剣技教官アッシュの随想   作:nocomimi

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「廃村」

ラフレル翁が剣士見習いであるリンク氏にゲルド砂漠の調査を委ねてから三日ほどが経過した。私はリンク氏の安否が気になってはいたが、自分も職務を果たさねばらない。何よりも私はゾーラの里の状態が気掛かりだった。ルテラ女王が殺されたと聞いたからだ。結局、外出中はシャッド博士の剣術の訓練をモイ氏に引き継いで貰うことにして私は調査に出発することにした。

 

ラフレル翁の情報によれば北ハイラル平原からゾーラの里に通じる地下回廊は何者かが置いた巨大な岩によって塞がれてしまっているらしい。だが奥の手がある。私は早朝城下町を出発すると徒歩でハイリア湖に向かった。ハイリア湖に着くと、湖畔に下る手段はラッカの鶏小屋で鶏を借りるしかないと分かったので私は料金を払って鳥を選び宝島に向かって降りた。宝には用のない私は浮橋を通って大砲小屋を素通りし、ラネールの泉まで行くと、浅瀬を渡って川下り舟の終着点に設えられた桟橋に辿り着いた。

 

私がそこでしばらく待っていると、見込んだ通り川の上流から泳いで下ってくる者がある。私は声を上げて手を振った。

 

「あれ?もしかしてこないだの.....」

 

水面から顔を出したのはゾーラの若い女だった。しかも、私が山から城下町に上ったときに舟を支えてくれたあの女だ。

 

「久しゅうござる。その節には世話になり申した」

 

私は頭を下げた。

 

「どう?元気でやってる?」ゾーラの女は桟橋に肘をついて私を見上げた。

 

「どうにか独り立ちは叶いましてござる。今は曲がりなりにも剣士を名乗っておりましてな」

 

私は答えた。

 

「やるぅ。凄いじゃん」

 

女は驚きを込めて声を上げた。

 

「実はこの度頼みがあって参った」

 

私は切り出した。

 

「私を上流まで連れてくださらぬか?無論貴女には重労働となろうから相応の手間賃はお支払いする所存だ」

 

「いいよ。一回だけ特別サービスで連れてったげる。今バイト先休業中で暇だしさ」

 

ゾーラの女は二つ返事で答えた。それも、私が手間賃を払おうとするのを彼女は固辞したのである。

 

「女の子が十七で城下町に出て一人暮らしなんて大変でしょ?これは私からの応援のしるしと思ってよ」

 

彼女がそう言うので私は恐縮した。それと同時にこの女の心遣いが身に染みた。私は水着に着替えると携えてきた防水背嚢に荷物を入れ、水面に入った。ゾーラの女は、私の腰に繋いだロープを自分のそれに固定すると泳ぎ始めた。

 

ゾーラの泳力は想像するより遥かに強かった。ハイリア湖に流れ込む斜面の水流を遡ると、女はぐいぐいと私を牽引しながら渓流を遡っていった。結局彼女は数回岩に掴まって休憩しただけで、半時間もしないうちに私を川下りの出発点である小屋まで連れていった。

 

「はい到着ぅ!」

 

洞窟を抜けて舟小屋の桟橋に着くとゾーラの女が言った。私が重々礼を言いながら水面から上がると、階段の上にいた女主人が声を上げながら手を振ってきた。

 

「あんたこないだの子じゃん。また会うなんてね」

 

豊かな縮れ毛を頭上に纏めた女主人は階段を降りてくると乾いた布を放ってくれた。

 

「どう?ちゃんと生きてる?飯とか三食食えてるの?」

 

私は身体を拭いながら覚えず微笑んだ。この女主人も私のことを案じてくれていたとは、嬉しい驚きであった。

 

「心配はご無用。最初こそ苦労致したが今では家も仕事もあり申し分ない暮らしにござるゆえ」

 

「そう?でも城下町は悪い男が多いから騙されないように気を付けるんだよ?」

 

彼女は私の顔を覗き込んだ。ここでも私は笑ってしまった。確かに彼女の言わんとすることは私自身経験したところでもある。だが悪いのは男ばかりではない、というのが私の感想であったのだが。

 

「そうそう、あんたお菓子好き?ちょっと持っていきなよ」

 

私が着替えを終えると女主人は棚から小箱を出して私の手に渡した。それほど甘い物を好むほうではなかったが、彼女の厚意が嬉しく私は有難く頂いておいた。しばらく女主人とゾーラの女と立ち話をしていたが、今回は観光旅行ではなく職務だ。名残惜しくはあったが彼女らに暇を告げて私は小屋の外に出た。

 

川沿いの道を上流に向かう。やがてゾーラの里の泉から流れ出る滝が見える場所に出た。滝のたもとには右手にスノーピークへ抜ける洞窟がある。その周辺には非番のゾーラ兵たちが三人ほどたむろしていた。私はまずゾーラ達と話すことにした。

 

「アッシュお嬢様ではないですか?」

 

私が近づくと一人が早速声をかけてきた。ゾーラ兵達は体格に個人差が少ないうえ役務中は兜を被っているから見かけだけでは誰が誰なのか判別しづらい。だが彼の声には私は聞き覚えがあった。

 

「エヴァン伍長殿。お久しゅうござる」

 

私は彼に返答した。幼い頃からこの周辺を通りがかる度に何くれとなく目をかけてくれた古参兵だ。

 

「お父上のことは御悔やみ申し上げます。惜しい方を亡くされました」

 

伍長は頭を下げた。傍らにいた兵たちもそれに倣った。

 

「有難きお言葉痛み入る。だが父は命を全うしたと思っておりまする。私も父の遺したもののお陰でこうして剣士となることができましたゆえ」

 

「確かにお嬢様はご立派になられました」

 

伍長が何度も頷き、兜をやや上げて目を拭う仕草をした。他の兵士が横から言った。

 

「噂は聞きましたよ。確か四年前ハイラル城で受勲されたと」

 

「それはまぐれにござります。今その名誉に相応しい剣士になるため苦闘しておるところです」

 

私は苦笑いしたがすぐ真顔になり本題を切り出した。

 

「それより、各々がた。ルテラ女王陛下崩御の旨、聞き及んでございまする。なんとお悔みを申し上げればよいか」

 

それを聞くと兵たちが肩を落とした。

 

「巨大な黒い鬼どもの群れが攻めてきたのです。それで玉座の間が占拠され女王陛下は囚われの身となりました。陛下は城下町とハイリア湖に流れ下るゾーラ川の水源である泉を閉鎖するよう強要されたのですが毅然とこれを拒絶したのです。それが女王陛下の最期でした」

 

伍長は顔を上げると言った。

 

「しかし我々は反撃の機会を伺い、生き残りの兵たちを滝壺に集結させました。そして一気に俎上して奇襲をかける心づもりだったのです。ですがこれは罠でした。泉の水面から先兵が飛び出す寸前に、敵は泉を凍らせてしまったのです」

 

「泉全体を凍らせると。いかな方法をもって可能なのでござろうか。敵は魔法使いでござったのか?」

 

私は思わず驚きの声を漏らした。

 

「わかりません。敵の姿を目の前で見た者たちは全員殺されてしまったので。我々はのちに何者かが凍結された泉を溶かしてくれるまで閉じ込められたままでした」

 

「何者かと申されたが、一体その者は?」

 

「それも分からないのです。この事件は不思議なことばかりで」

 

私の問いに伍長が答えた。

 

「騒動が収まってから誰かが気づいたのですが、泉の中に奇妙な巨石が沈んでいたのです。学者に見せたところそれは火山からの噴石に相違ないとのことでした。ですからそれが氷を溶かしたことは間違いありません。しかし、里の周辺には火山などありません。それで皆不思議がっているのです」

 

「ふうむ」

 

私は顎に手を当てた。伍長の言うとおり奇妙な話であった。私はシャッド博士が言ったことを思い出した。我々以外にも魔の勢力と戦おうとしている不思議な存在がいるのだろうか。

 

「ですが暗い話ばかりではありませんよ」

 

横にいた兵士が務めて明るい声を出すように言った。

 

「行方不明と思われていたラルス王子の所在が分かったのです。重傷を負って城下町で発見されたのですが、そこから親切な方がカカリコ村の医術師のもとまで護送して下さったのですよ」

 

「王子が。では王子は生きておられるのですな」

 

「はい。アッシュお嬢様、リンクという若い剣士をご存じでしょうか?」

 

伍長が言うのを聞いて私は面喰らった。まさにここ二、三日来私の頭の中を去来していた名前である。

 

「存じておる。その彼が何らかの役割を果たしたのでござろうか?」

 

「いえいえ、何らか、どころではありませんよ」

 

伍長が笑って言った。

 

「リンク殿が、城下町からカカリコ村までずっと馬車を護っていて下さったのです。その間、幾多の鬼どもが襲撃して来たのにも関わらず、彼はその全てを退けました。彼の功績はゾーラ史の一部として語り継がれるでしょう」

 

私は言葉を失った。あの少年剣士は自分の功績を水増しして語るどころか、その半分も私に話していなかったことになる。しかも魔物が襲い掛かる中の馬車護衛と言えば剣士の仕事の中でも最も難しい部類に入る。私は驚きを頭の片隅に押し込めると、兵たちに言った。

 

「王子がご存命とはまだしもの慰めでござった。一日も早い回復とご帰還を祈っておりますぞ。ところで..」

 

私は尋ねた。

 

「里の水源の回復後、魔物どもはそれ以来目撃されておらぬのですな?」

 

「それがですね...」

 

兵の一人が含みありげに答えた。

 

「実は正体不明の巨大な獣がたびたびこの周辺で目撃されるようになったのですよ」

 

「正体不明の獣?」私は問い返した。

 

「さよう。見た者によればその体格は我々のゆうに三倍はあり、全身を白い毛で覆われているとのことです」

 

「害を加えられた者はおらぬのですか?」

 

「それが不思議なことに我々の中で襲われた者は出ていないのです。ただ、その獣が川で魚を取っているのを見たという者はいるのですが」

 

「川で魚を...」

 

これもまた奇妙な話であった。大きさから考えれば熊と考えられたが、毛の色で言えば明らかに違う。しかもゾーラ川には不器用な熊が魚を取れるような浅い箇所は殆どない。ともあれ、差し当たりの状況を聴き終えた私は、次にスノーピークに向かうことにした。兵たちに礼を言い暇を告げると私は洞窟に入っていった。

 

洞窟を抜けると、しかし、私はあまりの寒さに身震いした。念のために背嚢に入れておいた動物の毛皮の外套を取り出して纏い面甲を被った。

 

季節は夏なのに異様な寒さである。ようやく身支度を整えた私は、崖沿いの山道を下ろうと進み出て、何気なく眼下の湖に目をやった。

 

信じがたいことにその湖は半分がた凍り付いていた。殆ど真冬の風景である。さらに遠くに目をやると麓村から私がかつて住んでいた山小屋に至るまで、斜面は全て雪で覆われている。

 

明らかに異常な気候だ。私は驚きから立ち直ると急ぎ足で山道を下った。途中足を滑らせ滑落しそうになったほどだ。どうにか崖を下ると、私は小走りで湖畔を回り込み、麓村に向かっていった。

 

だがようやく麓村の入り口に辿り着いたところで私は呆然と立ち尽くすしかなかった。

 

村には生きた人間の影が一切無かった。完全な廃村となっていたのである。

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