「結論から申しますと、リンク氏を団に加えるのに老輩は反対しまする」
「なぜですラフレル殿?」
私は驚いて尋ねた。私とラフレル翁は開店前のテルマ嬢の居酒屋のいつもの席に座を占めて会合を持っていた。今度は翁が私を呼び出したのである。
「どうしても納得のゆかぬ点がございましてな」
ラフレル翁は紙を取り出すと、鉛筆でその上にいくつかの日付を書き始めた。
「よろしいかな。リンク氏はこの日に貴女とスノーピーク麓で出会った」
「さよう。間違いはござらぬ」
私は首肯したが合点がいかなかった。その時のリンク氏の行動には怪しい点は一つもなかったからだ。
「そしてその日、リンク氏は舟屋の女主人を手伝った後、舟でハイリア湖畔に下った。着いたのは早くとも夕方でござる。そして....」
ラフレル翁はその隣の日付に鉛筆の先を移動させた。
「そして、ゾーラ達の新たな証言によれば、その翌日にはラルス王子の帰還を助けるべくカカリコ村の泉で岩を爆弾で砕き除去した、ということになりまする」
その事実は、リンク氏が小さくはあるが新たに功を立てたということを示すのであって、それ以上でも以下でもない。私はそう言おうと思ったが、ある点に気づいて呟いた。
「それはつまり、ハイリア湖畔からカカリコ村に到着するのが早すぎるのが不自然ということでござろうか」
「ご賢察の通り。すなわちリンク氏は.....」
ラフレル翁が言いかけた時、私は疑問を提起した。
「ラフレル殿、しかし一晩中馬を全速力で走らせれば不可能ということはないのでは?」
「いいや、アッシュ嬢、ここをよく吟味されたい」
ラフレル翁は否定し、紙の上に書いた日付を線で結んだ。
「目撃証言によればこの日にはリンク氏はカカリコ村に到着している。ラルス王子も発言しているそうでござる。『勇者リンクがその夜私を励ましたので、帰還する決意が固まった』とな。つまり彼は舟屋の岩を除去した日の夜、カカリコ村に着いたということになるのでござる」
私はそれに気づいて絶句した。確かにその通りだった。ラフレル翁は結論づけた。
「間違いはござらん。リンク氏は単独で行動しておられるのではない。助力者がおるのは確実でござる」
「助力者?」
私は聞き返した。
「さよう。彼を助けているのはおそらく魔法使いにござろう。そうでなけばハイラル全土をこれほどの短時間で移動できるはずがござらん」
翁は声を落とした。
「善なる魔法使いか、それとも悪なる魔法使いか。それが問題にござる」
私は言葉を失って沈黙していた。魔法使い。此度ゾーラの里を襲った危機はまさしく魔法使いによるものと思われたからだ。その不吉な響きが私の中に酷い胸騒ぎを起こし始めた。
「アッシュ嬢、思い出されよ。貴女がゾーラから聞き取ったところによれば里はまさしく魔法使いのために滅亡の瀬戸際に追いやられたと」
「し...しかし........まさか」
私は首を振って呟いた。
「リンク殿に限り、悪なる魔法使いと手を組むなどありえぬ。ラフレル殿、彼が今までどれほど民のため身を捧げてきたかもう一度.....」
「知っていて手を組む場合ばかりとは限りませぬ。欺かれて手を組むということもあり得るのですからな」
私は信じがたい思いであった。それと同時に、私の前から立ち去った時のリンク氏の態度、何かを隠しているかの如く、そそくさと立ち去った、妙に落ち着きを欠いた振る舞いが思い出された。
「では、ラフレル殿...此度の私の提案は...」
「老輩は反対でござる。彼を団に加えるわけにはいかぬ」
「待たれよラフレル殿」
私は食い下がった。
「ならば、リンク氏自身にことの説明を求めてはいかがであろうか?」
「説明、と申されると」
翁は尋ねる。私は続けた。
「助力者がいるのかどうか、いるのならどこで知り合ったのか、どのような人物なのか、これらを悉く彼の口から説明させるはいかがであろうか。良く知る前から彼を怪しげな魔法使いにかどわかされていると即断するは礼を失するとこのアッシュ考えまする。説明を受けたうえで改めてラフレル殿にご判断を仰ぎたい」
「ふうむ」
ラフレル翁は腕組みして髭を捻った。
「わかり申した。では次回リンク氏がこの店に立ち寄った際にはこのラフレルが貴女立ち合いのもと尋ねてみることと致そう」
私はやや安堵したが、その後リンク氏のことを考えれば考えるほど落ち着かなかった。あの謎めいた態度。そして魔法使いという言葉のもたらすあまりにも不吉な印象。だがこれまで私がこの耳で聞いたところによれば彼は人間だけではなくゾーラ達のためにも自らの身を危険にさらしながら多大な貢献をしたのだ。それを疑う根拠は?私は必死で首を横に振った。
何かの行き違いだ。リンク氏から直接の説明を聞けばラフレル翁の疑問も雲散霧消するはずだ。私はそう期待した。
だがそうはならなかったのである。
* * * * * * * * * * * * * * *
リンク氏はその後一週間ほど姿を見せなかった。私は調査に区切りがついたので弓矢と剣の稽古に精を出した。シャッド博士はようやく基本の型を身に着けたが、防具を付けての打ち合いをさせてみると道のりは遠いと分かった。(博士の名誉のため書くと、彼は極めて真摯な姿勢で臨んでいた。だがそれまでの運動経験の少なさから剣士の動きを身に着けるのに苦闘していたのである。)
そんな折である。ある日の昼下がり、我々三人はいつもの如く酒場の所定の場所で会議を行っていた。
「ラフレル、アッシュから聞いたよ。リンクを仲間に加えるのに反対なんだって?」
「さよう」
翁が質問に答え事情を説明すると、博士は残念そうに溜め息をついた。
「彼ならいい戦力になってくれると思ってたんだけどなぁ。それに僕の見たところ彼はぴったり当てはまるんだ」
「当てはまる、とはどういうことだ、シャッド殿?」
私は尋ねた。
「ああ、それなんだけどね。この機会に僕は勇者の伝説について徹底的に洗い直したんだ。そうしたら驚いたことに....」
その時、カウンターで立ち働いていたテルマ嬢が大きな声を上げた。誰かを歓迎しているようだ。顔を上げるとリンク氏であった。テルマ嬢に抱擁された氏は彼女との挨拶を済ますとこちらに近づいてきた。
我々三人と挨拶を交わすと、彼は気軽な調子で尋ねてきた。
「シャッド、モイはどうしたんだい?」
「‥‥あ、ああ。まだ戻ってないよ。君は会わなかったかい?」
シャッド博士が答える。リンク氏は不思議そうに私の顔を見た。私は努めて平静を装った。だがこれからラフレル翁が審問めいた面接を行うのだ。内心は気が気ではなかった。
「リンク殿、ちょうど良かった。一つお聞きしたいことがありましてな」
翁が口を開いた。
「なんでしょう?」
リンク氏は手近にあった椅子を引き寄せて座った。
「貴殿は魔法をお使いか?」
翁に問われるとリンク氏は驚いて首を横に振った。
「もちろん使えませんよ。僕はただの剣士見習いですから」
「なら、可能性は一つしかないようですな」
ラフレル翁は言った。
「リンク殿、貴殿は雪山の麓からオルディン地方のカカリコ村まで一日で移動したということになる。これは明らかに尋常ではない」
リンク氏は驚いたように口をつぐんだ。翁は続けた。
「リンク殿、少し説明していただけますかな。貴殿ご自身が魔法を使わない以上、貴殿には助力者がいるとお見受けする」
「えっ....いや‥‥あの‥‥それは‥‥」
リンク氏は途端に返答に詰まった。何か言い開きをしようといているようだが、出てくる言葉はしどろもどろだ。
「貴殿を我らのメンバーに加えるようアッシュ嬢から提案があったものでしてな。貴殿もまたそれを望んでいるとの話であった。アッシュ嬢、そうですな?」
ラフレル翁はリンク氏から目を離さないまま聞いた。
「さよう」
私は答えた。
「剣の腕、人格、身元全てにおいて申し分ないと私が推薦申し上げたのだ。それでラフレル殿が多少の‥‥調査を」
私が言いよどむと、ラフレル翁が引き取った。
「その後我らで手分けして貴殿のことをお調べ申したのです」
翁の表情はしかし、言葉の柔和さに比べると固いものだった。
「ゾーラ兵たちによると、ラルス王子の帰還は貴殿の助力によるものとの話でありましてな。それは良いとして」
翁は言葉を継いだ。
「貴殿は雪山の麓でアッシュ嬢と会ったその日の夕方にはカカリコ村に到着し、その翌日にはゾーラ王子のために岩で塞がれた水路を開いたということになる」
少し間を置くと翁は畳みかけた。
「リンク殿。我らのメンバーに加わるなら、貴殿の助力者についても我々は知っておく必要があると考えましてな。よろしければこの老輩に説明してくだされ」
リンク氏はシャッド博士と私の顔を見た。シャッド博士は肩をすくめ、困った顔をしている。私は、リンク氏をこのような査問めいたものに巻き込んだことに申し訳ない気持ちで一杯になってしまった。
「勿論、説明して下さいますな?」
リンク氏はしばらく下を向いていた。気まずい沈黙が続く。
ラフレル翁は腕を組んだまま動かない。シャッド博士は所在なげな顔をして卓の上で自分の盃を弄っている。私は落ち着かない気持ちと胸騒ぎを辛うじて抑えつけてその場に座っていた。
だが、やがてリンク氏は顔を上げて口を開いた。
そして、彼が我々に話したことは俄かには信じられないような驚くべきことであったのである。