「ん〜、美味しい!」
店内に入るなり鼻腔を刺激するジャンクな香り。目の前にあるのは、ポテトにコーラ、ハンバーガーというこれまたジャンクな組み合わせ。本当は良くないと分かっていても、部活帰りの空腹にはこれくらい誤差だった。
「今日の晩御飯、何かな」
ハンバーガーをがっつきながら別の飯のことを考える化け物…私、夕賀くれはは、この部活帰りのファストフード店通いを週一回の楽しみとしていた。
ポテトが冷めるな、と考えた私はハンバーガーを右手に、もう片方の手でポテトをつまみ始める。サクサクのポテトとしなしなのポテト、今回は均等に入っていて最高に美味しい。それをコーラで流し込んで、ハンバーガーを食べ切る頃、注文カウンターの方から物音が聞こえた。
ドサッ!
何か重い"もの"でも落ちたかのような鈍い音に、店内の喧騒は一瞬だけ静まったような気がした。だけど"それ"に興味を惹かれたのはどうやら私だけのようで、皆は何事も無かったかのように今一度各々の食事を再開している。
人が倒れているというのに。
「ちょっと、大丈夫?」
私は油まみれの手を拭いて、倒れ込んだ少女へと駆け寄る。少し茶色がかった髪を肩のあたりまで伸ばし、私のものとは色の違う学生服を身に着けた少女は、私が声を掛けるとごろんと仰向けに寝返りを打ち、ぱちりと目を開ける。
「……い、た…」
「どうしたの? どこか痛い?」
少女は精一杯口を動かしながら、何かを訴えている。私が聞き返すと、今度ははっきりと私に聞こえるよう、その小さな口を再び動かした。
「お腹…空いた」
「うぅーっ、染みるぅ…」
倒れ込んだ少女が空腹を訴えたから、仕方なくハンバーガーのセットを購入してやった。何せ、財布の中に一円たりとも入ってないと来たら、私が買ってやるしかなかったのだ。
「美味しそうに食べるね。…人の金で」
「うっ…。だ、だって、ウチ貧乏で…お小遣いとか貰ったことなくて、外食にも連れてってもらったことなくて…」
「はぁ。まあいいよ、今日くらい。どうせもう、会わないだろうし」
少女は申し訳なさそうにしつつも、食欲に抗えずポテトとハンバーガーをがっつくように食べている。
顔立ちは整っているし、限界空腹少女なだけで最低限の礼儀やマナーは感じられる。少なくとも悪い奴のようには見えない…けど、じゃあこれから先ずっと面倒を見てやれるかと言われれば、それは無理だ。私とてお金持ちな訳では無いし、ましてやお互い学生の身。金銭の貸し借りや奢り奢られの関係は、互いの身を滅ぼす。
「ふーっ、ごちそうさま! ハンバーガーって初めて食べた! こんなに美味しいんだね」
「…ホントに全部食べるなんて。帰ったらご飯、あるんでしょ?」
「うーん…まあね!」
「ダメじゃん」
清々しい程の彼女の受け答えに思わずくすりと笑みがこぼれる。目をキラキラと輝かせ店内を見渡す純粋な瞳に、なんだか申し訳無さを感じている私がいるのも、事実だった。
(本当に、こんな子がいるなんて)
ファストフード店のハンバーガーの味を知らない人間がいるなんて、アニメや漫画の世界の人間、もしくは余程の金持ちだけなんだと思っていた。週に一度どころか、月に一度の贅沢すら許されない程の貧困が、私には想像出来ない。この子は気丈に振舞っているようだけれど、それだけでおおよそどういった家庭環境なのかが透けて見えてくるのが、なんだか辛くもある。
「私、帰るよ。勉強しなきゃいけないし」
「あ、もう帰るの? ここで勉強してこーよ! ご飯のお礼に、あたしが見ててあげる」
「え、やだよ頭悪そうだもん(ううん。家の方が集中できるから)」
「…本音と建前逆転してない? てか、失礼だな! あたし、一応緑山なんだけど」
「…! マジ?」
緑山高校…県内でも比較的偏差値の高い公立高校だ。倍率も高く、就職進学どちらにも力を注いでいる為人気も高い。
「ふふん。見えないっしょ」
「まあ…失礼ながら、1ミリも」
「ほんとに失礼だな!」
少女は笑いながら私の頭を一発小突いてきた。私は数学の課題集を広げて、ちょうど今日課題として出された範囲を見せてやると、少女はすぐに理解したようで、ペンを手に取り白紙の欄に式をつらつらと書き始めた。
「まだここやってんだね〜。ここはこの公式使って、当てはめればだいたい解けるよ」
「あ〜…マジだ。ありがとう、ホントに頭良いんだね」
「ほんとに信じて無かったんだね…さざみな、泣いちゃうよ」
「さざみな?」
私が聞き返すと、少女はにっこりと満面の笑みで私に返す。
「うん! あたしの名前。漣(さざなみ)美奈だから、さざみな!」
「ふーん…漣さんか。私は夕賀くれは。くれはって呼んでいいよ」
「ゆうがくれは…。じゃあ、ゆうぐれちゃんだね!」
「ゆうぐれ? …ふふっ、何それ。じゃあ、それでいいよ」
漣さんの眩しさに当てられて、何を思ったのか私は、この子にならまた奢ってもいいな、なんて柄にもなく考えてしまっていた。この子と一緒に勉強しながらハンバーガーを食べることを想像したら、なんだか楽しい気がしたから。
「ねぇ漣さん。週一回、水曜日にここで勉強教えてくれない?」
対面に座る漣さんは、相変わらずの笑顔で首を縦に振った。
「もちろん! じゃあ、その時はまたハンバーガー奢ってよ、ゆうぐれちゃん!」
こうして、私と漣さんの週一勉強会が始まってしまったのだった。