スノーピークの調査から城下町に戻った私は、翌朝早く起床するとまず弓矢を練習し、その後シャッド博士に対し剣の稽古をつけた。モイ氏は博士からの調査依頼もあって故郷のラトアーヌ地方に旅立っていった。稽古が終わると私はハイリア湖畔に向かうことにした。そこで警備にあたるゾーラ達からリンク氏の評判を聞き込むためだ。
ところが、東門から町外に出て跳ね橋の上に立つと、橋を降りてすぐの平原に緑鬼が待ち構えているのが見えた。北ハイラル平原での警護の仕事から帰還した際に鬼は片付けたはずだったのに、また湧いて出たのだ。私は舌打ちすると一旦自宅に戻り弓矢を携えて同じ場所に戻ってきた。
私は身を低くしつつ自分の弓に矢をつがえ、摺り足で前進すると、敵がこちらに気づいた瞬間身を起こして弓を引き絞った。相手も弓矢を構える。だが相手が放つまで我慢した。矢の軌道を見極め、横にステップして躱した。狙いをつけ自分の矢を放つ。二の矢をつがえようとしていた緑鬼が悲鳴を上げるのが聞こえた。跳ね橋から降りて敵に近づくと、矢は鬼の胸を貫いていた。倒れ伏した鬼は弱弱しくもがいていたがやがて動かなくなり、その死骸が崩れ始めた。
私はしばらくそこに立って考えた。警護の仕事の帰り道に倒した鬼は明らかに城下町に出入りする馬車に火をかける目的を持っているように見えたが、その倒した鬼の職務を引き継ぐかのようにまた新たな鬼が配置されていたのである。鬼どもの出現や配置は出鱈目ではない。そこには目的があり、指揮する者がいる。私はそう考えた。事実、今や町外の街道のそこここを徘徊する鬼どもを恐れ、町民たちは町外に出ることを控えるようになっていた。さらに、魔物どもによる交易路の寸断によって町では物資の不足と物価高が問題となっていたのである。
私は即座に決心した。鬼はきっと他にもいる。私は弓を手に持ったまま小走りで東街道に入り前進していった。曲がっていく道なりに南に向かい半時ほども進むと案の定、緑鬼が道の真ん中に立っている。そやつは私の姿を認めると弓を構えた。私は走りながら矢筒から矢を取り出し自分の弓につがえた。相手が矢を放った途端横にステップする。すぐ横の地面に矢が刺さる。私は弓を引き絞って狙いをつけ、放った。飛んで行った矢が相手に突き刺さる。頭部に矢を受けた鬼は物も言わず倒れた。
私が鬼の死骸に近寄ると、何かが風を切るかすかな飛行音が聞こえた。私は反射的に前に飛び込み前転した。近くを矢がかすめ、地面に刺さる。振り向くと、北東に向け分岐した街道の支道の入り口に鬼が立っているのが見えた。私は弓に矢をつがえると放った。二の矢をつがえようとした鬼が慌てて飛び退いて躱す。私はもう一本矢をつがえると今度は慎重に狙って放った。相手は三の矢を放とうとする寸前に胸に矢を受けて倒れた。
三匹目の鬼の死骸に近づくと、分岐した街道が岩で塞がれているのが見えた。岩は巨大で、十人の男を動員しても運べないと思われるほどだ。私は思った。街道の各所に鬼を配置し、あるいは岩で塞ぐ。交易を停滞させ人々を町に閉じ込め、真綿で首を絞めるように弱らせる。敵の奸計は我々が考えているよりはるかに手が込んでいる。
この状況を放置してはおけない。私はそう考えながら街道を南下しハイリア大橋の前に出た。ラッカの鶏小屋で料金を払って宝島に降り、そこから大砲小屋の前に出て、木道の途中にある中州に向かった。そこで歩哨に立っていたゾーラ兵に私は近づいて声をかけた。
「ああ、リンクさんですね。知ってますよ」
ゾーラ兵が答えた。
「彼は自ら志願して魔物の溢れ返った湖底神殿に足を踏み入れたのです」
そのゾーラ兵は伍長の話を裏付けるような証言をした。
「危険過ぎると私は止めたのですが。しかし彼は生きて帰ったばかりでなく巨大な魔物を二体も倒したのですよ。仲間が内部に入って確かめたので間違いありません」
私は納得した。もはやリンク氏の実力について疑いを差し挟む余地はない。そこで私は話題を変えた。
「ところで、今現在里に変わった出来事は起きていないかご存じか?」
「変わったこと....ですか?」
「さよう。私が二、三日前訪れた際には巨大な野獣が魚を盗みにやってきたと騒ぎになっておったのでござる」
「ああ、それですね」
ゾーラ兵は手を打った。
「実は今朝のことなんですが、その獣が急に来なくなったと非番の友人から聞きましたよ。毎回魚だけ取って他は何もせず逃げるのでいい加減その都度警備を強化するのも面倒になってきたとぼやいていたんですがね」
「まことか。では平穏が戻ったと考えてよろしいか」
私は尋ねた。
「いや、それだけじゃあないんですよ。スノーピーク方面への洞窟から絶え間なく吹き込んで来る冷気が止まったのです。それで勇気のある連中が洞窟の向こうに行ってみたらしいのですが、あの異常な大雪が止んで、斜面に草花が現れ始めたらしいですよ」
またも出くわした奇妙な話に私は驚き怪しんだ。8月にも関わらずの異常な寒波が今度は突然止み、季節が正常に戻ったとの出来事はこれはこれで怪事には違いない。
私の脳裏に、シャッド博士が話していた「私たち以外の何者か」が浮かび上がってきた。敵はゾーラの里を凍結させたが、何者かがそれを溶解した。スノーピークが異常な寒波で覆われていたが、それがつい先頃正常に戻った。もしやリンク氏が関わっているのか?またもや突拍子もない考えが心に浮かんできてしまい、私は慌てて聞き込みに戻った。
「もうひとつ良いニュースがあるんです」
ゾーラ兵が嬉しそうに言う。
「なんと、ラルス王子が帰還されたそうなのですよ。私はまだ拝謁を賜っていませんが、今は旅の疲れを癒しておられるところと聞きます」
「なんと、それは良かった」
私は相槌を打った。
「これで里も本格的に再建できるというものです」
ゾーラ達の間に希望が戻ってきたとの知らせに私は安堵しつつ聞き込みを終えた。もう昼過ぎだ。私は城下町に取って返すとテルマ嬢の酒場に行った。まだテルマ嬢は出勤していなかったが、ラフレル翁とシャッド博士は既に所定の場所にいた。
「おお、アッシュ嬢。聞き込みはいかがでしたかな」
ラフレル翁が言う。私は早速翁の隣に座り報告した。私自身はもはやリンク氏を団に勧誘することを阻む要素は何も無いという結論であった。翁は私の話に聞き入っていたが何か思うところがあるのかその返事が色よくない。シャッド氏は席を立ち、酒場に遊びに来た若い女性に声を掛けていた。
そこへ丁度リンク氏が店に入ってきた。
「今度はどこを冒険していたんだい、リンク」
リンク氏が席につくと、シャッド博士が戻ってきて早速水を向けた。
「ゾーラの里に行ってきたんだ。舟屋の女主人が困ってたから手伝いをしててね」
「それは初耳でござった。リンク殿、鬼を退治してあの女主人を救っただけではなかったのか?」
私が尋ねると彼は照れ笑いして頭を掻いた。
「まあね。川が岩で塞がれて舟が通れなかったんだ。爆弾で壊して通れるようにして欲しいって頼まれたのさ」
「ほほう、川がまるごと岩で塞がれていたと申されるか、リンク殿」
ラフレル翁が質問した。
「そうです。それも二ヶ所。爆弾矢でどうにか除去しましたけど」
「それでその女主人といい仲になったとか、そういうオチじゃないだろうね?」
シャッド博士が混ぜ返した。リンク氏はきょとんとしていたが、やがて博士の暗喩するところに気づいたらしく顔を真っ赤にしてしまった。
「いや‥‥そんなこと、あるわけないじゃないか」
「冗談だよ、冗談。本気にしないでくれ。いやあ、純朴な少年にはちょっとキツかったかな」
博士は笑った。だがそれを見ていた私は急激に怒りが込み上げてきた。
「シャッド殿。貴殿のそのような冗談は率直に言って品位があるとは言えない」
私は彼を睨みつけると続けた。
「ましてやリンク殿がそのようなはしたないことをするはずがない。今後少し控えられてはいかがか?」
「わかったわかった、僕が悪かったよ」
博士はそう言うと苦笑いした。
「そんなに怒ることもないと思うんだけどなぁ」
博士が独り言のように愚痴をこぼす。するとラフレル翁が咳払いして切り出した。
「その岩の件も我々が調査している異変に該当する。ご報告に感謝いたしますぞ、リンク殿」
「いえいえ、同じハイラル人ですから」
リンク氏は笑顔で答えた。
「それで、皆さんが知っている異変にはほかにどんなことがありますか?」
彼は我々の顔を見まわして質問してきた。
「僕たちの活動に興味があるのかい、リンク?」
シャッド博士が尋ねる。
「ああ。僕も剣士だから、各地で経験を積んで早く力をつけたいんだ」
リンク氏は私に話したことをここでも繰り返した。するとラフレル翁が博士の代わりに口を開いた。
「リンク殿、一つお尋ねしたい」
「なんでしょう?」
「あのハイラル城の姿を見て、どう思われますかな?」
私は翁の質問の意図を一瞬測りかねたが、少ししてすぐにそれを理解した。リンク氏を試しているのだ。王国の行方になんら関心のない者ならば城が魔法防壁で覆われていようと気にもとめないだろう。
「ヘンですよね。戦争してるわけでもないのに魔法防壁なんて。それに民を誰も中に入れないというのもおかしいです」
リンク氏は少し考えた後口を開いた。
「きっと王家にも何か事情があるんでしょう。だから仕方ないのかも知れませんが、でも何か困ったことがあるんなら、もっと民に力を借りたっていいのにって僕は思いますよ」
我々三人はそれを聞いて少し黙っていた。私はラフレル翁の顔を横目で見た。リンク氏の言葉は、素朴で控え目ながらも、王国への愛が十分感じられるものだ。これで翁も納得されるのではないか、と私は期待した。すると翁が言った。
「まさに我々も同じことを考えておったのです」
ラフレル翁はリンク氏に向き直った。
「我々はハイラル王家のため力を尽くそうと集まった者たちです。この老輩も人生の最後をそのために費やそうと決心しております。リンク殿、これからも力をお貸しいただけますかな?」
「もちろんですよ。僕にできることなら何でも言ってください」
リンク氏は笑顔で請け合った。
「ところで、モイはどこにいるんでしょう?」
「ああ、彼ならフィローネの森に行ったよ。奥さんと赤ちゃんの様子を見に行くついでにね」
シャッド博士が質問に答えた。
「森へ?異変が見つかったのかい?」
そこで博士が天空人の遺跡のことを説明し始め、リンク氏は興味深げに聞いていた。その後一同の話題は別の事項に移ったが、私は先ほど聞いたスノーピークや里の状況の変転のことがどうしても気になっていた。胸騒ぎがしたのである。「彼はあの伝説の勇者の再来かも知れない」--ゾーラの伍長の言葉が脳裏に浮かぶ。根拠のないことではあったが、その状況の変転とリンク氏には何らかの関わりがあるのでは、という推論を捨てきれなかった。
折りを見計らうと、私は思い切って彼の肘を引き寄せ話しかけた。
「リンク殿、一つ確認したいことがある」
「なんだい、アッシュ?」
リンク氏は答えた。ラフレル翁とシャッド博士は二人で何事か話し込んでいた。
「貴殿、本当に雪山に登ってはいまいな?」
「もちろん行っていないよ。君でさえ苦労するような魔物と戦えると思うほど自惚れてはいないからね」
私は黙ってリンク氏の顔を見つめていたが、やがて口を開いた。
「ハイリア湖に降りてきたゾーラ兵から今朝聞いたのだ。スノーピークを覆っていた雪雲が四散し斜面に草花が現れ始めたと」
「本当かい?」
「本当らしい。それに毎朝のように目撃されていた獣も来なかったそうだ」
リンク氏はどう答えていいかわからず言葉を探しているようだ。私は重ねて尋ねた。
「貴殿、何か知っているのではあるまいな?」
「さあ、何しろ舟の上から爆弾矢で岩を吹き飛ばすのも結構大変だったんだ。雪山のことを気にするどころじゃなかったよ」
そう答えると、リンク氏は落ち着きのない様子で立ち上がり、我々皆と握手してその場を辞した。その態度は私に何か釈然としない印象を与えた。
彼は何かを私に隠している。根拠はないが、女の勘というものだったのかも知れない。私の心がそう告げ始めてしまったのである。