剣技教官アッシュの随想   作:nocomimi

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「職業剣士」

N夫人に暇を言い渡され収入を失った私は知恵を絞ったあげく、剣術愛好家たちからの木剣試合の申し込みを再び受け付けることにした。ただし以前と違い有料で受けることにしたのだ。一回の手合わせにつき五十ルピー、試合後私からの助言が欲しい場合はもう五十ルピーを徴取する。ただし私から一本を取った場合は百ルピーを授与。その条件を自宅の前庭に張り出したところ、すぐ応募者が来た。私は集まった男たち一人ひとりを一旦叩きのめしたあと、もう一歩で惜しかったと褒め、鍛錬をすれば強くなれると励ました。作戦は当たった。やがて試合ではなく稽古をつけて欲しいという希望者が集まり始めた。彼らから徴取したルピーで私はその月の家賃と食費を払うことができた。だが、前庭に人を集めて型の訓練をさせていると早速近所から苦情が来た。私はもっと広い庭のある家に引っ越すか稽古用の建物を借りるかの選択を迫られることになった。

 

困り果てた私はテルマ嬢に相談することにした。テルマ嬢の店の前には四角い広場がある。ここは酒場の客以外は殆ど通ることがない。私が相談を持ち掛けると彼女は二つ返事で了承してくれた。

 

かくして私はその広場に弟子たちを集めて定期的に稽古をつけることになった。自己流で腰の入っていない斬撃しかできない者たちに、実戦で本当に敵を斬るため欠かせない脚運びや位置取りを教え、最後に防具を付けさせ木剣で試合をさせる。これにより私は、以前より大分見劣りはするものの、糊口を凌げる程度の収入は得られるようになった。

 

そんなある日のことであった。私が弟子たちを整列させ準備体操をさせていると見知らぬ中年の男が歩み寄ってきた。引き締まった中背の体格をしていて、鼻から上を覆う面甲付きの兜を被り、刀身の太い短めの剣を腰から提げている。いかにも冒険者然とした出で立ちに加え、戦闘を経験した者特有の血生臭い雰囲気が全身からにじみ出ていた。

 

「試合の申し込みを受け付けてるってのはあんたかい?」

 

男は近づいてくると私に言った。

 

「いかにも。一試合につき五十ルピー頂く。ただし貴殿が勝ったら百ルピーにしてお返しするが」

 

私は何気なく答えた。男は腕組みして含み笑いすると言った。

 

「大した自信じゃあねえか。ええ?お嬢ちゃんよ」

 

私は挑発には乗らず事務的に応じた。

 

「始めるならば早めに願いたい。この後も稽古がありますゆえ」

 

男は腕組みを解くと、財布から金を取り出した。私は弟子の一人にそれを受け取らせると、木剣を一本男に渡すように指示した。男は荷物を広場の隅に放り出すと慣れた様子で木剣を素振りし始めた。

 

「あれだ。ルールとか禁止事項とかは何かあるのか?」

 

男は横目で私を見ながら言った。

 

「特にはござらん。貴殿が私に対しては遠慮なさる必要はない。もし貴殿のほうで打って欲しくない場所があったら事前に申し出て頂ければ助かる」

 

私の返答を聞くと、男はまた含み笑いした。だがその笑いには女の私に格下扱いされたことへの苛立ちが込められているように聞こえた。

 

「俺も特にねえな」

 

彼は呟いた。

 

「実戦にはルールなんてものはねえ。そうだろ?」

 

私は軽く頷くのみにとどめた。だがこの男の自信たっぷりの態度は単なる張り子の虎だろうか。それとも実力に裏打ちされたものだろうか。私は心の中で考え始めた。後者の場合、舐めてかかれば痛い目に遭うことになる。私は間合いの交差から始まって八手先くらいの展開を頭の中で吟味し始めた。

 

「では。いざ仕つらん」

 

私は男に向き直り右半身で木剣を下段に構えた。それに対して、男は軽く身を沈め、左手を前に出し剣を持った右手は中段に構えた。ひと目で分かった。昔軍隊で教えられていた攻撃的な構えだ。

 

私と相手はしばし摺り足で前後に動き距離を計りあった。不用意な攻撃が隙を生むことを分かっているのか、男も慎重に構えたままなかなか撃ちかかってこない。

 

だが間合いが交錯した瞬間両者同時に動いた。

 

男が進み出て横斬りを放つのと私が左上から袈裟斬りを放つのがほぼ同時に起こった。木剣が打ち合わされ激しく鳴る。互いに剣を回転させ相手の刃の軌道を逸らしたあと、今度は向こうが袈裟斬り、こちらが横斬りを放った。剣と剣が衝突したかと思うと両者進み出て鍔迫り合いになった。私は相手に力負けする前に仕掛けた。右足のつま先を相手の右足の踵にかける。ところが相手もそれを察知してか、素早く足を引いてその位置を私の足の前に戻した。私は思わず嬉しくなり微笑んだ。

 

男が両腕でこちらを向こうに押しやり、再び袈裟斬りを放ってきた。私は剣先を相手の刃の軌道に添えて逸らしながら躱し、相手の胸元に突きを入れた。だがすんでのところで男が半身となった。木剣がその胸をかすめる。相手はそこから逆袈裟斬りを放ってきた。私は前に飛び込むように入身して距離を詰め相手に身体を寄せた。相手の木剣が空を切りその腕がこちらの背中に当たる。身体を内側に回転させながら左手を伸ばして相手の襟首を掴み、足払いを掛けて前方に投げ倒した。

 

だが男は私に投げられながら素早い身のこなしで前転し、起き上がるとこちらに向き直った。私は声を出して含み笑いするのを抑えられなかった。やはり相手は剣術愛好家ではなく本物の剣士だ。振り出しに戻った両者はしばらくの間互いに距離を読み合った。

 

私は後の先を取る作戦に切り替えた。男の手の内をもっと知りたいと思ったからだ。剣先を下げ、不用意を装ってやや前に出た。男は気合を発すると袈裟斬りを仕掛けてきた。だが距離がある。私は上体を反らしてそれを躱すと、相手の首筋目掛けて逆横斬りを打った。だが男はそれを読んでいたかのように深く身を沈めた。こちらの木剣の刃先がその兜をかすめる。

 

男は裂帛の気合を発すると同時に身体を回転させながら木剣を叩きつけてきた。回転斬りだ。こちらも剣を立てて受ける。体重が乗り切った斬撃を受けた木剣がしなり、その激しい振動が手に伝わった。私は前に出た。再び鍔迫り合いになる。だが力比べになる前に私は自分の身体を相手のそれにぴたりとつけたまま回転させ後ろに回り込んだ。これで背中合わせだ。私は左手を後ろに回すと相手に喉締めをかけた。男は苦悶の呻きを上げたが、すぐに身体を捻って脱し再び回転斬りを放ってきた。今度は私が身体を沈めて避けた。だが男はこちらに背を向けた形になるとやおら後ろ蹴りを繰り出した。私は両腕を交差させてそれを受けた。私は後ろに倒されたがそのまま後転して立ち上がった。

 

男は勢いに乗ったようにこちらに殺到し右袈裟斬りを浴びせてきた。私はそれを太刀で受け、続いて飛んできた左袈裟斬りを弾いた。さらに横斬りが来る。私は深く身を沈めた。頭上に結い上げた髪の束に木剣がかすめてほどける。だが構わずに私は進み出て低い姿勢のまま逆袈裟斬りを打った。今度は相手が身体を反らして躱したが、すかさず私は相手の脚を狙って剣を払った。男はすんでのところで飛び退いて刃を躱した。

 

相手の体勢が崩れ潮目が変わったこの機を逃さず私は更に前に出て回転斬りを放った。相手のものほど強くはないが威嚇用だ。男がさらに身を引いたところで突進し突きを放つ。

 

相手は身体を反らして突きを回避しつつ牽制の横斬りを打ってきた。私は突きの中途で剣の軌道を変えて、左袈裟斬りをかけた。再び剣と剣が打ち合わされる。またも鍔迫り合いだ。だが今回はややこちらが優勢だ。相手に体重をかけ反応を誘うと向こうも脚を踏ん張って押し返してくる。ここで私は小内刈りの要領で足をかけた。ふらついた相手が体勢を立て直そうと足を踏み直す。私は自分の剣を手離すと、右手で相手の腕を掴み左の肘でその脇腹を強く打った。一瞬動きが止まったところで脚をかけて投げを打ち地面に叩きつけるように引き倒す。私は相手の剣を奪い取るとその首筋に突きつけた。

 

私たちを取り巻いて見ていた弟子たちから自然と拍手が沸き起こった。

 

「お見事な腕。このアッシュ、感服いたした」

 

私は息を鎮めるとそう言い、倒れた男の方に手を伸ばした。

 

「くそっ。やっぱり勝てなかったか。まあ仕方ねえな」

 

男はうつ伏せに寝たままそう言って地面を軽く平手で打つと、私の手を取って身体を起こした。私は怪訝に思ってその顔を見た。どうしたわけか、先ほどの殺気に溢れた雰囲気はとうに消え去り実に晴れやかな表情をしている。私は締めた喉や打った脇腹の具合を尋ねたが何ともないと身振りで合図してきた。私はさらに尋ねた。

 

「失礼ながら貴殿は職業剣士とお見受けする。差し支えなければ教えて頂きたい。貴殿はどこで剣術を習得されたのか?」

 

それを聞くと男はまた笑った。だが今回は含むところのない、如何にも愉快でしかたがないといった調子の笑いだった。

 

「ま、それはいつかおいおい話すよ。俺はもう用事があるんでな」

 

「それは残念至極。いつか機会があればまたお手合わせ願いたい」

 

私は男から木剣を受け取ると社交辞令ではなく心からの気持ちでそう言った。

 

男はそのまま荷を担ぎテルマ嬢の酒場に入っていった。私は稽古を再開した。弟子たちに稽古をつけながらも私は久方ぶりの充実感を感じていた。あのような相手との手合わせこそ鍛錬の名に値するというものだ。いつかまた会えるだろうか、という念さえ湧いてきた。

 

だが、その機会は思いがけないほど直ぐに巡ってきた。それどころか、私は後に、この職業剣士と肩を並べて戦うことになるのである。

 

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