ラフレル翁がゲルド砂漠の監視のため城下町を離れた日のことである。夕刻居酒屋の所定の席で私とモイ氏およびシャッド博士が話し込んでいると、テルマ嬢が近づいてきた。見知らぬ若い剣士を連れている。
「皆んな、紹介するよ。この男前が噂のリンクさね」
その剣士は、若いというよりほぼ少年と言っていい程の年齢で、その頬は赤く、顔立ちには僅かにあどけなさが残っていた。(無論のこと当時の私にはこの少年剣士がその後どれほどの勲功を打ち立てるか知る術も無かった。)
「やあ、君がリンクだね」
シャッド氏が立ち上がって少年の手を握り自己紹介した。
「凄い腕っぷしなんだって?テルマから聞いたよ。僕はシャッド。剣のほうはからきしだけど考古学をやっていてね。特技は古文書の解読さ」
そう言うと、博士は彼に私を紹介した。
「アッシュだ」
私はテルマ嬢が彼を連れてきた理由がよく分からなかったが、とりあえず立ってその手を握ると名乗りこう言った。
「私は幼き頃より山に籠り騎士団出身の父から武技を叩き込まれ男のように育てられたゆえ、人並みの作法を知らぬ。この先無礼があっても許されよ」
「いや、無礼なんてとんでもないですよ」
少年は両手を振った。
「むしろ僕のほうが無礼をしてしまうんじゃないかって心配してるんです。何しろ田舎村出身で何も知らないから」
私は安堵した。私と初対面で会う男は、大抵は私の話し方に面喰らうか、悪くすると女だてらに生意気だと感じて機嫌を損ねる。だがこの少年には女剣士に対する偏見は全く無いと分かり、気安く話すことができると感じられた。
「だが剣技というものは出身地で決まるものではない。日頃の鍛練と気概のみによって決まるものだ。貴殿も剣士ならそれは分かっておられよう?」
「いえ、正確に言うと、僕はまだ剣士見習いなんです」
私が水を向けると少年はやや恥ずかしそうに頭を掻いた。
「もっと正直に言うと、初めて魔物と戦ったのはこの夏に入ってからです。子供の頃から師匠に付いて練習はしてきたけど」
私はますます意外の念を持った。普通なら売り出し中の剣士と言えばなんとかして仕事を得るために自らの功を二割増し、三割増しで並べ立るものだ。私は少年に対して好感を持った。
「自らの実力を偽らずに把握することも剣士の資質のひとつだ」
私はそう言ってからやや後悔した。自分が先輩であることを見せつけるような言い方であったからだ。だが引っ込めることもできないので私は続けた。
「慢心せず精進を続ければ貴殿も遠からず正式の剣士となろう。そのときはお手合わせ願いたいものだ」
「考えときます」
少年は照れ笑いしながらまた頭を掻いた。
「おいおい、剣士どうしで盛り上がってばかりでもしょうがないじゃないか」
シャッド氏が口を挟む。
「もう一人紹介するよ。こちらは‥‥」
博士は兜を被ったままのモイ氏を指し示した。だが氏は手を上げてそれを制し、しばらく何も言わず黙っていた。沈黙が続き、少年剣士が困惑し始めた。私も訝し気にモイ氏を見つめた。するとモイ氏は声を立てて笑い始めたのである。
「久しぶりだな、小僧」
そう言うと氏は立ち上がって兜を脱いだ。その顔を見た少年は相当驚いた様子だった。
「モイ!モイじゃあないか!」
少年剣士とモイ氏は二人して歓声を上げ抱きあった。氏は我々に改めて少年を紹介した。
「こいつは俺の弟子なんだ。こいつが言ってた師匠ってのは何をかくそう俺のことさ。だが....」
モイ氏は嬉しさを押さえ切れない様子だった。
「だが俺もまさかリンクがここまで成長するなんて思ってなくってな。大鬼を倒したなんて聞いてまさにびっくり仰天ってやつさ。アッシュ、俺の田舎剣術も捨てたもんじゃないだろ?」
これでテルマ嬢がこの少年剣士を連れてきた理由が私にもやっと分かった。あの大雨の夜ラフレル翁が我々に話した剣士とはこの少年のことだったのだ。私は非常な驚きを覚えた。このあどけなさの残る少年が大鬼を倒したという事実に加え、彼がそのことを誇るどころかおくびにも出さなかったからだ。だが、ふと気づいた私は訂正を入れた。
「モイ殿。リンク殿が大鬼を倒したのは剣ではなく弓矢でと聞いたが」
「おっといけねえ」
モイ氏は自分の額を平手で軽く叩いた。
「そうだったな。ハイリア大橋で大鬼と戦ったときは弓矢だったらしいな。俺はこいつに弓矢は教えちゃいねえ。だからそれはこいつ自身の生まれ持った才能だな。だがこいつはオルディン大橋でも同じ鬼と戦ったのさ」
そう言うとモイ氏は身振り手振りを交えて語り始めた。
「そんときの戦いっぷりは何しろ凄かったって話だ。俺の倅がその目で見たってえのさ。百騎はあろうかという小鬼どもの群れに正面から突っ込んでバッサバッサと斬り倒し‥‥」
「百騎もいなかったよ。せいぜい三十くらいだよ」
少年が困惑した顔で口を挟む。
「んで最後にはオルディン大橋で大鬼と対決だ。奴の猪の角をギリギリで躱してだな、俺の直伝の回転斬りでバッサリよ」
少年はやや顔を赤くしていたが我々は彼を席に着かせた。テルマ嬢が食事を持ってきてくれると、我々はしばし歓談した。彼が自分と一歳しか違わないと知った私はすっかり打ち解けるとともに、リンク氏が剣士見習いとなった経緯やその初陣について興味を持って尋ねた。
「ほとんど偶然なんだ。村の子供が人食い鬼に攫われて。それで一人でフィローネの森を探しているうちに鬼どもと戦うことになっちゃって」
「さようでござるか。一体何匹の鬼どもと戦われたのか?」
「ええっと、合計四匹かな。もちろん一度にじゃあないけどね」
私が尋ねるとリンク氏は指折り数える。
「初陣で四匹とはご立派な。もっと誇ってもよいのでは?」
私が水を向けるとモイ氏が横から口を出した。
「おいアッシュ、信じられるか?こいつ木刀で戦ったんだぜ。俺が稽古用に拵えてやった木刀でな。大した奴だと思わねえか?」
「なんと..木刀で」
私はやや言葉を失った。私自身は切れもしない木刀で鬼と戦ったことなど一度もないし、そうしようと思うわけもない。
「こいつ、子供が攫われたと気づいて俺にも言わずに一人で馬に乗って行っちまったのさ。俺が倅から聞いて駆けつけたときには全部終わってたって寸法さ。優秀だろ?」
「いや、とにかく無我夢中でさ。怖かったって言えば怖かったけど。タロが無事かどうかのほうがずっと心配だったから」
モイ氏に脇腹を肘でつつかれたリンク氏は両手を振って打ち消した。私は彼に対する好感を深めた。弱き者の危うしを聞いて即座に行動するその心根は間違いなく剣士に向いていると思われたし、また彼が驚くほど礼儀正しい人物だったからだ。しかも、その礼儀正しさは教育によるものというより純粋に他者を敬う彼の生まれつきの心がそうさせているということが見てとれた。
私はまた、この少年剣士のことを頼もしく思ったが、同時にその行く末について心配の念を抱いた。
剣士の職務は世人が思うほど華やかなものではない。命の危険が伴ううえに必ずしも高い報酬が約束されるわけではないのである。そうするとなりたての剣士は、丁度過去私がそうだったように、大きな勲功を挙げることに躍起になり危険を冒しがちになるものだ。私はこの一つ年下の少年が無残な死を遂げたという知らせだけは絶対に聞きたくないと思った。
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その夜我々は少年を交えて飲み食いし歓談した後座をお開きとした。私とシャッド博士は帰宅しモイ氏とリンク氏はテルマ嬢の酒場に泊まることとなった。翌朝も私は弓矢の練習を済ませた後モイ氏とシャッド博士とともに剣術を稽古し、夕刻酒場に流れた。
するとラフレル翁が既に戻ってきており所定の席についていた。
「ラフレル殿、結果は如何に?やはり砂漠には魔物どもの基地があるとお考えか」
私は彼の隣に座を占めて尋ねた。
「怪しいことには変わりありませぬが、今はまだ待つ段階でござるな」
翁は答えた。待つ、と聞いて奇異の念を持った私は尋ねた。
「待つと申されますと、罠か何かを仕掛けられたのか?」
「いや、あの若い剣士に調査を託したのでござる」
そう答えると翁は続けた。
「特にゲルド砂漠の処刑場は、魔物どもが基地を構えるにはうってつけの場所。彼が戻れば諸々判明するかと」
それを聞いた私は驚いた。
「若い剣士、と申されると、リンク氏のことではありますまいな?」
「まさにそのリンク氏でござる。彼は剣士として経験を積むことを希望しておられたのでな。我々にとっても渡りに舟ということに相成りましたわい」
ラフレル翁の弁に私は耳を疑った。
「ラフレル殿、そのご真意は?なり立ての剣士見習いに広大な魔物どもの巣窟を探らせるなど、重すぎる荷というもの。なぜこのアッシュに申しつけて下さらなかったのか?」
「まあアッシュ、そう心配することもねぇよ。師匠の俺が保証するが、あいつなら大丈夫だ。腕と度胸だけじゃあなく頭も切れる」
横からモイ氏が口を出した。
「それだけじゃあねえ。引き際ってやつも俺がよく教え込んでおいたからよ。やばいと思ったらすぐ引き返せってな」
私はそこで一応納得した体で口をつぐんだ。やがて一同の会話は、リンク氏を団の仲間に加えるべきかどうかという議論になった。
ラフレル翁は妙なことに、自分がゲルド砂漠の調査を委ねたにも関わらず、リンク氏を団に勧誘することには消極的だった。この点私とシャッド博士は翁と意見が異なり、剣士は一名でも多く必要と主張した。たとえ経験不足が懸念されるにせよ、今我々は博士を仲間に加えて訓練しているのだから同じことだ。そこで私は、リンク氏の素質を自ら見極めそれが良と出たら彼を改めて推薦すると申し出た。
だがモイ氏はやや躊躇いがあるようだった。彼は同じ村の出身者であり幼い頃から教授してきた年若いリンク氏をハイラル城解放の危険な戦いに従事させることに賛同できかねるようであった。
だがいずれにせよ、その後私とラフレル翁はあの少年剣士の扱いについてぶつかり合うことになった。やがてこれが団そのものを引き裂いてしまいかねない対立の種に発展してしまうのである。