剣技教官アッシュの随想   作:nocomimi

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突入・決戦編
「決意」


私はテルマ嬢の酒場で抵抗軍(レジスタンス)脱退の意思をラフレル翁に対し伝えた。ちょうどその時にリンク氏が久しぶりに現れたのである。

 

リンク氏は店に入ってくるなりまっすぐ我々の客席に向かって歩いてきた。彼はテーブルの傍に立つと、手短に皆に挨拶した。 

 

「リンク、あんとき以来だな。無事でよかった。どうしてたんだ?」

 

モイ氏が立ち上がろうとする。だがそれを手で制して、リンク氏はラフレル翁に向き直った。

 

「ラフレルさん、お願いがあります」 

 

リンク氏は切り出した。

 

「ハイラル城の見取り図をお持ちではないですか?もしお持ちなら見せていただきたいんです」

 

突然のことに、ラフレル翁は呆気にとられた顔をしてしばらく絶句していた。我々も驚いてリンク氏を見つめた。

 

「城の見取り図です。よければ見せていただけませんか?」

 

リンク氏が繰り返す。

 

「い....一体そんなものをどうされるおつもりですかな。何に使われるので?」 

 

翁は辛うじていつもの慇懃な口調で尋ねた。リンク氏は少し考えていた様子だったが、また口を開いた。

 

「何に使うかですって?」

 

リンク氏はそう言ってその場にいた四人を見回した。

 

「僕らはこれからハイラル城の魔法防壁を破って中に突入します。そして魔物どもを倒します。だから必要なんです」

 

ラフレル翁はほとんど口をポカンと開けていた。シャッド博士も言葉を失ったままリンク氏を見つめている。モイ氏は茫然と目を見開いていたが、やがて慌てて言った。

 

「おいリンク、冗談だろ。お前ひとりで一体何をやろうって....」

 

それを聞いていた私は立ち上がった。もはやこの機を逃す手はない。

 

「おのおのがた。何を迷われる?今我らはハイラルの興亡を分かつ岐路に立っている。なぜリンク殿がひとり敵地に向かわれるのを手をつかねて見送ることができようか?」

 

「アッシュ嬢、まあ待たれよ」

 

ラフレル翁は手を上げて宥める仕草をした。

 

「考えてみなされ。リンク殿かその助力者が魔法防壁を破れる保証を我々は持たぬ。そもそも老輩が以前述べたとおり影の王女とか申す者を信頼できるかどうかは....」

 

「ラフレル殿、もはや我々は待ち過ぎた」

 

私はラフレル翁を遮った。

 

「ハイラルが腐敗していくのを何もせず眺めているよりは剣をとって進むことを私は選ぶ。たとえそれが死に至る道だとしても」 

 

「それを蛮勇と呼ばずとして何と呼ばれるのかな?」

 

ラフレル翁がそう返してきた。だがリンク氏がすぐに我々の応酬に割って入った。

 

「このことが皆さんの間に喧嘩を引き起こすなら取り下げます。僕らは自分たちの力だけでやります」

 

そう言うとリンク氏は挨拶し皆に背を向けた。

 

「お邪魔しました」

 

「おいリンク!」

 

モイ氏が立ち上がってリンク氏を追いかけた。彼はリンク氏に追いつくと肩に手をかけて引き止めた。

 

「一体どうしたんだ?何があった?お前らしくもねえぞ。一人で突っ込んでいくなんて」

 

リンク氏は振り向く。その顔は微笑んでいた。

 

「モイ、できれば君には生きてコリンたちのところに帰って欲しいんだ」

 

「リンク、そいつはこっちのセリフだぞ。イリアはどうなる?だいいちお前はまだ十六なんだぞ」

 

モイ氏がリンク氏の両肩をつかんだ。リンク氏は少し俯いたあともう一度その師の顔を見た。

 

「僕も本当は村に帰りたい。皆の誤解を解きたいから。でもその前にこのことを片付けないと。だから行くよ」

 

リンク氏はモイ氏の両手をそっと持ち上げて自分の肩から離した。

 

「君の真似をしたわけじゃないんだ。これが僕のやるべきことだからだよ。避けて通りたくはないんだ。絶対に」

 

そう言ったリンク氏は踵を返すと足早に出口に向かった。

 

「おい待て、リンク!リンク!」

 

モイ氏が叫ぶ。他の客に給仕していたテルマ嬢も振り向いた。だがリンク氏は扉を開けて出ていってしまった。テルマ嬢が盆を持ったまま慌てて戸口に向かう。外に向かってリンク氏の名前を呼んでいたが、やがてこちらを向いて両手を広げた。だが、我々もまた何も言えずただ彼女を見返すばかりだった。

 

ラフレル翁とシャッド博士は目を丸くして呆気に取られている。私は深呼吸した。心臓の鼓動が早まるのを感じた。剣士の本分を果たすべき時がとうとうやって来たのだ。

 

私は思った。今立たずにいつ立つのか。たとえ自分一人でも行くべきだ。一方で、急に恐れが心の中に湧き上がってきたのを感じた。ハイラル城内に一体どんな種類の魔物が何匹潜んでいるかは全く分からない。一瞬だが、自分が数え切れないほど大勢の魔物に取り囲まれているさまが心に浮かんできてしまった。殺されるだけならまだ良い。だが武装を奪われ代わる代わる凌辱され、死ぬよりも辛い境遇に陥れられるかも知れない。

 

モイ氏が首を振りながら戻ってきた。だが氏は直ぐに気を取り直すと、所定の客席の隅に設えられた自分専用の棚に歩み寄り、その戸を開けて中から鎖帷子を取り出した。

 

「モイ殿、何をなされるおつもりか?」

 

ラフレル翁が問うた。

 

「あいつを一人じゃあ行かせられねえ」

 

モイ氏は自分の装備ベルトを外し剣を床に置くと頭から鎖帷子を被った。

 

「あいつは俺にとって甥っ子みたいなもんだ。みすみす一人で死なせるわけにはいかねえんだ」

 

「しかしモイ殿...」

 

翁が立ち上がりかけた。その瞬間私の決意は固まった。私は床に置いた自分の荷物から弓と矢筒を拾い上げた。

 

「アッシュ嬢、貴女まで一体何をなさろうというのか」

 

翁がさらに慌てた様子で私を見た。

 

「私も参る」

 

私は短く答えた。

 

「モイ殿、アッシュ嬢。老輩は今までこれを言うのを控えてきたが、抵抗軍(レジスタンス)を立ち上げたのはこの老輩。のみならず貴殿、貴女の生活をも...」

 

ラフレル翁が言う。私は矢筒の帯を身体に巻き付けて留め具で固定すると、呆然と我々を見つめるシャッド氏の胸ポケットからペンを抜き取り、手近にあった紙に書き付けをしてラフレル翁の前に置いた。

 

「アッシュ嬢、こ....これは一体?」

 

「私の財産の全ての相続人としてラフレル殿、貴殿を指定した」

 

私はもう一度矢筒の留め具を確認しながら答えた。さらに、荷物から小刀を二本取り出して帯に取り付ける。

 

「私の父はいくばくかの遺産を私に残してござる。私が死んだらそれが貴殿の手に渡るように書いた。今まで貴殿にお支払い頂いた諸々の費用には足りるものと」

 

「アッシュ嬢、愚かな真似をされるのは...」

 

モイ氏は既に身支度を終えて扉に向かって歩き始めていた。私は仕上げに鉢金を頭に巻くと、ラフレル翁の声を背に受けながらモイ氏の後を追った。

 

テルマ嬢が私とモイ氏に気づいてこちらを見た。

 

「あんたたち?」

 

彼女は客席に出てくると私たちの傍に来た。

 

「もしかして‥‥行くんだね?」

 

「ああ、ちょくら行ってくらあ」

 

モイ氏はそう言うと扉を開けた。後に続く私は振り向いてテルマ嬢の顔を見た。

 

「アッシュ‥‥お待ち!」

 

テルマ嬢が叫ぶ。彼女はカウンターに引っ込むと赤い絹の布を持って戻ってきた。

 

「これ、お守りだよ。あんたのお父さんの代の騎士はみんなこれを兜につけて戦地に行ったものさ」

 

「かたじけない」

 

私はそれを受け取って礼を言った。絹で色つきとは値が張るに相違ないと思われた。

 

「これ、使い古しだけどね。でもあんたが使ってくれたら元の持ち主が喜ぶと思ってさ」

 

「元の持ち主?」

 

私は思わず聞き返した。テルマ嬢は微笑んで溜め息をついた。

 

「あんたが戻ったら話したげるよ」

 

テルマ嬢の目は揺れているように見えた。私は何かが分かったような気がしたが、今は尋ねないことにした。テルマ嬢にその布を左腕に巻いてもらうと、私は頭を下げて扉を開けた。

 

店の外に出ると、モイ氏は少し待つように私に言い、隣に設えられた厩に入っていった。ほどなくして、モイ氏は左腕に嵌めた手甲の上に鷹を乗せて戻ってきた。

 

「さ、ゲポラ。よろしく頼んだぜ」

 

彼はそう言うと愛おし気に鷹の背を撫でた。

 

私とモイ氏が歩き出そうとすると、やにわに店の扉が開いた。見ると、シャッド博士が顔を出している。

 

「二人ともちょっとそこで待っててくれ」

 

博士が言う。私とモイ氏が怪訝な顔をすると、彼は中に引っ込んだ。我々二人が首を傾げながら待っていると、五分ほどしてまた扉が開いた。そこには完全武装したラフレル翁とシャッド博士が立っている。翁は火筒を肩に担ぎ、博士は大小幾つかの爆弾袋を背負っていた。

 

「僕が説得したんだ」

 

シャッド博士が私とモイ氏にウィンクした。

 

「防壁が破れていたら作戦実行のチャンスだし、もしそうでなかったらただ中止して戻ればいいってね」

 

私がラフレル翁の顔を見ると、彼は極めて不満げな表情で、私と目を合わそうとさえしなかった。だが私は心で快哉を叫び、言葉には出さなかったが博士に対してよい仕事をしたと賛辞を贈った。

 

我々四人は居酒屋の前の広場を横切ると階段を登った。目抜き通りに入るとすぐに城が視界に入ってきた。城を包んでいたはずの魔法防壁が無くなっている。シャッド博士がラフレル翁に何かを言ったが、周囲の喧噪で聴き取れなかったのか翁は無反応だった。だが私とモイ氏は目を見合わせた。これで突入が可能だ。

 

我々は雑踏の中、小走りで通りを北上した。完全武装の四人組の風体に驚いたのか、すれ違う町民が皆振り返る。やがて中央噴水広場に入るとそこでは多くの群衆が立ち尽くしていた。皆ハイラル城の方を眺めている。噴水の脇を通り過ぎると、城に通じる回廊の前に二十名ほどの兵士たちが座り込んでいた。

 

私たちが彼らの横を通り過ぎようとすると、下士官格と思われる大柄な男が立ち上がり、慌てた様子でラフレル翁に声を掛けてきた。

 

「ラフレル卿、その方々は一体....?」

 

彼は我々の出で立ちを目を丸くして見つめていたが、やがて気を取り直すと続けた。

 

「卿、危険です。とてつもない大きな怪物がたった今城に侵入したところなんです!」

 

「報告ご苦労、イグルス曹長」

 

ラフレル翁は立ち止まって彼に答えると、また我々に合図し進もうとした。だが曹長がそれを制止して言った。

 

「卿、どこへいらっしゃるんですか?」

 

「言うまでもござらん。城に向かうのでござる」

 

「卿、ご存じのとおり一般人の城への立ち入りは禁止されて...」

 

「はて、では貴殿はなぜその怪物とやらの侵入を許したままここで手をつかねておるのですかな?」

 

ラフレル翁は怪訝そうな表情で曹長を見つめた。

 

「え....いや....それは....」

 

そう問われて曹長は途端に言葉を詰まらせた。

 

「貴殿はこうおっしゃるのか。一般市民は城への立ち入りを許されないが魔物ならば許されると」

 

それを聞いた私とモイ氏は顔を見合わせながら笑いをこらえた。まさか謹厳なラフレル翁にこんなユーモアのセンスがあるとは思いもよらなかったからだ。

 

「い...いや...ですから...」

 

「まったく王国の兵士とあろう者がなんと情けない」

 

しどろもどろになった曹長に対しラフレル翁は厳しい表情で言った。曹長は恥じ入るように俯いた。

 

「仕方がない。我らは民間人なれど、この危機を放置してはおけん。貴殿ら兵士に代わり、城に忍び込んだ魔物を討ち取って参ろう」

 

ラフレル翁が我々に再び合図した。四名はまた小走りで前進し、呆気にとられた兵士たちの視線を背にしながら城に通じる回廊に進入した。回廊を抜け、堀の上に掛かった橋を渡る。突き当りには分厚い両開きの大扉があった。

 

大扉には人ひとりが通れるほどの隙間が開いている。私はかねてからの打ち合わせ通り先頭に立ってその隙間を通り抜けた。

 

私にとっては二度目のハイラル城だった。一度目は分不相応な勲章を受けるためだった。この二度目は、剣士たる私の真価を試す戦いが待ち受けている。

 

先に受けたその名誉に相応しい勲功を打ち立てられるか。

 

さもなくば死するか。その分かれ道が待っていた。

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