剣技教官アッシュの随想   作:nocomimi

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「刺客」

降りしきる雨の中緑鬼どもを片付けた私は、村の入り口から三匹ほどの新手が入ってきたのに気づいた。そいつらは緑鬼どもと姿形が異なり、細いが筋肉質な身体つきで、全身に茶色い鱗が生えていて、まるで蜥蜴のような顔をしていた。

 

私は向き直ると新手の敵に向かって剣を構えた。蜥蜴男どもは私に近づくと、散開して包囲の陣形を取った。片手に抜き身の半月刀を持ち、もう片方の手の甲には小楯を括り付けていて、長い尻尾の先には両刃の斧が仕込まれている。緑鬼どもの赤く憎悪に満ちた目と違い、その目もまた蜥蜴のような、なんの感情も籠っていない目だ。

 

蜥蜴男どもはすぐには仕掛けてこなかった。隙を見つけた瞬間三人一挙に襲い掛かってくる作戦と見える。私は剣を中段に構えて牽制しながら、立ち回っているうちに鬼どもの死体に足を取られないよう摺り足で移動した。

 

激しくなってきた雨が降りかかる。だが私は顔を拭うことも忘れた。相手が鬼どもよりも遥かに手練れであることは一目でわかった。略奪を本業とする鬼どもと異なり、戦いと殺しの訓練を十分に受けてきた者たちであることがその身のこなしに表れていたからだ。これは死地に活路を見出さねば勝てない戦いになると予感が明確に私に告げていた。

 

蜥蜴男どもの息遣いが聞こえる。彼らは獲物を狙う爬虫類の目で私を見据えている。私は自分の心臓の鼓動が聞こえるような気がした。精神を集中して呼吸を鎮めた。

 

その時、家の扉の一つが開く音がした。鬼どもの声が途絶えたのでもはや危険は去ったと誤解した村人が出てきたらしい。私を取り巻く蜥蜴男どもの姿を見て村人は悲鳴を上げながら戸内に駆け戻り扉を閉めた。

 

その瞬間、後方で動く気配がした。私は肩越しに振り返り自分の首筋に迫る半月刀の刃を見た。身を沈めて躱し、振り返りざま長剣を斬り上げた。刃が蜥蜴男の胴を斜め下から斬り裂く。だが二の太刀を放つ前に残り二匹がこちらに躍りかかってきた。

 

私は咄嗟に飛び込み前転すると包囲網を抜け出した。手傷を負わせた蜥蜴男は分厚い皮膚を持っているのか、まだ動けるようだ。私は再び三匹と相対し、中段の構えを取って後退りした。敵方は三匹で一度に獲物を狩る算段が整っている。悠長に何手も使って敵を倒す余裕はないことがはっきりと分かった。一撃で倒さねば勝てない。

 

三匹がこちらに接近する。囲まれぬようさり気なく横に摺り足で移動すると相手も察して巧みに陣形を変えてくる。肩越しに後ろを見ると、広場の終わりが近づいている。逃げ場はない。

 

私は脚を止め、次いで左に移動した。すると右手に陣取っていた一匹が近づいてくる。私はやにわに向きを変えてそいつに斬りかかった。相手が盾を掲げてこちらの斬撃を受け、半月刀を払ってきた。身を低くして刃先を避ける。その利き腕を掴み、足払いを掛けて引き倒した。すかさず腹を剣先で突く。だが止めを刺す前に生き残りが襲い掛かってくる。飛び退いて相手の刃を避け、構え直すと、刺し傷を負った一匹も何事もなかったかのように立ち上がった。動きだけでなく強靭さも緑鬼とは段違いだ。

 

相手が隊形を整える前に私は動いた。左端の蜥蜴男に殺到し逆袈裟斬りを放つ。相手は小楯でこちらの剣を逸らし、半月刀で斬りつけてきた。私は深く身を沈めた。刃が頭のすぐ上を通過する。そこで回転斬りを放った。準備が整い切れていないから勢いが弱い。蜥蜴男はこれを防ぎ、雨の中盾と剣が火花を散らした。だがそれでも盾の位置が動いた。

 

一瞬の機会だった。私はここぞとばかり突きを放った。剣先が小楯の上端をかすめて相手の胸に突き刺さる。だが残り二匹が迫ってきていた。一匹が私の首筋目掛けて半月刀を払う。刃先を見極めて身体を逸らせ回避したが、もう一匹が私の背後に来ると身を沈める奇妙な姿勢を取った。回転斬りの準備を連想させる体勢だ。頭の中で危険信号が鳴った。私は咄嗟に目の前の相手の首を掴むと身体を入れ替えた。途端に蜥蜴男の尻尾に装着された戦斧の刃が今しがた胸を貫いた敵の胴を払い、血しぶきが飛び散る。もう片方が半月刃をかざして殺到してくる。向き直って敵の斬撃を剣で受け、その胴を払う。だが先ほど攻撃を回避したばかりの体勢で技が浅い。視界の端に、心臓を突かれ仲間の斧で腹を割られた蜥蜴男が崩れ落ちるのが見えた。もう一匹の蜥蜴男がその横から回り込んで来ると刀を突き出した。足元がぬかるむ中再び身体を逸らして回避した。だがその相棒も距離を詰めて来る。そいつは私の横で再度の斧攻撃の体勢をとった。

 

避けられない。予感が告げた。私は後ろに倒れ込んだ。顔の上を斧の刃が通過する。もう一匹が刀を逆手に持って殺到してくる。私は咄嗟に両脚を振り回し、蹴りでその刃を叩き落とした。だが、もう片方が跳躍し、私の上にのしかかってきた。相手は剣を持った私の右手に小盾を叩きつけて手放させると、半月刀を逆手に持ち胸元に突き立てようとしてきた。私は咄嗟に両手でそれを止めた。相手も左手を武器に添えて体重を掛けてくる。

 

力比べをしていたらいずれ負けるのは明白だった。私は必死に力を込めて相手の刃先を自分の顔のあたりに誘導しながら自分の下半身を相手の身体の下に入れた。一瞬力を抜いて相手の刺突を誘う。敵の刃が自分の顔に刺さる寸前で首を横に逸して躱し、乾坤一擲の巴投げを放つ。勢い余った蜥蜴男は宙を飛んでいった。私が身を起こすと、もう一匹の蜥蜴男は既に自分の武器を拾い上げこちらに斬り掛かろうとしてきた。私は咄嗟にぬかるんだ地面の泥を掴むと相手の顔に投げつけた。視界を塞がれた蜥蜴男はそれでも突っ込んでくる。相手が遮二無二振り回す刀の刃先を見極めて躱すと、私はその腕を掴んで一本背負いを喰らわせた。相手を地面に叩きつけると、腰の帯に差した予備の小刀を逆手で抜き放ち、左手で掴んだ敵の腕の内側の筋を素早く切断し、さらにその首筋の横に刃を突き立てて喉を真一文字に切り裂いた。

 

だが生き残りの一匹が迫ってくる気配がした。すんでのところで横に転がって避けた瞬間、それまで私がいた空間を蜥蜴男の尻尾の先の斧の刃先が斬り裂いた。私は膝立ちになると小刀を順手に持ち替え敵に向かって投げつけた。小刀が蜥蜴男の太腿に刺さった。相手は怒りの声を上げるとそれを引き抜いて地面に捨てた。その間私は相手から目を逸らさないまま先程落とした自分の長剣を手で探り、それを拾い上げた。

 

これで五分五分だ。私はこちらから仕掛けた。右から袈裟斬りをかける。相手が盾で防御し、半月刀で斬り掛かってきたところを上体を逸して躱し、剣を斬り上げて内小手を喰らわせた。敵が刀を取り落とした。さらにもう一度上から斬りつける。相手は再び盾で防御し、身体を沈めた。斧だ。私は敵が身体を回転させた瞬間跳躍した。蜥蜴男の尻尾の先端に仕込まれた斧が足の下を通過する。私は相手の首筋に拝み打ちを叩きつけると、着地しざま胴を払い、前蹴りで蹴倒して背中を三度突き刺した。

 

蜥蜴男は少しの間手足を震わせていたが、やがて動かなくなった。その身体はすぐに崩れ始め、雨を受けているうち泥の塊と区別がつかなくなった。

 

私は肩で息をしていた。全身に泥と返り血を浴び、剣を持っているのもやっとだった。私は地面に膝を突いた。神への感謝の祈りが自然に口を突いて出てきた。生き残ったのだ。

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