ある日、私の記事を担当する新聞社の者がやって来て、勇者リンクと私の関係について関心を持つ読者は非常に多いと私に伝えてくれた。中には、私と勇者は恋愛関係にあるのではと推測する者もいるという。彼の名誉に関わることでもあるのでここで明言しておくがそれは事実無根である。
また、ハイラル城奪還の戦いで私と勇者がともに戦ったと考える人もいるが、これも厳密には違う。私は仲間と四人でハイラル城の中庭に突入した後、城壁の上の通路で勇者が多数の魔物に取り囲まれ孤立しているのを発見した。それで我々が彼を援護し敵を引き付けたのである。彼が城内に潜入し魔王と対決するのを結果として助けた形にはなったが、彼と肩を並べて戦ったわけではなかった。
彼と共に戦ったのはそれよりずっと後のことである。そこで私は勇者の力や技を見、またその人となりを深く知ることとなった。
私は彼に伴われ、ゲルド砂漠地方にある洞窟を探索することになった。少壮考古学者のシャッド・デルヒンス博士も同行した。その洞窟は階層構造になっており、各階層に魔物が巣くっていた。我々は一階層づつを掃討しながら奥へ奥へと進んでいったのである。
それまで私は彼と剣術を稽古したことはあったが、実戦で彼が剣を振るうのを一度も見たことがなかった。稽古における彼の剣術は、正直に申し上げれば、粗っぽくて動きも緻密とは言い難かった。それなのに、いざ実際の魔物を前にしたときの彼の動きは驚くほど的確で、殆どの相手を三手ほどで打ち倒していた。
さらには、彼は途中から作戦の立案も担当した。彼はデルヒンス博士に役割を与え、さらに彼を励まして奮起させ、指揮官としての資質もあることを示した。
そのようにして魔物を退治しながら洞窟を探索した我々だったが、最奥部に近づいたところで強力な魔物に出くわし、私は不覚を取って気絶させられてしまった。そこから先の記憶は途切れ途切れしかなく、目覚めたときには私は城下町の診療所の病床に寝かされていたのである。
やがて彼が私の寝床に見舞いに来た。彼は体中を包帯で巻かれた私の姿を見るなり涙を流しながら私に謝罪した。彼はそのタートナックという魔物と過去二度も戦っており、彼らの動きや性質を事前に私に十分に伝えなかったことを悔やんでいるというのである。
「リンク殿、貴殿も最初は相手の手の内を知らずに戦ったのではないか。私が同じ条件でその敵と戦うのに一体何の不都合があったと申されるのか」
私は彼を泣き止ませた後こう言った。
「敵の手の内にかかりこのように負傷したのは私の鍛錬が足りなかったことを示しこそすれ、貴殿には何の責任もない。貴殿も剣士ならそう人前で涙など流されないほうがよろしかろう」
私のその言葉に彼はやっと納得して平静を取り戻した。見舞いに来た者が見舞われる者を慰めるのではなく、見舞われる私が見舞いに来た彼を慰めるといういささか妙な面談となった。
また私は少なからず驚いた。この勇者リンクという人物は、比類なき勇気と手強い剣の力量を持っており、他人から受けた恩義を決して忘れず、また弱い者を決して見捨てない心根の持ち主だったが、一方でまるで幼い少年のような振る舞いを見せることがあった。彼は自分は農民の出身であるからと常々謙遜しており、それを考えれば私も納得が行かぬわけでもなかった。いずれにせよ、私は近頃この一つ年下の剣士を自らの弟のように思っているのである。むろん、勲功という面では私は彼に遠く及ばないのであるが。
いまや私は城勤めとなり、他方彼は未だにハイラル各地を巡る旅をしている。いつしかまた共に冒険できる日が来るかはわからないが、その日が来たときに遅れをとって笑われぬよう私もいっそう修練を積む所存だ。
以上が詮索好きの読者諸氏に対する私の答えである。私と勇者は恋愛関係にあるのではなく、冒険者同士としての信頼と友情で結ばれている。それ以上でも以下でもない。