「リンク殿。我らのメンバーに加わるなら、貴殿の助力者についても我々は知っておく必要があると考えましてな。よろしければこの老輩に説明してくだされ」
私が団の新たな構成員として推薦したリンク氏が魔法使いの助力を受けていると疑ったラフレル翁は、我々のもとを訪れたリンク氏に厳しい質問をぶつけた。
リンク氏はシャッド博士と私の顔を見た。非常に困惑した表情であった。シャッド博士は肩をすくめるばかりだ。私は、リンク氏をこのような査問めいたものに巻き込んだことに申し訳ない気持ちで一杯になってしまった。
「勿論、説明して下さいますな?」
ラフレル翁が重ねて問う。リンク氏はしばらく下を向いていた。気まずい沈黙が続く。
だが彼はやがて顔を上げ、真剣な表情で口を開いた。
「皆さん、僕は知ってのとおり田舎の剣士見習いに過ぎません。物事を飾ったり言い繕ったりするのは苦手です。だがら、経験したこと全てをそのまま話します」
我々三人の視線が一斉にリンク氏に注がれる。彼は説明し始めた。
「僕が自分の故郷を出たのはこの夏の初めのころのことです。鬼どもが村に襲ってきて、子供たち4人と僕の幼馴染を誘拐したんです。それで僕は村を飛び出して探しに行きました」
息を継ぐために少し間を空けるとリンク氏は続けた。
「そして僕はフィローネの森を覆っていたあの不思議な黒い雲の下に入ってしまったんです。そこで僕はある人に出会いました。その人はとても小柄で、最初は妖精のように見えました。彼女は鬼に囚われた僕を不思議な力で救い出してくれました。そして僕に取り引きを持ち掛けてきたんです」
「取り引き、と申しますと?」
ラフレル翁が目を細めて聞き返す。
「彼女は僕に言いました。強力な力を持つ石を三つ集めるのを手伝えば、誘拐された子供たちと幼馴染を探すのを手伝ってやる、と。だから僕は彼女の言う通りに魔物たちと戦い、ダンジョンを冒険したんです」
それを聞いたラフレル翁は腕を組むと顎を引いた。その面持ちは深刻だ。シャッド博士は困惑した顔のままで私を見た。私はどう反応していいかわからず首を振った。
「その『石』というのは、今どこにあるのですかな?」
翁が尋ねる。
「もう集め終わりました。彼女が持ってます」
リンク氏が答える。
「その『石』は強力な力があると申されたが、その用途は何なのですかな?」
翁の重ねての質問に、リンク氏はしばらく黙っていたが、やがて答えた。
「それは...彼女が彼女の敵と戦うための道具です。彼女は自分の国を敵に奪われ、そこから追われたんです。だからそれを取り戻すため戦おうとしています」
「よく分かりませぬな」
翁は唸るように言った。
「自分の国、と申されたが一体どの国を指しておられるのだ?しかるにその敵、とは?」
リンク氏はいよいよ追い詰められたような顔をして下を向いてしまった。しばし沈黙が続く。ラフレル翁が何かを言いかけたとき、リンク氏はようようのことで口を開いた。
「影の国です」
そう言うとリンク氏は顔を上げ、今度ははっきりとした語調で言った。
「彼女は影の国の王女なんです」
あまりに予想もしなかった答えにラフレル翁は何も答えず腕を組んだままリンク氏を見つめていた。私とシャッド博士も同様であった。
「彼女は影の国から来たんです」
リンク氏は重ねて言った。
「その影の国...というものは一体どこにあるのだ、リンク殿?」
沈黙を破り、私は尋ねた。
「影の国はこの世界とは別のところにあるんだ」
リンク氏は私を見た。
「大昔、魔法に長けた一族が神の怒りを受けて追放された場所、それが影の国っていうらしいんだ。でも...」
そこまで言うとリンク氏は慌てて付け加えた。
「誤解しないでほしいんだ。その後長い年月影の国の人たちは平和に暮らしてきた。だけどある時ザントという男が反逆し、彼女の家から王位を奪った。それで彼女は国を追われた」
リンク氏はさらに言葉を継いだ。
「ザントはあの黒鬼を使ってハイラル城を攻め落とした張本人でもある。だから奴と戦う彼女を助けるのはゼルダ姫様のためにもなると思ってるよ」
我々三人はどう反応していいか分からずしばらく黙っていた。だが、心にある懸念が急に湧き上がってきた私は口を開いた。
「リンク殿。話を聞いているとまるで貴殿がその影の王女に使役されているように感じられる。実際のところどうなのか?貴殿はその王女の命ずるままに動いているのか?」
するとリンク氏は少し微笑んで答えた。
「そうだね。実は、僕は出会ってからしばらくは使用人のように扱われていたんだ。でも彼女はとても公平なひとだった。僕の危ないところを助けてくれたこともあった。それで僕が約束の仕事を全て果たしたあとは、僕を対等な相棒として扱ってくれてるよ」
「約束の仕事、とはその石を集めることなのだな?」
私は確認した。
「そうだよ。随分苦労したけどね。後はどうにかしてザントがいる場所まで行って、奴と戦う。彼女が僕を手伝ってくれたように、僕も彼女の戦いを手伝うつもりだよ」
そう説明したあと、リンク氏は我々三人の顔を見回しながら結んだ。
「これが全部です。本当か嘘かの判断は皆さんに任せます」
するとまずシャッド博士が、純然たる学問的関心から影の王女と話がしたいと申し出た。だがリンク氏は、王女自身が望まない形で彼女を衆人の目に晒したくないとそれを断った。そこで今度は私が口を開いた。
「ラフレル殿、『敵の敵は友』と申す通り、我々は影の王女と利害を共有するところが多い。我々は協力関係を結ぶべきでは?」
「おのおのがた」
すると翁は重々しく切り出した。
「老輩は影の国のことは今初めて知ったが、その影の王女かリンク殿に助力したのと同様我らに味方すると即断はできぬと考えまする。というのも、もしもこのハイラルから追放された者の末裔ならば、この世界に恨みを抱くのは人の情というもの」
「そんな‥‥」
リンク氏は声をあげた。
「彼女はハイラルに恨みを抱いてなんかいませんよ。ただ自分の世界を取り戻したいだけです」
翁はリンク氏が喋ったあと腕を組んで少し黙っていたが、やがて口を開いた。
「よろしいですかな、今は三つの可能性があると老輩は考えまする」
他の皆が聞いているなか、ラフレル翁は話し始めた。
「一つは、リンク殿の話が真実である可能性。もう一つは、その影の国の王女が今ハイラル城を支配しているという影の王と戦いつつも、自らもまたハイラルを狙っておるという可能性」
翁は続けた。
「そして今一つは、その王女が影の王と裏で共謀関係にあるという可能性」
そこまで聞いていたリンク氏は首を横に振りながら言った。
「違います。彼女はハイラルを狙ってなんかいないし、ましてやザントと共謀なんかあり得ないです。ザントは彼女から多くのものを奪ったんですから」
「ラフレル殿、リンク殿もこう申されている。失礼ながら貴殿の思い過ごしということはないだろうか?」
私は言葉を少し探した上でこう付け加えた。
「私にはリンク殿が嘘をついているようには思えぬ。このアッシュ、一度剣を交わせば相手がどのような人物かは分かりまする。リンク殿については嘘偽りを申されるようなことはないと信じております」
「アッシュ嬢」
ラフレル翁は今度は私に向き直った。
「ご承知のとおり我々の活動は機微なもの。例えリンク殿が信頼に足る人物であったとしても、その助力者が何者で何を企図しているのかが分からぬ限りはリンク殿を仲間に加えることはできぬ」
「しかし、そのリンク殿が信頼しておられるのならば‥‥」
私は割って入った。
「アッシュ嬢、世の中には年を経ぬと分からぬこともありまするぞ。己が利のため人を騙すは人の世の常」
翁は続けた。
「であれば我々が顔を見ず言葉も交わしたことのない影の国の者を信ぜよと申されるのはご無理というもの。お分かりですかな?」
「ラフレルさんの言うことはよく分かります」
リンク氏は言った。
「ですが僕は彼女と一緒に冒険してきました。彼女は危険な時も僕を見捨てませんでした。僕らは互いを守り合って戦ってきたんです。だから彼女が僕を騙すなんてことはあり得ません」
「それはリンク殿の主観というものではないですかな?」
翁は少し眉を上げた。
「リンク殿、老輩もまたアッシュ嬢同様、貴殿が嘘偽りを申されるような方とは思ってはおらぬ。だが、それは必ずしも貴殿がどのような偽りも見破る用心と識別を備えておられるということを意味しない。違いますかな?」
「ラフレル殿、私は人を見る目についてもまたリンク殿は信頼に足ると考えておりますぞ。私の評価はそれも含めてのこと。用心に欠ける者は剣にもそれが表れるものですゆえ」
私は食い下がった。
「アッシュ嬢。失礼ながら、貴女のその結論は拙速に過ぎるとお見受けする。なんとなれば、リンク殿一人についてもその人物を見定めるのにこれ程時間をかけたにも関わらず、その影の王女については今のリンク殿の短い説明のみで納得したと申されるのか?」
翁が反論する。だが私は引き下がらなかった。
「リンク殿と影の王女は共に戦ってきたとリンク殿は申された。危地において共に戦うとは、いわば一蓮托生の仲となるということ。であればリンク殿と影の王女もそのような関係かと」
私は言葉を継いだ。
「このアッシュ、自らもそのような戦いを通って参った。危地において背中を守り合った相手が信ずるに足るかはもはや言葉は要さぬものと考えまする」
「アッシュ嬢、多くの時において真なることも常に真であるとは限りませぬ」
ラフレル翁も切り返す。
「もしも魔術に長けた種族ならば、それらの冒険すべてを仕組むことも可能ではないか?魔術の恐ろしさを我らは知らぬ。であるなら我らは重々に注意せねばならぬはず」
「ラフレル殿、いたずらに注意を重ねたとて戦いに勝てるとは限りませぬ」
苛立った私は思わず立ち上がった。
「戦いとはそもそもが危うきを冒すもの。全ての危険を排することで我らが今直面する巨大な敵に勝てましょうや?」
「我らの目的は勇に逸り戦場で名を遂げることに非ず、あくまでもハイラルを救うこと。ならば危うきを避けるは当然のこと」
ラフレル翁が言った。
「ハイラルを救わんとする働きならば、リンク殿は我々と同じように、いや我々以上に行っておられる。どこにそれを疑う余地がありましょうや?」
それでも私は譲らなかった。
「それも老輩にとっては頭から信ずることは出来かねること。武勇伝に尾ひれがつくのもまた世の常なれば」
翁が答えた。
「ラフレル殿、なぜそこまで疑われる?」
私は尋ねた。
「我が目で見ることもせず我が耳で聞いてもおらぬゆえ」
翁が即答する。
「それは失礼ながら」
私は少し逡巡してから続けた。
「若くして多くの功をなしたリンク殿に嫉妬しておられるのでは?」
「らちもないことを申される」
それを聞いたラフレル翁はやや気色ばんだ。
「アッシュ嬢、ご自身が紅顔の美少年たる剣士を贔屓目に見ておられるかも知れぬと思われたことは?」
私は先程の自分の不躾な言葉にやや後悔していたが、その直後翁からぶつけられたこの侮辱に激しい怒りが込み上げてきてしまった。
「ラフレル殿は私が美少年に見とれて判断を誤るようなうつけ者と申されるか」
私は語気荒く言うと長剣の柄に手を添えた。
「それならば我が剣に聞いてみればいかがか?このアッシュ、いつ何時誰と決闘することも厭わぬ」
「やめてください!」
そこまでの会話を聞いていたリンク氏はテーブルを叩いて立ち上がった。私は思わず彼を見た。
「僕が皆さんの仲間に入りたいと思ったのはもともとモイがいたからです。モイは僕の師で、一番親しい友人の一人です。だから、モイが戦うなら僕も必ず一緒に、と思っていました」
リンク氏は私とラフレル翁を交互に見ながら言った。
「でも、僕のせいで皆さんの間に争いが生じるのなら、僕はもう身を引きます。それに、ミドナのことを疑う人と、僕は一緒に戦うことなんてできません。なぜなら彼女は僕の‥‥」
そこまで言うとリンク氏は下を向いた。
「僕のかけがえのない相棒だからです」
そう言うとリンク氏は誰かが何かを言う前に踵を返して客室から出た。私は立ち上がり声をかけたが、彼は振り返らなかった。彼がカウンターの近くを通ると今度はテルマ嬢が声をかけていた。だがリンク氏は彼女と少し話をした後、足早に出口に向かい扉を開けて出て行ってしまった。
我々はその後しばらくリンク氏の姿を見かけることはなかった。だがその次に彼と会ったその日こそが、ハイラル王国にとっての運命の日であった。