剣技教官アッシュの随想   作:nocomimi

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「仕掛け」

私は前庭の大扉の前に立って自らの陣地を確認した。五間ほどの直径の半円形に配置された爆弾入りの穴の内側だ。遠くから魔物どもの喚き声が聞こえてくる。先ほどより数を増しているようだ。地面への仕掛けを作り終えたモイ氏は自分の鷹を空に飛び立たせた。

 

「さ、しばらく遊んでな。俺らは仕事で忙しくなるからよ」

 

飛び行く鷹にそう声をかけるとモイ氏は私に向き直った。

 

「言わなくてもわかってると思うが、念のためだ。お前さんはここに立って奴らを引き寄せる囮になる。俺は仕掛けがバレねえようお前さんの後ろにいるからな」

 

モイ氏は視界のぐるりを指さして続けた。

 

「連中は数を集めてお前さんを包囲した後一斉に襲ってくるだろう。いつものやり方でな。そうしたら俺は爆弾に点火して穴の一つに放り込む。合図するからお前さんは地面に伏せろ」

 

「あいわかった」

 

私は答えた。正面と東西の城壁にある扉それぞれに目をやったがまだ動きはない。魔物の声だけは聞こえるのに姿が見えないのは、おそらく数を揃えて陣を整えているところなのだろうと思えた。

 

私はふと思い出した。子供の頃も私はこうして囮を務めたのだ。人の性質や向き不向きは幼い頃から変わらないのだろうか。私はそこに可笑しみを感じて思わず含み笑いしてしまった。

 

「どうした?」

 

モイ氏が声を掛けてきた。

 

「私は四年前スノーピークの麓の村を守るため戦った。その時も囮を務めたのだ。それを思い出したゆえ」

 

「何だって?」

 

驚いたモイ氏が声を上げた。

 

「四年前って言やあお前さんほんの子供じゃあねえか。お前さんの親父は一体何を考えて.....」

 

「彼を『魔王』と呼んでいたのはモイ殿、貴殿ではないか」

 

私は横目でモイ氏を見た。

 

「確かにそうだけどよ...」

 

モイ氏はそう言って絶句した。私は前方に視線を戻すと続けた。

 

「今は父の考えていたことがわかる。父は自身の死期を悟っていたのだろう。だから私を剣士に育て上げることをあのように急いだのだ。早く父に会って、それが間に合ったことを報告したいものだ」

 

「アッシュ」

 

少しするとモイ氏が口を開いた。

 

「だが死に急いじゃあいけねえぞ。どんな修羅場にだって生き延びるチャンスはある」

 

「死に急いでいるわけではござらぬ。ただ.........」

 

私は言葉を探した。そして言った。

 

「私は私の生きる意味を一つに絞りたい。それだけにござる」

 

「そうかい」

 

モイ氏はそう相槌を打ったきりもう何も言わなかった。魔物どもの喚き声がひと際高まった。今度はどこにいるのか見当がついた。西側の城壁の後ろだ。喚く声に加えて号令をかけるような声も時折聞こえてくる。ドカドカと地面を踏みならす音もだ。それらの音がしきりに続いた後、とうとう城壁の扉が引き上げられた。

 

緑鬼と食人鬼の混成部隊が姿を現した。総勢は三十匹ほどであろうか。緑鬼のうちの数匹が指揮官なのか、しきりに掛け声をかけている。鬼どもはやや用心深い足取りでこちらに向かってきた。

 

私は弓に矢をつがえると引き絞った。鬼どもの群れを目で走査する。やはり三匹ほどの弓兵が混じっている。弓兵たちは隊列からやや離れて歩いていた。私は撃たれる前に撃つことにした。まだ二十間ほど離れている。

 

私は群れの左側を歩いていた一匹に狙いを定めゆっくりと息を止めると矢を放った。飛んでいった矢が当たり悲鳴とともに緑鬼が倒れる。残り二匹の弓兵が将校なのか、隊列が乱れないよう一匹が掛け声をかけている間に右側に位置していたもう一匹がこちらを狙ってきた。こちらも二の矢をつがえて弓を引き絞る。相手が放った。火矢だ。こちらに飛んでくる矢の軌道を見極めながらも私も放った。

 

次の瞬間私は半身になった。矢が顔をかすめて後方の石畳に当たる。鬼の悲鳴が聞こえた。私は三の矢をつがえると隊列の後ろにいた最後の弓兵に狙いを定めた。万一にもモイ氏の仕掛けに火矢が当たってはならない。

 

相手も矢を弓につがえていた。私は素早く自分の矢を放った。だが相手は警戒していたのか、こちらを狙うのを止めて後ろに飛び退いて避けた。私はもう一本矢を矢筒から取り出した。これが最後だ。

 

相手が再び矢をつがえてくる。歩兵どもの戦列と仕掛けとの距離は既に十間もない。私はギリギリまで躱さないことに決めて自分の矢を弓につがえ引き絞った。相手が先に放つ。矢が真っすぐ飛んでくる。僅かに上体を反らす。

 

右側の肩当てに矢が刺さった。金属板を貫いた矢尻が下に着た鎖帷子に食い込む。痛みが走ったが軽傷だ。今度はこちらが矢を放った。次の矢をつがえようとしていた緑鬼の胴体に矢が突き刺さる。

 

私は弓を投げ捨て、剣を抜いた。敵の隊列の先頭が仕掛けの上に到達した。だがモイ氏は私の後ろから動かない。私はゆっくりと長剣を中段に構えた。仲間が煮え湯を飲まされたことを知っているのか、鬼どもは容易に近づいてはこなかった。隊列の全員が散開し、こちらを包囲してくる。

 

「さあいざ仕らん」

 

私は声を上げ呼ばわった。

 

「この卑劣漢どもめ。貴様らの棍棒など物の数ではないわい。片端から手足を切り落として慰み物としてくれよう。さあ、最初に我が剣にかかる愚か者は誰だ」

 

鬼どもは、モイ氏の言うとおりなのか本当に私の言葉が分かっている様子だった。それぞれが悔しさにギリギリと歯ぎしりをし、喚いている。散開が終わると魔物どもはごくゆっくりと押し迫ってきた。

 

だがまだモイ氏は動かない。私は剣を上段に構え、いつ撃ちかかられても良いようにした。最初の包囲網を形成した十匹ほどがモイ氏の仕掛けの上に足を踏み入れた。だがまだ合図が出ない。

 

私は思わず微笑んだ。まさしく奴らに最大の被害を与えることを期して、彼は私を餌にして敵を引き寄せているのだ。ならばとことん付き合うまでだ。私は剣を握り直すと半身になった。

 

包囲網の第一陣が完全に仕掛けの上を通過した。彼我の距離は二間を切った。その時、私の背後でモイ氏が爆弾の発火キャップを捻ったかすかな音が聞こえた。先頭の鬼が喚き声を上げ、棍棒を振り上げる。その他の者たちもそれに続いて吼え声を上げた。

 

「伏せろ!」

 

モイ氏の叫び声を聞いて私は深く身を伏せた。剣を地面に置いて両耳に軽く手を当てる。先頭の鬼たちが棍棒を振り上げ迫ってきた。

 

その途端、凄まじい爆発音が連続して聞こえた。一回、二回。いや、三回、四回。少し間を置いて五回目が炸裂する。

 

爆音の残響がこだまする。顔を上げると、ほぼ目と鼻の先に先頭の緑鬼がいた。引き寄せ過ぎたのだ。だが相手は面食らった様子で背後に目をやっている。

 

私は鬼から目を離さないまま地面に置いてある剣を手で探った。そこへモイ氏が剣を抜くと私の上に身を乗り出すようにして横に払った。ちょうどこちらに向き直った鬼の首に真一文字に筋が走ったかと思うと、盛大な勢いで黒い血が溢れ出てくる。

 

「あとは頼んだぞ!」

 

モイ氏はそのまま転がり出るように走り出た。氏に首を切られた鬼が崩れ落ちる。私の手が剣に触れた瞬間に、後続の鬼のうち一匹がこちらに向き直り、目が合った。相手は怒りの形相で吠え、得物を振り上げて突進してきた。

 

咄嗟に身を沈める。鬼の武器は空を切り、相手はつんのめって私の背中に乗るかたちになった。途端に私は身を起こし鬼を投げて転ばせると、剣を逆手に持って殺到し止めを刺した。

 

顔を上げると周囲は阿鼻叫喚の様相だった。累々と魔物の死体が転がり、モイ氏は既に敵陣の左翼の外周にいる連中と戦闘を開始していた。氏の剣を喰らった鬼どもが二匹崩れ落ちていく。

 

残りは十匹あまりだった。各々ショック状態のようだ。私は雄たけびを上げると、自分も包囲網の右端の敵に突進した。

 

爆死した鬼どもの死骸が足元で崩れ始めている。私はそれを踏みつけ跳躍すると、ようやく我に返った様子の緑鬼に縦斬りを叩きつけた。

 

着地しざま胴を払い、突きで心臓を刺し貫く。体勢を立て直した生き残りが六匹ほどこちらに向き直った。だが時間をかけて相手をする気はなかった。私はこちらから接近すると、先頭の一匹目の棍棒を剣で逸らし袈裟斬りを叩きつけた。

 

左の脇腹に鋭い痛みが走る。だが構っている余裕はない。横斬りで目の前の鬼の首に斬りつけ、前蹴りで蹴倒した。だが左右から来る。右からの棍棒。身体を反らして躱したが、左からの鉈が避けられない。私は咄嗟に防具をつけた左腕を曲げて防いだ。鉈が肩当てと手甲を直撃し火花が散る。片手持ちで長剣を振り、左から来た食人鬼の腕を肘から切り落とした。

 

右から再び緑鬼が棍棒を払う。咄嗟に身を沈めると、その棍棒が腕を失った食人鬼に当たった。緑鬼に向かって突きを放ちその胸を貫いた。だが片手持ちで狙いが定まらない。相手はまだ生きている。剣で刺し貫かれながらも、口を大きく開けてこちらに噛み付こうとしている。

 

私は思い切り頭突きを放った。額に付けた鉢金が鬼の乱杭歯を砕いたのか、汚い色の歯がいくつも空中に飛び散る。私は剣を相手の胸から抜くと、両手で剣を振るい、よろめいた鬼の首を刎ねた。

 

正面から新手の棍棒が振り下ろされる。避け切れない。首を傾けて辛うじて頭部への直撃を避ける。左肩に棍棒がぶち当たり、防具が砕け散った。咄嗟に剣の柄でその緑鬼の鼻面を砕いた。足払いをかけて引き倒す。横から鉈が来る。

 

剣を立てて防いだ。食人鬼が口から唾を垂らしながらもう一度鉈を振り上げる。私は咄嗟に横に転がった。振り下ろされた鉈が、地面に倒れていた緑鬼の顔を真っ二つに割った。私は起き上がると喚き声を上げながら突進した。再び斬りつけてきた食人鬼の鉈を剣で跳ね上げ、その胴を深く突き刺した。鍔まで埋まらんばかりに刺し貫く。だがそれでも死なず鉈を振り上げてくる。相手の胸元に飛び込み、横ざまに払われた鉈を避けると右左に刃をこじったうえ強引に腹膜を引き裂いた。

 

臓物を傷口から噴き出しながら食人鬼が崩れ落ちた。目を上げると、数匹の緑鬼たちが武器を放り出して逃走しているところだった。モイ氏は鬼どもの死骸が転がる中で立ち尽くし、肩で息をしている。

 

モイ氏が剣を下ろしてこちらを見た。私たちは自然に微笑み合った。生き残ったのだ。だがその時、雷の鳴る音が聞こえてきて私たちは思わず空を見上げた。

 

頭上に暗雲が立ち込めている。城の東西南北から黒い雲が押し迫ってきており、急激にあたりが暗くなり始めた。遠雷の音が再び響く。それと同時に、遠くからまた鬼どもの喚き声が聞こえた。号令をかけるような声が断続的に城壁の向こうからこだましてくる。向こうは再び兵を集める気のようだ。

 

「第一回のパーティは無事終わったな。お客さんには十分満足してもらえたみてえだ」

 

モイ氏が剣を血払いしながらこちらに歩いてきいた。

 

「二回目、三回目の出し物は決まっておるのか、モイ殿?」

 

私は長剣を一旦地面に突き刺すと、もはや引き裂かれて用をなさなくなった肩当てを二つとも取り外して捨てた。両肩に負傷しているが幸いにも軽傷だ。

 

「出し物のネタはもうねえ。何もな」

 

モイ氏は剣を鞘に納めると、自分の右の前腕を見つめていた。

 

「怪我をなされたか?」

 

私は尋ねた。

 

「まあ少しだけだ」

 

彼は答えると懐から手拭を取り出した。私は歩み寄ると氏の前腕を手にとって点検した。手甲が裂けて傷が肉に達している。私が氏の顔を見ると彼は言った。

 

「少しだけだって言ってるだろ。剣士の癖してそんな泣きそうな顔するなよ」

 

私は呆れて首を横に振りながら、氏の手甲を外し服の袖を捲り上げて負傷箇所を手拭いで包み始めた。するとモイ氏がまた口を開いた。

 

「俺の手と剣をそれで縛ってくれ。いちいち握りを気にするのもの面倒だからな」

 

氏は左手で剣を鞘から抜き私に差し出した。私は思わず、その剣とモイ氏の顔を交互に見た。手と剣の柄を縛るという儀式が何を意味するのかは言わずとも明らかだったからだ。私はしばらく氏の顔を見つめていたが、黙って言われたとおりにした。

 

支度が済んだ頃には頭上の雲で空がますます暗くなってきた。魔物どもの喚き声も聞こえてくる。今度は近い。私は地面に突き刺しておいた剣を抜いて手にとった。号令をかけるような鬼どもの声が再び聞こえたかと思うと、西側の城壁の扉が開いた。食人鬼と緑鬼がぞろぞろと出てくる。だが魔物どもはまだこちらに進軍してこない。数が揃うまで待つのだろう。

 

「さあて、第二回の開会だ。盛大にやろうぜ」

 

モイ氏が呟く。氏は腰につけた水筒を手に取り水を飲むと、私に投げて寄越した。私は受け取ると、自分も飲んで水筒を返した。

 

そうこうしているうちに、扉から次々と魔物どもの増援が姿を現し始めた。

 

その数はもはや百匹を超えていた。

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