剣技教官アッシュの随想   作:nocomimi

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「急変」

その夜、私たちがしばらく話し込んだ後、モイ氏は泊まっていた宿を引き払ってテルマ嬢の酒場に寝泊まりすることになった。というのも、氏が慣らしていた鷹のためにテルマ嬢がわざわざ居酒屋の隣の厩の奥に部屋を設えてくれたからである。モイ氏が出かけた後、外では雨が降り始めた。ラネール地方では珍しくかなりの豪雨である。入ってきた客がずぶ濡れになっているのを見たテルマ嬢は、これから来る客達が濡れた外套を乾せるように店内各所に縄を張った。

 

そしてここで非常に奇妙なことを書かねばならない。その後、私とシャッド博士とラフレル翁は三人で今後の計画の議論を続けた。また翁は、ハイリア大橋に現れた大鬼を矢で射落としたという男の話を持ち出した。私はそのような骨のある男がまだ存在していたことに驚いた。是非にも我らの仲間に加えるべきではないか、とも思った。それをシャッド氏は怖いもの知らずの田舎者が立てた怪我の功名だと半ば冗談交じりに決めつけたので、私は反論した。その間モイ氏は雨で立ち往生しているのかなかなか戻ってこない。

 

ところが、私がテルマ嬢を手伝うために席を立ち、何気なく振り返ると我々の席の頭上に張られた縄の上を獣が渡っていたのである。それは濃い青色をした長い毛並みの巨大な狼だった。私は反射的に剣を抜いて走り寄り縄を切断したが、その時には既に獣は縄を渡り切り通気口に潜り込んで姿を消した。

 

これまでの異変続きに加えてのこの出来事である。誰も害は被らなかったものの、これは一体何を意味するのかと私は怪しんだ。

 

その夜、結局雨は止まないままだった。場がお開きになると私は走って帰宅し、着替えて寝床に入った。そして翌朝、まだ早いうちに自宅の扉を叩く者がある。私は目を覚まし、剣を持って扉の前に立ち、覗き窓から外を伺った。訪問者はラフレル翁であった。

 

「朝早くに申し訳ないが緊急会議を開きたく参った。至急来ていただけぬか」

 

扉を開けた私に翁は言った。私はやれやれと思いつつも、手早く顔を洗って身支度を整えた。翁が珍しく極めて深刻な表情をしておられたからだ。

 

「何か事態に変転でもあったのでござるか?」

 

外に出ると私は翁に尋ねた。ラフレル翁は何も答えずに、ハイラル城の方に顎をしゃくった。私は顔を上げた途端、驚きに言葉を失った。

 

ハイラル城は、黄色い半透明の隔壁のようなものに全体を覆われていた。その隔壁は巨大な正八面体のような形状をしており、表面は鈍く輝いていて、見たこともないような奇妙な文様が描かれていた。

 

* * * * * * * * 

 

「これは極めて重大な事態であると同時に我らの見立てが完全に正しかったことを示すと老輩は考えまする」

 

ラフレル翁は腕組みしてそう言った。テルマ嬢が片付けをして帰ったばかりの居酒屋の、もはや所定となった客席で私とモイ氏およびシャッド博士は翁と卓を囲んでいた。

 

「つまり、敵は城を奪った簒奪者としての馬脚を表す危険を承知の上で魔法防壁を張ったとお考えか?」

 

ラフレル翁の言葉に私は応じた。

 

「さよう、アッシュ嬢。戦時でもないのに城をあのように覆うなど前代未聞。なりふり構わずハイラルの支配を試み始める兆候かと」

 

「しかしラフレル殿。情報が漏れた可能性は?」

 

私は念のため問うた。

 

「有り得ませぬ。結団したのは昨夜の話。まだ数時間しか経過しておらぬ折りにいかに噂の早い城下町といえど我々の意図が敵に読まれるはずがごさらぬ」

 

翁が答える。

 

「ていうかよ‥‥そもそもあれは一体何なんだ?」

 

モイ氏は信じがたいといった表情で首を振った。

 

「いや、魔法防壁だってことは俺にもわかる。だがあんなことができる奴がまだいたってことが信じられねえ」

 

「僕も同感だね。そもそも魔法はハイラルの歴史上、古代に一度だけ隆興したけどその後急激に衰退したんだ」

 

そう言った直後、シャッド博士は考え込むように眉を顰め顔を伏せた。

 

「待てよ..」

 

「どうなされた、シャッド殿」

 

私が尋ねると彼はしばらく言葉を探して宙を見つめていたがやがて口を開いた。

 

「昔親父からトライフォースの持ち主になら可能だって聞いたことがある。人知を超えた絶大な力があるってね」

 

「なんだそりゃ。そのトラなんとかってのは」

 

モイ氏が尋ねた。

 

「私も聞いたことがない。それは一体何なのだ?」

 

「トライフォースの存在自体は秘密でもなんでもないよ」

 

私が便乗して質問するとシャッド氏は肩をすくめた。彼は紙片を取り出すと鉛筆でハイラル王家の紋章を描き始めた。

 

「ほら、この組み合わされた三つの三角形がトライフォースさ。ハイラル王家は長らくこのトライフォースの守護者を務めてきた。名目上はね」

 

「シャッド殿。申し訳ないが私の無知がまだ晴れぬゆえ、そのトライフォースとやらの中身をもう少し詳しく..」

 

私が重ねて問うと彼は苦笑いした。

 

「そうだそうだ、ごめん、まだ言ってなかったね」

 

彼は咳払いすると話し始めた。

 

「トライフォースというのは古ハイリア人に授けられた絶大な力を持つ道具なんだ。それは触れた者の望みを何であろうと叶えると伝えられてきた」

 

私とモイ氏は黙って耳を傾けていた。

 

「しかしその力を奪い取り濫用しようとする悪の勢力が現れた。そして戦争が起こり、トライフォースは悪の手に渡った」

 

「待たれよ。それは触れた者の望みを叶えると申されたであろう。そんなことになれば...」

 

私は思わず声を上げた。

 

「そう。闇の時代が始まった。だが賢人たちと騎士団の活躍により光の世界全てが支配されてしまう前になんとか悪を封印することができた。そしてその後トライフォースは三つに分裂したと言われている。力、知恵、そして勇気のトライフォースにね」

 

「騎士団と申されたが、それはハイラル騎士団のことか?」

 

私は確認した。

 

「その騎士団はその時全滅してしまったんだ。君のお父さんがいた騎士団は別物だ。おそらくその高い志を引き継ぐ意味でそう命名されたんだろうけどね」

 

「で、今そのトライなんとかは誰が持ってるんだ?」

 

今度はモイ氏が尋ねる。

 

「一つはハイラル王家に代々受け継がれているんだ。もう一つは‥‥」

 

博士が答えようとしたところでラフレル翁が荒々しく咳払いした。

 

「各々がた、本題に戻ってもよろしいかな?」

 

「ごめんラフレル。僕といえばこういう話しになると止まらなくなっちゃうんだ」

 

シャッド博士はバツの悪そうな顔をして謝罪した。

 

「城への侵入経路が断たれた以上、作戦計画を練り直す必要がござる。各々がたのお考えを伺いたい」

 

ラフレル翁は三人の顔を見まわしながら言った。

 

「地上からの侵入が叶わぬなら地下から侵入する手はないものか」

 

私は顎に手を当てて呟いた。

 

「昔父から聞いた。城の地下牢は町の下水施設と繋がっていると」

 

「よく知ってるねアッシュ。凄いよ...と言いたいところだけど」シャッド氏が途中まで言ってから声を落とした。

 

「魔法防壁は物理的な壁と違って地面も貫くんだ。途中までは行けると思うけど肝心の場所であの壁に突き当たるだろうね。そうなったら僕らは袋の鼠だ」

 

「あれをぶち破る方法は何かねえのか?」

 

モイ氏が腕を組みながら言うと私は横から口を挟んだ。

 

「モイ殿、魔法で出来た物は魔法でなければ破れぬのではないか」

 

「方法がないわけじゃあないと思うよ。魔法防壁といってもその強度は無限じゃないからね」

 

シャッド氏が眼鏡の位置を直しながら答える。手に持った紙片に別の図形を描き始めた。

 

「頑丈な金属でこういう格納器を作って、その中に爆薬を高密度で充填する。理論上はこの手のものを爆発させたらその威力は通常の爆弾の比じゃあない。だからその特大版を作ってあの壁にぶつける。問題は.....」

 

「今の我々の技術では不可能でござろうな」

 

ラフレル翁が引き取った。

 

「八方塞がりか」

 

私はまた呟いた。

 

だがラフレル翁がここで新たな提案をした。打ち払うべき敵は無論ハイラル城内部にいる者たちだが、ハイラル全土から報告されている魔物の活動増加を鑑みると、城以外にも敵の基地がある可能性が高い。それらの場所を探し出し壊滅させる。いわば頭ではなく手足から先に切り落としていくというわけだ。そうすれば、城内部にいる敵戦力はいずれ孤立し、いつまでも隔壁の内部に閉じ籠っていることはできなくなるだろう。

 

もう一つの提案はシャッド氏からなされた。魔法防壁を破る方法が現状の技術では見つからないならば、いっそのこと古代の遺跡から探し出してはどうか、というものだった。私とモイ氏はこの突飛な考えを聞いて思わず失笑した。

 

「おいおい、僕が何の考えも無しにこう言ってると思ってるんだったら大間違いだよ」

 

シャッド博士は気色ばんで言った。

 

「いいかい、ハイラル全土にはとてつもない巨大遺跡がいくつもあるんだ。今現在のハイラルの人口に比して、その規模はつり合いが取れないほど大きい。人力で建造したなら数万人を要したであろうものがゴロゴロしてるんだ。これが何を意味するかわかるかい?」

 

彼は両手を広げて演説し始めた。

 

「古代人の技術は我々よりはるかに進んでいたってことさ。ところが何らかの理由でその技術は失われ、途絶えた。考えてもみろよ、あのハイリア大橋だって今の我々の技術じゃ建造するのは不可能だぜ?」

 

確かにその通りであった。ハイリア大橋は湖面から百メートルはゆうに超える高さにそびえている。しかも橋桁の多くが欠損しているのに、今日に至るまで問題なく使われている。これは驚くべきということは私も理解できた。

 

最終的にラフレル翁が議論をとりまとめ、我々はシャッド氏の訓練を行いつつ敵基地捜索もしくは遺跡探索の調査に従事することとなった。

 

だが、その細部を議論する過程で私はさらに驚くべき事件を知ることになった。

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