剣技教官アッシュの随想   作:nocomimi

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「出自」

リンク氏への査問以来、私とラフレル翁の仲は険悪になった。私は自分が悪かったということはよく分かっていた。私は今までラフレル翁に対し完全に対等に意見を述べてきた。それを無礼とは取らなかったラフレル翁の寛容さに感謝することもなく、私はかえって翁を侮辱するようなことを言ってしまったのである。私はリンク氏が退出した後翁に謝罪した。だが翁の私に対する態度は硬く、それはその後もしばらく変わらなかった。

 

こうしてテルマ嬢の酒場における団の会合もぎこちない雰囲気が支配することになってしまったところへ、数日後モイ氏が戻ってきた。これは多少の救いであった。ところが、モイ氏の報告を受けると今度はそれが悶着の原因となってしまったのである。

 

「リンク殿に調査を託したと?」

 

ラフレル翁は驚いた顔で聞き返した。

 

「ああ。あいつもやる気だったし、もう充分力もついたと思ったからよ」

 

モイ氏は私の顔をちらりと見ると答えた。

 

「だが、外部の人間にこれほど重要な調査を....」

 

ラフレル翁が言うとモイ氏は眉を顰めた。

 

「おい、ちょっと待ってくれよ。ゲルド砂漠の調査をあいつにやらせたのはラフレル、お前さん自身だろう?」

 

「た..確かにそうだが....」

 

翁は言葉に詰まった。

 

「モイ、新しく判明した事情があるんだよ」

 

シャッド博士が仲裁するように口を出した。そしてリンク氏の話した内容を説明したのである。

 

「影の王国?影の王女?聞いたこともねえ。あいつが本当にそんなことを言ったのか?」

 

モイ氏は大いに驚いているようであった。ラフレル翁が補足する。

 

「さよう。リンク殿の行動を調査した結果整合しない点があったゆえ、本人に説明を願ったのでござる」

 

「ちょっと待ってくれよ。あいつは俺の弟子だし同郷の出身なんだ。おかしな点があるならまず俺に聞いてくれりゃあ良かったのによ」

 

モイ氏は不満げだった。

 

「モイ殿、私にも責があるゆえ、堪忍されよ」

 

今度は私が口を出した。

 

「実はリンク氏を団に勧誘するよう提案したのはこの私なのだ。その人物も実力も申し分ないと。それでラフレル殿が身辺調査を。貴殿のいない間の話ゆえ致し方なきこととはいえ、私の先走りであった」

 

私は頭を下げた。するとラフレル翁が言った。

 

「いずれにせよ調査結果をリンク氏から聞くことは望めませぬな。もう一度モイ殿に調査していただくか...それとも」

 

「なんであいつに聞いちゃいけねえんだ?」

 

モイ氏が怪訝な顔をする。私はどう説明すれば良いか逡巡した。するとシャッド博士が口を開いた。

 

「信用できないってラフレルがはっきり言っちゃったのさ。その影の王女っていう存在が敵か味方かわからないからね」

 

「信用できねえだと?」

 

それを聞いたモイ氏がますます眉を顰めた。ラフレル翁が慌てて弁解した。

 

「それは彼が嘘偽りを申すような人ということではござらん。だがもしかするとその影の王女にかどわかされている可能性もあると思いましたゆえ」

 

「ラフレル、俺は剣士としては大した人間じゃあねえ。だが弟子を見る目で間違いは犯してねえつもりだ」

 

モイ氏は真剣な面持ちで言った。

 

「あいつは正しい事と悪い事の判断ができる奴だ。そこに心配がないからこそ俺は自分の技をあいつに教えたんだ。その影の王女がなんだか知らねえが、あいつだったらちゃんとその正体を見破れるはずだ」

 

「しかし、まだ十六の歳では..」

 

ラフレル翁が口を挟む。だがモイ氏は遮った。

 

「いいかラフレル。あいつが冒険に出た理由はたった一つだ。誘拐された村の子供たちを救い出すこと。あいつには名誉とか金は何の意味も持たねえ。あいつはそういう奴なんだ。魔法使いだろうが何だろうがそういう人間の心を操るのが一番難しいってのはお前さんにも良く分かるだろ?」

 

ラフレル翁は黙り込んだ。私も沈黙していたが内心ではモイ氏に声援を送っていた。

 

「今あいつが動いているのも自分のためじゃあねえ。他人を助けるためさ。だからこそ行く先々で関わり合いになる人間のため命を張って戦ってるんだ」

 

モイ氏は続けた。

 

「あいつは村の子供たちを見つけ出したあと、今度はゴロンたちのために戦ったんだ。俺はあいつが俺たちの仲間になるかはどうでもいい。だがあいつが間違ったことのためにその剣を振るうことは絶対にねえ。それだけは自信を持って言える」

 

モイ氏が言い切ってしまうと一同はしばらく口をつぐんでいた。するとシャッド博士が話題を変えるように話し始めた。

 

「フィローネの太古の森の調査は一旦棚上げにしないか?実はもう一か所気になっている場所があるんだ」

 

博士は地図を広げるとオルディン地方のカカリコ村を指さした。

 

「実はここにも古代の天空人に関係していると言われている遺跡がある。僕の親父が残した記録によれば石像に刻まれた天空文字の碑文があるらしい。僕自身が出向いて確かめたいんだが、どうだろう?」

 

博士は一同の顔を見回した。

 

「では剣術の稽古はしばらく休むと申されるか」

 

私が何気なく言うと彼はうんざりした顔をした。

 

「アッシュ、調査中くらいは良いだろう?今までだいぶ頑張ったんだし」

 

「シャッド殿。一日の遅れを取り戻すのには一日だけでは済まぬ。これはどのような技芸も同じこと」

 

「わ...わかったよ。じゃあ剣を持参して旅の途中でも自主練する。それでいいだろ?」

 

博士がそう答えたので私は満足した。翌日、シャッド博士が出発してしまうと、私とモイ氏は彼抜きで剣術の稽古をした。腕のある相手と稽古をするのは父以来久しぶりの私は心から楽しんだ。

 

ところが、休憩中のモイ氏の様子がややおかしいのである。普段であればしきりに駄洒落を飛ばし、時には下世話な冗談を口にして私の顔を顰めさせることもあるモイ氏が、黙りこくって宙を見つめている。

 

もしかすると帰郷して妻子の顔を見たモイ氏は、これから命の危険を伴うハイラル城解放の戦いに赴くにあたって後に残される家族のことを想い、胸を痛めているのかも知れない。そう思った私は彼の気を紛らわそうとこんな話を持ち掛けた。

 

「モイ殿、お尋ねしたいのだが、リンク殿は幼少のころどのような様子であったのか?」

 

「あいつの小さい頃?」

 

「さよう。教えてくださらぬか?」

 

「お前さん、まさかあいつのことが気になってたりするんじゃぁねえだろうな?」

 

モイ氏が冗談めかして言う。私は思わぬ返事にやや言葉に詰まってしまった。

 

「....い...いや...そうではない。そうではないのだ」

 

口ごもりながらも私は言った。

 

「リンク殿があれほど短期間で実力をつけたならその幼少期に秘密があるはずと思ったゆえ。他意はござらぬ」

 

「そうかい。お前さんってやつは本当に真面目一筋なんだな」

 

モイ氏は苦笑いすると話し始めた。

 

「実はな。あいつは捨て子だったのさ」

 

「捨て子?」

 

私は聞き返した。

 

「ああ。俺はまだ放浪の旅に出てた頃だから、直接見たわけじゃあねえ。だが何でも、十六年前に村外から来た金持ちの女が村長に預かってくれって渡した赤ん坊、それがリンクだったらしいんだ」

 

私はリンク氏の意外な出自に驚き、思わず呟いた。

 

「それでは今までどれほど苦労されたことだろう」

 

「だけど食うに困るようなことはなかったみてえだぜ、何しろ養父は村長だからな。だがあいつはあいつなりに気を遣って生きてきたみてえだったよ」

 

「気を遣う、とはどのようなことなのだろうか」

 

私は尋ねた。

 

「何しろ村に身寄りが一人もいないのを養ってもらってたわけだからな。村の役に立ちたいって気持ちは人一倍強かった。もちろんあいつのことだから口には出さねえ。だけど行動を見てればわかったよ。何か人手が必要になると真っ先に飛んでいって身体を動かしてたからな。家の修理でも開墾でも何でもな」

 

「さようであったか」

 

私は相槌を打った。私が見て取ったリンク氏の人となりから、その姿が目の前に浮かぶように想像できた。

 

「それで村長の娘がよく心配して俺に文句を言ってきたもんさ。あんまりあいつに無理させないでくれってな」

 

「村長のご息女、と言われるとリンク殿と義理のご姉妹ということになられるのであろうか?」

 

私は尋ねてみた。

 

「そうさ。イリアって言ってあいつと同い年でな。気が強いところがあるが気立てのいい娘さ」

 

「そのイリアというご婦人は今も村におられるのだな?」

 

私が尋ねるとモイ氏は困った顔をして苦笑いした。

 

「おい、ずいぶん喰いつくじゃねえか。やっぱりあいつのことが気になってるのか?」

 

「い...いや。そうではないが...」

 

私も困惑した。自分でもなぜそんなことを尋ねたのか、理由がわからなかったからだ。

 

「実はな、そのイリアが鬼に攫われた五人のうちの一人だったのさ。だからあいつは村を飛び出して助けに行ったんだ」

 

私は黙って耳を傾けていた。モイ氏は続けた。

 

「だが俺はカカリコ村でその娘に会ったよ。あいつが城下町で見つけてそこまで連れていったって話だった。誘拐された後そこの祭司に匿われた俺の倅たちもいるしな」

 

「それは良かった。城下町におられたならば私も知らぬうちに会ったことがあるやもしれぬな」

 

私は答えた。

 

「さあな。いずれにせよ倅から聞いたところじゃあ昔の記憶がねえっていうんだ」

 

「記憶が?」

 

「ああ。鬼に誘拐された時に頭を強く打ったのかも知れないって医術師が言ってた。だからあいつのことはもちろん俺のことも覚えちゃあいなかった。倅が寂しがってたなあ」

 

私は話を聞いてリンク氏の心情を想像してみた。親しい人が自分のことを全く覚えていないとしたらさぞかし心が痛いだろう。また、リンク氏のことだから、きっと彼女の状態が気掛かりで仕方がないに違いない。私はモイ氏に質問した。

 

「ではモイ殿、リンク氏は今カカリコ村におられるのだろうか?」

 

「おい、もう勘弁してくれねえか。俺はあいつの親じゃあねえんだからよ」

 

私の重ねての問いにモイ氏は呆れ気味の表情で首を振った。

 

「俺の弟子っつってももうあんだけ成長しちまったら俺も師匠面できねえしな。あいつはもうハイラルを背負って立つ剣士の一人だ。俺らとは違う道を行っているとしてもな」

 

彼はそう言うと立ち上がった。

 

「ま、お前さんもあいつに興味があるんだったら今度会ったときにでも本人に聞いてみることだな」

 

モイ氏は鷹の訓練に行くと言って立ち去ってしまい、私は後にひとり残された。

 

リンク氏の性質を考えれば、彼は魔の勢力との戦いが終わったとしても、今度はそのイリア嬢というご婦人の記憶を取り戻すために東西を奔走するだろう。私はできればいつかリンク氏と友人になり共に剣を修行したいと願ったが、今の彼にはそんな余裕などないのかも知れないとも思った。

 

だが、その後我ら抵抗軍(レジスタンス)とリンク氏の関係は思わぬ変転を遂げることになった。そして私の願いもやがて叶えられることになったが、それもずっと後のことであった。

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