剣技教官アッシュの随想   作:nocomimi

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「手合わせ」

「リンク殿。よろしければお手合わせを願おう」

 

私はリンク氏の話を途中で遮って面甲を横に放り捨てると剣を抜いた。彼はぎょっとした顔で身構えた。

 

「失礼つかまつる」

 

私は進み出ると長剣を払った。リンク氏は反射的に上体を逸らして刃を躱すと、バックホップして自分の剣を抜いた。私はそこで突進し下から斜め上に剣を斬り上げてた。首筋を狙った、通常なら回避しづらい軌道だ。リンク氏は剣を払って弾き返した。

 

では回転斬りならどうか?もはや回避できない距離だ。私はモイ氏から伝授された通り体重移動で勢いをつけ剣を振った。だがその刃をリンク氏は辛うじて自分の剣で受け止めた。どう動くべきか一瞬の逡巡をリンク氏の顔に見て取った私は大きく剣を引いた。胸目掛けて突きを放つ。無論避けられなければ寸止めするつもりだったが、リンク氏はすんでのところで身体を半身にした。長剣の刃先がその胸をかすめる。彼我の距離が一気に縮む。だが私はそこで止めなかった。片手を相手の左手首にかけ、自分の左足を素早くその左足の後ろにかける。

 

ところが、私が足を払おうとした瞬間にリンク氏は自分の左足を浮かせた。空振りだ。彼は右脚で地面を蹴り、左前腕で思い切り私を押した。体勢を崩された私はわざと後ろに倒れ込んだのち、素早く後転して再び構えをとった。

 

「腕も確かだ。モイ殿の言葉に偽りはないようだな」

 

私は心からの満足を感じた。真剣での手合わせなどそもそも並の剣士にはできるものではない。しかもリンク氏は、手加減していたとはいえ、こちらの太刀筋を全て見切って躱しあるいは剣で逸らしていたのだ。彼は出来る。私は確信した。

 

私が剣を下げるとリンク氏も剣を下げた。溜息をつき、手を広げると言った。

 

「勘弁してくれないか。誓って言うが僕は女の子に刃物で襲われるような悪いことをした覚えはないよ」

 

「この無礼については重ねて詫びる。だがこれも私の務めだ。どうか堪えられよ」

 

私はそう言って長剣を納めた。

 

「務め?」

 

リンク氏は当惑したようだ。 

 

「我々の計画には腕の立つ者が必要だ。だから貴殿が適格かどうか見極めさせてもらったのだ」

 

「ちょ‥‥ちょっと待ってくれ」

 

リンク氏は言った。

 

「我々?計画?僕には意味がわからない。説明してくれないか?」

 

「我々というのはラフレル殿、モイ殿、シャッド殿、そして私だ」

 

そう言った後私は付け加えた。

 

「テルマ孃も我々の味方だ。実働部隊ではないがな」

 

「それで‥‥計画っていうのは?」

 

「今は言えぬ。貴殿を迎え入れることを全員が承諾せねば話すことはできぬ決まりだ」

 

私はの答えにリンク氏はまた溜め息をついた。

 

「アッシュ、聞いてくれ」

 

リンク氏は剣を納め、自分の胸を指差した。

 

「僕は田舎村の出身で何の教養もないただの剣士見習いだ。剣以外に学んだことといえばカボチャを育てることと山羊を追うことくらいさ。だから君たちみたいに分かりにくい符丁で話したり、一を聞いて十を察するような真似はできない。それは想像できるだろ?」

 

リンク氏の当惑ももっともだった。私が黙って聞いていると彼は続けた。

 

「僕を友人に加えてくれるならそれは嬉しい。だが僕を信用できないならはっきりそう言ってくれ。何ていうか、僕は誰かと腹の探り合いなんてしたくないんだ。わかってくれるか?」

 

彼の言う通りだった。そもそも彼は抵抗軍(レジスタンス)のことを何も聞かされていないし、城が魔物どもに占拠されていることにすら気づいていないだろう。 

 

「全く貴殿の言う通りだ。貴殿を候補者に加えたのも、貴殿にしてみれば私の勝手な思惑に過ぎないからな」

 

私はそう言ったあと少し目を伏せた。申し訳なくは思ったが、やはり仲間の許可なく全てを話すことはできない。

 

「だが堪忍されよ。計画については今はどうあっても話すことができぬ」

 

しばらく沈黙が続いた。だが私は決心すると顔を上げた。少なくともハイラル城の真の状態について彼は知らされるべきと思ったからだ。

 

「ただ、私としては貴殿を仲間に加えるよう推挙するつもりだ。だから私として許される範囲のことを話す。それでよいか?」

 

リンク氏はまだ訳が分からず混乱しているようだったが、とりあえず頷いて同意を示した。私は彼に近寄り周囲を注意深く見回したあと、その耳に唇を近寄せて囁いた。

 

「今のハイラル城には魔物が巣食っている。ゼルダ姫は幽閉されている。それが私たちの見立てだ」

 

彼は息を呑み、驚きに目を丸くして私を見た。私は彼の顔を見つめ低く声を落とすと続けた。

 

「ゼルダ姫はここ数か月公に姿を現していない。ハイラル王家の習慣としては異例のことだ。貴殿は『黒鬼の乱』については聞き及んでおられるだろう?」

 

「あ...ああ。おおよそのことはね」

 

「私はそのころ城下町にいなかったからこの目で見たわけではない。だが多数の黒鬼がハイラル城になだれ込み、城から火の手が上がるのを見た町民は数知れない。それなのに事件があってから今に至るまで城からは何の発表もない。降伏したのか、和議を結んだのか、それとも敵を討ち果たしたのか」

 

私はそこまで言うと視線を山のほうに向けた。

 

「私は幼少のころ父に連れられゼルダ姫に拝謁を賜ったことがある。ハイラル王家の伝統的なあり方は剣術指南役だった父からよく聞いたものだ。民の声に耳を傾け、民と苦楽をともにする、と。だが父を亡くし城下町に来た私はそれとはまったく違うものを目することになったのだ」

 

じっと聞いているリンク氏の顔を見ると私は続けた。

 

「今のハイラル王室は頑なに城の扉を閉ざし、民の声を拒んでいるだけではない。聞いたこともないような奇妙な法律を次々と拵えているのはお聞き及びか?」

 

「ああ、知ってるよ。ええっと..町で馬に乗ってはいけない..だっけ?」

 

「それは手始めに過ぎぬ。王室の悪口を言う者を処罰する法律も制定された。これは従来の不敬罪とは違う。王室だけではなく、政治のあり方を批評したり暮らし向きの不満を政策の責に帰することなども含まれる。要するに喋ることに気を付けねば逮捕されるということだ」

 

「喋るだけで?」

 

リンク氏は面食らったようだ。 

 

「それは変だね。じゃあ僕らの今の会話の内容も場合によってはまずいってことかな?」

 

「その通りだ。これは笑いごとではない。それに悪法はこれで仕舞いというわけでもない」

 

「まだ続きがあるのかい?」

 

リンク氏は驚いて眉を上げた。私は彼を見つめて問うた。

 

「リンク殿。来年から施行される新たな法の内容を貴殿は本当にご存じないのか?」

 

「ごめん、知らないよ」

 

彼自身の将来にも直接的に関わる重大事なのに、何も聞かされていないとは。私は胸にやるせなさを感じ、リンク氏にぐいと顔を近寄せて囁いた。

 

「武装禁止令。通称刀狩り令だ。城勤めの兵士以外の人間は剣や槍、あるいは弓矢で武装することを禁じられるのだ」

 

「なんだって?」

 

リンク氏は思わず大声を上げた。

 

「そんな無茶な。城下町はいいけれど、それじゃあ田舎村の人間はどうやって魔物から身を守ればいいんだ?」

 

「城から兵士が各地に派遣されるそうだ」

 

「そんなこと...やっぱりどう考えても無茶だよ。他所から派遣されて来た兵士たちが縁もゆかりもない田舎の村を命がけで守るなんて到底思えないよ」

 

「だがそれが法律の内容だ」

 

私は声を落とした。 

 

「リンク殿。年が明ければ我々剣士は非合法の存在になるのだ」

 

彼は驚きのあまりか暫くの間黙っていた。私は続けた。

 

「今のハイラル王国はおかしな方向に向かっているというだけに留まらない。何かとてつもなく邪悪で恐ろしいことが行われている。我々はそう確信しているのだ。何とかせねばならぬ」

 

しばらくの沈黙の後やがてリンク氏が口を開いた。

 

「わかった。君の言いたいことはわかったよ。僕としてもハイラルのために力を尽くしたいっていう気持ちは同じだ。僕にできることがあるなら何でも言ってくれ。実力を知りたいっていうなら、君たちの決めた試験みたいなものを受けるのもかまわない」

 

「感謝申し上げる。貴殿はやはり私の見たとおりひとかどの器だった」

 

私はそう言うと軽く頭を下げた。

 

「私は一旦城下町に戻り貴殿への評価について他の仲間に話そう。最終決定権はラフレル殿にあるが、私としては貴殿を仲間に加えるよう強く推薦するつもりだ」

 

「わかった。ありがとう」

 

リンク氏は答えた。

 

「冒険や財宝目当てにむやみに雪山に登るのも控えるよ。君の助言どおりにね」

 

「賢明な判断だ」

 

私はまた微笑むと、雪の上に落ちた面甲を拾い上げ軽く雪を払って小脇に抱え、洞窟のほうに歩いていった。

 

私がリンク氏に話してしまったことは、一部許可された範疇を越えてしまったかも知れない、と私は歩きながら気づいた。だが後の祭りだ。私はいずれにせよ、彼を絶対に仲間に加えるべきと確信を持った。人格も腕も申し分ないと思ったからだ。

 

だが、彼が本当には「何者」だったのかを私は全く知らなかった。この時点に至ってもまだ、私は彼を将来有望だが経験の少ない後輩剣士としてしか見ていなかったのである。

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