その時、扉が開いて酒場に若い男がひとり入ってきた。
緑の帽子を被り、同じ色のチュニックを着て、剣と盾を背負っている。
それは、あのリンク氏だった。
テルマ嬢が真っ先に氏に気づいた。彼女はリンク氏に歩み寄って抱き寄せると、しばらくの間そうしていた。恥ずかしそうな顔をしたリンク氏は、ようやくテルマ嬢に解放されるとこちらに歩いてきた。
「リンク殿!」
「リンク!無事だったか」
我々は一斉に声を上げた。モイ氏が立ち上がろうとする。
「これ!縫合中に動くんじゃない。大人しくしとれ」
モイ氏の傷を縫っていた老医師が一喝する。リンク氏はシャッド博士と抱き合い、そしてモイ氏の負傷していないほうの手を握った。私はリンク氏に手を伸ばし、固く握手した。
「貴殿が戦っておられたことを我らも気づいてござる。西の平原から不思議な光が見えたゆえ」
「君たちのほうも凄い戦いだったんだね。町の人たちから聞いたよ」
リンク氏は答えた。私はリンク氏の服と鎖帷子が何箇所も破られていることに気づいた。よく見ると額にも大きな斬り傷がついている。不思議なことに、その傷は縫合もされていないのに塞がっていた。
「貴殿も傷を負われたのだな。さあ、ここで治療を受けられよ」
私は勧めた。だがリンク氏は首を横に振った。
「大丈夫さ。姫様に直してもらったからね」
「ではゼルダ姫殿下は?」
「無事だよ。地下牢に閉じ込められていた人たちを解放して手当をしてるところさ。それに兵士たちも合流したみたいだし、もう心配はいらないよ」
私の問いにリンク氏が答えた。ずっと仏頂面だったラフレル翁はここへ来てようやくリンク氏に向かって口を開いた。
「リンク殿、この老輩の目が曇っておりました。度重なる無礼、どうか許して下され」
リンク氏は微笑むと、ラフレル翁と握手しようと進み出た。
ところがである。その瞬間、我々の前に、異国の装束を着た美しい女がいきなり現れたのである。それは前ぶれもなく全く突然のことであった。
その異国の女性はどこから見ても全く非の打ち所がないほど美しかった。茜色の髪を高く結い上げ、黒を基調としたケープを身にまとっていた。背はすらりと高く、その肌は青みがかっていると見えるほど白かった。
我々はしばらくの間言葉を失っていたが、リンク氏が頭を掻きながら言った。
「皆んな、紹介するよ。これが僕の相棒、ミドナさ」
我々のうちの誰かが挨拶をする前に、ミドナ姫はラフレル翁の前につかつかと歩み寄った。
「おい爺さん。こないだはずいぶんな言いようだったな?私がハイラルを狙ってるとかザントと結託してるとか。私がそんな小狡い奴に見えるか?」
仁王立ちになったミドナ姫が言うと、ラフレル翁は両目を大きく見開き、額に汗を浮かべ始めた。
「い....いや....この老輩.....その節は....非常に....」
翁はしどろもどろで言葉にならない言い訳を始めた。
「も....申し訳ありませぬ.....これは...老輩の不明としか言いようがなく.......」
だがそこまで聞くとミドナ姫は愉快そうに笑って相手の肩を叩いた。
「まあよい。その後のお前の働きに免じて不問にしてやる」
ラフレル翁は生きた心地のしないような顔をしていたが、やがて大きく溜め息をついた。私はミドナ姫の前に進み出て片膝をつくとこう申し述べた。
「影の国の姫君よ、この度は我が国の存亡の掛かった戦いに馳せ参じて頂きこのアッシュお礼の言葉もありませぬ」
「堅苦しい挨拶はいらないよ。全てはこいつに乗せられてやったことさ。何しろ危なっかしくて放っておけなかったからな」
ミドナ姫は親指でリンク氏を指差した。リンク氏は苦笑いした。
すると、シャッド博士が影の一族の由来について教えてくれるようミドナ姫に請うた。博士は傍らに座った姫に熱心に質問し、また猛烈な勢いで手帳に書き込み始めた。テルマ嬢もミドナ姫に挨拶し、料理と飲み物を持ってきてくれた。我々は夜半まで談笑した。
リンク氏は改めて事の次第を話してくれた。彼とミドナ姫は城の謁見の間に突入し、囚われのゼルダ姫を見つけ出したのである。だがそこには魔王が待ち構えていた。この魔王こそが、ザントという男に力を与えてハイラル城を占拠させた張本人だったのだ。
リンク氏とミドナ姫の二人は凄まじい戦いの末魔王を退けゼルダ姫を取り戻した。だが戦いはそこでは終わらなかったのである。再び現れた魔王に止めを刺すため、ミドナ姫はその場に残り、ゼルダ姫とリンク氏を西平原に逃れさせた。
だが、それでも魔王はゼルダ姫を追ってきた。リンク氏は姫とともに騎馬にて魔王と戦い、これを落馬させると、最後には魔王と一騎打ちとなったのである。
その戦いは熾烈を極めるものであったようだ。リンク氏は数々の深手を負いつつも、聖剣で魔王を刺し貫いた。その剣から発した強い光が、我々が見た不思議な光だったのである。
そして、魔王との先だっての戦いで死んだと思われていたミドナ姫も姿を現し、二人に付き添われてゼルダ姫はハイラル城に帰還した、というわけであった。
私はリンク氏の武勇に心からの敬意を感じると同時に、僅かに嫉妬の念も覚えてしまった。剣士見習いとなって一年も経たないうちに、ハイラルを脅かしていた元凶を打ち払い文字通り王国を救うという目覚ましい功を立てたからだ。
だが、事の次第を訥々と語るリンク氏の表情を見るにつけ、私の嫉妬の念は薄らいだ。シャッド博士が言った通りに彼が選ばれた勇者だったのだとしたら、その戦いの過程で味わった孤独や苦しみはいかばかりであったろう。大義のために剣を取ることも名誉のために死することも教えられることがなかった田舎村の少年が、抗いがたい巨大な運命の流れにより王国の命運の懸った戦いに身を投じることを余儀なくされたのだ。その胸中の戸惑いと混乱はどれほどであったろうか。それを思うと、その用意された道を走り切ったリンク氏と自分を比較すること自体が無意味なことと私は気づいた。
肩を並べて戦うことこそなかったが、こうして私はリンク氏の存在を尊敬する剣士仲間として心に刻むことにしたのである。
* * * * * * * * * * *
翌日から私は高熱を出して寝込んでしまった。心配して家に見舞いに来てくれたテルマ嬢は、食事を作ったり私の身体を拭って着替えさせたりしながら、戦いの前に彼女が私に渡してくれた絹の飾り布の由来を教えてくれた。
テルマ嬢は若い頃、トラムトリストという騎士と恋仲だった。彼はまた私の父と親友であり、何度となく肩を並べて魔物と戦ったという。だがあるとき彼は私の父を庇って重傷を負い、亡くなった。私の父は彼の遺骸を馬に乗せて連れ帰った。そして彼を葬ったテルマ嬢の手元にはその飾り布だけが残されたわけである。
その飾り布は私の机の上にあった。私は帰宅したとき、甲冑も鎖帷子ももはや用をなさないほど破れ魔物の血で汚れていたので廃棄したのだが、その布だけはどうしても捨てる気にはなれなかったからだ。私はそのお守りを汚してしまったことをテルマ嬢に謝罪した。
私の枕元に座ったテルマ嬢は首を横に振って私の頬に手をあてた。
「何言ってるのさ。あんたがこうして生きて帰ってきたことが私にとっての一番のご褒美だよ。だって、あんたはあの人が繋げようとした命そのものだからさ」
私はその意味をよく考えてみた。人が友を生かすために命を捨てたとしたら、その生かされた命はもはや本人だけのものではない。だとすれば私の命は、私の考えるその価値とは無関係に尊いということなのであろうか。
考えてみても私にはすぐ答えが出せなかった。だが、痛みに顔をしかめて寝返りを打ちつつ、私は思った。大義のために死するなら、それは剣士の本道であろう。だが、問題は何を大義とするかだ。自らの下らぬこだわりや、視野の狭さによって逸る義侠心に駆られて戦いに突っ込んで行くのが私の生まれつきの性質だ。私は、自分の短慮を克服し賢くなる必要がある。あのラフレル翁のように。そうすることでようやく、私は私の命に付与された不相応なほどの価値にふさわしく生きることができるかも知れない。
モイ氏やシャッド博士も見舞いに来てくれた。モイ氏は私と同じくらい満身創痍なのに、未だに居酒屋の椅子を寝床代わりにして寝泊まりしているのだという。
「ま、こんくらいの怪我はちょくちょくやったからな。剣士の日常ってやつさ」
包帯で巻かれた前腕を上げながら事もなげにモイ氏が言う。
「本当に二人には脱帽だよ。僕は剣士にはなれそうもないなぁ」
シャッド博士が応じた。リンク氏の所在を尋ねると、テルマ嬢の居酒屋で下働きをしているという。それを聞いて私はますます驚かされた。
「あいつは貧乏性なのさ。テルマがゆっくりしてろって言ってるのに聞きやしねえ」
モイ氏が笑った。また、ラフレル翁は解放されたばかりのハイラル城の混乱状態を片付けるため忙しく働いているという。特に、魔物どもによる城の占拠中に職務を怠っていた兵士たちの処分について現在審問が行われており、彼は下士官たちを補佐し兵士たちを弁護するために立ち会っているとのことであった。床に就いているのは私ひとりである。私は女である自分の弱さに酷く腹が立った。
だが3日もすると熱は下がり私は動けるようになった。肋骨の痛みは相変わらずであったが、医者によればこれは安静にする以外にないという。剣の稽古を再開できないのが残念であったが私は医師の助言に従って暫くの間家でじっとしていることにした。
そこに思わぬ知らせが舞い込んできた。城からの使者が私の自宅の扉の前に立ち、こう申し述べたのである。
勲章を授けるからゼルダ姫殿下の御前に参じるべし、と。