剣技教官アッシュの随想   作:nocomimi

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「危機の歴史」

ハイラル城を突如として奇怪な魔法防壁が覆ったその日、緊急会議を召集したラフレル翁は四人の議論を取りまとめ、こう提案した。

 

「老輩はゲルド砂漠の様子を監視しに参りたい。昨今魔物らしき者たちの姿がよく目撃されていると聞きますからな。そしてアッシュ嬢」

 

翁は私に向き直った。

 

「シャッド殿の訓練に目途がついたら、ゾーラの里とスノーピークの調査に行って下さらぬか。貴女は地理にお詳しいゆえ」

 

「それは問題ないが、そこにも異変があったのでござるか?」

 

私は尋ねた。

 

「さよう。実はゾーラの女王が殺害され、里の泉が凍結されたという事件が起こりましてな。これがつい先ごろまで続いていた渇水の原因と思われるのでござる」

 

「なんと」

 

私は目を見開いて絶句した。

 

ゾーラ達とは幼い頃から交流があった。その女王が殺されたとあっては私にとっても一大事件であった。

 

「ルテラ女王が殺されたとは、いつ、どのようにでござろうか。不覚ながら全く知らなかった」

 

「あの『黒い雲』が湧き出てくる直前のこと。魔物どもの群れが里を襲撃し、女王を捕えた上協力を強要したとか。女王はそれを拒絶したため処刑されたと聞きましてな」

 

私の心中に激しい怒りが込み上げてきた。ゾーラは水中を主な住処とし、穏やかで文化的な種族だ。今回の敵はこの手で必ず討ち取る。私は決意を固めた。

 

「できるだけ早くに参ろう。シャッド殿、稽古はかなり集中して行うが異存はないな?」

 

私はシャッド氏を顧みた。

 

「わ...わかったよ。でもお手柔らかに頼むよ」

 

博士はやや怯えた表情になった。

 

「その間俺は何をすればいい?」

 

モイ氏が尋ねる。

 

「モイ、君はラトアーヌ地方の出身だったろう?もしついでがあればフィローネの古代の森に調査に行ってくれないか?」

 

今度はシャッド博士が提案した。

 

「ああ、構わん。何を探せばいいんだ?」

 

「実は森の奥に『時を超えた神殿』と呼ばれる建造物があるんだ。お宝が眠ってる可能性が大だよ」

 

「わかった。了解だ」

 

「モイ殿、その前に頼みがござる」

 

私はモイ氏の方を向いた。

 

「貴殿の『回転斬り』を伝授してはくれぬか?」

 

私が言うと氏は非常に驚いた顔をした。

 

「おいおい、俺がお前さんに習うならともかく、話が逆じゃあねえか?」

 

私は首を振った。

 

「申し上げたとおり私は他流に学ぶべきは学ぶという主義。先ほどの手合わせで痛感した。やはり男性剣士に比べ私の剣には一撃一撃の重さが欠けるとな」

 

モイ氏は苦笑いし、軽く口笛を吹くと首を振った。

 

「向上心ってやつか。何だかお前さんを見てると俺ももっと頑張らなきゃって思わされてくらぁな」

 

「ご謙遜を。私が貴殿に勝ったのは時の運に過ぎぬ」

 

「なんだかカッコいいなあ二人とも。互いにリスペクトし合ってるって感じだね」

 

私の答えを聞いたシャッド氏が混ぜ返した。談笑しながらも私は今回の戦いに身を投じる意義がこれまで以上に明確になったのを感じた。敵が攻撃したのはハイラル城のみにあらず、辺境の村々からゾーラの里までを一斉に襲ったのだ。かかる狡猾かつ強力な敵が相手ならばこの身命を賭けて相手をするのに不足はない。これこそが剣士として自分のやりたかった仕事だと私は武者震いした。

 

* * * * * * * * * 

 

翌日よりラフレル翁はハイリア湖畔にある見張り塔に詰めることになった。ゲルド砂漠を監視するためだ。私は朝早く起きて自分の弓矢の稽古をし、その後モイ氏およびシャッド博士と落ち合って三人で剣術の練習を行った。そしてそれが一段落すると例のごとくテルマ嬢の居酒屋に流れた。

 

「いてて...酷い筋肉痛だよ。普段やらない身体の動きだからね」

 

所定の席につきながら博士が愚痴をこぼした。

 

「いまは我慢されよ。そのうち慣れるゆえ」

 

私が何気なく言うと博士が一層げんなりとした表情をした。

 

「でよ、シャッド。さっき何か研究の成果があるとか言ってたよな。何を発見したんだ?」

 

モイ氏がテルマ嬢に飲み物を頼んだ後切り出した。

 

「よく聞いてくれたよ。ここからは僕の得意分野さ」

 

博士は嬉しそうに言うと、鞄から複数の図が描かれた紙片を取り出して我々に示した。

 

「いいかい、これがラネール地方とオルディン地方における魔物の目撃件数の推移だ。フィローネとラトアーヌ地方は人の行き来が乏しいから参考値になってる」

 

シャッド氏は説明した。

 

「失礼な話じゃねえか。俺の出身地はド田舎だから計算にも入ってねえってことか?」

 

モイ氏が茶化した。シャッド氏は笑いながら続けた。

 

「ごめんごめん、他意はないんだ。一応ハイラル全土の数値ではないっていう意味で正確を期そうと思ってね。で、この時点が『黒鬼』の乱の発生時点。この時点に向かって件数が急激に上昇しているのがわかるだろ?」

 

私とモイ氏は耳を傾けた。

 

「実は魔物の発生件数には常に上下があるんだけど、歴史を通じて認識可能な明確なパターンも存在する。大規模な天変地異が起こる前には彼らの活動も増加するんだ」

 

続いてシャッド氏は別の紙片を私たちの前に出した。

 

「これが歴史上記録されているハイラル全土を襲った危機のリストだ。古ハイリア人の地上降臨に先立つ『終焉の者』の復活と反逆。次がグフーによる謀反。それから魔盗賊ガノンドロフによる反乱。いずれも危機が勃発する前後に魔物の活動量が増加しているんだ。逆に言うとこれらの事件の間隙期にはおおむね平和が続くわけだね」

 

「つまり、此度の危機もそれと同じ型を示していると申されるのだな。確かに私の体感でも過去に比べて魔物の活動は格段に増えている。モイ殿はどう思われる?」

 

私は隣に座るモイ氏に尋ねた。

 

「同感だな。昔は魔物と戦うためだけに全国を旅したもんさ。それなのに今は城下町を一歩出れば直ぐ出会えるってなあ具合だからな」

 

「そう。僕のデータも同じことを言っている。だけどここから先、ちょっとややこしいというか、パターンに当てはまらないところが出てくるんだ。君らはハイラル各地を覆った『黒雲』のことを覚えてるだろ?」

 

「さよう、忘れもしない。丁度警護の仕事でハイラル北部を訪問していた際怪しげな雲に足止めされたのだ」

 

私は答えた。

 

「俺は正直な話、見たことがねえんだよな」

 

モイ氏は首を振った。

 

「村を襲ってきた鬼どもの群れと戦ったとき怪我しちまってしばらく寝てたからな。治って旅に出たときにはその雲ってのはどっかに消えちまってた。村の連中から話は何度も聞いたがな」

 

「でも、それってつまりこういうことだよね。君の村への襲撃の直後、あの『黒雲』が発生した。そして実は『黒鬼の乱』もそれと同時期なんだ。全て連携した現象だったということだよ」

 

私とモイ氏はやや真剣な表情となった。ハイラル全土に一斉攻撃を仕掛けたこの相手はやはり並外れた組織力と計画力と狡知を備えた強敵なのだ。

 

「しかしシャッド殿、先ほど一定の型に当てはまらない現象があると言いかけられたな。詳しく教えて下さらぬか」

 

ここで私は言った。

 

「よく聞いてくれたよ、アッシュ」

 

彼は微笑むと鉛筆を取って「黒雲」の発生時点に我々の注意を引いた。

 

「あの『黒雲』が晴れた後、魔物の発生件数が減るかと思いきや、かえって増えているんだ。現象の面で改善が見られるのに、全体的な魔の活動量は増加している。これが示すところは何だと思う?」

 

これには私もモイ氏も首を捻るばかりだった。

 

「じゃあ僕の推測を言おう」

 

博士は咳払いし、少し間を置いた後口を開いた。

 

「ズバリ、誰かが既に魔の力と戦い始めているんじゃあないかって気がするんだ。僕ら以外の誰かがね」

 

私はモイ氏と顔を見合わせた。大胆だが確かに筋は通る。

 

「つまり、魔の側としてはあの『黒雲』で人の世界を覆うつもりであった。だがその『誰か』がそれを払った。それで魔の側は対抗し、その数を増やしている、ということか」

 

私は呟いた。

 

「まさにその通り。そうすると僕として真っ先に思いつくのはその『誰か』を見つけ出して共闘するか、上手くいったら我々の仲間に入ってもらう、っていうことなんだ」

 

「だがよ、その誰かさんってのは魔物どもにとってはお尋ね者になるんだろ。城が連中に押さえられている以上、簡単に人前に姿を見せるとは思えねえ。俺がもしそいつなら、『黒雲』を払ったことなんざおくびにも出さねえと思うぞ」

 

モイ氏が口を挟む。

 

「それは確かに、全くその通りなんだよ」

 

シャッド博士が残念そうに答えた。

 

「だがこれで状況が全体的に見えてきたぞ」

 

私は口を開いた。

 

「これら魔の活動が歴史上一定の型を示しているならば、過去の記録をあたることでいかなる要因が魔の活動を抑えるに至ったのかを知ることができる。そしてそれを行えばハイラルの危機は去る。我々にそれを行うのが可能ならば、という前提ではあるが」

 

「さすがはアッシュ。鋭いね」

 

博士は指を鳴らした。

 

「そこでなんだけどね」

 

そう言うとシャッド氏は紙片上の事件名一つひとつに印をつけた。

 

「これらの危機的事案に際して必ず共通して起こった事項が一つだけある。それは..........」

 

博士はもったいをつけた。私とモイ氏は彼を見つめた。

 

「それは『勇者』の出現さ」

 

「勇者だと」

 

私とモイ氏はほぼ同時に声を上げた。

 

「勇者伝説は私も知っている。悪神を倒し女神ハイリアの受肉した少女を救ったという言い伝えもな。だがあまりにも遠い過去だ。額面通りに受け取れる話ではない」

 

私は自分の見解を述べた。

 

「待ってくれ、それは最初の勇者の話しだろ。勇者が現れたのは一度だけじゃあないんだぜ。少なくとも歴史上で合計三度は現れている」

 

シャッド氏の話に私は驚いて思わず言った。

 

「それは誠か?仮説ではあるまいな?」

 

「本当さ。ちゃんと資料も持ってる。なんなら僕の家に来れば見せてあげるよ」

 

博士はやや気色ばんだ。

 

「お前さん、つまりこういうことか。そのハイラルを救ってくれる『勇者』が既にこの世に来ている、っていう話か?」

 

モイ氏が横から言った。

 

「その通り。だけどそれは我々がただただ彼が救ってくれるのを待っていればいいって話じゃあない。むしろ我々も同時に活動を開始すべきって考えてるよ。多方面から攻めたほうが敵もやりづらくなるからね」

 

我々三人は侃々諤々の議論を交わした。シャッド博士は勇者の実在を欠片も疑っていないようだった。私は懐疑派でモイ氏はその中間だ。

 

そうこうしているうちに店が混み始めた。だがラフレル翁の口利きのお陰で我々は妨げられることなく話し合いに集中できた。私は翁が戦闘経験のないシャッド博士を構成員に選んだ理由がようやく理解できた。彼の頭脳は他人と違っていた。それまでに接したあらゆる書物の内容を諳じることができ、算術の腕も抜群だった。彼は我々の頭脳となることができる存在であった。

 

そうして我々が話し込んでいると、テルマ嬢が席に近づいてきた。見知らぬ若い剣士を連れている。

 

「皆んな、紹介するよ。この男前が噂のリンクさね」

 

その剣士は、若いというより少年と言っていい程の年齢で、その頬は赤く、顔立ちには僅かにあどけなさが残っていた。

 

私は無論この時点では、この少年剣士が後にどれほどの勲功を打ち立てることになるのか全く予想できなかったのである。

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