サクナヒメに転生した現代一般人の物語(仮)   作:高丸

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筆が使いにくいのう…そうじゃ!

「……ああ、またじゃ。何もせず今日が終わってしまった」

 

 都の隅にある庭園、誰もいない時間帯。

 サクナは一人、池の縁に腰を下ろしていた。

 

 まだ鬼も、ヒノエ島も、米も──何もしていない頃。

 ただただ「偉大な神の娘」として、虚ろな時間を生きていた。

 

「わしには、何があるというのじゃ……」

 

 気がついた時にはこの体だった。

 元の世界の記憶ははっきりとあるのに、ここでは「サクナヒメ」として生きるしかなかった。

 

 ──でも、サクナヒメは、働かない。

 ──怠け者。お酒好き。お昼寝好き。

 親に守られた、何も知らない、ガキ。

 

 その像に、なぜか自分の心も引きずられてしまう。

 何もしていないのに、周りが勝手に「すごい」と思ってくれることの、居心地の悪さ。

 

 現代日本の娯楽に染まり切っていたサクナにとって、この世界の娯楽は酷く退屈であった。

 唯一ハマったここと言えば、術の修業であるが、それもこの平和な都で戦いもせずできることなどたかが知れている。

 かと言って鬼島に行ったところで、あの過酷な環境でワシとタマ爺だけで暮らすのはしんどいものがある。

 近くにあるなら日帰りで行く気にもなるが、鬼島は片道だけで何日も掛かる程遠い。

 

「なあ、トヨハナさま。わしは、どう生きたらいいんじゃろな……」

 

 石の上で寝転がり、空を仰ぐ。

 雲が、ゆっくり流れている。誰も来ないこの場所が、最近のお気に入りだ。

 

 昼間は人に囲まれていても、どこか寂しい。

 心が、ぽっかりと穴を開けたまま、埋め方もわからない。

 

 かといって、自分から何かしようにも、動き方がわからない。

 怠け癖があるわけじゃない。

 「何をすればよいか」が、わからないのだ。

 

「わし、ここにおって、意味あるんかのう……」

 

 ぽつりとつぶやいたその声は、誰にも届かない。

 ただ風が、それを連れ去るように吹いていった。

 

 

***

「うふふ……今日も、ひとりきり、ですね」

 

 作業部屋の片隅、小さな木机の上に、精巧な小歯車を並べていく。

 それを指でちょん、と突けば、コトコトと連なって、たった数秒、回って止まる。

 

 その瞬間、彼女は嬉しそうに笑う。

 

「クヒ……クフ、ふひひ……動いた、動きましたよ……」

 

 しかし、それだけだ。

 何かに使えるわけでもない。

 誰に見せるでもない。

 

「……わたくしが、神である意味は……あるのでしょうか」

 

 ココロワヒメ。

 車輪と発明を司る神──というのは名ばかり。

 

 都に居る神々の誰も、私の発明を求めたりはしない。

 稲作の神も、戦の神も、学問の神も、もう長いこと私に声をかけてくれない。

 

 「どうせまた、よくわからないものを作っているのだろう」と笑われた。

 

「でも……作らなければ、わたくしは、わたくしでいられないのです」

 

 ひとつの歯車が静かに止まる。

 その音が、自分の心とリンクするような気がして──

 ふと、涙がこぼれた。

 

「さみしいなぁ……誰かに見て欲しいなぁ……」

 

 ぽろぽろと、涙が落ちる。

 それすらも、小さな布に包んで、すぐに隠す。

 

 

***

 

神々の都は、今日も平穏で、そして退屈だった。

 

「……はあっ、今日も何もせず終わってしまったのう……」

 

陽の傾きかけた庭園の片隅で、ひとりの少女神──サクナヒメは、ため息をつきながら腰を下ろす。

 

何もしなくても褒められる。何もしなくても守られる。

それが、タケリビとトヨハナの娘──神々の名家の子として生まれたサクナの日常だった。

 

(わし、ここにおって、意味あるんかのう……)

 

毎日心の奥底で、そう呟く自分がいる。

怠けてるわけではない。けれど、どうしても動き出せない。

何をすればいいのか、わからないのだ。

 

筆を手にすれば滲む。

何かを書こうにも、形にする術がない。

目の前の紙に描いた図は、墨が滲み、ぼやけ、もはや自分が何を描こうとしたのかもわからない。

 

(もっと……こう、細い線で描ければ……)

 

誰に言っても通じない。誰もわかってくれない。

 

そんな焦燥を抱えたまま、サクナは立ち上がった。

 

(早くココロワを見つけねばのう)

 

***

 

その日、サクナはふらりと立ち寄った神々の工房区で、

不思議な“音”を耳にした。

 

――カチ、カチ、コト……カチ。

 

風にのって聞こえてくるその音は、

まるで意思を持って動いているかのように、機械的で、整っていて、美しかった。

 

「……なんじゃ、この音」

 

音の出所は、小さな工房だった。

表には「からくり調整中」の札がぶら下がっている。

 

戸口を開けると、そこには歯車の山と、

それに囲まれながら作業をするひとりの少女神の姿があった。

彼女の背には、自分の身体よりも大きな歯車。

 

(まさか、こんな都の端のほうにおったとは!道理で中々見つけられんはずじゃ)

 

サクナは奇跡的な出会いに興奮するも、すぐに平静を保つ。

 

「……おぬし、そこまで詰める必要があるのか?」

 

不意にかけた声に、少女はびくりと肩を跳ねさせる。

 

「あっ……申し訳ありません、わたくし、夢中で……」

 

顔を上げた少女の名は、ココロワヒメ。

車輪と発明を司る、しかし未だ誰からもその才を評価されぬ、静かな神だった。

 

「おぬし、ココロワか。名前だけは聞いたことあるぞ。からくりの神じゃろ。(原作キャラだから知ってて当然なんだがの)」

 

「はい、そ、そうです……が、あまり実績は……」

 

「よい。わし、サクナじゃ。トヨハナとタケリビの娘よ」

 

「さ、サクナヒメ様……!? あ、あの……」

 

「やめい。そうやって話されると、肩がこるわい」

 

「……えっ?」

 

「友として話せ、とは言わんがのう。わし、お主にひとつ頼みがあるんじゃ」

 

ココロワの目がわずかに見開かれる。

 

「わしな、筆が苦手でな。細かい絵も、図も、線も引けぬ。すぐ滲んで、ぐしゃぐしゃじゃ。

なにかこう……“擦るだけで細い線が引ける棒”みたいなもの、作れんかの?」

 

「…………棒?」

 

「名は……そうじゃな、“鉛筆”じゃ」

 

「え、んぴつ……?」

 

「……うむ。知らんじゃろ。じゃからええ。仕組みはこうじゃ──」

 

サクナは両手で描くように、少しずつ、思い出すように、“理想の道具”を語る。

 

芯は固く、細く、削って使う。

水も墨も不要で、乾かす必要もなく、紙に直接描ける道具。

 

それは、今のこの時代には存在しない。

けれど、“ココロワになら作れるかもしれない”。そう信じた。

 

ココロワは最初、戸惑いながらも、その構造を頭の中で回し始めた。

 

(細く固めた炭を芯にして、木の棒で包む……?

それなら、水も筆もいらない……?)

 

――もし、そんな物ができるなら、歴史に残る程の大発明になる。

 

「……それ、本当に、わたくしが作っても?」

 

「作ってくれ」

 

サクナは言った。迷いもなく。

 

「お主は“作る神”じゃろ。なら、わしは“使う者”として、お主に頼みたい。

わしはお主の知恵を欲しておる。これは運命じゃと、思わんか?」

 

「……っ……!」

 

ココロワは、たまらず目を伏せた。

指が、歯車の隅をぎゅっと握る。

 

(こんな風に、誰かに求められたのは……初めてです)

 

ふいに笑みが浮かぶ。

それは、ほんの少しだけ、気味が悪いとされてきた笑い方。

 

「ふふっ……ふひっ……」

 

「……おおう。なんか変な笑い出たぞ」

 

「す、すみません、サクナさん……。うれしい時、わたくし、こうなってしまって……」

 

「はは、ならばよい! わしも楽しみにしておるぞ、“鉛筆”!」

 

「はいっ……全力で挑戦させていただきます!」

 

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