スノーピークの麓村にやってきた鬼どもの群れを退治した父と私はもう一日村に滞在したあと山小屋に帰った。礼拝所は燃えてしまったが、村人たちは私たちを恩人と称え総出で見送ってくれた。件の赤子の母親は私にありったけの食料を持たせてくれた。(その頃の私は日に日に背丈が伸びていく頃だったのでそれは有難かったが、私が出発するときに赤子が大泣きしたのには閉口した。)
それからひと月ほど経った朝のことだった。私はいつものように前庭で手斧を振るって薪を割っていた。仕事がひと段落したので少し手を休めながら眼下の斜面を何気なく眺めていると、誰かが麓村のほうから登ってくる。珍しく来客かと思い、私は目を凝らした。登って来ていたのは三人ほどの男たちだった。先頭には良い身なりをした初老の男、後ろには甲冑を着て旗印を立てた兵士が二人ほど付き従っている。旗印にはハイラル王家の紋章が鮮やかに染め抜かれていた。私は手斧を放り出し、屋内の父のもとに走った。
「父上、城からの使者と見える者たちが近づいてきています」
それを聞いた父は行っていた作業をすぐやめて私の後ろから外に出てきた。私は父が応対してくれるだろうと安心し、それまでに割った薪を縄でくくって担ぎ上げ裏庭の棚に向かった。ところが、父はすぐに私を追いかけてくるとこう言った。
「使者殿はお前に用があるそうだ。お前が応対しろ」
父はそう言うと引き下がってしまった。私は薪をその場に置くと訳も分からぬまま前庭に出て、兵士たちを後ろに従えた使者に応対した。
「アッシュ・サカユマカンロ嬢でございますな?」
話しかけてきたその使者は、服装も明らかに庶民と異なる良い仕立ての物を着ていた。どう考えても王城から遣わされた者であることが見た目からして明らかだった。
「さよう。まさに私がそれでございます。どのようなご用向きでござるか?」
私は混乱したまま尋ねた。
「貴女に対しこの度王室から勲章が授与されることと相成りましてな。是非城までお越し頂きたくお迎えに参った次第でございます」
使者はそう言って膝を曲げ私に礼をした。私はますます混乱した。城からの使者が私に用があるというだけでもよく分からないのに、その用というのが私に勲章を授けることだと言うのだ。
兎にも角にも私と父は大急ぎで旅支度をし、その日のうちに城下町に向け出発した。麓に降りてから湖を見渡す平原を横断すると、我々はゾーラの里で一泊した。(ゾーラ達には話が通してあったらしく、彼らは我々と使者たちに寝床や食料の便宜を図ってくれた。私は子供ながら流石王室だと感心したものだ。)さらに翌日、ゾーラの里から南に抜ける地下回廊を経由して北ハイラル平原に出ると、そこには馬車が待機していたのである。それも特大の四頭立て馬車だ。私はそんなものは絵本でしか見たことがなかった。
馬車に揺られている間も、私にはまだ事態が呑み込めていなかった。いったい、たった鬼三匹を退治しただけで勲章など貰えるものなのだろうか。そうだとしたら私の父などは今頃百個も勲章を持っていてもおかしくない。もしかすると、これらは全て間違いで、ひとたび城に着いたら自分は使いに出されたは良いが小銭を携えてくるのを忘れた子供のように追い返されるのではないか、と私は何度も考えた。
そうこうしているうち、夕刻頃我々は城下町に到着した。そこで我々は上等な宿屋を当てがわれ(料金が気掛かりになったが、全て王室が出すと当然のように父が請け合ってくれたので私は心配するのを辞めた)、翌朝父に伴われた私は王城に上ったのである。
私は、平民階級である我々は誓願の間で王族への拝謁を賜るのかとばかり思っていたが、なんと父と私は延々と階段を登ったその上にある謁見の間まで通された。私は礼儀作法を口うるさく仕込んでくれた父にこれほど感謝したことはない。謁見の間に入ると、事前に侍従たちから与えられた指示に従い、私が前に立ち、父は後ろから付き従って、二人してしずしずと玉座の前に進み出た。
所定の場所に立つと私は深々と膝を屈めて口上を述べた。実のところ、私は何を述べたのかも全く覚えていない。それほど緊張していたのである。だが、誰からも訂正されなかったところをみると間違ったことは言わなかったようだ。
ともかく私が口上を終えると、顔をお上げなさい、と私に話しかける声があった。言われた通り顔を上げると、玉座の右手にある椅子にゼルダ姫殿下がお座りになっていた。すると、なんと姫殿下は席をお立ちになり、数段ある階段を降りて私の近くまで歩み寄って来られたのである。
私はもはや緊張のあまり気絶しそうであった。彼女は私の肩に手をかけて労いの言葉をかけられたが、私はただただ返事をしながら頭を縦に振ることしかできなかった。天からの使いのようにお美しい姫殿下のお顔がほとんど手で触れられそうな距離にあるのである。心臓が喉から飛び出るかという思いであった。
姫殿下からのお言葉が終わると私は口を開いて礼を申し述べた。次に、入れ替わるように高位の廷臣らしき人物が傍らにやってきて私を立たせ、私の胸に勲章をつけ、さらにはずっしりと重い恩賜金の袋を私に授けた。こうして会見が終わると、私と父は後じさりしながら謁見の間から退出した。
私は足元がふらつきそうになるのを堪えながら父の後をついて長い長い階段を降りた。そして城の前庭に出てからやっと大きく息をつき、ようやくのことで口を開いた。
「父上、これは一体どういうことでございましょうか」
すると父は可笑しそうに唇の端を上げた。
「アッシュ、お前は何も聞いてなかったのか」
私は面目なかったが認めた。
「父上、私は緊張のあまり立っているのもやっとでございました」
父は愉快そうに笑った。父が声を出して笑ったという数少ない場面であった。そして宿への道すがら、父はこう教えてくれたのである。
ゼルダ姫殿下は、辺境の村々の警護が民間の剣士の手のみに委ねられている状況に日ごろから心を痛めておられたそうである。父の補足によれば、この村々の警護を担う剣士というものが曲者であって、中には恰好だけ本物らしくても実際には戦った経験の全く無い、所謂コスプレ剣士というのも少なくなかった。彼らはいかにも歴戦の勇士のような顔をして警護を請け負い、報酬だけ貰っていざ鬼が現れたら遁走し別の村でまた同じような仕事を繰り返すのである。また、剣の腕のある者であればそれで良いかと言えばそうでもなかった。そのような者たちの中には、命を賭けて戦ってやるのだから当り前だと言わんばかりに、金銭に加えて酒や馳走、果ては女まで報酬として要求する輩もいたのである。
そこへきて、父と私が無償で村のために戦い、さらには私が命の危険を顧みず炎の中から赤子を救ったとの報が王城に伝えられたとき、姫殿下はこれを剣士の模範として叙勲することを強く希望されたそうなのである。
「アッシュ、分かるか。姫殿下にとって村人は御自ら産み落とされた赤子と同じようなものなのだ」
父は私に言ったものだ。
「歴代王家であれほど民に心を寄せておられるお方はいない。姫殿下は将来きっと良き統治者になられるだろう」
あれから七年ほどが経過した。ゼルダ姫殿下についての父の見立てが正しかったことはおそらく読者の大半が同意するであろう。だが、私はこの授けられた勲章を持ち帰って自分の机に置き、改めてまじまじと眺めたあの時の激しい困惑の念を未だに覚えている。
剣士が勲章を持つことの意味は何か。それには人によって種々異なる意見があろうが、少なくとも受勲剣士が弱いとあっては看板倒れもいいところ、この世の恥晒し以外の何者でもない。当時、ほんの一瞬だが、姫殿下も困ったことをこの私にして下されたものだ、という思いが私の心をよぎった。もはや私にはどんなことをしてでも強くなる以外に道はなくなったのである。
そして私はそれまでにも増して強くなることだけを考えるようになった。寝食も忘れるほど没頭して修行に打ち込んだ。その結果が今の私なのである。そう考えると、私は姫殿下の手の内に完全に乗せられたのかも知れない。
ちょっとお休みしますが、必ず再開しますので、しばしお待ちください!次からは新たな章「雇われ剣士・レジスタンス編」に入ります。