カーテンをすっかり閉めてしまうと、翁は向き直っておもむろに口を開いた。
「各々がた。本日集まって頂いたのは他でもない」
そう言うとラフレル翁は我々三人の顔を見回した。
「貴殿、貴女らにはある『組織』に加わって頂きたい」
突然のことに訳が分からず、私とモイ氏はただ黙ってラフレル翁の顔を見ていた。シャッド博士だけは何か曰くありげな微笑みを浮かべている。
「『組織』?」
私は意味がわからずおうむ返しした。何気なくモイ氏を見ると彼も怪訝そうな顔をして私を見る。
「まずその組織の名称をお教えしよう」そして翁はもったいをつけるように少し間を空け、改めて我々の顔を見まわし、やがてこう言った。
「その組織の名は
私もモイ氏も引き続き沈黙していた。一方でシャッド博士は何かをこらえるように背を丸めていたが、やがて声を立てて笑い始めた。
「流石だよラフレル。凄いネーミングセンスだ、本当に」
彼はやっと落ち着くとこう言った。だがラフレル翁はにこりともせずに澄ましかえっている。
「ちょっと待ってくれ。なんだかよくわかんねえ話だな」モイ氏が脚を組むと切り出した。
「ラフレルがラトアーヌくんだりまで手紙を出して俺を呼び出した。『貴殿の腕を必要としている』ってな。だから俺は城下町まで来た。それで『抵抗』っていうのは一体何に向かって抵抗するんだ?」
私も同じ疑問を持っていた。言葉の意味を文字通り取れば、身分を隠して敵地に潜入し非正規戦に従事する者たちを思い起こさせたからだ。一体どこに潜入して誰に対して戦うのだろう?
「抵抗する相手はハイラル城でござる」
翁は答えた。私は耳を疑った。モイ氏も同じような印象を抱いたらしく、眉をひそめ口を開いて何かを言いかけた。
「ラフレル殿、失礼ながらお気は確かか?」
私は先に口を開いた。
「それが文字通りの意味なら我々は謀反人となる。死罪では済まされない。悪くすれば一族全てが連座で罰を受けるやも知れぬ。第一....」
そこまで言うと私は言葉を継いだ。
「第一抵抗する理由が見当たらぬ。私も今のハイラル王家が完璧だとは思っておらぬが、力をもて王座を覆すはいかなる世においても神に逆らうがごとくの大罪とみなされよう」
「第一たった四人ぽっちでそんなことができるとも思えねえ」
モイ氏が引き継いだ。
「ラフレル、あんたらしくもねえ話だ。一体どういうことだ?」
「順を追ってご説明申し上げよう」ラフレル翁が口を開いた。
「ここ最近幾多の異変がこのハイラルを襲っている。それは各々がた、お気づきでござるな?」
各人が少し沈黙していたがモイ氏が最初に切り出した。
「実は俺の村を鬼どもの群れが襲ったんだ。見たこともねえ数だった。それで村の子供達が誘拐されたんだ。俺の倅含め五人だ。結局後で見つかったんだがな」
「鬼どもが村を襲った、と申されたか。それはいつのことだ?どれくらいの群れだ?」
私はモイ氏に尋ねた。
「おいアッシュ、随分食いついてくるじゃあねえか」
モイ氏はやや驚いたようだが答え始めた。
「ひと月近くも前の話だぜ。一ダース以上の緑鬼どもが村に来たのさ」
彼は身振り手振りを交えて説明した。
「斥候の二匹を倒した後別動隊がいないか探しに行ったんだが、物陰から矢で撃たれちまってな。どうにか弓兵どもは倒したが、その隙に棍棒を喰らっちまった。最後に大半は倒して残りは追い払ったが、その時の怪我がもとでしばらく寝てることになっちまった」
それを聞いた私は考え込むように顎に手を当てた後口を開いた。
「私は同じ頃警護の仕事で訪れたハイラル北部の村で魔物どもと戦った。数も同じくらいだ。偶然とは思えぬ」
「なるほど」
我々の話にラフレル翁は納得したように首肯した。
「その時期、城下町では渇水が起こり始めましてな。城で調査隊を組織した所、各地で異例なほど魔物の数が増加しておったのです。危険を感じた商人たちが交易を差し控えるほどでござった」
そこまで話すと翁は改めて私とモイ氏の顔を見て問うた。
「しからば貴殿、貴女は『黒鬼の乱』の噂を聞いたことはおありかな?」
私は訳が分からず返答に窮した。モイ氏を見ると彼も狐につままれたような顔をしている。
「恥ずかしながら存じ上げぬ。『乱』と申されるのはならず者の武装反乱か?あるいは魔物の大量発生か?」
私が尋ねるとラフレル氏は言った。
「あれは今月の始めのこと。正体不明の黒い鬼の群れがハイラル城に攻め入った。夥しい数の群れが突如城下町に乱入しそのまま城へ雪崩れ込んだのでござる」
それを聞いて私は目を丸くするばかりだった。モイ氏が声を上げた。
「お..おい。一体何の話だ?ハイラル城に魔物が攻め込んだってんなら、何で今、皆んな何もなかったみてえな顔をして暮らしてるんだ?」
それを聞いたラフレル翁は直接は答えず、改めて事件の概要を説明した。
曰く、その日、突然に、雲を突くような背の高い黒い鬼たちの群れが城下町東の平原に出現した。最初の何匹かが城下町に侵入した後で跳ね橋が引き上げられたが、巨大な悪鬼たちは難なく堀を越えて次々と雪崩込み、防備を整える暇さえなく王城の大扉は押し破られた。町民たちの見ている前でその鬼たちは警護の兵士たちをなぎ倒し、列をなして城内に侵入していった。そしてしばらくの後城から火の手が上がった。
ところが実に奇妙なのはその先であった。城から上がった火の手は自然と消し止められた。さらに、その翌日には城に通ずる回廊を守る兵士たちが再配置された。城からは、この未曾有の敵襲について特段の沙汰は無かった。敵を討ち果たしたのか、それとも敵に降伏したのかも発表されぬままであるというのだ。
俄かには信じられない話だった。かかる魔物どもの侵攻は、私がこれまでに読みあるいは聞いたことのある歴史上のどの戦さとも様相が異なるからだ。
「ラフレル殿、その話が確かならば」
私は戸惑いつつも口を開いた。
「その黒鬼どもとやら、魔物どもだけで行動していたとはとても思えぬ。まるで魔物どもより遥かに知恵のある何者かの統率による組織的攻撃と感じられるのだが」
「まさに。老輩の考えるところもアッシュ嬢の申された通りでござる」
ラフレル翁は言った。私の横にいたシャッド博士が引き継いだ。
「僕もアッシュの言う通りだと思うんだ。魔物どもは歴史上ずっと存在してきたけど、彼らがこんなに多数で、しかもこんなに統率の取れたやり方で人間を攻撃してくるなんてのは滅多にないことだよ。しかも王国のいわば頭である城に的を絞って狙ってくるなんてね」
「だが待ってくれ。その黒鬼どもが城に攻め入った後どうなったかって話なんだが」
モイ氏が割って入った。
「もしかするとその連中は兵士どもが片付けちまって、発表するほどの死傷者もいなかったから城から何の沙汰も出なかったってことはないのか?」
私も頷いてラフレル翁を見た。状況からすると可能性は低かったがあり得ないことではない。だがラフレル翁は首を横に振った。翁は深刻な表情で少し黙った後、喋り始めた。
「老輩は城での職を辞したとはいえ多くの知己がござる。だがその事件以降誰とも連絡が取れぬのです。大公閣下、軍長官、法務長官、それから顔見知りの若い執事に至るまで。守衛の兵士に尋ねても知らぬ存ぜぬとしか答えぬのでござる」
我々は顔を見合わせた。確かに奇妙な話だった。ラフレル翁は一軍人としてはかなり高位の廷臣たちとも繋がりがあるということは私も父から聞いて知っていた。そもそも「耳が高い」、つまり古ハイリア人の血筋を示す肉体的特徴を持つラフレル翁は平民階級ではない。そのことも手伝って王家から重用されていた翁に対し、ある日を境に城の内部の沙汰が何も明かされなくなるというのも筋の通らないことであった。
「さらにもう一つは新たな法律の発布でござる。貴殿、貴女らは昨今布告され発効を待つ法律の数々をご存じか?」
ラフレル翁はやや声を潜めた。
「すまん。知らねえな。何しろ田舎から出てきたばっかりでな」
モイ氏が頭を掻いた。
「私も山から下ってきたのは最近のこと。モイ殿と大差ござらん」
私も続いて答えた。
「君らも聞いたら驚くよ。ハイラル史上こんな法律は聞いたことがないってやつばっかりだからね」
横からシャッド博士が言った。
「一つ、乗馬制限法。城下町では動物に乗ってはならぬ。二つ、王室嫌悪言説禁止法。つまり王室を批判してはならぬ」
ラフレル翁が引き取る。翁は少し間を置いて続けた。
「三つ、武装制限法。実質上民間剣士の活動を制限ないし禁ずるものだ」
モイ氏も私も驚いて息を呑んだ。
「待ってくれ。なんだそりゃ?」
氏が面食らったように反応する。ラフレル翁が答えた。
「軍の兵士以外の者が武装することを厳しく制限する法律にござる。武装とは剣、槍、弓矢から爆弾まで全てを含む」
「ち..ちょっと待てよ。城下町はいいとして辺境の村はどうなるんだ?剣士がいなけりゃどうやって村を守れってえんだ?」
「剣士の代わりに軍の兵士を派遣し駐留させるとの話にござる」
ラフレル翁は答えた。モイ氏は言葉を失って首を振った。
「信じられぬ話だ。魔物との戦いには訓練と経験が欠かせぬ。王室は狂ったか?」
「そして王室への批判も処罰の対象となる、という仕組みになっておりまする。お分かりかな?」
私が思わず漏らした一言にラフレル翁が返した。私はそれを聞いてようやく驚きから立ち直り頭の中を整理した。
「私の父はかつてゼルダ姫殿下を評してこう言った。『歴代王家の中であれほど民に心を寄せておられる方はいない』、と。私は子供の頃父と共に姫殿下に直接拝謁を賜った。だから今の今までその評価に誤りはないと信じていた」
そう言いながら私は机の上に視線を落とした。
「すると可能性は二つ。姫殿下は心変わりされ、民に重き鉄の枷を嵌めて支配されようとしている。あるいは......」
「もはや王権を奪われている。名目上の統治者として置かれているだけでね」
シャッド氏が引き継いだ。
「つまりクーデターが起こったのさ」
博士は声を潜めると我々の顔を見まわした。
「いいかい、僕らが今見ているハイラル城は、ハイラル城の皮を被った別の何かなんだ」