剣技教官アッシュの随想   作:nocomimi

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「起源」

翌日私は起床すると長旅に備えて荷物をまとめた。ありったけの食料と着替えを背嚢に詰め込む。そして甲冑と剣と弓矢を携えてから、シャッド氏と剣術の訓練を行っているいつもの広場に向かった。

 

珍しいことに、シャッド博士は私より先に広場にいて素振りをしていた。彼は振り向いて私に気づくと驚いた顔をした。

 

「アッシュ、どうしたんだい?そんなに荷物を抱えて」

 

私は答えた。

 

「シャッド殿、私は抵抗軍(レジスタンス)を脱退する。貴殿への稽古は残念ながら今日が最後となる」

 

シャッド博士は眼鏡の奥の両目を丸くし、言葉を失って口を開けていた。だがやっと気を取り直すと言った。

 

「ま...待ってくれよアッシュ。脱退ってどういうことなんだい?」

 

「言葉通りの意味にござる。私は団を抜ける。もはやここに居ても剣士らしき働きは到底できぬゆえ」

 

私は荷物を広場の隅に降ろすと、置いてあった木剣を取り上げて一振りした。

 

「それって...こないだからずっとラフレルと言い合っていたあれだよね。魔物狩りをするかどうかっていう」

 

「さよう。民の苦しむのを見て手をつかねるは剣士としては怠慢の極み。ラフレル殿にはラフレル殿のお考えがあるのは理解できる。だが私はこれ以上堪えられぬ」

 

博士の問いに私は答えた。

 

「じゃあ...君一人で?」

 

「さよう。東西南北のハイラル平原を巡回し片端から魔物どもを狩る」

 

シャッド博士はしばらく絶句していた。だが彼は思うところがあるのか、木剣を広場の隅に置くとこう言った。

 

「アッシュ、君の志はとても立派だし、僕はいつも尊敬しているよ。だけど魔物狩りだけでは町民の苦しみは変わらない可能性があるんだ」

 

博士は私の肩に手を添えると続けた。

 

「言っておくけどラフレルの尻馬に乗っているわけじゃあないぜ。これは魔物の発生に関する僕なりの研究から来た結論なんだ。ここで立ち話もなんだから中で話そう」

 

またシャッド博士の長々しい講義が始まるのか、と私は内心苦笑した。だが彼なりの真摯な態度を無碍にするのも躊躇われたため、私は結局彼の後をついて開店前のテルマ嬢の居酒屋に入っていった。

 

「いいかい、魔物発生の仕組みについては昔から諸説ある。だけど、君はこの間こう言ってたよね?城下町東門の前にいた鬼をやっつけたと思ったら、数日後同じ場所に同じような奴がまた立っていたって」

 

所定の卓につくと早速シャッド博士が資料を広げながら言った。

 

「さよう。まるで以前倒した鬼の任務を新たな鬼が引き継ぐかのような形でな」

 

「そう。どこからともなく現れたってことだよね。実は魔物の発生については自然発生説が最も有力なんだ」

 

「自然発生?」

 

「つまり、文字通り『湧いて出る』ってことだよ。そうすると、一匹一匹をしらみつぶしに倒したところで、すぐに新たな奴らが湧き出てくる。その繰り返しになるっていうことさ」

 

「合点がゆかぬ」

 

シャッド博士の説に同意しかねた私は腕を組んで言った。

 

「魔物と言えども生物ではないか。生物であればどのような方法で増殖しているのであれ、減った数が増えるのには時間がかかるはず。獣や虫どもであっても、卵や幼体が成熟するまでには何年もかかる。であれば徹底的に駆除しておけば少なくとも数年は時間が稼げるのではないか?」

 

「それがそうでもないみたいなんだよ」

 

博士は気の毒そうな表情で言った。

 

「いいかい、まず魔物の『幼体』そのものが目撃された試しがない。魔物は発生の当初から成体だというのが有力説なんだ」

 

「それは奇妙ではないか。それならば、あるとき土の中から成熟したボコブリンが突如這い出てくるとでもいうのか?」

 

私は反論した。

 

「土の中からってわけじゃあないけどね」

 

シャッド博士は手に持った紙を私の前に置いた。

 

「これは魔物の発生に関する論文の写しだよ。百年以上前に書かれたものだけど、魔物の発生数と駆除数の比較が詳細になされていて、その結果魔物の総数は駆除された数と殆ど関わりがないと結論されているんだ」

 

「それはまことか」

 

驚いた私は思わず声を上げた。

 

「現象面だけを分析すればそういうことになるらしい。その真因についてはもちろん推測しかできない。以前僕が見せた資料では、魔物の数の増加と天変地異の関係をまとめたよね?魔物の増加は我々のあずかり知らない何らかの要因により起こる。そしてその要因は多くの場合天変地異を伴う。その要因が取り除かれて初めて魔物の発生も減少していく。そういう仕組みなのさ」

 

博士の分析を聞いた私は絶句してしまった。だとすれば日々魔物を打ち払う剣士の働きには意味がないと言い渡されたも同然である。

 

「では、シャッド殿。ひとつ貴殿の見解をお尋ねしたいのだが」

 

私は辛うじて口を開いた。

 

「何だいアッシュ?」

 

「魔物とはそもそも何者なのだ?彼らは明らかに人間ではない。そして動物でもない。番ったり子を産むことで増えている様子もないという。では一体奴らは何者なのだ?」

 

「ふふん」

 

博士はとっておきの品を棚から取り出す商店主のような顔でニヤリと笑った。

 

「僕の見立てを知りたいかい?」

 

「シャッド殿。もし何か御説があるならもったいぶらず教えてくだされ」

 

私がせがむ。すると博士は言った。

 

「僕の見立てはこうさ。彼らは下級の精霊が受肉したものだと思う」

 

シャッド博士が述べた。だが私はあまりの突拍子もない話に一瞬返す言葉を失った。

 

「シャッド殿...私には理解できぬ、貴殿が何を言っておられるのか」

 

「そう思うのも無理ないけどね。でも考えてもみて欲しいんだ。初代勇者の伝説では、彼は女神ハイリアが受肉した少女を救うために冒険に出たんだ。そうだろ?」

 

シャッド氏は身を乗り出して熱弁した。

 

「この話が本当だとしたら受肉というのは全くあり得ない話というわけではなくなる。精霊もまた霊的な存在だけど、彼らもその気になれば肉体の姿を取ることができるってことさ」

 

頭を整理するため私はしばらく沈黙していたが、やがて首を振った。

 

「やはり理解できぬ話だ。第一精霊がなぜあのような悪辣な狼藉を働くのか?それがまず合点がいかぬ」

 

「それも初代勇者の伝説で説明がつくよ」

 

シャッド氏はさらに熱が入ったようだ。

 

「いいかい、女神ハイリアの時代、悪神ギラントロフィリス、彼は後に『終焉の者』と呼ばれるようになったけど、それがハイリアに反旗を翻した。人間の礼拝の対象として定められていたのはハイリアのみだったが、彼自身が礼拝を求めるようになったんだ。そして口実をつけて人間を災厄で苦しめた末に自らの像を刻んで拝むよう要求し始めた」

 

彼は両手をぴたりと合わせると卓の上に伏せるように置いた。

 

「そこで女神ハイリアは彼を地の割れ目に封印したんだ。千年の間ね。そして千年後彼はそこから姿を現し、大勢の魔族を引き連れて殺戮を開始した。その魔族は一体どこから来たと思う?」

 

私は博士の質問に答えることができなかった。彼は自らこう言った。

 

「そもそもそれ以前には魔族なるものは存在しなかった。すると可能性はただ一つ。神によって造られた精霊の一部が『終焉の者』に従って反逆したんだ。ちなみに」

 

博士はせわしなく息を継ぐと、立ち上がって厨房に向かった。博士はコップに水を注いでそれを飲んでから続けた。

 

「精霊には上位の者から下位の者までがいる。例えば君は妖精のことを聞いたことがあるだろ?」

 

「話だけならば。だが実際に見たことはない」

 

博士が問うてくるのに対して私は答えた。

 

「妖精は下位の精霊の一種と考えられている。彼らは正義の側に立って戦う者が力尽きたときその生命を回復させるんだ」

 

戻ってきたシャッド氏は卓に両手をついてそう説明すると、一呼吸置いて結論付けた。

 

「このように善の側において高低さまざまな位格の精霊がいるのと同様に、悪の側にも同じような連中がいてもおかしくはない。そもそもの話として、彼らがここまで反目しあっており、その戦いが千年単位で続いているのはなぜだと思う?僕の思うにその理由はこれだ。彼らは元々同じ一族だったのさ」

 

神学の方面に疎い私は話についていくのがやっとだった。椅子に座った博士は少し間を置くとまた言葉を継いだ。

 

「僕は何の根拠もなく当て推量しているわけじゃあないぜ。根拠はこれさ」

 

博士は鞄からまた別の紙を取り出した。どうやら古文書の写しらしい。

 

「女神ハイリアには剣の精霊であるファイが付き従っていた。それと同時に、『終焉の者』にも剣の精霊であるギラヒムが仕えていたんだ。そしてここからが面白い」

 

シャッド氏は少しもったいをつけたが、やがて興奮を抑えきれぬ様子で言葉を継いだ。

 

「なんとこのファイとギラヒムは外見がよく似ていたっていうんだよ。そのことがこの書物に書かれている」

 

「つまり..その二人の精霊は元々...」

 

私が言いかけると博士が叫んだ。

 

「そう。彼らはきょうだいだったってことさ」

 

シャッド氏はさらに熱を入れてまくしたてた。

 

「いいかい、これで全て説明がつく。『終焉の者』自体も元々はハイリアに額づく神々の一人だったろう?それが反逆したとき、大勢の精霊を引き込んだ。一説によると全ての精霊の三分の一を堕落させたというんだ」

 

私は博士に圧倒されてしまった。そういった方面の議論になると、弁の立つ博士に私のほうがやり込められてしまうのが常だった。だが、私はふと疑問を感じて口を開いた。

 

「シャッド殿、そういえば貴殿はこういった天変地異に際しては勇者が必ず現れると申されていたな?」

 

「ああ、そうだよ。君も勇者伝説に興味が出てきたのかい?」

 

彼は嬉しそうに答えた。

 

「そしてあのリンク氏が勇者の再来であるとも申された。それほど確信があるならばなぜラフレル殿にそのように進言しないのか?ラフレル殿はリンク氏を疑っておられるが、真の勇者ならば悪の魔法使いにかどわかされることなどないはずだ」

 

「ああ、そのことだね」

 

私が続けると、シャッド氏は勢いを挫かれたように俯いた。

 

「僕はラフレルには頭が上がらないのさ」

 

「頭が上がらない?いかなるわけなのだ」

 

私が尋ね返すと彼は答えにくそうに言った。

 

「親父が死んだ後面倒を見てくれたのは彼だからね。大学の学費まで出してくれたのさ。それに机の上の勉強しかできない僕をこんなに重要な働きに加えてくれたんだから、彼の意見に真っ向から反論なんかできないよ」

 

私は眉を顰めた。

 

「情けなき話ではないか。貴殿は真理を追求すると申された。だとすれば誰が相手であろうと真理を申し述べるべきではないか?」

 

「そりゃあそれが正論だよ。でも僕はラフレルって人を昔からよく知ってる。彼はとても礼儀正しいし、親切な人だけど、自分がこうと決めたら誰が何と言っても考えを変えないんだ。まるで岩みたいに頑固になるんだよ」

 

「シャッド殿、たとえ相手と意見が異なっていても私は自分の思うところを心に留めたりはしない。表面で諂い内心で逆らうはその後においてかえって不要な争いを生む素なれば」

 

「君はとても立派だよアッシュ。でも僕には真似できない。だって僕は身体も弱いし、誰かを従えたり集団をまとめたりする能力もない。ただ他人より記憶力がいい。僕のとりえはそれだけさ」

 

私が反論するとシャッド博士はそう言ったきり黙り込んでしまった。私は博士の態度を不甲斐なく感じるとともになにかやるせない気持ちになった。

 

我々はかなり長い間議論していたらしい。やがてテルマ嬢が出勤してきた。そしてラフレル翁とモイ氏も姿を見せた。今日にでも魔物狩りの旅に発とうと考えていた私は出鼻をくじかれた形になったが、やはり抵抗軍(レジスタンス)脱退の決心は変わらなかったので私はラフレル翁にその旨申し出た。翁は非常に驚いた顔で聞き返してきた。

 

「アッシュ嬢、今なんと申された?」

 

「私は抵抗軍(レジスタンス)を抜ける。剣士として単独で行動する」

 

その時だった。あのリンク氏が、再び我々の前に姿を現したのである。




次話からはいよいよ「突入・決戦編」です!しばらく執筆に時間がかかりますので、お待ちください<m(__)m>
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