「いいかい、僕らが今見ているハイラル城はハイラル城の皮を被った別の何かなんだ」
博士は声を潜めると我々の顔を見まわした。しばしの間沈黙がその場を覆った。私は顎に手を当てた。モイ氏は腕を組んだまま宙を見つめている。
「で...だ。『貴殿の腕を必要としている』っていうのはありていに言ってどういうことだ、ラフレル?」
モイ氏がまず沈黙を破った。
「モイ殿には既に見当がついておられると拝察しますがな。手早く説明させて頂く」
ラフレル翁はそう言うとおもむろに客室の隅に歩み寄った。懐から鍵を取り出し、壁に造り付けられた棚の扉の鍵穴に差し込んで捻る。翁は扉を開き、中から大きく重そうな何かを取り出すと、それを肩に担いでこちらに向き直った。
「ハイラル城を簒奪者の手から取り戻す。城のいずこかにおられる姫殿下を探し出し王権をお戻しする。その過程でもし武力が必要であれば躊躇わず行使する。それが我らの狙いにござる」
またしばらく沈黙が走った。聞けば聞くほど驚くべき話だった。だがようやくラフレル翁のこれまでの妙に謎めいた態度の理由が呑み込めてきた。これは決しておおっぴらにできない活動であり、人目を忍ばねばならない。だから
ラフレル翁は我々が囲む机に近づくと、肩に担いだ物をその上に置いた。それは緑色の金属製で、机に置かれるとゴトリと重々しい音を立てた。
「なんなんだこいつは?」モイ氏が漏らした。
「まるで小さな大砲のようにも見える。ラフレル殿、これは一体?」私も尋ねた。
「こいつは『未来の軍隊には剣士は不要になる』ってラフレルが言ってる根拠そのものさ」
シャッド博士が代りに答えた。
「有効射程実に150メートル。連射速度はまだ一分に10発程度だけどね。発射薬を変えることにより鉄球または爆弾のいずれかを発射できる優れものさ」
「つまり、こいつがあの『火筒』ってやつだな?昔軍隊で噂を聞いたことがある」
モイ氏はその物体を手にとり、よいしょ、と声を上げながら肩に担いだ。
「ラフレル、本当にこいつはシャッドの言うようなどえらい代物なのか?」
「さよう。今はあくまでも試作品に過ぎませぬが」
モイ氏に問われラフレル翁は答えた。
「モイ、考えてもみてくれよ。相手の剣どころか弓矢も届かないような距離から爆弾をぶつけられるんだぜ?文字通りちょっとした軍隊だって相手にできそうじゃあないか」
シャッド博士が上気した顔でモイ氏に言った。
「ラフレル殿、兵士一人あたり発射できる弾の数はどれくらいなのか?」
私は質問した。
「現状では残念ながら一人での運用を想定はしておりませぬ。射手一人に対し装填手一人。装填手は発射薬と弾丸の運搬担当も兼ねる。それで最大30から40回の発射回数になりまする」
ラフレル翁が答えた。
「雨天での使用は?」
「よほどの豪雨でなければ問題ないかと」
私が問うと翁は請け合った。
「今のところこいつ一台しかないのか?」
今度はモイ氏が火筒を机に置きながら問うた。
「さよう。今現在量産はできぬ。だが将来その技術が確立されれば...」
「文字通り歴史が変わるよ。そしてもっと技術が進んで小型化すれば一人で一台を運用できるようになる。発射薬を改良して発射速度を増やし弾丸もコンパクトにすれば一人100発、200発持ち歩くのも夢じゃあない。そうすれば文字通り戦争を剣で戦う時代は終わるんだ」
ラフレル翁の言葉を引き取ったシャッド博士はそこまでまくしたてた後、少しバツの悪そうな顔をした。
「いや、君たち剣士へあてつけたわけじゃあないぜ。ただ技術的な観点から予測しただけで...」
「強力な武器ということはわかった。だが使用する場所により向き不向きがあろう。開けた場所なら無類の強さを発揮するだろうが、狭い屋内ならどうか?例えば目の前に突如として現れた敵に対して発射すれば自らも爆風で負傷する可能性もある」
私が自説を述べるとラフレル氏が手を上げた。
「まさにこれの欠点は貴女の懸念される通り。だからこそわが団には剣士が必要と判断したわけでしてな」
翁は紙片を一枚取り出すと鉛筆で簡単な見取り図を描き始めた。
「ハイラル城の内部構造は老輩が出入りしていた頃から大きくは変わっていない。まず入り口の先に前庭がありそこに接した東西にも庭がある。各区画の広さは差し渡し約200メートル。突入後これらの領域にいる敵を掃討し、次いで城の建物内に入る」
翁は見取り図に線を引いて説明した。
「内部は通常の建造物より格段に広いが、それでも火筒の使用できない狭い場所も多い。そこでモイ殿とアッシュ嬢の力をお借りしたい」
「なるほどな。呑み込めてきたぜ」
モイ氏が言うと私を顧みた。
「悪くねえ組み合わせじゃあねえか?開けた場所では大勢の敵に囲まれる前に火筒でぶっ飛ばす。火筒の使えねえ狭い場所では前にいる敵だけ剣で倒せあいい」
「モイ殿、アッシュ嬢。貴殿、貴女にはもう一つお願いしたき儀がござる」
そこでラフレル翁が言った。私たちは翁を見た。
「アッシュ嬢、貴女には弓手も兼ねて頂きたい」
「弓手ですと?」
私は聞き返した。
「さよう。代替の遠距離攻撃手段を少しでも多く確保しておきたいのでな。貴女は弓の心得はおありですな?」
「多少は。父に教えられ一通りは訓練いたした」
私は言った。
「モイ殿。貴殿の慣らした鷹は遠距離の敵を攻撃したり物を運搬することが可能なのですな?」
翁は今度はモイ氏に向かって尋ねた。
「よく聞いてくれたぜ。特別に仕込んだからな」
モイ氏はいかにも嬉しそうに答えた。
「例えば鷹に爆弾を持たせて狙った場所に落とすことはできますかな?」
ラフレル翁が重ねて問う。するとモイ氏はやや当惑した顔をした。
「爆弾?それをあいつに持たせるのか?」
「さよう。鷹の視力は人間を遥かに上回り、はるか遠くの獲物を狙うことができると聞きますでな。その射程を考えたら緒戦で最も有効な武器となるのは貴殿の鷹と老輩は考えまする」
そう提起されたモイ氏は少し腕組みしていたがやがて答えた。
「わかったよ。やってみる。あいつに危険物を持たせるのは忍びないがハイラルのためだからな」
「これで各分担が決まったね」
シャッド氏が嬉しそうに言った。
「シャッド殿は火筒の装填手を務められるのだな?」
私は彼に確認した。
「そうさ。もうラフレルの家で模擬弾を使った練習もしたよ。僕の手際を見せてあげたいね」
このようにして我々四人は細部を詰めた。私はいまだに半信半疑ながらも、事案の重大性とこの働きに参加することの意義を知り胸が躍る思いがした。ラフレル翁が言っていた「仕事」とはこのことだったと思い至ると、今まで剣士稼業を諦めずにいて良かったと心底から思った。
各自の分担と、城に侵入してからの大雑把な行動予定、さらにはそのための訓練計画が決められた。私は弓矢の練習をするとともにシャッド氏に剣術の稽古をつけることとなった。ラフレル翁とモイ氏とはその間情報収集に当たる。さらに翁は、私の弓矢を含め各員に必要な装備を全て支給すること、また団に所属中の三人の生活費を支払うことを請け合ってくれた。名前は明かせぬが資金協力者がいるとのことなのである。私は改めて翁の能力の高さに驚嘆した。加えて、テルマ嬢もまたこの居酒屋を活動の場として提供するという点において全面的な協力者である旨が明かされた。
これらの事項が決定すると、ラフレル翁はしばし間を置いてからまた切り出した。
「もう一つ。これは老輩の個人的な事情となるが、なぜこのラフレルが現今の危機に自ら対処することにこだわるのか、ご説明いたそう」
三人が翁に目を注いだ。翁は口を開いた。
「このラフレル、長きにわたりハイラル王家に仕えて参った。軍人として、またゼルダ姫殿下幼少のみぎりには教育係として、さらには王室付の軍顧問として用いられる栄誉に浴した。その過程で老輩は先王に進言申し上げたのだ。軍強化と富国の鍵は科学技術の進歩にあると。そして将来に備え剣士と騎士の代わりに火筒と大砲を主力として配備することを」
ラフレル翁は続けた。
「だが先王は老輩の助言を曲解された。そもそも先王は平和な時代に軍備に予算を注ぐことを好まれなかった。それで騎士団は解散させられ経験を積んだ戦士たちは離散した。一方で最新鋭兵器導入のための予算は執行されぬまま、先王は病身となられ崩御された」
翁は一息つくとまた口を開いた。
「各々がた。侵略というものは前兆もなくにわかに生ずるわけではないとこのラフレルは信ずる。国が力を失い、民が弱くなり、心身ともに備えを欠いたとき、侵略者にとっての付け入り易き隙が生ずる。今回の危機はそれによってもたらされたと老輩には思えてなりませぬ。そしてこの我が身が遠因を作ってしまったならば、何としてでも、この我が身をもってこの危機を取り除かなければならぬ」
翁は改めて一人ひとりの顔を見渡した。
「このラフレル、老い先短い身ではあるが身命を賭してハイラルのために戦いたいと思っておる。貴殿、貴女らがどう思われるかをお聞かせ願いたい」
「このアッシュ、もとより剣士として王国のため戦うは当然の務めと心得る。そのため命を賭す覚悟は幼少のときより変わらぬ」
私は真っ先に口を開いた。
「おお、アッシュ嬢ならきっとそう答えて下さると思っておりましたぞ」
ラフレル翁は破顔した。
「よし、俺も乗った」
モイ氏が続く。
「俺もこの世界は狂い始めてるって気がしてたんだ。倅たちのためにもこの国を元に戻せるんなら危険を冒す価値はあるってものさ」
「かたじけない。モイ殿」
翁が頭を下げる。次にシャッド博士が口を開いた。
「僕は剣士じゃあないけどね」
博士はややはにかんだ笑みを浮かべると、言葉を継いだ。
「僕は学問に命を捧げたいと思ってる。学問は真理の探究だ。真理を探究するには自由は欠かせない。その自由が今危機に晒されてる。だとしたら僕が人生を賭けてやりたいことを続ける道はただ一つ。この
我々は互いに顔を見合わせた。
これが、