剣技教官アッシュの随想   作:nocomimi

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「掃討」

「モイ殿!用心を!」

 

私は声を掛けた。敵に向き直ったモイ氏に蜥蜴男どもが躍りかかる。一匹の刀を自分の剣で跳ね上げ突きで返り討ちにした氏の横に別の蜥蜴男が迫った。横ざまに首筋を狙った刀をモイ氏が躱すと、そいつはさらに接近し身を沈める仕草をした。

 

斧だ。私の頭の中で危険信号が鳴った。

 

「モイ殿!」

 

私はもう一度叫んだ。モイ氏は、突きを喰らわせた蜥蜴男の身体から剣を抜こうとしていた。彼が魔物の身体から剣を抜いたのと、横に迫ったもう一匹が身体を回転させたのはほぼ同時だった。

 

蜥蜴男の尻尾に仕込まれた斧がモイ氏の腹のあたりを直撃した。モイ氏の動きが止まった。

 

今しがた刺殺した蜥蜴男の身体が崩れ落ちると同時に、モイ氏もゆっくりと地面に膝を突き、そしてうつ伏せに倒れた。

 

蜥蜴男どもが群がってモイ氏を追撃しようとした瞬間、火筒の音がして敵群の背後で爆発が起こった。

 

新たに城壁から降りてきた後続の蜥蜴男どもが五人ほど吹き飛ぶ。敵が驚いて振り返っていると、モイ氏は突然跳ね起きた。

 

彼は正面の蜥蜴男が狼狽している隙に殺到し縦斬りを浴びせ返り討ちにした。さらにその横にいた魔物どもに左右袈裟斬りで手傷を負わせる。すかさず三度目の回転斬りを浴びせ全員を打ち倒す。モイ氏は大声を上げると、火筒の爆弾を免れた後続の魔物どもを挑発した。

 

私の目の前の食人鬼たちは、既に仲間五人が倒れたのを見てこちらを攻めあぐねていた。中段に構えて敵を牽制しつつ、私はふと上からの視線を感じて顔を上げた。東南の城壁の上を見上げると、火筒攻撃で崩れた壁の合間からリンク氏が顔を出していた。

 

「リンク殿、行かれよ!」

 

私は叫んだ。五匹ほどの食人鬼がジリジリと散開しこちらを取り囲もうとするのが目の隅に映る。その瞬間、背後で気配が動いた。私は上体をわずかに反らした。鉈が顔をかすめる。勢い余ってつんのめった相手を首投げで引き倒すと喉笛を切り裂き、さらに心臓を一突きにした。

 

「ゼルダ姫を救えるのは貴殿しかいない!早く!」

 

私は上を向いてもう一度叫んだ。敵の生き残りのうち二匹が悔し気に喚き声を上げて踊りかかってくる。私は身を沈め敵をギリギリまで引き付けると渾身の勢いで回転斬りを放った。腹を引き裂かれた二匹が地面に倒れてのたうち回る。だがまだ生きている。私は、技はともかく力では自分がモイ氏に及ばないことに突如憤激を感じた。

 

「汚らわしい鬼どもめ!大義も誇りも無い貴様らの素っ首、烏の餌にしてくれるわ!」

 

私は呼ばわると、起き上がろうとしている一匹の首を横斬りで刎ねた。倒れたもう一匹に止めを刺そうとした途端、残り二匹が左右から斬りかかってくる。私は右から来た一匹の鉈を剣で逸らすとその蓬髪を掴んで自分と相手の位置を入れ替えた。左からきた一匹の鉈がその肩口を痛撃する。私は髪を掴んだまま剣を払い、今しがた朋友を誤爆した魔物の首筋を断ち切った。鬼の髪から手を離すと、その首にも一撃を叩きつける。さらに、ようやく身体を起こした一匹を蹴倒して、その胸を三度刺し貫いて止めとした。

 

息がやや乱れている。私は周囲を見回した。モイ氏も丁度蜥蜴男どもを始末し終わったところと見える。振り返るとラフレル翁が火筒を肩から下ろしながらこちらに歩み寄ってきていた。

 

「点呼!」ラフレル翁が叫んだ。

 

「アッシュ」

 

「シャッド」

 

「モイ」

 

「ラフレル。全員無事でござるな」

 

翁は私とモイ氏の傍らまで来ると、シャッド博士が差し出した洗い矢を手に取り火筒の内側を掃除し始めた。私は自分の弓を拾い上げるとモイ氏に駆け寄った。

 

「モイ殿。お怪我は?敵の斧を受けられたとお見受けしたが」

 

モイ氏は私にウインクすると、鎖帷子の裾を捲り上げた。中には分厚い鉄板が入っている。そこには斧でつけられた溝がくっきりと走っていたが、氏の身体には刃は届かなかったようだ。

 

「避けきれねえと思ったからわざと喰らった振りして倒れたんだ」

 

モイ氏はほぼ真っ二つになりかかった鉄板を取り出すと地面に投げ捨てた。

 

「その後俺がいきなり起き上がったときの蜥蜴どもの顔、お前さんに見せたかったぜ。幽霊でも見たって顔だったぜ。蜥蜴のくせしてよ」

 

私は一瞬言葉を失ったが、次の瞬間モイ氏の肩を叩きながら大笑いしてしまった。これほど愉快な笑いは久しぶりだ。モイ氏は懐から笛を取り出すとそれを吹いた。笛から鋭い音がしてしばらくすると鷹が舞い降りモイ氏の左腕の手甲の上に止まった。

 

「各々がた、負傷はされていないですな?次なる行動に移ることにいたそう」

 

火筒の清掃を終えたラフレル翁が再びそれを肩に担いだ。我々は事前に打ち合わせたとおり前庭の東の城壁の扉に向かった。扉を押し上げて先に進む。荒涼とした中庭が広がっている。

 

目の前の左右には粗い作りのバリケードが建てられ、前方十メートルほどは中庭の中心部分に向けて進む以外にない造りになっている。その中心部分には黄色く半透明の壁のようなもので円形に囲まれた空間があった。

 

「こりゃまずいよ。魔法結界だ」

 

シャッド博士が声を上げた。

 

「皆んな、絶対に触れちゃだめだよ。中に吸い込まれるから」

 

先に進むには、左手のバリケードとその結界の間にある僅かな隙間を通るしかない。我々は博士の警告に従い、半身になってその隙間にそろそろと滑り込んだ。

 

四人ともがどうにか隙間を通り抜け先に進む。前方右手の壁にある出入口を潜る。その先はさらに左に伸びる細長い庭園だった。丸く刈り込まれた植え込みが点在するなか慎重に進んでいくと、その終端には左手にもう一つ同じような戸口があった。

 

その先はガランとした中庭が広がっている。今度は植え込みどころか草さえも生えておらず足元は石畳のままだ。斜め向かいの隅には松明台の上に明りが点されていた。だが、そこから進む扉はどこにも見当たらない。

 

「踏破した。東側の中庭区画はここまででござる」

 

ラフレル翁が宣言すると、我々は来た道を引き返した。苦労して魔法結界とバリケードの間を通り抜けると、扉を押し上げて最初に進入した前庭に戻った。打合せに従えば次は西方区画だ。

 

我々が前庭西側の城壁に辿り着くと、打合せ通りモイ氏とシャッド博士が扉を押し上げた。私は内部を素早く索敵した。細長い中庭が前方に伸びている。左手には荒廃した城壁があり、そこに設えられたアーチ状の出入り口の先にもさらなる区画があるように見受けられた。城壁の手前には櫓が立てられている。

 

敵の姿は見当たらない。

 

だが私は違和感を感じた。先ほど前庭に出てきた敵が全てだったのだろうか?我々がそれを倒すことを見越して、彼らが伏兵を配置する可能性は?

 

だが躊躇していても始まらない。私は矢をつがえた弓を構えて前進し、残りの三人も滑り込んだ。だが背後で扉が落ちた途端、櫓の上で何かが動いた。

 

「退避!」

 

私は叫んだ。我々四人は入り口の近くに散乱していた大きな樽や箱の陰に飛び込んだ。櫓の上に緑鬼の弓兵が姿を現すと、こちらに火矢を射掛けてきた。同時に左手の城壁の陰からも鬼どもの喚き声がする。

 

火矢が一本こちらの遮蔽物に刺さった。私は身を起こして矢を櫓の上に向け、放った。ほぼ同時に敵もこちらに向けて二の矢を放つ。私はそれを避け慌てて遮蔽物の陰に戻った。自分の矢を外したことは分かっていた。もう一本の矢を矢筒から取り出しながら城壁の方に目をやると、紫色の食人鬼どもが五匹ほどアーチから出て来てこちらに近づいてきている。ラフレル翁とシャッド博士はそれぞれやや離れた遮蔽物の陰に隠れていた。だが遮蔽物とした樽に少しづつ火が回り始めていた。

 

「アッシュ、俺がやる。援護してくれ」

 

モイ氏が言うと、腰の袋から爆弾を取り出して点火し、鷹に持たせた。私はその瞬間遮蔽物の陰から飛び出した。たちまち矢が飛んでくる。私は横に飛んで躱しながら矢を弓につがえた。敵に向かって弓を引き絞る。だが食人鬼たちが私を見咎めて駆け寄ってきた。一瞬の躊躇いの間に敵が二の矢を放ってきた。私は深く身を沈めた。頭の一寸上を矢がかすめる。

 

私はモイ氏を信用し、狙いを変えた。食人鬼どもとの距離は三間もない。跪いたまま、こちらに駆け寄って来る鬼の先頭に狙いをつけて放つ。頭部に矢を喰らった鬼がたちまち崩れ落ちる。二の矢をつがえてもう一匹を撃つ。その途端、上方で爆発音が聞こえた。緑鬼の悲鳴が聞こえる。

 

私は長剣を抜いた。三匹の食人鬼が喚きながら突進してくる。一匹の斬撃を躱すと片手持ちで胴を払い、袈裟斬りで肩口を断ち切った。二匹目の鉈がこちらに振り下ろされる。剣を上段にして受けると、左手に持った弓でそいつの横面を思い切り叩く。そして自分の頭上で剣を一回転させ、鬼の首を刎ねた。

 

だが三匹目が突進しながら鉈を払ってくる。飛び退いて躱した。鎖帷子の胸のあたりを刃がかすめ火花が散る。敵がなおも突進してきたところに突きを放つ。こちらの剣先が鬼の腹に刺さった。だが体勢が崩れた状態のうえ、狙いが逸れていた。鬼は腹を刺されたまま強引にこちらに押し迫ってきた。私は剣を手離すと、相手の勢いを躱して弓の弦をその首にかけ、強引に引き倒した。

 

だが倒れざま鬼が払った鉈が私の脇腹に当たった。肋骨だ。

 

私がよろめいたところにモイ氏が突進してきて、起き上がろうとした鬼を蹴倒すと、五度も六度も胸に剣を突き刺して止めを刺した。

 

私は痛みに顔をしかめながらモイ氏を見た。モイ氏は何も言わず私の顔を見返すと、地面に身をかがめ、鬼の腹から私の剣を抜き、柄を上にしたままこちらに投げてよこした。剣を受け取ると私は氏に頷きかけた。

 

だがその時シャッド博士の悲鳴が聞こえた。中庭の入り口を見ると、ラフレル翁とシャッド博士の間に蜥蜴男がいる。城壁から飛び降りてきたらしい。

 

「シャッド殿、下がっておれ!」

 

ラフレル翁が叫んだ。シャッド博士は腰を抜かしたように座り込んで後じさりしている。蜥蜴男はラフレル翁を敵と見定めると抜き身の刀をかざして襲い掛かった。

 

首筋を狙った斬撃をラフレル翁が紙一重で躱す。さらに放たれた心臓への突きを翁は肩から下ろした火筒で辛うじて防いだ。

 

だが蜥蜴男はさらに迫ると身を沈める体勢を取った。斧だ。翁は咄嗟に火筒を身体の横に立てるようにした。蜥蜴男が体を回転させ、斧が火筒に激突し派手な金属音を立てた。翁はその瞬間攻勢に移った。火筒の砲口を蜥蜴男の後頭部に叩きつける。相手がよろめいたところへ、翁は火筒を棍棒のように持ち上げ、唸り声を上げながら魔物の頭に振り下ろした。

 

頭蓋骨が砕け散る音がした。蜥蜴男は棒立ちになったかと思うと後ろ向きに倒れ、動かなくなった。

 

「点呼......」

 

ラフレル翁は地面に膝を突き、荒い息を整えながらも言った。

 

「アッシュ」

 

「シャッド」

 

「モイ」

 

「ラフレル.....全員無事でござるな」

 

翁はようやく身を起こすと、火筒を持ち上げてその表面を点検した。だが次の瞬間翁の顔が固まった。

 

「どうされた、ラフレル殿?」

 

私は声を掛けた。翁は黙ったまま動かない。私とモイ氏は顔を見合わせた。シャッド博士が立ち上がると、身体についた土埃を払いながら、バツの悪そうな顔で我々を見た。

 

私はラフレル翁に歩み寄った。モイ氏は笛を吹いて鷹を呼んでいる。シャッド博士もやってきて翁の手の上の火筒に目をやった。すると博士はいきなり声を上げた。

 

「どうした?何があった?」

 

今度はモイ氏が近づいてきて尋ねる。シャッド博士は悄然とした顔で言った。

 

「故障だ。これはちょっと.....すぐには直せないよ」

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