた。
「問題は剣があるか無いかではない。戦う気概だ」
彼は短く言った。私は心から納得した。父の鼓舞により、村人たちが初めて自分たちの身を自分たちで守ろうと思い立ったのだ。
この戦いは、訓練ではなく真の剣士の務めを伴う実戦としては私の初陣と言える出来事だった。だが、さらに思いがけない事件がこの後起きることを私たちは知る由もなかった。