剣技教官アッシュの随想   作:nocomimi

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「勇者伝説」

天空人の遺跡を調査しにオルディン地方へ出掛けたシャッド博士はしばらく戻らなかった。残された私たち三人はやや不安になった。博士は厳しい剣術の稽古に嫌気が差したか、あるいはハイラル城解放の危険な戦いへの参加に二の足を踏んだのかも知れないとの考えが私の脳裏に浮かんだ。(後にこれは私の思い過ごしであると判明した。博士は純然たる考古学的熱中によって帰還を遅らせていただけであった。)

 

結局博士は五日ほどで帰町した。その顔は新たな発見に上気している様子だった。

 

「シャッド殿、成果はいかがでござった」

 

私は尋ねた。私とモイ氏とはテルマ嬢の居酒屋の所定の席について博士の報告を聞いた。ラフレル翁は情報収集のため不在であった。

 

「まず何から話したらいいかな」

 

博士は迷っていた。話したいことがあまりに多すぎるらしい。

 

「魔法防壁を突破するのに役立ちそうな道具や技術についてはいかがであろうか?天空人というものが存在するならいかにも持っていそうであるが」

 

「ちょ....ちょっと待ってくれ」

 

私が水を向けると博士は両手を上げて制した。

 

「学問っていうのはそんなふうに役に立つところだけ取り出して進められるものではないんだ。順を追ってやってかないとね」

 

彼はそう言うと、自分の手帳といくつかの紙片を取り出して卓に並べた。

 

「まず天空人の実在だ。これは間違いない。僕とリンクで『天空砲』と呼ばれる道具を見つけたんだ」

 

「リンクだと?」

 

モイ氏が反応した。

 

「あいつはやっぱりカカリコ村にいたんだな。元気でやってたか?」

 

「ああ、元気だったよ。でもちょっと心配なんだよなぁ」

 

「心配って何だよ?」

 

含みのある博士の返答にモイ氏が尋ねる。

 

「その見つけたばかりの『天空砲』で天空都市に行くって言いだしたから。まあ止めても無駄だと思ったから無理には引き留めなかったけど」

 

「天空都市に行くだと?」

 

私とモイ氏は同時に声を上げた。

 

「そうなんだ。なんでもそこにも助けを必要としている人たちがいるかも知れないってね。彼は本当に何ていうか....」

 

「呆れるほどのお人よし、だろ?」

 

モイ氏が笑いながら言い添えるとシャッド博士は頷いた。

 

「そうなんだ。誰かを助けるためならどんな危険も顧みない。つくづく無謀っていうか、ムチャって言うか..」

 

「いかにもリンク氏らしい。だが彼のことだ。きっと戻れると確信あってのことであろう」

 

私は呟いた。するとモイ氏が言った。

 

「おそらくな。だがどっちにせよあいつはもう俺たちの常識じゃあ測れねえような大物になりつつあると俺は思ってる」

 

「実は僕もそう思ってるんだ」

 

シャッド博士は声をひそめた。

 

「僕は確信したよ。彼は伝説の勇者の再来に違いないと思う」

 

「伝説の勇者?」

 

私は驚いて声を上げた。モイ氏も面食らった顔だ。

 

「ああ、そうだ。こないだ言いかけてたんだけど、僕はこれを機会に勇者伝説を徹底的に洗い直したんだ。そうしたら驚くべきことが判明したよ。聞きたいかい?」

 

「またシャッド博士の特別講義か?」

 

モイ氏が呆れた顔で笑う。だがこうなるともう博士は止められないと私たちは分かっていた。

 

「間違いない。僕は確信したよ。彼が『その人』だ。彼は勇者の再来だ。伝説の勇者の特徴全てに当てはまるんだよ」

 

私とモイ氏はしばらくの間目を丸くして黙っていたが、まずは私が口を開いた。

 

「シャッド殿。リンク殿は確かに才能ある剣士だが、彼が世界を救う英雄とのご主張、俄かには信じられぬ」

 

「いいかい、勇者にはいくつかの特徴があるんだ」

 

シャッド氏は指を折って数え始めた。

 

「まず勇者は少年だ。そして地方の出身だ。さらには耳が高い、つまり古ハイリア人の血筋で、それにも関わらずその出自は平民だ。これが過去から伝わってきた勇者の姿で、リンクには全てが当てはまる。それに何より彼は剣士見習いになったばかりにも関わらずあれだけの功績を上げたんだ。普通じゃあないことは君にもわかるだろ?」

 

「確かにあの短期間であれだけの功を挙げるとは異例ではあるが」

 

私は認めた。だがそもそもの疑問があった。

 

「シャッド殿は勇者の伝説を文字通り信じておられるようだ。しかし、それほど遠い過去の物語を額面通り受け取ることができようか?」

 

「よく聞いてくれたよアッシュ」

 

シャッド博士は私の反論をむしろ歓迎するように両腕を広げた。

 

「初代勇者の伝説に懐疑的な人は多い。だがその理由はただ単に時代が古いからとか、今の常識では考えられないとか、そういう曖昧なものばかりだ。徹底的な調査をしたうえでそう結論している人を僕は見たことがないよ」

 

「しかし、調査といってもそれほど過去のことをいかに調べられるのか?」

 

私は尋ねた。

 

「いい質問だね。例えば浮島の伝説さ。聞いたことあるだろ?」

 

シャッド氏が言う。

 

「聞いたことはある...が」 

 

私は言葉に詰まった。

 

「だが巨大な岩の塊がひとりでに浮くなどとても信じられるものではない。おとぎ話の類かと思っていたが」

 

「そう思うだろ?だけどこの証拠を見てそんな簡単に決めつけられるかな?」

 

得意そうに博士は言うと、今度は鞄から図面を取り出した。どうやら地図のようだ。 

 

「ハイリア湖の地形は地質学的にみて極めて奇妙なんだ。僕の親父の知り合いの地質学者が言ってたよ。普通ああいう地形は地殻変動の働きによるものか、あるいは長年の水の流れによる浸食によってしか形成されない。ところがだよ」

 

シャッド氏はまた身を乗り出し、机の上にその図面を置いてハイリア湖の輪郭を指でなぞった。

 

「ハイリア湖周辺は考え得る最も多い水量より遥かに高い位置まで断崖絶壁が聳えている。水による浸食はこれで除外される。そして地殻変動も考えづらい。火山活動が活発なオルディン地方からは遠く離れているし、なによりも断面にその形跡が見られないんだ。僕自身がその地質学者と一緒にロープを垂らして調べにいったから自信をもって断言できる」

 

「つまりそれが意味するところは何と..申される?」

 

圧倒され気味の私は辛うじて問いかけた。

 

「切り出されたのさ。人為的な力でね。あのハイリア湖周辺の奇妙な地形だけじゃあない。ハイラルには似たような断崖地形がたくさんある。伝説によれば女神ハイリアは魔族との大戦争に先だって浮島を造り人間たちをその上に避難させた。これらの奇妙な、周囲の地形と何の脈略もなく切り出されたような地形がこの伝説を裏付けしていると思わないか?」 

 

その後も一時間ほどシャッド博士は熱弁を続けた。私は学者である博士が勇者伝説を疑うこともなく信じていることに非常な奇異の念を持ったが、話を聞いているうちそこにはそれなりの根拠があるということが理解できてきた。

 

ふと横を見るとモイ氏は腕組みをしたまま居眠りをしている。そこにラフレル翁が入ってきた。

 

「各々がた、良い知らせがござる」

 

席につくと翁が言った。シャッド氏はまだ上気した顔をしていたが、喋るのをやめた。モイ氏は慌てて目をこすっていた。

 

「ゲルド砂漠での異変は正常化しつつあり処刑場の上空の怪しげな雲も消えてござる。また以前アッシュ嬢が報告したとおり、スノーピーク周辺も同様。今現在は正常な気候に戻っていると聞きましてな」

 

ラフレル翁が地図を広げて指し示す。

 

「つまりハイラル全土に影響を及ぼしていた魔の力が退きつつあるのであろうか?」

 

私が呟いた。

 

「即断はできませぬ。ハイラル平原各所には未だ鬼どもをはじめとし各種の魔物どもが出没し続けておるゆえ」

 

ラフレル翁が答えた。

 

「以前シャッド殿が言ったとおり、我々以外にも魔と戦う勢力がいるのかも知れぬ。ラフレル殿、どう思われる?」

 

「我々以外にも?」

 

私が問うと翁が聞き返した。

 

「さよう。シャッド殿、貴殿の調査から推理できると以前申されたではないか」

 

「そ...そうだね」

 

シャッド博士は自信なさげに答えたが、それきり黙り込んでしまった。私は怪訝に思ったが、口を開いてかねてから思っていたことを述べた。

 

「ラフレル殿、提案がござる」

 

「なんですかな、アッシュ嬢」

 

「我らハイラル平原に出て、鬼どもを片端から狩っていくのはいかがであろう。彼らが跋扈している限り商人たちも安心して交易ができぬ。して民の暮らしが物価高や物資不足で圧迫されているのもそれが遠因かと」

 

「それは時期尚早と考えまするな」

 

ラフレル翁は腕を組み、穏やかながらはっきりした口調で反対した。

 

「なぜですラフレル殿」

 

「我々が今戦闘するということは敵に対して存在を示すということ。今は城に突入し決戦を挑む手段を持ち合わせない以上、たかだか数匹の鬼を倒すことと引き換えに、いたずらに敵にこちらの数と力を悟らせるのは上策とは考えませぬ。ただ防備を強められる結果になるだけと」

 

「つまりこういうことか。今はこちらの存在を決して悟らせず、チャンスが来たら一気に相手の首を取る」

 

モイ氏が呟く。

 

「まさに。決戦を挑むその瞬間まで、我々がここにおり武器を有していることすら相手には悟らせてはなりませぬ。奇襲というものは相手の意識の外から予期しない武力で行って初めて効果を表すものなれば」

 

私はラフレル翁の言っていることも筋があることは理解していたがそれでも不満だった。何よりも、リンク氏があれほど戦っているなかで自分たちは何もしないというのがいかにも不甲斐なく感じられたのである。

 

「しかし、民の苦しみを和らげる手段を持ちながら何もせずにおれというのは...」

 

「アッシュ嬢。戦さというのはいたずらに動けば隙を作りまする。剣においてもこれは同じなのだから貴女はよくお分かりかと」

 

ラフレル翁が言う。私は食い下がった。

 

「むろんそれは理解しておりまする。しかし民を救うは剣士の果たすべき常日頃からの務め」

 

「救うとは言いじょう、その場限りのこととなっては意味がありませぬ。あくまでも危機の根本原因を取り除くのでなければ」

 

翁が厳しい口調で私を諫めた。私は悔しかったがそれ以上言い返せなかった。

 

だが私はもはや戦わずにいることに飽きてきていた。城下町から一歩出たら鬼どもが跋扈しているのだ。私はラフレル翁に言わずに動くことに決めた。

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