サクナヒメに転生した現代一般人の物語(仮)   作:高丸

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神々の炉を使うのじゃ!

「あぁっ、また折れました……っ」

 

紙に力を込めすぎたココロワの指先で、芯がまた、折れた。

 

「この炭、崩れやすいのが難点です。描いてる最中にポキポキと……」

 

焦げ茶の作業机に、小さく投げ出された試作芯。

それは、何度折れてもなお諦められない、発明神の執念の証だった。

 

そんな時だった。

障子の外から、のんびりとした声が響く。

 

「ん〜? なんじゃ、苦戦しとるようじゃの」

 

戸が開き、乱雑な髪とぼさっとした袴姿の神──サクナヒメが顔をのぞかせた。

 

「ふむう……炭は軽くて描けるが、脆いのう」

 

サクナは、机の前で胡坐をかきながら、手の中で芯を転がしていた。

その手にはすでに何本もの折れた芯の感触が刻まれている。

 

「むぅ、やっぱり炭のままじゃだめか……。なら、粘土を混ぜるのじゃ!」

 

「粘土……を、混ぜる……?」

 

サクナは、土間の隅に転がっていた水汲み壺の口から、灰色の塊を取り出して見せた。

手に取ると、にゅるりと指にまとわりつく土。

粘土──ココロワはそれをまじまじと見つめる。

 

「これに炭を混ぜて固めて、乾かすのじゃ」

 

「なるほど……粉を粘土でまとめると……折れにくくなる……

ふひっ、では、分量を調整してみましょう」

 

***

数日後

机の上には、大小さまざまな“黒い小棒”が並べられていた。

混ぜた炭の量、粘土の種類、干した日数、乾燥方法……

ココロワのノート(※木札に刻まれている)はびっしり埋まっていた。

 

「どれも描けますが……まだ滑らかさが足りません……」

 

「じゃが、筆とは比べ物にならんくらい綺麗になってきたの」

 

「けれど、これでは未だ不十分です。

もっと細く、もっと滑らかに、もっと折れずに……!」

 

しばし、サクナは芯を手の中で転がしていたが、

ぽつりと、こう言った。

 

「黒鉛にしたら、もっと滑らかで、折れにくいのではないかのう」

 

「…………っ」

 

今、なんと?

 

「こ、こく……えん……? それは、何です?」

 

ココロワの目が、きゅっと見開かれる。

鼻先に炭がついているのも忘れて。

 

「あー……んーと、なんというか、炭を……もっとこう、熱ぅ〜〜〜くして、ぎゅーっと焼くんじゃ。

炭素ってやつを……こう、整えて……あ〜〜〜なんて言えばええんじゃろうな」

 

サクナは、髪をかきむしっている。

現代知識はある、が、専門用語で説明できない。

 

それでもココロワには、ひとつの光が見えていた。

 

「もっと高温で……もっと圧をかけて、炭を整える……」

 

彼女の目がぎらりと光る。

まるで神の歯車が、音を立てて回り出したように。

 

「サクナさん……それ、できます……!

火の神に頼めば、鍛冶神の炉を借りれば……わたくし、それ、試してみたいです……!

 

ふひっ……ふふふふふっ!!!」

 

「サクナさん、あなた、やっぱり……すごい!! すごすぎますっ!!」

 

「え!? えぇ!? ちょ、なんか知らんけど、すごく燃えておるぞ!?」

 

 

突然手を握られ、サクナはバッと赤面する。

 

「な、なんじゃ!? ちょ、なんじゃ、急に!?」

 

「この黒鉛とやらが、炭の理ならば……今の筆芯問題、すべて解決できます……!

描ける、削れる、折れない、濡れない……神が持つにふさわしい道具に、なります……!!」

 

「サクナさん。あなたのその“思いつき”、間違いなく時代を変える発見です……」

 

「う、うむ……? そ、そうじゃな? うん。わし、やっぱり天才かもな?」

 

「ええ。天才です。……最高の発明の、種をくれたお方です……」

 

ココロワは、すでに次の試作に向けて走り出していた。

サクナがぽつりと漏らした“黒鉛”の言葉が、

彼女の中の発明神としての心に、火を灯したのだ。

 

 

「とは言っても、伝手はあるのかの? 報酬とかなどは考えておるか?」

 

サクナが、背伸びをしながら言った。

 

「そ、それは……っ」

 

図面はある。芯も試作した。炭素の理も見えかけている。

けれど、炉を借りる伝手も、報酬も無い。

 

──その現実が、ココロワの胸にのしかかる。

 

「まあ、ワシの米を報酬にすればよいかの」

 

「えっ……?」

 

あまりに軽く言われて、ココロワは一瞬理解できなかった。

 

「おぬし、知らんのか? ワシの米じゃぞ? カムヒツキ様の食卓に乗っとるんじゃからの。炉の一つくらい、余裕じゃろ?」

 

「サ、サクナさん、それは……っ!?」

 

「ワシの親が残してくれた物であってな、味は絶品じゃ。」

 

サクナは、いつものように冗談めかして笑った。

 

ココロワの胸が熱くなる。

 

「サクナさん……あの……わたくし、その……」

 

「礼などいらんぞ、これで都にも我らの名が広まるじゃろうて!」

 

「……ふふっ、ふひっ……かしこまりました。では、遠慮なく、いただきますね」

 

「うむ。盛れ。山盛りにの!」

 

***

 

「はあ? 黒鉛だあ? なんじゃそれは?」

 

重々しい声が、火の神殿に響く。

 

立っていたのは、鍛冶と炎の主神──ヒラヌイ。

炎の髪に、刃のごとき眼差し。

鍛冶炉を守る、都でも最も古き火の番人だ。

 

「なんでもええが……炉を貸せだと? 正気か、小娘ども」

 

神殿に充ちる熱気が、ぴしりと張り詰めた。

 

弟子たちがささやき合う中、

サクナとココロワ、ふたりの少女神は真っ直ぐ立っていた。

 

「……わたくしが求めておりますのは、筆に代わる“芯”です。

墨を用いずとも、紙に滑らかに記せる道具です。」

 

声を発したのは、ココロワヒメ。

車輪と発明を司る、まだ無名の神。

けれどその声は、不思議と揺るがなかった。

 

「ふん、紙に線を引くために我が炉を借りるなど……冗談が過ぎるわ!」

 

「その線一本が、神の工、神の知を刻むのじゃ。

その芯さえあれば──都の記録も、図も、書も、皆、精密に変わる」

 

今度は、サクナが前に出た。

怠け者と笑われていた“あの姫”が、火の番人に睨まれてなお、怯まず。

 

「……ふむ、気概はあるようだがのう……」

 

ヒラヌイが腕を組んだ、そのとき──

 

「ならば、わしの米、一○俵、くれてやる。

貸してくれ、ヒラヌイ。都一の炉を」

 

「……なに?」

 

一瞬、時が止まった。

 

「……まさか……“あの”……トヨハナ殿の御米か……?」

 

「うむ。カムヒツキ様の御前でも“ぬふぅ~~っ♪”と声を洩らした、例のやつじゃ。

わしの倉に、まだ山程残っとる。いらんか?」

 

ヒラヌイは……わずかに肩を震わせた。

 

「……ふ、ふはは……! まいった。よかろう、貸してやろう!」

都最大の鍛冶炉に、火が入った。

 

ごう、と低く唸る音が、神殿の石壁に反響する。

空気が揺れ、立っているだけで肌がじりじりと焼かれるようだ。

それでも、サクナとココロワの視線は、真っ赤に染まる炉の中へと釘付けになっていた。

 

特製の耐火鉢に詰められた炭粒──

乾ききったそれは、表面がほのかに光を帯び、

その中には、微かな“揃い”の気配があった。

 

ヒラヌイは、熱風の中でも微動だにせず、目を細める。

 

「……この炭、普通の木炭とは違うようだな」

 

その声に、ココロワは静かにうなずいた。

 

「お気付きになられましたか。一度粉末にして振るいにかけ、さらに水でよく洗い、乾燥させたものです」

 

くぐもった声が、火の揺らぎに乗って広がる。

湿気も煤も取り除いた炭粉は、まるで命を与えられたかのように、

炉の中でじわじわと赤く染まり始めていた。

 

「空気を遮断して、もっと熱を、もっと長く……炭が“整う”まで加熱するのじゃ……」

 

サクナが、ぽつりと漏らす。

その瞳には、炉の炎が映っていた。

 

「それが整えば、摩耗せず、折れず、なめらかに描ける……鉛筆の芯となるはずです」

 

 ──静かだった。

 

夜の神殿、赤い火が唸る音だけが響く中、

ふたりの神は、ただ、炉を見つめていた。

 

「……サクナさん」

 

「ん?」

 

「わたくし……こうして、誰かと並んで何かを“作る”のは、初めてなんです」

 

「そうか?」

 

「はい。ずっと……ひとりで歯車ばかり回していましたから」

 

「……ふむ。わしは……」

 

サクナが、ぼそりと呟いた。

 

「わしは、ずっと何も“作れん者”じゃと思っておった」

 

「……?」

 

「親の残した米で褒められて……

なーんもせんのに、すごいと言われて……」

 

「でも今は、“つくる者”とおる。

それだけで……少し、変われた気がするのう」

 

「……ふひっ、では、わたくしも同じですね」

 

「同じ?」

 

「“なにも求められない者”と思っていました。でも、あなたが“作ってくれ”と言ってくれた。

わたくしは今、神であることを誇れる気がします」

 

ふたりの視線が、火の奥で交わった。

 

「出すぞ、下がれ!」

 

ヒラヌイが吠え、炉の蓋が開かれる。

 

火花が散り、赤熱したるつぼが、台の上に置かれる。

 

中にあったのは──

 

「……これが……」

 

黒く、鋭く、そしてなにより、光を宿した“炭”だった。

それは、ただの炭ではない。

炎に試され、熱に鍛えられ、神の手により整えられた──知恵の結晶。

 

ふるえる指でココロワがつまみ上げると、

その表面はまるで刃物のように、滑らかに光を弾いていた。

闇を纏いながらも、芯には確かな意思が宿っているようで……彼女は、そっと名を呼んだ。

 

「──黒鉛、です」

 

「……っ!」

 

サクナは、息をのんだ。

それは神秘であり、同時に確かな“知”の匂いがした。

今まで何も作れなかった自分が、“誰かと作った”という事実が、胸を強く打つ。

 

「ふふ……! ふひひっ……できました、できましたよぉ……!」

 

「おぬし、ちょっと怖い笑いになっておるぞ!」

 

「失礼……! でも、これは……これはわたくし達の“神性”が形になったのです……!」

 

黒鉛が、熱を帯びながら静かに机の上に置かれる。

それはまだ未完成な棒きれに見えるかもしれない。

けれど、確かにそこには、“世界を変える始まり”が詰まっていた。

 

「ヒラヌイよ、お主がいてくれて助かったぞ」

サクナは立ち上がり、煤のついた手で額の汗をぬぐった。

「後日、完成品を持ってくるから、使い心地と今後の販売について話をしたいんじゃが、いいかの?」

 

ヒラヌイは腕を組んだまま、しばらく何も言わなかった。

ただ黒鉛の芯を、じっと、まるで神器を扱うかのように見つめていた。

そして、低く笑った。

 

「……よかろう。楽しみにしておくとしよう。そなたらの発明と、その続きをな」

 

 

 

***

後日──

 

黒鉛芯は、粗削りながらも役人神たちのあいだで徐々に噂になり始めていた。

 

墨を擦らなきゃ書けない。

水がいる。

筆先を整えるのが面倒くさい。

乾くのを待つ。

紙がにじむ、垂れる、かすれる、破れる。

線が太く不均一で、精密な図が書けない。

 

今まで当たり前だった苦労が、鉛筆一本で全て吹き飛ぶ。

 

やがて「墨を使わぬ革新的な筆」として、都の図面や設計図を書き起こす時のみならず、芸術の神々達にも重宝されるようになった。

 

「サクナさん」

 

「ん?」

 

「わたくし、思うのです。

あなたは、“火を点ける者”です」

 

「ほう?」

 

「心に火を点けて、歯車を動かしてくれる……そんな、不思議な神です」

 

「……なら、おぬしは?」

 

「わたくしは、“動く歯車”。

あなたが火を点けてくれれば、どこまでも、どこまでも進めます」

 

「……変わったのう、おぬし。初めてあった頃の影が嘘のようじゃ」

 

「サクナさんのおかげです」

 

「まっ……わしの功績ってことで、ええかの?」

 

「ふひっ、半分だけ、ですよ」

 

ふたりは笑った。

 

この夜のことは、やがて忘れられるかもしれない。

けれど“あの芯”は、確かに、

ふたりのはじまりだった。

 

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