剣技教官アッシュの随想   作:nocomimi

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「陽動」

「点呼......」

 

ようやく蜥蜴男を倒したラフレル翁は地面に膝を突き、荒い息を整えながら言った。

 

「アッシュ」

 

「シャッド」

 

「モイ」

 

「ラフレル.....全員無事でござるな」

 

翁はようやく身を起こすと、火筒を持ち上げてその表面を点検した。だが次の瞬間翁の顔が固まった。

 

「どうされた、ラフレル殿?」

 

私は声を掛けた。翁は黙ったまま動かない。私とモイ氏は顔を見合わせた。シャッド博士が立ち上がると、身体についた土埃を払いながらバツの悪そうな顔で我々を見た。

 

私はラフレル翁に歩み寄った。モイ氏は笛を吹いて鷹を呼び寄せている。シャッド博士もやってきて、翁の手の上の火筒に目をやった。すると博士はいきなり声を上げた。

 

「どうした?何があった?」

 

今度はモイ氏が近づいてきて尋ねた。シャッド博士は言った。

 

「故障だ。これはちょっと.....すぐには直せないよ」

 

「故障?」

 

私は尋ね返した。

 

「発火装置だ。完全に壊れちゃってる」

 

シャッド博士が眉を歪めながら答える。博士は首を振りながら情けない声を上げた。

 

「僕のせいだ。僕のせいなんだ。僕がもっと剣をちゃんと練習していればこんなことにはならなかった」

 

「落ち着けシャッド」

 

モイ氏がシャッド博士の肩に手を置いて言った。

 

「お前さんとラフレルで作ったんなら直せねえこともねえだろう。どれくらいかかるんだ?」

 

ラフレル翁は火筒を傍らの地面に立てると深刻な面持ちで言った。

 

「おそらく三日間...不眠不休で作業しても丸一日はかかりまする」

 

それを聞いて今度は我々が固まった。それでは当初予定した城内の掃討は不可能だ。一旦退却してしまったらば、次にやってきたときにはそれこそ敵は万全の防備をしているだろう。

 

「鋳物か金属片を曲げるかで部品を作らないといけないんだ」

 

シャッド博士が言う。

 

「その後穴を開けて、動かないように本体に固定して....」

 

私は博士を遮って言った。

 

「各々がた。私はここに残って戦う」

 

博士が口を閉ざして私を見た。モイ氏とラフレル翁も驚いた顔をして私を見つめている。

 

「私はこう考える。リンク殿は今ハイラル城内部に潜入している。だとすればこちら側に出来るだけ多くの魔物どもを引き付けることで、城内部の防備は手薄となろう。これがゼルダ姫殿下に王権をお戻しできる唯一の可能性かと」

 

私は三人を見回しながら続けた。

 

「リンク殿がゼルダ姫殿下を見つけ出し救出しさえすれば、今まで王権が何者かに簒奪されていたことが明るみに出される。顔の見えぬ上役の命で無為な警備ばかりしていた兵たちも心を変えるであろう」

 

「俺も残る」

 

するとモイ氏が言った。

 

「今あいつを捨てて帰るわけにはいかねえ。そんなことをしたら....」

 

氏は少し考えたあと言葉を継いだ。

 

「あれだ。あいつの幼な馴染みの村長の娘に俺自身が殺されかねねえからな」

 

私は怪訝な顔をしてモイ氏を見た。だが彼は私にウィンクするとラフレル翁とシャッド博士に向き直った。

 

「あんたたちは酒場に戻っててくれ。さすがにこういう仕事は専業の剣士でねえとキツいだろうからよ」

 

「ちょ...ちょっと待ってくれよ」

 

シャッド博士が声を上げた。

 

「き...君たち本気かい?あと何十匹、いや何百匹の魔物がいるかわからないんだよ?」

 

「シャッド殿。貴殿には貴殿の仕事があろう」

 

私は博士に言った。

 

「貴殿は学者。学問とは真実の追求なりと申されたのは貴殿ご自身。ならば貴殿はこのハイラルで何が起こったかを克明に書き記し、その記録を後世にまで伝えるべきでは?」

 

「で...でもアッシュ。君たちの命はどうなるんだい?もしも....もしも...」

 

「危うきを冒して悪と戦うは剣士の職務。貴殿は真実を突き止め、それを書き記し、世がどのように変転しようともそれを守り抜いて未来に残されよ。それが貴殿の戦いかと私は考える」

 

私は再び博士を遮るように言った後、少し後悔して付け加えた。

 

「過ぎたことを申した。気を悪くされたら許されよ」

 

博士の肩に手をかけながら私は言った。

 

「だが私は貴殿の知恵と知識を尊敬している。尊敬しているからこそ無駄死にして欲しくはないのだ」

 

博士は私の顔を見つめた。その眼鏡の奥の両目は激しく揺れている。

 

「ではモイ殿、アッシュ嬢。この場は貴殿、貴女に任せよう」

 

ラフレル翁が重々しく口を開いた。我々が翁を見ると、彼はこう続けた。

 

「もう一つ可能性があると老輩は思量しまする」

 

翁は城の南の方角に顔を向けた。

 

「今城の外にいる兵士たちは非番含め約50名。その全員がこちら側につけば、アッシュ嬢の陽動作戦も効果を発揮すると思われまする。さすれば老輩は彼らを集め説得することといたそう」

 

「感謝いたしまする、ラフレル殿」

 

私は膝を曲げて深々と頭を下げた。ラフレル翁とシャッド博士は城壁の扉を押し上げると向こう側に去った。

 

「ま、本音を言えばお前さんだけに恰好良い死に方させるのも癪に障るからな」

 

モイ氏が剣を布でよく拭いながら言った。

 

「剣士の死は恰好ではない。大義があるかどうかではないか?」

 

私も自分の剣を拭った。だが、肋骨が折れているのか、動く度に鋭い痛みが走る。私は表情を変えないよう努めたが、みるみるうちに額に脂汗が浮かぶのを感じた。我々はそれぞれ剣を鞘に納めると周囲を改めて見回した。

 

目に入る場所に魔物の姿はない。だが、耳を澄ますとかすかに鬼どもの喚き声が聞こえてくる。位置はよくわからなかったが、幾重にも立てられた城壁の向こう側だ。入り混じって混然一体となり空に響いている。シャッド博士の言葉が思い出された。何十匹か。それとも何百匹か。

 

私は自分の人生を思い返した。私は剣士に成りたかった。そして、自分では成れたと思ったのに、それは自分ひとりの了見であって、実際には周囲の誰も私を剣士と認めていないと感じられた瞬間がいくつもあった。

 

だが今は違う。少なくとも私は剣士として死んでいける。それならば、私の夢は叶ったことになる。あの世で父と相まみえることができたなら、あなたの娘は剣士となった、と堂々と報告ができるであろう。それで私は満足であった。

 

「さてと。善い知恵はないもんかな」

 

モイ氏が鷹に餌をやりながら言った。

 

「さよう。陽動作戦をするからには敵の耳目を引かねば意味がない」

 

私も呟いた。

 

「アッシュ、お前さん悪口は得意か?」

 

モイ氏が突然思いついたように尋ねてきた。

 

「悪口?」

 

「悪口だよ悪口。相手の心にグサっと刺さるような奴さ。それを言って回るのさ。俺は聞いたことがあるぜ。魔物の言葉は人間にはわからんが、魔物のほうでは人の喋ってることが大体聞き取れるってな」

 

「なるほど。悪くない」

 

私は答えたが、ふと気づいてモイ氏に尋ねた。

 

「だが貴殿はどうなのだ?そもそも言葉で敵を挑発して平常心を失わせるはれっきとした戦術の一つ。貴殿も長年の経験で知っておられよう」

 

「俺はお前さんと違って教養がねえからな。第一心が優しすぎる」

 

それを聞いた私はやや呆れ気味に首を振った。だが作戦そのものは有効と思えた。私は弓に矢を一本つがえると、背後にモイ氏を伴って中庭の中を歩き回り始めた。

 

壁の銃眼や、城壁の上の通路に油断なく目を走らせながら敵の存在を探る。鬼どもの喚き声が相変わらず聞こえる。時折、城壁の向こう側でバタバタと走り回る音も聞こえた。

 

私は口を開いた。

 

「汚らわしい鬼どもめ。もしや我らの剣を前にして臆したな。ならばとっとと素っ首並べてここに整列せい。片端から楽にしてやるわい」

 

息を大きく吸うと脇腹に痛みが走る。私は息を整えるとまた言った。

 

「どうした魔物ども。貴様ら烏合の衆が我ら剣士の前に何人出たとて同じことだとようやく気付いたか。卑怯な闇討ちと数に任せて弱い者を蹂躙することしか知らぬ貴様らにもとうとう年貢の納めどきが来たと見える。さあ観念せい。そちらから来ぬのならこちらから乗り込んでその汚らわしい腹を引き裂いてくれよう」

 

目の前の城壁の歩哨窓に、緑鬼が姿を現した。私は咄嗟に狙いをつけると矢を放った。飛んで行った矢が緑鬼の胸に刺さる。鬼はゆっくりと前に倒れ城壁から落ちた。その背後でまた鬼どもの喚き声と走り回る音が聞こえる。

 

「どうやら相手に聞こえてるみたいだな」

 

モイ氏はそう言うと私の顔を見た。

 

「おいどうしたアッシュ?顔色が悪いぞ」

 

「なんでもござらぬ。ごく軽い傷を負ったのみにて」

 

私はもう一本の矢を矢筒から取り出して弓につがえながら答えた。

 

「どこだ?見せてみろ」

 

モイ氏が私の肩に手をかける。

 

「貴殿正気か?よく図々しくも婦女に身体を見せてみろなどと言えたものだ」

 

私が冗談めかして答えると、氏は真剣な顔で言った。

 

「おい、だいぶ汗かいてるな。骨折か?」

 

私は答えず歩き出そうとした。だがモイ氏は私に手をかけると強引に引き戻した。

 

「なぜ黙ってた?お前、この状態で戦い続けるつもりだったのか?」

 

「他に選択肢はござらぬ」

 

私は答えた。

 

「死地に赴くなら骨の一つや二つ先に失ったとて大した違いがあるものでもござらぬゆえ。余計なお気遣いは無用」

 

「待て。待てアッシュ」

 

それでもモイ氏は譲らなかった。

 

「陽動だけなら俺一人でもできる。お前は一旦戻れ。万が一.....」

 

モイ氏は目を細めて続けた。

 

「万が一のとき、町に剣士が一人もいなくなるなんてことがあっちゃあならねえ。お前が生き残れば剣の技も伝えられるんだ」

 

「断る」

 

私はモイ氏を見つめて叫んだ。

 

「王国が興亡の岐路に立っているとき手をこまねいていろと?それでは私の今までの鍛錬は何のためだったのだ。いや、私が剣士の家に生まれた意味を貴殿は...」

 

そこまで言うと私は脇腹の痛みで息が止まりそうになった。モイ氏が心配そうに私に手を伸ばした瞬間、先程の城壁の歩哨窓にまた鬼が姿を現した。手に弓を持っている。私は身を沈めながらモイ氏の腕を掴むと強く引き寄せた。

 

飛んで来た矢がモイ氏の兜をかすめて後方に飛んで行く。私は自分の弓を引き絞ると放った。矢が弓兵の腹に刺さり、相手は呻き声を上げながら座り込んだ。

 

「もはやここに長居は無用と見える」

 

壁越しに聞こえてくる鬼どもの喚き声が次第に大きくなってくる。私は身を起こすと、前庭に通じる扉のほうに歩き始めた。

 

「防備に最も適した地点に立とう。そこに陣取って敵を引き寄せるのはいかがか?」

 

「やれやれ、頑固な女だ。俺の娘が将来お前さんみたいにならないといいんだがな」

 

モイ氏は溜息を吐きながら私の後を追ってきた。氏が壁の扉を押し上げ、私たちはそれをくぐって前庭に戻った。一番最初に入ってきた大扉の前に戻る。そこからは全ての方面の扉を全て見渡すことができた。

 

モイ氏は、何を思ったか剣で周囲の地面を掘り始めた。石畳が経年変化で崩壊した部分に溜まった土を掘り返しているようだ。

 

「何をなさっている?」

 

怪訝に思った私が尋ねると氏は答えた。

 

「ちょっとした仕掛けさ」

 

数か所に穴を掘り終えると、モイ氏は腰の爆弾袋から爆弾を取り出してその穴一つひとつに仕込み、薄く土をかぶせた。そして一つの爆弾に手をかけて慎重にその外殻を開けると、穴と穴の間に火薬を振りまいていった。

 

「お前さんがそこまで言い張るならしょうがねえ」

 

彼はそう言うと、残しておいた最後の一つの爆弾を手にとり、私にウィンクした。

 

「ここでちょっとしたショーを奴らに見せてやろうと思ってな」

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