ハイラル城解放の戦いが終わって一か月ほどもすると、私は本格的に生活を立て直す必要に直面させられた。
どうしたものかと思案しながら、日曜日に久しぶりに礼拝所に出てみると、かつての雇い主であるN夫人が親し気に声をかけてきた。そして、彼女は会衆に対し、以前私が彼女の家で働いていたということに加え、やれ彼女が自ら礼儀作法を教え込んだとか、養女同然に扱っただとか、あることないことを吹聴し始めたのである。
これには私も顔をしかめざるを得なかった。私は警護の仕事中彼女がどれほど私をぞんざいに扱ったかをまだ覚えていたからである。ところが、城下町有数の資産家である彼女がそう吹聴するのは、ある意味推薦状と同様の効果があったらしい。礼拝後、私のところに何人もがやってきて家庭教師や身辺警護、さらには剣術教授の依頼をくれたのである。
実のところN夫人自身も私を物陰に連れていって自分のところに戻ってこいと言ったのである。しかし私は丁重にお断りした。私はもとより剣士の仕事以外は受けないことに決めたからだ。私は恩賜金で武具を新調すると、警護業務や剣術教授を再開した。以前の弟子たちも一人また一人と戻ってきた。
仕事を再開する一方で、私は静養でなまった身体を元に戻すべくリンク氏を相手にして剣術の稽古を重ねた。
リンク氏の剣術は私とは全く異なるものであった。私は彼の技のいくつかを見て驚き、教授してくれるよう請うた。私の父の流派はどちらかと言えば対人剣術であり、従って魔物を相手とするにも人型魔物を想定して最適化されている。ところがリンク氏の剣術は、自らの身を危険に晒しつつも、非人型を含めた中型から大型の手強い魔物を最低限の手数で仕止めることを考慮された独特のものだったのである。
私は、リンク氏がこれをモイ氏から教わったのか確認したが、彼は言葉を濁すばかりだった。ともかくも、冒険を重ねるにつれて彼はこのような動きを習得し、実戦に用いるようになったというのである。
リンク氏と接するにつれ、私は彼にはいまだ謎めいた部分があるということに気づいた。彼が狼に変身できるといった噂についてもそうである。私が何気なくその真偽について尋ねると、リンク氏は驚いた顔をして首を横に振った。英雄というものには時として根も葉もない噂話がついて回るものである。彼は今後一生この種の噂に付きまとわれるであろう。そのことを思うと気の毒にも感じられた。
ともあれ、私とリンク氏は何度となく木剣試合を行った。結果について言うと、私が勝つ回数のほうが多かったのは確かである。
だが、読者の間に誤解が生じないよう、これだけは強調しておきたい。木剣の対人試合に勝つことが剣士の真の強さではない。魔物は人型とは限らないし、勝負が一対一で行われるとも限らない。増してや、モイ氏などは死んだ振りをして敵を出し抜き、勝利に貢献したのである。私は技にばかりこだわってきた自分の今までの了見の狭さを思い知った。そして思った。リンク氏は、剣術の試合で名を上げたり華麗な技を見せびらかすためではなく、まさに魔物どもを倒すためだけに技を身に着けたのだ。それがリンク氏の強さである以上、もはや私が試合で何度勝ったとかいったことは無意味だと私は気づいた。
時が流れ、ゼルダ姫殿下の戴冠式が行われた。リンク氏と元
式のあと、私たち五人はテルマ嬢の居酒屋に流れ、改めて女王陛下の即位を祝った。だが、元々城下町の住民ではないモイ氏とリンク氏には、どうやらこれが潮時となったようだった。席上でモイ氏は二、三日のうちに発つと我々に告げた。
「モイ殿、リンク殿。またお会いできるだろうか?」
私は尋ねた。
「さあな、俺は実のところ剣士を続けるのもキツい歳になってきたからよ。これからは村でのんびり暮らしてえってのが正直なとこだな」
モイ氏はそうこぼすとリンク氏のほうを見た。
「俺としてはこいつがトアル村の警護を引き継いでくれると有り難いと思ってるんだ。倅はまだ十歳だからな。いずれは俺の跡を継いでくれるんだろうが今は小さすぎるしよ」
私はそれを聞いてリンク氏を顧みた。
「リンク殿、貴殿はどう思われるのだ?」
「え?ど.....どう思うって?」
リンク氏が聞き返してきた。
「貴殿はもはや王国随一の英雄。もちろん生まれ育った村の警護も大事な仕事ではあろうが、さらなる栄達を求める気はお持ちではないのか?」
「え‥栄達?」
「さよう。貴殿なら剣士としては無論のこと、軍での職も選り取り見取りとなろう」
戸惑うリンク氏に私は言った。ところが、それを聞いたモイ氏が露骨に嫌な顔をしたのを私は気づいてしまった。
「ぼ‥‥僕は栄達なんて考えたことはないよ。ただ身の回りの人たちを助けたかっただけさ」
リンク氏が答える。そこにモイ氏が割って入った。
「てなわけさ。俺らが村に帰ったあとの町民の安全は、アッシュ、お前さんに頼んだからな」
私はリンク氏をもう一度顧みた。だが彼は別に師に言われてというわけではなく、本当に栄達に興味がない様子だった。私はそれ以上何も言わなかった。
「寂しくなるよ。
シャッド博士が溜め息をつく。
「各々がた、それは良きことでもありまする。団を必要とする危機が去り日常が戻ったということですからな」
ラフレル翁が笑顔で言った。翁は多忙の中酒場に駆けつけられたのである。
私も寂しさを感じていた。だが、我々はそれぞれ前に進まねばならない。それに生きていればいずれどこかで再会することもあろう。
彼らの出発の朝、私はシャッド博士とともに城の門まで出向いて見送った。
私が別れの記念に花束を渡すとリンク氏は恥ずかしそうに微笑んだ。
「リンク殿、息災を祈っておるぞ」
「ありがとうアッシュ。いつかまた」
私が挨拶を述べると、彼はそう言って馬に股がった。
「リンク、また会おうよ。君の冒険の話ももっと詳しく聞きたいしさ」
シャッド博士もそう言った。だがモイ氏は既に乗り込んだ馬車を出発させていた。リンク氏は博士に手を振ると慌てて馬を前に進ませた。私と博士は朝の陽光に照らされた彼らの姿が見えなくなるまで見送った。
* * *
以上が、私の剣士としての自立の経緯である。
私は幼い頃から自分は剣士であると自認して疑わなかった。だが世間に出たとき私はそれが私ひとりの了見によるものであって周囲は少しも私をそう見ていないという場面にしばしば遭遇したものだ。
かくして、剣士として認められることを願い私は戦ってきた。その結果試合において無敗との評判を付されたこともあった。
だが、今の私にとって他人の評価や評判はもはや意味のないものである。
試合に勝つことが強いのではない。功を立てた者が強いのでもない。功を立てるのはたまたまの結果である。
では剣士の強さとは何か。それは、危急のときを見極め命を懸けて行動できるか否かであると私は思う。だがその「時」を見誤れは犬死にとなる。もし命を賭けるならば、それが命を賭けるに値する戦いかどうかを見分けることができなければ意味がない。
それが私の学んだことである。だが、鬼を数十匹倒し勲章を2つ受けたからと言って私は父のような偉大な剣士となったとは思わない。私の修練はむしろこれからである。
私はたゆまず励むつもりだ。いつか父のような剣士となるために。