ハイラル城の両開きの大扉の隙間から身を滑り込ませ、私は前庭に侵入した。打ち合わせ通り、モイ氏がすぐ後に続く。さらにラフレル翁、シャッド博士が続いた。私は矢をつがえた弓を軽く引き絞り、目線に矢の向きを一致させつつ左側から周囲を索敵していった。
結団時にラフレル翁が描いた見取り図と翁の話に基づいて何度も頭の中で描いた光景。正面に聳える巨大な中央棟から南西と南東に向かって城壁が伸びる。左から中央に向かって走査した限りでは、城壁の上にも地面にも敵の姿はない。地面には植え込み、中央にはハイラル王家の紋章のモニュメント。中央棟の上空にはいつかモイ氏と旅をしたとき狩った怪鳥が二羽ほど飛んでいる。
「モイ殿、あれを。怪鳥にござる」
私は弓を引き絞り怪鳥を見据えたまま言った。
「この距離なら奴らはまだ.............おいアッシュ!」
右から前庭内部を索敵していたモイ氏が突然叫んだ。彼が指さす方向を見ると、中央棟から南東に伸びる城壁の上に大きく欠損した箇所があり、そこから壁の上の通路の様子が垣間見えた。
数人の蜥蜴男が中央棟の方から城壁の上を移動している。皆用心深く武器を構えながらだ。そしてその先には緑のチュニックを着た男が一瞬だけ見えたが、すぐ壁の陰に隠れてしまった。リンク氏だ。
モイ氏が再び叫んだ。
「見ろ、見張り塔だ」
私は南東の城壁の終端にある見張り塔に目を移した。見ると、中央棟の方に向いた塔の側面の壁に歩哨窓が縦に2つ設えられており、それぞれに緑鬼が一匹づつ陣取っている。弓を手にして、城壁の上の通路に向けて引き絞っていた。その見張り塔の、城壁上の通路に接した部分に、格子の嵌った大きな出入口があるのが見える。その鉄格子が音を立てて上げられると、その中から何者かが走り出てくる音も聞こえてきた。グフッ、グフッという独特の唸り声。蜥蜴男どもだ。
私は反射的に見張り塔の上方の歩哨窓にいた緑鬼に自分の弓矢の狙いをつけた。慎重に呼吸し、息を止め、放つ。飛んで行った矢が緑鬼の腹に刺さったのが見えた。
私がもう一本矢をつがえている間にモイ氏は腰に括りつけた小さな爆弾袋から爆弾を取り出して点火すると、それを鷹に持たせて標的を指し示した。私は二匹目の鬼の弓兵に狙いをつけ矢を放った。
矢が胸に命中し、二匹目の鬼が悲鳴を上げる。モイ氏の腕を離れ飛翔していった鷹が、城壁の上を通過した。その途端爆発音が起き、城壁の上、見張り塔の近くから煙が上がった。壁の一部が崩れる。
矢を喰らった二匹の弓兵はゆっくりと前に倒れ、歩哨窓から落下していく。同時に、城壁の上から剣と剣がぶつかり合う金属音が聞こえ始めた。蜥蜴男たちの悲鳴も断続的に聞こえる。
私は三の矢を弓につがえて、城壁の上に狙いをつけた。城壁の上の通路にいる敵は、壁の崩れた箇所を除けばこちらからはほぼ見えない。だが、壁の上から頭だけがチラリと見える瞬間がある。私は弓を弾き絞りその瞬間を待った。
その時モイ氏が戻ってきた鷹を左前腕の上に止まらせながら言った。
「クソっ、増援どもがどんどん出て来てるぞ」
モイ氏の見ている方に視線を移すと、城壁の上の通路と接続した中央棟の正面壁高所に設えられた通路の扉が開いており、そこからも魔物どもが走り出ていく音が聞こえた。だがここからは弓で狙うことができない。私は視線を南東の城壁の上に戻した。もはや一刻の猶予もない。このままではリンク氏は追い詰められる。私は矢を費消するのを覚悟で撃つことに決めた。
狙いを城壁のすぐ上に固定する。蜥蜴男どもの丸い頭が見えた瞬間、矢を放つ。モイ氏が叫んだ。
「おい、化け物ども!こっちだ。こっちだ」
私の矢が当たったのか、蜥蜴男が一匹ぐったりとした様子で壁の上端から上半身を乗り出した。城壁の上からは引き続き剣と剣の衝突音が響いている。リンク氏の発する裂帛の気合の声と、数匹の蜥蜴男が上げる断末魔の悲鳴もだ。私は再び矢を弓につがえると城壁の上を狙った。また蜥蜴男の頭が覗いた瞬間に放つ。
「おいラフレル!あんたも...」モイ氏が後ろを振り向いて叫んだ瞬間、ラフレル翁の落ち着いた声が聞こえた。
「シャッド殿。発射薬2番。爆弾点火3秒」
「イエッサー!」
シャッド博士が答える。私が引き続き城壁の上の蜥蜴男を狙っている間、背後から火筒の発射音が聞こえた。風を切る音が聞こえたかと思うと、先ほど魔物の増援が出て来た中央棟の扉の前で爆発が起こり、複数の蜥蜴男どもの悲鳴が上がった。もう一度火筒が鳴り、今度はそのやや右側、南東に伸びる城壁の出発点あたりで爆発が起こった。
ラフレル翁は数秒に一発のペースで火筒を発射する。私も南東城壁の上端から蜥蜴男どもの頭が見え次第撃った。すると、火筒の爆弾で崩れた城壁上の通路の壁から蜥蜴男どもが身を乗り出し次々と前庭に飛び降り始めた。どうやらこちらに標的を切り替えたようだ。
私は自分の弓の狙いを変えると矢をつがえて、庭に飛び降りたばかりの蜥蜴男どもを撃った。距離は十間ほどだ。一匹が倒れる。だが十匹ほどの蜥蜴男どもが次々飛び降りてくるとこちらに素早く走り寄ってきた。私は休みなく矢を弓につがえ一匹、二匹と撃ち倒していった。
だが六匹ほどが既に五間ほどに迫り、低い植え込みを飛び越えて接近してくる。その後ろにも数匹の増援が飛び降りたのを見た私は進み出ると弓を投げ捨てて長剣を抜いた。
「アッシュ、俺の分も残しておけよ!」
モイ氏が怒鳴る声が聞こえる。私は振り向かず微笑んだ。その時、南西の城壁の中央に設えられた大きな扉が引き上げられる音がした。目の隅で捉えると、食人鬼どもの群れと巨大猪に乗った緑鬼たちが2騎、こちらに進んで来る。
だがこちらも敵は目前となった。私は蜥蜴男の最初の一匹が半月刀で斬りかかってくるのを長剣で受け流し、相手の突進の勢いをいなしながら自分の体を回転させた。腕を掴んで投げを打ち、空中に浮いた敵の首筋を断ち切る。横から二匹目の蜥蜴男が迫って来る。その刀を剣で跳ね上げ入り身すると逆袈裟斬りを掛けて相手の腕を切り落とした。
二匹目の胸を突きで刺し貫く。肩越しに後方を見るとモイ氏は既に食人鬼どもと戦闘を開始していた。前庭入り口の大扉の前に控えたラフレル翁が次々と火筒を発射している。2騎の騎兵どもは火筒にやられたのか、乗り手のいない大猪たちがおぼつかない足取りで明後日の方向に走っていった。
私が最初の二匹を倒したのを警戒してか、残りの蜥蜴男どもは突進して来なかった。油断なく武器を構えてこちらを包囲しようとしてきている。私は身を沈め回転斬りの準備態勢に入った。三匹ほどの蜥蜴男どもが接近してきた途端、気合を発して回転斬りを放つ。斬撃を喰らった三匹が悲鳴を上げて後ろによろめく。だが入れ替わるようにして残りが近寄ってくると、こちらに躍りかかる構えを見せた。
自分の回転斬りの勢いで体勢が崩れていた私のもとに、モイ殿が飛び込むように接近してきた。私の前に立ち、剣を左右に振り回し蜥蜴男たちを牽制する。
「要らぬお気遣い。礼は申さぬぞ!」
私はそう言いつつも、モイ氏と背中合わせで持ち場を入れ替えた。モイ氏は足元に転がる仲間の身体に阻まれた蜥蜴男どもが出遅れた隙に先頭の一匹に縦斬りを叩きつけた。その瞬間、私はモイ氏の視線を感じた。肩越しに彼の目を見た瞬間私は理解し、深く身を沈めた。
モイ氏が凄まじい気合を放った。私の頭上を太い刃が通過する。私の回転斬りで倒れた魔物たちが再び立ち上がったところを、氏の回転斬りが襲った。魔物どもは体重の乗り切った斬撃を喰らって致命傷を負った。
私に手本を見せようというのか。私は身を起こすと称賛半分、悔しさ半分の気持ちに満たされながら新たな自分の割り当ての敵に向き直った。先ほどモイ氏が倒した三匹ほどの食人鬼どもの死骸の傍らに新手が来ている。
先頭の一匹が喚きながら鉈を振り上げ向かって来る。私は摺り足で相手との間合いを詰めると、振り下ろしてきた敵の鉈を剣で跳ね上げ、袈裟斬り、胴払い、逆回転斬りを喰らわせた。さらに跳躍してその頭を拝み打ちにする。
悔しさに喚く後続のもう一匹が鉈を払ってくる。それを身を沈めて躱すと、身体を回転させながら低い横斬りの軌道で剣を払い敵の足首の筋を切断した。身を起こしざま、動きの止まった相手の利き腕の手首に内小手を喰らわせる。
食人鬼の手首が切断され宙を舞う。私は剣を引くと相手の胸目掛け突きを放った。一度、二度、三度。
「リンク!ここは俺たちに任せろ!」
モイ氏の声がする。私が後続の食人鬼どもに剣を向けながら肩越しに見ると、モイ氏は城壁の上に手を振って合図していた。だが生き残りの蜥蜴男どもがまだ五匹ほどいる。そいつらはこれを隙と見たのか、モイ氏を包囲しようと素早く散開した。
「モイ殿!用心を!」
私は声を掛けた。敵に向き直ったモイ氏に蜥蜴男どもが躍りかかる。一匹の刀を自分の剣で跳ね上げ突きで返り討ちにした氏の横に別の蜥蜴男が迫る。横ざまに首筋を狙った刀をモイ氏が躱すと、そいつはさらに接近し身を沈める仕草をした。
斧だ。私の頭の中で危険信号が鳴った。
「モイ殿!」
私はもう一度叫んだ。モイ氏は、突きを喰らわせた蜥蜴男の身体から剣を抜こうとしていた。彼が魔物の身体から剣を抜いたのと、横に迫ったもう一匹が身体を回転させたのはほぼ同時だった。
蜥蜴男の尻尾に仕込まれた斧がモイ氏の腹のあたりを直撃した。モイ氏の動きが止まった。
今しがた刺殺した蜥蜴男の身体が崩れ落ちると同時に、モイ氏もゆっくりと地面に膝を突き、そしてうつ伏せに倒れた。