剣技教官アッシュの随想   作:nocomimi

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「父のこと」

私の書くものを読んだある人が、貴女は愛情の細やかな素晴らしい父上をお持ちだったのですな、と感想をくれた。私は早速読者に誤解を与えてしまったようである。

 

私の父は厳格で、必要最低限のことしか喋らず、笑顔を見せることさえ滅多になかった。その父でも、私に用事をいいつける以外のことで声をかけてきたり、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたりすることが稀にあった。それが非常に珍しいことであって強烈に記憶に残ったので、こうして記事にしているわけなのだが、どうやら読者のうちにそれが父の常態であるといった印象を残してしまったらしい。

 

父は私に剣と学問を教える以外のことにはほとんど注意を払わなかった。そういった父の人となりをよく知っていた母は、亡くなる前に私の身だしなみや女性としての振る舞いのあり方について一通りのことを書き残したらしい。それで彼は時折それを読み返しては私の髪型を整えたり服装を見繕ったりしていたということをかなり大きくなってから知った。

 

彼はまた吝嗇家でもあった。酒も飲まず贅沢もしなかった。金が無かったからではない。単に自分の職務以外のことに興味が無かったからだ。彼の所有する最も高価な物はその剣と甲冑であった。それらも実のところ王室から賜ったものであり私費で買ったものではないと聞く。また本当は馬も持っていたのであるが、山での暮らしには不要と考えたので安価で飼いやすい驢馬に買い替えたようだ。

 

私と父との間で交わされる会話は、どちらかと言えば一方通行で、まるで軍隊の上官と部下の間のそれのようであった。私自身はそれが当たり前とばかり思っていたのだが、長じて他の家庭の様子を聞き及ぶにつれ、わが家がいかに普通でないかということが十代も半ばになった頃にようやく理解できてきたのである。

 

さらに、彼は私が泣くことを許さなかった。私が何かに失敗したり落胆して泣こうとすると、「泣くな。泣くくらいなら鍛錬せよ」と叱る。自然とそれは私が泣き出しそうになった後それを堪えて飲み込む訓練の時間となった。

 

そんな父であったから、私を甘やかしたり剣や武術と関係のない無為な遊びの相手になることは決してなかった。

 

と、そう書いてみたところで、私は思い出すことがある。これには、一つの例外があったのだ。

 

私が文字を読めるようになる前の幼い頃、父はある本を私に買い与えた。行商人に頼んで取り寄せたその本は「ハイラル剣士物語」という分厚い装丁の本であった。それが誰の著になるものでどの出版社から出たのかといったことは私はとうに忘れてしまったが、ともかくその背表紙に刻まれた金の文字が光るのを見た私は何か素晴らしい物が届いたと期待に胸を躍らせたものだ。

 

そして、まだ文字の読めなかった私の枕元にその本を置いては父は一章づつを私に読み聞かせてくれた。その内容は剣士の気高い行いに関する教訓をちりばめた説話集だったと記憶している。だが話そのものよりも、私は十数頁に一枚、およそ一章にひとつの割合で挿入された挿絵に非常に心を惹かれた。

 

それは多色刷りで、陽光を浴びて鈍色に光る剣士の甲冑や武具、兜の頭頂部からたなびく羽飾り、風に翻る貴婦人のドレスなどが色彩鮮やかに描かれていた。(当時としてはかなり高価だっただろうに父としては随分奮発したようだ。)私はその挿絵の箇所が来るたびに目を輝かせてそれに見入ったものである。

 

ところが、私が成長して文字が読めるようになると父はそれを私に読み聞かせるのをやめてしまった。私が読んでくれとせがみに行っても「自分で読めるだろう」との返答で取りつく島もない。

 

私はどうしても父に読んでほしかった。そして子供ながらに必死で知恵を絞り、ある夜書斎にいた父に向ってこう申し述べた。

 

「父上、私はどうしてもこの本を父上に読んでいただきとうございます」

 

彼は机に向かったままこう答えた。

 

「お前はもう自分で読めるだろう。自分で読みなさい」

 

しかし私は引き下がらなかった。

 

「父上、私は甘えたくてこうお願いしているのではありません」

 

そして私は続けた。

 

「父上は本物の剣士であられます。その父上が読んで下されば、本物の剣士なら戦いを前にしてどういう気持ちになるか、危地を前にしていかに覚悟を決めるか、声の調子や高さにきっと表れるでしょう。私はそれを聞いて、まるで自分に起こったことのようにしてこの物語を読みたいのでございます。そうすれば私が長じて剣士となった暁には父上と同じように考え、同じように振る舞えるようになるでしょうから」

 

作戦は功を奏した。子供にこうまで説得されるとさすがに断れないと思ったらしく父は仕事を中断して私の寝床に来てくれた。

 

そうして父は再び読み聞かせの習慣を再開した。そうすると、凝り症の父は娘の注文通り、迫真の演技で台詞を読むようになった。善き剣士の台詞は高く朗々とした声で、悪しき剣士や魔物の台詞は低く潰れた声で読むようになったのである。

 

さらに父は、興が乗ってきたのか村娘や貴婦人の台詞を読むさいに裏返った声色を使い始めた。それを聞いた私はさすがに気持ちが悪く、やめるように頼んだ。

 

「なぜだアッシュ。読めといったのはお前ではないか」

 

「はい父上。しかし父上は剣士ではあっても村娘ではありません。村娘の役は私が務めます」

 

「そうか」

 

こうして、役割を振り分けることが決まった。父は物語の語り手とあらゆる男性の登場人物の台詞、私はあらゆる女性の登場人物の台詞をそれぞれ担うことになった。

 

そうするといきおい、我々はお互いに技量を競いあうようにして演技に工夫を凝らすのだった。私は父の使う声色に負けじと、魔物に攫われ助けを呼ぶ村娘を演じるときはできるだけ哀れっぽく、貴婦人を演じるときはできるだけ澄ましかえった声で台詞を読んだ。

 

お互いが思うように台詞を読めたり、あるいはし損じて声が裏返ってしまった場合などは私は父と顔を見合わせて笑った。とはいえ父はそんな時でもほんのわずかに眉を上げる程度だったのだが。

 

私がさらに成長し、より難しい本を読むようになると、この習慣は自然に立ち消えとなった。だが、このことは父と世間なみの親子らしい時間を過ごしたという意味において数少ない貴重な思い出である。

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