剣技教官アッシュの随想   作:nocomimi

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「受勲」

ハイラル城解放の戦いから一週間ほどが経ったころであった。私は高熱から回復したものの肋骨の負傷のため自宅で安静にしていたが、そこに城からの使者がやってきたのである。勲章を授けるからゼルダ姫殿下のもとに参じろとのことであった。

 

私は困った。何しろ、着ていく服がない。甲冑も鎖帷子も用をなさないほど損傷し汚れていたため捨ててしまった。家庭教師をしていた時代に着ていたドレスも暇を出された時に切り裂いて燃やしてしまっていたのである。

 

私はなけなしの蓄えを全て下ろして仕立て屋に出向いた。だが物価高騰の折り、王家の御前に着ていけるような服はどれも手が出ない。

 

私は諦めて怪我の療養を理由に辞退しようかとも考えた。だが、そこに居合わせた客の一人が私の顔に気づいた。私のほうでは先方を知らなかったが、魔物どもとの戦いを終え城から出てきたときに噴水広場に居合わせ私を見たというのである。

 

その客は裕福な資産家であり、私のために礼服一揃いを仕立てる資金を出すと請け合ってくれた。私は重々礼を申し述べ、ご厚意に甘えることにした。とは言え、私は自らの下らぬこだわりのゆえドレスを着て御前に出ることを好まなかった。結局、軍の既製の礼服が一点だけ残っていたため仕立て屋はそれを私の身体に合わせて縫い直してくれることとなった。

 

こうして私は指定された期日に礼服を間に合わせることができた。当日、城の門前に来ると待ち構えていた兵士たちが足を踏み鳴らして敬礼してくれた。前庭を横切って正面扉まで通され、請願の間から階段を登って謁見の間の前まで登った。謁見の間の入り口は城の前庭を望むバルコニー状になっている。上からは初秋の昼下がりの燦燦とした光が降り注いでいた。そこには既にラフレル翁とシャッド博士が控えていた。

 

「おお、いったい誰かと思いましたぞ、アッシュ嬢」

 

礼服に身を固めたラフレル翁がにこやかに私を迎えた。

 

「お似合いでございますぞ。貴女の将来が見えるようでござる」

 

私は首を振った。ラフレル翁の服は銀の縫い取りがしてある極めて仕立ての良いもので、胸には以前に授けられた勲章がいくつも連なっている。

 

「この服はほんの間に合わせに過ぎませぬ。まったくこのような時に恥ずかしい限りです」

 

「そんなことないよ。決まってるじゃないか、アッシュ」

 

燕尾服を着たシャッド博士が言う。その時、モイ氏がリンク氏の手を引いて慌ただしく階段を登ってきた。

 

「やれやれ、間に合ったか」

 

モイ氏が息を切らせながら言った。礼服の前ボタンも留めていない状態だ。リンク氏に至っては居酒屋のエプロンをつけたままだった。その手には新品の緑のチュニックが握られている。

 

「こいつ集合時間を間違えて覚えてやがったんだ。全くとんでもねえことになるところだったぜ」

 

モイ氏が呆れて首を振る。リンク氏はバツの悪そうな顔でエプロンを脱ぎ、チュニックを身に着けた。係官が咳払いしながら近づいてくると、御前での作法をもう一度我々に聞かせた。

 

そして、いよいよ御前に進み出よと合図が出た。打合せ通り、我々は年齢順に並んで謁見の場に入っていった。ラフレル翁、モイ氏、シャッド博士、私、そしてリンク氏だ。リンク氏は明らかに落ち着かない様子だった。酒場で聞いた話しではリンク氏はこの謁見の間にも来たことがあるしゼルダ姫殿下に会ったこともあるはずだ。それなのにリンク氏はせわしなく左右を見回し、我々が横一列に並ぶと私のほうに助けを求めるような視線を投げかけてきた。

 

私は、大丈夫、落ち着かれよ、と念を込めてリンク氏に微笑みかけた。やがて、廷臣の一人が姫殿下のおなり、と声高く宣言した。

 

姫殿下が玉座の前に歩み出て来られた。私は以前の受勲の時と違い落ち着いていることができた。姫殿下が階段を降りて近づいて来られる。ラフレル翁以下、モイ氏、シャッド博士、そして私は床に片膝を突いた。そうしながら私がリンク氏に視線を送ると、彼も慌てて我々に倣った。

 

「勇者リンク、そして抵抗軍(レジスタンス)のみなさん。この度のあなたがたの働きによりハイラル王国は救われました。今日お呼びしたのはその功労に報いるためです」

 

姫殿下のお言葉に、我々五人は頭を下げた。

 

「ラフレル、あなたは長い間私と王家に仕えてくれました。その忠誠、決して忘れることはありません」

 

姫殿下がラフレル翁の傍らに立ちそう声を掛けられた。謁見の間の窓から眩い光が差し込み、姫殿下の頭の冠に反射してきらめいた。

 

「人生の最後にお役に立つことができて、このラフレル幸せでございます。これでやっとこの老いぼれも安心して黄泉に下ることができるというもの」

 

翁がそう返答するとゼルダ姫はやや真顔になって付け加えた。

 

「いいえ。あなたはまだ王国に必要な人です。これからも私を支え続けてください」

 

ラフレル翁は一層頭を下げると、恭しく答えた。

 

「もったいなきお言葉。それならばこの老体、黄泉にはもう少し待ってもらい、もうしばらく生きながらえられるよう踏ん張ってみましょう」

 

それを聞いた姫殿下は微笑まれ、モイ氏に歩み寄った。

 

「モイ、あなたは兵士として、そして剣士として王国のためよく働いてくれました。あなたの獅子奮迅の活躍、全ての剣士の賞賛の的となりましょう」

 

「いやあ、姫様。俺は悪運が強いのだけが取り柄の男ですから。あとは田舎に帰って嫁さんと子供たちとのんびり暮らすつもりです」

 

「そうですか。それならばあなたの暮らしに平穏と恵みがあるように私は祈っています」

 

冗談めかしたモイ氏の返答に姫殿下はそう仰せられた。そしてシャッド博士の傍らに立たれた。

 

「シャッド。あなたもよく戦ってくれました」

 

「姫殿下........」

 

シャッド博士はやや戸惑った口調だった。

 

「僕のようなものがここに呼んでいただけるなんて、不思議な気分です。僕は...僕はただ皆にくっついて少し手伝いしただけなのに」

 

それを聞いた姫殿下は五人の端に立つリンク氏を指し示した。

 

「シャッド、あなたを受勲者に加えるよう推薦したのはあのリンクなのですよ」

 

博士はそれを聞くと驚いてリンク氏のほうを見た。

 

「剣を生業としないあなたが王国のための戦いに身を投じたその勇気。私もまたそれを市民の模範としたいのです」

 

博士が顔を赤らめて頭を下げると姫殿下は私の側に来られた。

 

「アッシュ、あなたのような勇敢な女性がこの国にいることを誇りに思います。あなたならきっとやり遂げてくれると信じていました」

 

私は居住まいを正して返答した。

 

「姫殿下、民に心を寄せられる殿下の手となり足となって戦うは、幼き頃より自らに課した務めにございます」

 

私はやや目を上げると姫殿下のご尊顔を見ながら続けた。

 

「王国に危急のときあらば、何度でもこの身を差し出しましょう。この誓いはわが生涯変わりませぬ」

 

「ありがとうアッシュ。あなたは私の宝です」

 

ゼルダ姫殿下は私に微笑みかけられると、今度はリンク氏に歩み寄った。

 

「リンク」

 

リンク氏は顔を上げてゼルダ姫殿下の顔を見た。不思議なことに姫殿下はそれ以上言葉をおかけにならなかった。リンク氏も何も言わない。やがてゼルダ姫殿下は静かに仰せられた。

 

「リンク........ありがとう」

 

リンク氏は恥ずかしげに顔を赤らめた。ゼルダ姫殿下が玉座に戻られると、廷臣が我々一人ひとりの胸に勲章をつけ、また羊皮紙に書いた感謝状と恩賜金の入った袋を渡した。

 

我々五人は前を向いたまましずしずと御前を退出した。途中でリンク氏が恩賜金の袋を開けて覗こうとしたのを、私は肘でつついて制止した。リンク氏は我に返ったように慌てて袋を閉じるとまた顔を赤くした。私は笑いをこらえるのに必死だった。魔王を倒し王国を救った英雄であるリンク氏の挙動が田舎の少年そのものだったからだ。

 

謁見の間から出て、長い長い階段を降り、前庭に下りた我々は横並びで城門まで歩いた。

 

だが、城門に着く前にラフレル翁が立ち止まって口を開いた。

 

「各々がた、名残惜しいところではあるが老輩はここで失礼させていただきまする」

 

「なんだ、ラフレル。これから飲みに行くんじゃあねえのか?」

 

モイ氏が声を上げた。

 

「実は仕事がござってな。ゼルダ姫殿下より元老院議長を務めよと内示を受けましてござる」

 

それを聞いた我々は皆驚いた。元老院議長と言えば大臣に次ぐ高位の職であったからだ。

 

「魔物どもは去ったとはいえ王国には問題が山積。議会の開会に備え資料の下読みなどもござるゆえ、本日は残念ながらご相伴できかねましてな」

 

それを聞いたモイ氏は漏らした。

 

「なんだ、ラフレルが来ねえなら詰まらねえな」

 

ラフレル翁は一礼して城内の官舎の方角に歩いていった。

 

私はリンク氏、モイ氏とシャッド博士とともに残された。私は歩きながら、かねてから考えていたことをリンク氏に伝えた。

 

「リンク殿、頼みがござる」

 

「なんだい、アッシュ?」

 

リンク氏は微笑んだ。

 

「私と友人になって頂きたい。そして貴殿と一緒に剣を修行したいのだ」

 

「何を言ってるんだよアッシュ。僕は前から君と友だちだと思ってたのに」

 

私の言葉にリンク氏がやや驚いた顔で応じた。意外な返事にかえって私のほうが戸惑ってしまった。

 

「し.....しかし......貴殿は魔王を倒し王国を救った英雄。貴殿のご意志を確認もせず軽々しく友人などと‥‥」

 

だがリンク氏は頭を掻いて続けた。

 

「僕は英雄なんてガラじゃあないし...僕はどこまで行ってもトアル村出身の剣士見習いさ」

 

「しかし、もはや貴殿の肩書は貴殿の勲功に不釣り合いと思える。そうであろう、モイ殿?」

 

私はモイ氏に水を向けた。

 

「え?あ..ああ。そうかもな」

 

問われたモイ氏は気が付いたかのようにこちらを見た。

 

「そうかもな。だがどっちにしろ、リンク、お前はもう俺の弟子とは言えねえ」

 

それを聞いたリンク氏は驚いた様子でモイ氏を見た。

 

「弟子じゃないって....どういうことだい?」

 

「お前は強くなり過ぎちまったって意味さ。俺ももう師匠面できる立場じゃあねえよ」

 

「そんな.....」

 

リンク氏は戸惑った顔で前を見た。

 

「なんだか剣士って素敵だね。互いにしか分からない特別な絆があるって感じだ」

 

横にいたシャッド博士が感慨深げに呟いた。

 

「貴殿も今から目指すのに遅くはない。鍛錬次第でいつか剣士となることもできよう」

 

私は博士の肩に手を置いて励ました。

 

「まずは最低でも毎日素振り1000本。私も怪我が治り次第いくらでもお付き合い致す」

 

「わ...わかった。考えておくよ」

 

博士はげんなりした顔をした。城門を出て兵士に見送られながら中央噴水広場まで着くと、モイ氏は故郷への帰村のための馬車を仕立てるために馬車屋に交渉に行くといって立ち去った。シャッド博士は現在進行中の執筆が興に乗ってきたと言って我々に暇を告げた。

 

「天空人の実在についてなんだ。これは凄い本になるよ。出来たら君たちにも送るからさ」

 

雑踏の中、私はリンク氏と残された。リンク氏は恥ずかし気に頭を掻きながら私に右手を差し出してきた。

 

「じゃあ、改めて友達だね。よろしく頼むよ、アッシュ」

 

「こちらこそ。リンク殿」

 

私たちは握手を交わし、そこで分かれた。

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