奢ってよ、ゆうぐれちゃん!   作:うにちゃん

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第二話 木曜日、それぞれの朝

 

 朝、私は昨日のファストフード店での出来事を思い出して、数学の課題集を今一度開く。今日の課題として提出するその範囲には、しっかりと漣さんの字で書かれている数式があって、私は昨日のことがひとまず夢ではなかったことを確認した。

 

(漣さん…不思議な子だったな)

 

 私の通う私立赤川高校から、緑山高校まではそこそこの距離がある。電車を使えば三駅程ではあるが、歩いてくるにはいささか遠い。つまりあの子は、昨日はたまたま放課後電車に乗ってわざわざあんなところまで?

 

 正直、私の通うファストフード店はチェーン店だから、緑山高校の近くにもあるはずなのだけれど。それこそが、私の中の漣さん像を"不思議っ子"たらしめる要因だった。

 

「あー…眠い。休みたい。くだらない。お腹空いた」

 

 木曜日の私はいつもこうだった。また来週の水曜日までの一週間を思うと気力が持たず(あとシンプルに前日のドカ食いが効いて)、朝は特に活力を失ってしまう。教科書やユニフォームを纏めて通学カバンに入れながら、大きなあくびを一つついた。

 

 朝食もそこそこに家を出て、学校へと向かう。家から学校までは歩いておよそ15分と近いのが救いだ。このおかげで私は遅刻することなく高校生活を遅れていた。

 

「たがちゃんおはよ。相変わらず眠そうだね」

 

「あ〜…松村おはよ」

 

 後ろから私の肩を叩いたのは、クラスメイトの松村みくりだった。松村は中学からの同級生で、稀代のバカだ。その割に運動神経は抜群で、ソフトテニスの全国大会で準優勝という結果を残し、スポーツ推薦枠として数々の高校から引く手数多だったのだが、私と同じく「家が近いから」という理由で赤川高校へと進学してしまった悲しき天才である。

 

 本人曰く、『テニス飽きた、日焼けするし。それに、たがちゃんいた方が楽しいし!』…だそう。ちなみに"たがちゃん"というあだ名は今はもう松村しか使っていない。私の苗字…夕賀の"夕"の字が、カタカナの"タ"に見えるから…という理由で、私はこいつにたがちゃんと呼ばれ始めた。というか、このバカははじめ本当にそうだと思い込んでいたのだという。こいつも、漣さんに勉強を教えてもらった方がいいんじゃなかろうか。

 

「昨日も行ったの? ハンバーガー」

 

「まあね。あ、聞いてよ。昨日たまたまそこで緑山の子と知り合ってさ、週一で勉強会することになったの」

 

「えー、緑山。頭いい子なんだ。たがちゃんも頭いいし、いいね! 次のテストは一位狙っちゃいます?」

 

「いやー、無理無理。てか、頭いいの次元がそもそも違ったわ。やっぱ緑山半端ない」

 

 正直、少し目を通しただけで的確に数式を書き始めたのには驚いた。あれほどの理解力はきっと努力の賜物だけでは成り立たない、生まれ持っての才能あってこそのものだろう。にしても、声はデカイけど。

 

 けど、それよりも何よりも、私はあの子の家庭環境が心配だった。貧困といっても限度があるはずだし、漣さんがお金もないのになぜわざわざ遠くの店まで来て、挙句の果てにぶっ倒れる程の空腹を感じている彼女が、なぜあんなにも明るく振る舞えるのだろうか。

 

 私の感じている"嫌な予感"が的中していないことをただただ祈りつつ、ひとまず来週の水曜日まで、難しいことは考えずにおくことにした。

 

 

———————————————————————

 

 

「朝だーーっ!」

 

 カーテンを開けて、雲ひとつない青空! 鳥が綺麗にさえずっていて窓を開けると爽やかな風が吹き込んできた。あまりの清々しさに、思わず口角が上がってしまう。

 

「うぅー歯磨きはキライ…」

 

 洗面台に張られていた水を抜いて、歯磨きをさっと終えると髪を整える。ふと洗面台の端の方に、ヘアオイルの容器が見えて手を伸ばしそうになる。

 

「…あたしも、みんなみたいに使ってみたい」

 

 無論これはお母さんのだから、使ったら大目玉。溢れる衝動を抑えつつ、我慢して水で髪を整えて軽くドライヤーを当てた。教科書をカバンに詰め込んで、玄関に置いたら朝食を作る。

 

「やっぱ、朝ご飯は大事だよねーっ」

 

 とは言っても作るのは簡単なもの。目玉焼きとハムを焼いて、よそったご飯にのっけたら醤油をひとたらし。我ながら栄養は偏っているけど、これが一日の始まりのエネルギー! そしてもちろん、まだ寝ているお母さんの分も用意しておく。

 

 朝食を食べ終えたら、玄関に行って靴を履く。一応ちゃんとした公立高校だから、テキスト類が無駄に多くてカバンが信じられないくらい重いのが、暑い夏には辛い。

 

「お母さん、行ってきます! ご飯作ったから食べといてね〜!」

 

 遠くから寝起きの声でいってらっしゃい、と聞こえてきたのを確認して、私はドアを開けて外へ出る。そして外に出た瞬間に押し寄せる湿度を帯びた熱気に、すでに帰りたくなっていた。

 

「よいしょっ、よいしょ」

 

 もはや声を出しながらでもないと歩いていられなかった。水筒に入れてきた水をちょくちょく飲みながら、学校までの道のりをひたすら歩く。

 

『ふふっ、何それ。』

 

 何でか、昨日ファストフード店で会ったゆうぐれちゃんの声が頭の中に響いた。週一でハンバーガーを食べると言っていたゆうぐれちゃんは、あたしと同じくらいの背丈で、髪の長さもほぼ同じ。年齢も学年も一緒と来たら、なんだか運命を感じるしかなくて、ついぐいぐいと近付いてしまったけど、迷惑じゃなかっただろうか。

 

 ウチはシングルマザーで貧乏だから、週一回でもご飯を食べて帰ったらきっと少しは食費も浮くはず。高校三年生になれば校則でバイトも許可されるから、あと一年はこういう生活になるかもしれない。

 

「バイトしたらさー、今度はあたしも、ちゃんと自分のお金で週一回くらいなら、ハンバーガー食べれるかな?」

 

 なんて、ここにはいないゆうぐれちゃんに話しかけるように呟く。ただ勉強が出来るからってだけで、ちゃっかり週一で奢ってもらう、なんて約束をしてしまったけど、今更になってやっぱ迷惑だったかもとか、来週からは行かない方がいいかなとか、頭の中を思考がぐるぐるしてくる。その場の勢いで他人に色んなことを押し付けてしまうのが、あたしの悪い癖。

 

「次会ったら謝って…そんでもう、その次からは来ないって言おう」

 

 そう口に出しながら決意して、校門をくぐりながら先生に挨拶を交わす。

 

「あーあ、早くゆうぐれちゃんに会いたいな〜」

 

 けどその決意は脆く、すぐさま崩れ去り、一瞬にして矛盾する。なんだかんだで、ゆうぐれちゃんとの勉強会を楽しみにしているあたしがいることに、自分自身まだ気付いていなかった。

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